第8話 キツネたちの話 後編

 一方。

 コンはコウと共に山に登っていた。キツネが、道案内する。

 草をかき分け、一本の木の元へたどり着いた。

「ここが、私の巣穴です」

 木の根元には穴があった。

「あの子の匂いはするんです。でも、姿が、どこにも見当たらなくて」

 キツネは何度も何度も周囲の匂いを嗅ぐ。

 コンは気がついた。巣穴の横に土の色が変わっている場所がある。

「ねえ、コウくん。あれ」

 コンは土を指差した。

「埋めた……のかな」

 コウはつぶやく。

 掘り返してみれば、答えはわかる。でも、それはあまりにも気が引ける。

「はい。私が埋めました」

 そのとき、草むらから現れたのは、サクラだった。足元には、子ギツネもいる。

 子ギツネは走り出すと、コンたちが出会ったキツネ――親ギツネの元へいく。

「ああ、お前も死んでしまったの」

 親ギツネは愛おしそうに、そして、寂しそうに、子ギツネの体を舐めた。

「あなたが、若葉サクラちゃん?」

 コンは尋ねた。

「はい、近いうちにお会したいと思っていました。コンさん。若葉サクラと申します。気軽に、サクラと呼んでください」

 サクラは子ギツネの元へ歩いていくと、しゃがんで、頭を撫でた。

「よかった。お母さんに会えたのですね」

 しばらく頭を撫でたあと、サクラはコンを見た。

「この子は体が弱くて、死んでしまったそうです。でも、どうしてもお母さんに会いたかったと。近くの道路でキツネが車にひかれたという話は聞いていたので、ひょっとしたらとは思っていましたが、やはりお母さんも死んでしまっていたのですね」

 サクラは目をつむって、深呼吸。

「コンさん、どうか、この二人をヨモツクニへ送ってくれませんか?」

 コンは、うなずいた。


『和食処 若櫻』

 コンは鶏肉でつくねをつくった。キツネ向け、ということで醤油などの調味料を使わなかったし、ネギなどの香味野菜を入れないようにした。

 焼いたつくねを冷ましてから、皿に入れて、二匹のキツネに出した。

 キツネの親子は、ガツガツとつくねを食べ、そして、消えていった。

「ありがとうございます。コンさん」

 キツネの様子を、サクラは優しい目で見ていた。

「どういたしまして。なにか飲む?」

 サクラはカウンター席に座った。隣にはコウがいる。

「コーヒーってつくれますか?」

「うん。できんで」

 コンは戸棚からコーヒーメーカーを取り出す。

「私にも、サナと同じように接してくれるんですね」

 サクラがいうと、コンは小さくうなずく。

「うん。サクラちゃんのことはコウくんから聞いたけど、私には神様の世界の話とか、魂の話とか、そういうのは正直よくわからん。でも、サクラちゃんは悪いヒトには見えへんし、私は、ヒトに優しくありたい」

 サクラは一度うなずいた。

「ありがとう。あなたに会えてよかった」

 サクラがそういった瞬間。

「おい、サクラ、なんのつもりだ!」

 乱雑にドアを開け、入ってきたのはサナだった。ワンピースの上から上着を羽織り、頭には帽子をかぶっている。そして、顔色が悪く息が荒い。

 その横には、セリカもいた。

「サナ」

「サナちゃん」

「ねーちゃん」

 サクラ、コン、コウがそれぞれに声をあげた。

「セリカから聞いた。お前のこと! 私を救うとかいってるらしいな! うぬぼれるんじゃない。私は、お前なんかに、お前なんかに……」

 そこまでいって、サナはその場にひざをついた。

「救ってほしくて……お前を……描いたんじゃない。勝手なことをするな。ウカ様の人形を盗んで、迷惑をかけて……」

 サナは大きく息を吸い込んで、叫んだ。

「ウカ様のところへ返れ、サクラ……私は、若葉サクラが嫌いだ」

 そのとき、サクラがテーブルを殴った。ドン、と大きな音がした。

 サクラは立ち上がる。その表情は、怒りの合間に寂しさがにじんだものだった。

「サナ、あなただってわかっているはずです。若葉サクラは勉強も運動も決して優秀な方じゃない。ドジで、おっちょこちょいで、でも、その優しい人柄から多くのヒトに愛されている。そんな“人間”です。それは、サナの理想で、願望で、ペンを通してサクラと触れ合っている間、やすらぎを感じていたはずです。サクラはあなたの願望だ。あなたにサクラを、私を否定することなんてできない!」

 サナとサクラはにらみ合う。

「私は……私は……」

 突然、サナは足をふらつかせ、倒れた。

「サナ!」

 サクラはサナに駆け寄った。


 気がつくとサナは無数の鳥居が連なる空間にいた。

「ここは……」

 そこは、京都、稲荷大社だった。

「サナちゃん」

 横を見ると、そこにウカがいた。

「ウカ様……ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

 ウカは鳥居の中を歩きはじめる。それに合わせて、サナも歩く。

「だって、私の描いた漫画に残っていた私の魂のせいで、大切な人形が逃げ出して、ウカ様に迷惑かけてしまったので……」

 ウカはちょっと上をむいて考えるような仕草をした。

「始末書を書いたり、アマテラス様に小言をいわれたり、そんなの、どうでもいいの。私は、サナちゃんの本当の気持ちが知りたいな。もしも、本当にサナちゃんがサクラちゃんが嫌いなら、私が神の力で消滅させる。教えて、サナちゃんの“想い”を」

 サナは、足を止めた。

「……消滅」

「そう。ヨモツクニへ送るんじゃない。本当にどの世界からもいなくすることもできるのよ。知ってるよね」

 サナは何かを叫ぼうとして、声は出せなかった。

 大きく開いた口を閉じて、小さな声で語る。

「本当は、本当は全部、サクラのいった通りなんです。サクラは私の理想で、願望です」

 ウカはやさしい笑顔を浮かべる。

「そっか」

「でも、違うんです。私は、サクラに苦痛を肩代わりしてほしいんじゃない。私自身がサクラのようになって、痛みや苦痛を乗り越えられるようになりたい。それまで、サクラに支えてほしい」

「だってさ」

 ウカは振り返る。

 サナも後ろに目をむけた。

 そこに、サクラがいた。

「わかりました。サナ」


 サナは目を覚ました。

「サナ」

 顔をのぞき込んでいたのは、サクラだった。

 サナは顔を動かし、周囲の様子をうかがう。

『和食処 若櫻』の二階。かつてコンが寝室に使っていた和室。

 サナは布団の上に寝かされていた。

「おはよ。気分はどう?」

 そう声をかけたのは、ウカだった。

 ウカの横には、チエミ先生、セリカにコウ、それからコンもいる。

 頭痛が、少し和らいだ気がする。めまいもだ。

「ちょっと、良くなったかも」

「うん、よかった」

 コンがいった。

「サクラは、これからどうなるんですか?」

 サナはウカを見ながらいった。遅れて、サクラもウカを見る。

「アマテラス様は人形の捜索を続けなさいっていってた。だから、その通りにするわ。人形を見つけても、捜索し続ける。なにか訊かれたら、人形は捜索中ですって、答える」

 ウカはそういってウインクした。

「ありがとう……ございます。ウカ様」

 サクラは嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「でも、サクラちゃんは、サナちゃんとは別のヒトとして、生きていってね」

 ウカはポケットからボールペンを取り出し、ペン先を軽くサクラの頬にあてた。黒い点が残る。

「ほっぺにホクロがあるのがサクラちゃん。いいね」

 サクラは頬を触り、嬉しそうにうなずいた。

「あ、そういえばサナちゃん、耳」

 コンはそういいながら、自分の頭を触る。

 サナも、自分の頭に触れる。キツネの耳は、なかった。

 あわてて、スカートの中に手を入れる。尻尾も、消えていた。

「コン、消えた。消えたよ!」


 次の日、サナは登校した。

「おはよ。昨日も早退してたけど、大丈夫?」

 そう声をかけてきたのはアカリだった。

 昨日登校していたのはサクラだった。だけど、サナが登校したことになっている。そして、サクラが保健室の窓から逃げ出したのは、体調不良で早退したことになった。

「うん。もう大丈夫」

 これは強がりではなく、本当に今日はスッキリと気分がよかった。

「ねえ。サナがこっちに帰ってきたのって、体調崩したから、だよね」

 サナは目をそらす。

「だって、サナ、昔よりずっと痩せてるし、元気ないし、体調悪そうだし、京都でなにか病気して、戻ってきたんでしょ?」

 どう応えよう。サナは目を泳がせる。

「調子が悪いときは、そういって。遠慮なんかしないでさ」

「うん、そうだよ。アカリでも、私でも、先生でもいいからさ、遠慮なく話してよ」

 リンコがやってきて、そういった。

「うん」

 サナは、小さくうなずいた。

「誰かー、机、運ぶのてつだってくれー」

 教室の入り口から、マサヒコ先生がいった。

「机? どうしたんだろう」

 リンコが首をひねる。

「転校生が来るんだ」

 サナはこたえた。


 朝の会。

 マサヒコ先生は転校生が来ることを説明した後、教室に入ってくるようにいった。

 転校生が入ってきた瞬間、皆が一斉に驚きの表情を浮かべ、そしてサナの方を見た。

「サナそっくりじゃん」

 大声でいったのは、アカリだった。

 転校生はそっと笑みを浮かべた。

「若葉サクラと申します。サナの親戚で、同じ家で暮らしてます。よく似てるって、いわれます。よろしくお願いいたします」

 転校生――サクラはペコリと頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る