第2話 飴玉

飴玉が一つ転がった。

テーブルを挟んで男女が座っている。


杉と思われる天板は、木目の色合いが重厚で経年と共に醸し出されたであろう鈍い艶が部屋全体の雰囲気になんとも言えない品を与えている。

男はそのテーブルにはあまりふさわしくないピンクのプラスチック製の小さな皿を指差しながら言った。


「ここに一つの飴玉があります。これを二人で分けるにはどうすればいいでしょう?」


確かにピンク色の皿の上には黄色いキャンディが一つ乗っている。

「でもこれは、元々一つしかなかった訳ではありません。最初は袋に入って沢山あったはずです。月の初めには沢山あったキャンディもみるみるうちに無くなっていき、2週間も経つ頃には最後の一つになりました。しかし最後の一つになってからは誰も手に取ろうとしなくなります。一体なぜでしょう。」


男はそう言うと女をじっと見つめた。


「自分が最後の一つを食べるのが嫌なのよ。食い意地が張っているみたいで。」

「誰もそんな事は思わない。最後のキャンディには通常の5倍相当の糖分でも含まれているのか。」

「誰か食べたい人が他にいるかも知れないじゃない。」

「でも聞いて回る訳でもなく、ただそんな気がして、みんながみんなそんな気がして取り敢えず手を付けない状況に陥ってしまっているじゃないか。」

「僕はね、そんな最後の一つが可哀想で仕方がないよ。世界中の最後の一つを救いたいとすら思うね。だってそうだろう?誰だって何にだって最後の一つになってしまう可能性が有るんだ。そのものの良し悪しに関わらずね。」

「あぁ、そう言う事が言いたいの。ならはっきり言ったらいいじゃない。自分は運悪く残ってしまっただけで品質には何の問題もありませんって。というか飴玉の時に言い出すのがほんと貴方らしくて最高にカッコ悪いわね。」

「な、なんだ、その言い方は!別にそんな意味で言っているんじゃない!!ただ、残っているという事が何か恥ずかしい事だったり周りに比べて落ち度がある訳でもないし、人の目に晒される場所でずっと最後の一つだと認識されている事自体が最後の一つに対する辱めのような気がして嫌だというだけだよ。」

「だからカッコ悪いって言ってるの。自分とこの飴玉を同じだと思っているんでしょう?言っておくけどそれは大間違いよ。」

「何が違うって言うんだ!一緒じゃないか。このシェルターでの生活が始まってからもう2年。君は気付いてないかもしれないが、周りで何組のつがいが出来たか知っているか?15組だぞ。」

「知ってるわよ。あなたがその中に入っていないのも勿論。」

「それは君だって同じだろう。」

「そうね。じゃああれかしら、誰からもつがいに選ばれなかった二人だけども私達に落ち度はないから安心しろとでも慰めてくれるつもりだった?」

「いや!そうじゃない!」

「なら何なのよ?」

「それは、、つまり、、。」

「いい?あなたは飴玉じゃないの。どうしても食べ物で例えたいならピザとかが良いわね。ピザ。」

「ピ、ザ?」

「そう。ピザ。あなたは誰の手にも取って貰えなかった最後に残った一切れのピザ。固くなって出来たての美味しさは殆ど失われたピザ。いや、違うかも。ジューシーなトマト、とろりと伸びるチーズ、ふんわりとした焼きたての生地。それらが全て無くなった最後の一切れは果たしてピザと言えるのかしら。」

男は狼狽えながら答えた。

「ピザだ。どれだけ固くなって不味くなってもピザはピザだ。」

女は溜息を吐いて続ける。

「そうね。でも残念ながらあなたはもはや誰からもピザとして認識されていないじゃない。だからピザの箱ね。あなたはピザの箱だったのよ。最初から食べ物として見て貰えてないの。わかる?」

男はもう半分涙目になっている。嗚咽混じりに絞り出した。


「ぼ、ぼ、僕は、、僕は、、ピ、ザだ。」


女は吹き出してしまった。

「ごめんなさい、あんまり可笑しくて、、つい。でもね聞いて、あなたはキャンディでもピザでもないの。人間の男なの。誰かに手に取って貰えるのをずっと待ってるだけが能じゃないはずよ?」

「じゃあ、僕はどうすれば?」

「自分から狙った相手目掛けて飛んでくのよ。あなたは誰に食べて欲しいと思っていたの?」

「僕は、君に。」

「やっと言ってくれた。」


女は飴玉を摘むとすっと立ち上がった

「ここに飴玉が一つあります。これを二人で分けるにはこうすればいいの。」

と言って飴玉を口へ放り込んだ。そして、男の頬を両手で挟むとグイと引き寄せて口づけをした。

男は呆気にとられて両手をだらんと下げたまま目を見開いて固まってしまった。

次の瞬間、コロンと男の口の中に


飴玉が一つ転がった。








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ラルビカイト 宮内多聞 @genkaibooboo

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