第6話 救ってくれるヒトの話

 神の国、高天原。

 多くの建物が並ぶ、その中心にある巨大な神殿から一柱の女神が出てきた。派手な化粧をした高校生くらいに見える外見、ウカノミタマノカミである。

「あ~。やっと終わった」

 ウカは大きくのびをする。

 そこに寄ってきたのは、小学校高学年くらいの少女だった。

「お疲れさまでした、ウカ様」

 少女の名はラク。ウカの使いのキツネである。

「うん、お待たせ。色々観光できた?」

 ウカが尋ねると、ラクは少し興奮した様子でうなずく。

「はい。オオミヤヒメ様にいろいろ案内していただいて、天岩戸とか見てきました」

 ウカとラクは並んで歩きはじめる。

「フツーの岩でしょ? 高天原三大ガッカリに認定できちゃいそう」

「いえ。勉強になりました。連れて来ていただいてありがとうございます」

「ラクちゃん、前から来たいっていってたしね。ちょうど呼び出されちゃったし」

 そこでウカは思い出したように手を叩く。

「あ、そうだ。イッちゃんに電話しなきゃ」

「イッちゃん……イチキシマヒメ様ですか?」

 ラクは不思議そうな表情を浮かべる。どうしてその名前が出てきたのかわからない、という風だった。

「うん。私がこっちに来ている間ね、サナちゃんの面倒を見てもらってるの。なんでも、サナちゃんの学校の保健室の先生に化けてるんだってさ」

 ウカはハンドバックからジャラジャラと大量のストラップがついたスマートフォンを取り出す。

「あ、もしー。イッちゃん」

『あ、ウカちゃん、終わった?』

「うん。ちょうど今ね」

『どう? お母様、なにかいってた?』

「聞いてよ、アマテラス様、報告書にも始末書にも書いたこと、ネチネチネチネチネチネチ聞いてくんのよ。人形はどうやって保管してた? とか、最後に人形を見たのはいつだった? とか」

『まぁ、お母様、真面目だから』

「違うね。あれ、ぜったい私をいじめたかっただけだって。昔、私のパパが高天原で大暴れしたの、まだ根に持ってんのよ」

 ウカはそこで一度深呼吸する。

「ところで、そっちは何かあった?三木橋チエミ先生イチキシマヒメ

『それがね、ちょっと困ったことになってて……』

 ウカの表情が、真剣なものに変わった。


 地上の世界。

 小学校の廊下。

 セリカは壁にもたれて、床に直接座る。服にほこりがつくだろうけど、気にしない。

 サナと同じ顔だけど、サナじゃない少女、サクラはセリカの横に正座する。すると膝の上に子ギツネが乗ってきた。

「――というわけなのです」

 サクラは子ギツネをなでながら、長い話を終えた。

「なんだか、よくわかんないけど、つまりあなたは……」

「はい。サナの魂の一部が宿った人形です。こんなふうになれたことは、私自身が驚いています。神様からの贈り物……というか勝手に持ってきてしまった物ですが」

 サクラは自虐気味に笑った。

「とにかく、私はサナの代わりに学校に通うことにしたんです。サナに辛い思いをさせないために。これからも、サナが辛いと感じるものは、私が全部代わりに受け止めます。サナは自由に生きていればいいのです。痛みも苦しみも、避けられるならそうすべきなのです」

 セリカはちょっと考え、口を開いた。

「あなたは、それでいいの? 今いった方法だと、あなた自身がいっぱい痛みを味わうってことだよ。それでいいの?」

 サクラは迷わずうなずく。

「ねえ、セリカ。あなたも覚えがあるんじゃないですか? ちっちゃい頃、お気に入りの人形で毎日遊んで、やがて人形は色あせ、ボロボロなっていく。小さな部品は外れてどこかへいってしまう。無残な姿になってしまう」

 セリカは黙って、下をむく。その様子を見ながらサクラは続ける。

「ごめんなさい。セリカを責めたいわけではないんです。でも、そういった心当たりありますよね。私はサナの人形です。サナが幸せを感じてくれるのなら、私がボロボロになってもそれは仕方のないことなんです」

 サクラは笑い、こう続ける。

「わかった」

 セリカはそういって立ち上がり、スカートのホコリをはらう。

「こんなところに呼び出してごめんね。サナちゃん・・・・・

 サクラは驚き、そして、嬉しそうな表情を浮かべた。

「ありがとう、セリカ」

 サクラは膝の上の子ギツネを降ろし、立ち上がった。

「そこにいるのは、サナちゃん?」

 突然、声がした。サクラとセリカは同時にその方向を見る。

 そこにいたのは、養護教諭、チエミ先生だった。

「……神様」

 小さくつぶやくサクラの声を、セリカは聞き逃さなかった。

「サナちゃん、今日は大丈夫なの」

 先生は近寄ってくる。

「は、はい。もうすっかり、ちゃっかり平気なのですマス」

 サクラは明らかに慌てている様子だった。

「サクラちゃん、落ち着いて」

 セリカは小さな声でいったが、サクラの耳には届いていない

「サナちゃん、ちょっと手、出して」

 先生はサクラの前までやってくると、そういった。

「は、はい」

 サクラは右手を差し出した。先生は脈をとるように、サクラの手首を触る。

「サナちゃん、ちょっと気になることがあるから、保健室に来てくれる?」

「え、えっと、わわわ私は大丈夫ですよ。元気、元気。保健室にいかなくっても平気なのです」

 サクラは慌てて右手を引っ込める。

「ダメ。ちょっとだけだから。ねっ」

 先生はそういうと、サクラの左手を掴む。

「ごめんね。ちょっとサナちゃん借りてくね。セリカちゃんは教室にもどっていて」

 先生は優しい口調でそういったが、セリカは首を横に振る。

「あの、私もついていっていいですか? 保健室」

 セリカと先生はしばらく見つめ合った。

「私は大丈夫です。だから、セリカは教室に戻っていていください」

 そういったのは、サクラだった。

「じゃあ、いこっか」

 サクラは、先生と一緒に保健室にむかった。足下に、子ギツネもついて来た。


 保健室に入ると、そこには一人の男の子がいた。

「どうして見つかったのだろう、って思ってました。軽い付き合いの人間では、私がサナではないことを見抜けないはずです。見た目は全く同じなのですから。あなただったんですね」

 サクラは優しい口調でいった。

 保健室にいた男の子。それはサナの弟、コウだった。

「ねーちゃん、朝からずっと寝てて、お母さんも学校に休みます、って電話してた。なのに、廊下で見かけたから……三木橋先生がウカ様の代わりにいらしている神様だって知ってたから、相談したんだ」

 コウがいうと、サクラは何度かうなずいた。

「ちなみに、電話の相手はマサヒコ先生ではありません。私が術で声を変えたのです」

 サクラはチエミ先生の方をむき、こういった。

「先生、昨日はありがとうございます。サナを助けてくれて」

「私は、イチキシマヒメ。水と、旅の安全、それから子守の神よ。よろしくね」

 サクラはうなずいた。

「なるほど、ウカノミタマノカミ様の御従姉様でしたか」

 チエミ先生はうなずいた。

「ウカちゃんね、今、あなたのことで高天原に呼び出されるの。その間、私がかわりにサナちゃんを見守ることになったの」

 先生は丸椅子を用意する。

「座って」

 サクラは座る。足下に、子ギツネも座った。

 チエミ先生はサクラと向かい合うように椅子に腰かけ「さて」といった。

「あなたは、なんて呼べばいいかな」

 先生はサクラを見つめる。

「サクラで……お願いします」

「サクラちゃん、大体わかってると思うけど、いろいろ聞きたいことがあるの」

 サクラはうなずく。

「私自身のこと、ですね?」

「あなたは、ウカちゃんが持っていた人形に魂が入ったもの、そうだよね」

 サクラはうなずきながら、自分の手首を触る。

 球体間接にゴムのような素材でカバーがかけられている。骨、筋肉、皮という人間の体の構造を模しているが、感触はまるで違う。なにより、体温がない。

「人形は、魂の器として私たち神がつくったもの。魂に合わせて、外見を変えるようになっているわ。でも、あなたはサナちゃんとうり二つの外見をしている。あなたの中身はなに?」

「サナの描いた漫画です」

 先生も、コウも、驚きの表情を浮かべる。

「漫画って、ねーちゃんがいっつも描いてるやつ?」

 サクラは首を横に振る。

「今、描いているものとは別作品です。サナは、京都にいたとき『花咲くサクラ』という漫画を描いていました。若葉サクラという主人公の日常を描いた漫画です。この原稿は、サナがこの町に戻ってくる時に京都に置き忘れていきました。それだけ、精神的に弱っていたのですね」

「その原稿の魂だというの?」

 先生が訪ねるが、これも、サクラは首を振って否定する。

「原稿の魂、というのは正確ではありません。原稿に宿ったサナの魂です。私が、作品の主人公、若葉サクラの姿ではなく、サナそっくりの姿をしているのが、その証拠です」

 先生は何度かうなずく。

「それで、サクラちゃんの目的は?」

「サナの代わりに、サナが辛くなること、苦しくなることを全部受けることです」

 サクラは立ち上がり「だから」といった。

「この体――人形の持ち主はウカ様です。もらった物ではなく、偶然手に入れたものだから、お返しするのが道義だとわかっています。でも、まだ終わるわけにはいきません。終わりたくありません」

 足下にいた子ギツネを抱上げ「だから」といった。

「ごめんなさいっ! もう少し、貸してくださいっ!」

 そして、開け放された窓から飛び出した。

「待って!」

 チエミ先生は叫んだ。

 保健室は一階にあって、窓の外は中庭になっている。

 サクラは中庭を走っていった。


 教室に戻ったセリカは、自分の席に座った。窓際の席だ。

 ふと、外を見ると校庭を走っていくサクラの姿が見えた。

「サクラちゃん……」

 セリカはつぶやいた。

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