第7話 キツネたちの話 前編

 ある山奥に、サクラはやって来た。

 足元には、子ギツネがいる。

「ここですか?」

 草をかきわけ、木の根元に巣穴があるのを見つけた。

「一人っ子だったのですか? キツネさんでは珍しいですね」

 サクラはそういいながら、巣穴をのぞく。

「やっぱり、お母さんはいませんね。リンコのいう通り、死んでしまったのでしょう」

 サクラは巣穴に両手を入れる。

 丁寧な手つきで取り出したもの。それは、子ギツネの遺体だった。

「こんなにやせて……軽くなって……辛かったですね。苦しかったですね」

 サクラは手の中のそれを見つめながら、つぶやいた。

「人間は、死んだヒトを土に埋めます。あなたは、どうしますか?」

 サクラが尋ねる。

 サクラと一緒に山へ来た子ギツネは、遺体の匂いを嗅ぐと、サクラを見上げた。

「わかりました」

 サクラはそういって、穴を掘りはじめた。


『和食処 若櫻』

 厨房で鍋を磨いていたコンは、扉が開く音がして顔を上げた。

 そこにいたのは、サナの弟、コウだった。

「あ、いらっしゃい」

「こんにちは」

 コウはカウンター席に座った。なんの気なしに座った席ではあったが、そこは普段サナが座っている席だった。

 コウは気がついた。カウンターのこの部分だけ、微かに黒い汚れがある。おそらく、漫画用のインクだ。

「ここに来るってめずらしいな。なんか飲む?」

 コウは首を横に振る。

「あの、コンさんに伝えておきたいことがあるんです。実は……」

 コウは今日学校であったことを話す。


 サナそっくりの少女、サクラが現れたこと。

 サクラの正体は、漫画に宿ったサナの魂。それが神様の人形に宿ったものだという。その目的は、サナの代わりにサナが辛く感じるものを受けること。

 サクラは、どこかへ行ってしまい、行方不明だという。


 コンは相づちをうちながらそれを聞いていた。

「サナちゃん、魂が宿るほどの想いで漫画描いてたんやな」

 聞き終わったコンは、そういった。

「ねーちゃん、描いてるときスッゲー嬉しそうなんだけど、時々すっげー苦しそうで、何度か泣きながら描いてるのも見たんだ」

 コウは暗い表情でいった。

「サナちゃん、だから抱え込んでたモンを、漫画に吐き出しててんな」

 コンも、静かな調子でいった。

「胃が弱くて、食べたものすぐ吐いちゃうくらいなら、想いを俺たちに吐き出してくれればいいのに」

 コウの言葉に、コンは小さくうなずいた。

 少しの静寂。

 店の入り口の扉が開いた。


 カラン

 扉につけたベルが音をたてた。

 そこにいたのは、一匹のキツネだった。

「キツネ……」

 コンがつぶやく。

「失礼いたします。ウカノミタマノカミ様のお使いのおキツネ様がいらっしゃるというのは、ここでしょうか」

 キツネはそういうと、ペコリと頭を下げた。

「あの、あなたは……」

 コンが戸惑いがちに声をかける。

「はい、私は近くの山の巣穴で、子を育てておりました。子供は、生まれたときから体が弱くて、それでも、なんとか生きていけるようにと思ったんですが、日に日に子供は弱っていく一方で……いよいよ、立つこともできなくなって……」

「うん」

 コンは小さく相づちをうった。

「なにか、栄養のあるものを食べさせればよいと思い、人間の近くにいるニワトリをとりました」

 その途端、コウは立ち上がった。その表情は、怒りに満ち溢れていた。

「お前かっ! 学校のニワトリを殺したのは。お前のせいで、お前のせいでな、ねーちゃんは!」

「やめなさい、コウ!」

 今にもキツネにとびかかりそうなコウを、コンは強い口調で制止した。

「やめて、コウくん。アンタも、昨日の夜、お母さんのつくったご飯食べてたやろ。そのヒトはワルない。そやから、座って」

 一転、優しく諭すようにコンはいった。コウはゆっくりと元の席に座る。

「それで、キツネさんはなんでここに来はったんですか?」

 キツネは、コウの二つ隣の席に飛び乗った。

「私は、ニワトリを巣穴へと運んでいる途中、車に轢かれて死んでしまいました」

 コンは小さくうなずいた。

「でも、子供のことが心配で、死んでから巣穴に戻りました。そこに、子供はいなかったのです。匂いはしたのですが、姿が見当たらないのです。お願いです、どうか、子供を見つけてください」

 コンは、コウを見た。

 不満はあるようだが、あえてそれを口にする気は無いらしい。

「私はキツネではありませんが、お役に立てるなら、協力させていただきます。あなたの『想い』の為に」

 コンはそういった。



 コンと母ギツネは店を出た。とりあえず、来ないかと思ったけど、コウもついてきた。

「ねえ、コンさん」

 コウは声をひそめて話しかける。

「サクラが、子ギツネの霊を連れてたんだ。たぶん、あのヒトの子供はもう……」

「わかった。それならそれで、サクラちゃんに会わんとな」

 コンは、そう返した。


 一方そのころ、サナは自室のベットで眠っていた。夢を見ていた。

 それは、京都で暮らしていた頃の夢だった。

 サナはその少女――××××を追いかけて、廊下のはしっこの行き止まりのところまで来た。

「どうしたんだよ、××××。なんか様子がおかしいぞ」

 サナはゆっくりと××××に近付く。

「いや、やめて。来んといて……」

 ××××の表情は、恐怖に歪んでいた。足が震えていた。

 それを見た途端、サナは悟った。

「……そうだ。そうだよな。火の玉でヒトを燃やすところ見たら、恐いよな。制服、ここに置いとくよ。私のは、もう、返してくれなくていいから」

 サナはそっと、足下に紙袋を置いた。

「約束する。××××のことは襲ったりしない。絶対に。私は、××××のこと、これからも友達だと思ってる。もしも、願ってくれたら、また、いつでも助けるから」

 そういって。その場を去った。

「……ごめん」

 背中から、今にも泣きそうな××××の声が聞こえた。


 目元を優しく拭う感覚がして、目を覚ました。

「あ、ごめん。おこした?」

 サナの顔をのぞき込んでいたのは、セリカだった。

 頭を動かして、周囲を見渡す。自室であることに安堵した。

「大丈夫? 寝ながら泣いてたけど」

 セリカはハンカチをたたみ、ポケットに入れる。

「セリカ……なんでここに?」

「体調崩したって聞いたから、お見舞いにねっ。サナちゃんの耳、久しぶりにみた」

 その言葉で、まだキツネの耳が消えていないことに気付いた。体調も、やはりあまり良くない。

「キツネだよ。気持ち悪くないの? 人間には、こんなの生えてないだよ」

 セリカは首を横に振る。

「ごめんね、ちょっとかわいいって思っちゃった」

 セリカはサナの頭にあるキツネの耳を指先でつまむ。

「くすぐったいよ、セリカ」

 サナは微かに笑い、その耳はピクピクと動く。

「サナちゃん、笑ってくれた」

 セリカは耳から手を放すと、近くの椅子に座った。

「ねえ、若葉サクラちゃん、知ってるよね」

「セリカ……どうしてその名前を」

 セリカは、今日学校学校でサクラに会ったこと、サクラに聞話しはじめた。

 サナは驚いたように話を聞いていた。

「セリカ、私、いかなきゃ!」

 サナはふらふらとベットから抜け出す。

「サナちゃん、無理だよ」

「ごめん……セリカ。クローゼットの奥に、帽子があるはずだから探してくれないか?」

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