蘭の君 5

 まさか私の口から、あんな乱暴な言葉がでるとは思わなかった。

 怒りであったのかもしれない。命が散るさまを、それを見せつけられる理不尽に対しての、私個人の怒りであったのだと思う。

 最後のふるいをついに破った戦士はしかし、中へ入って来ることができずに浮き始めた。その戦士には腕がなかった。穿ったあなの向こう、どこにも掴まることができず藻掻もがいていた。

 その戦士に私は



 腕を伸ばすことができた。



 あまり美しい所作ではなかったと思う。

 掴めるところは、あの長い黒髪しかなかった。引っ張るにも腕の力だけでは足りず、透明な壁に両足をついて、つまり逆さまになりながら私の体重から何から全ての力をかけ、戦士の身を引き込んだ。

 

 花の玉座にへたり込んで荒く息をつく私の膝を枕に、その戦士は目を丸くし、弱々しくことばを発した。

「あなたはもっと、か弱い存在なのだと思っていた」

「勝手に、決められては、困ります」

 慣れない事をして、私の手は震えていた。私は何故だか世界に刃向かったような気分で、そして刃向かえてしまった事に高揚していて、なぜこの者がここに来たのかを忘れていたように思う。

 だから、若い戦士の言葉を、どこか上滑りした調子で聞いてしまったのだ。



「蘭の君よ、我が運命の君よ」


「えっ?」



 声を上げてしまった。

 まさか聞き返されると思っていなかったのだろう。若い戦士はきょとんとして、力なく笑った。

 私も気まずく笑い、先ほどは力いっぱい引っ張った戦士の黒髪を、かるく撫でて言った。

「ごめんなさい。今度は、ちゃんと聞きます。だから──」

 思ったよりもずっと恥ずかしい。

「もう一度、聞かせてください」

 そして戦士が、私を呼ぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る