戦士たち 2

 呼吸するたびにちりちりと肺が焼け、体を動かすたびに肌がびりびりと焼ける。

 はたして別世界の入り口、「酸の道」である。


 戦士たちは息を止め、ひたすらに一本道を駆けて行く。そのどん詰まりにある崖に取り付いて、一言も漏らさずによじ登る。

 苦しさに息を吸った者は肺を焼き尽くされ、力尽きて倒れた。倒れた者の身体は崖を前にして徐々に山となり、その山をさらに後続が登る。


 彼らのかばねを踏み越え、イクスは四肢を駆って登っていた。すぐ後ろに老戦士が続いている。

 お互いに言葉を発する事もなく、ただ駆ける。

 肌を刺す痛みと、息を吸って楽になる誘惑を振り払わせ、若者を前へ前へと突き動かすのは、使命でも野心でもなく、すぐ後ろの老戦士にだけは負けたくないという青臭い意地であった。


 イクスが、老戦士が、他の数多の後続たちが踏み越える戦士たちは凄絶な笑みを顔に張り付け、いちように末期の言葉を繰り返す。



 同朋を新たな世界へと。

 同朋を新たな世界へと。



 崖を登りきり、ようやく甘い空気を吸えたと思うのも束の間、イクスの眼前を走る戦士の上半身が、突如として現れた白い球体群に包まれた。

 驚きに足が止まる。刹那、背後からの衝撃でイクスは吹っ飛んだ。球体群が取り付いた戦士の上半分が喰われる様を眼下に越えて、イクスはそのままだだっ広い空間に弾み転がる。

 頭上も足下も同じ薄紅色で、天地の区別すらつかない。


「そら立て若者」


 老戦士が、他の戦士たちが倒れたイクスを見下ろしてあっと言う間に駆け抜けていく。

 後ろから蹴られて吹っ飛ばされたのだと理解が追いついた。火柱の如くイクスは跳ね起きて全力で駆けた。


 背後に束ねた髪先を掠め、白い球体群が空から降ってきたのをイクスは見ていない。

 一瞬の差で、後続が球体群に喰われた所をイクスは見ていない。

 球体群は足元から湧き、天から降り、眼前に漂って待ち構えている。はるか前方で老戦士が踊るように球体を上に飛び越え、下に滑り込み、時には別の戦士と立ち位置を入れ替えて狡猾に進んでいく。

 居並ぶ戦士たちをぼう抜きに、その背中へ矢の如くイクスは駆ける。

 球体群の狙いは彼の背後に置き去りにされた。

 若者は不愉快な老人へ借りを返す事だけを考えていた。


 そこかしこで戦士たちが、球体群に捕らえられ、群がられてなお懸命に前進している。中には積極的に戦いを挑み、拳を振るう者もある。


 白い球体群が何なのか、イクスにも知識はある。元の世界で目にした事もある。

 あの球体は、世界を守る尖兵たちだ。いまここでは、戦士たちこそが世界の外から来た侵入者に他ならない。

 そして、尖兵の後には本体が来る。

 前方、幾本もの触手を備えた巨大な粘菌アメーバが天から染み出て来るのがイクスから見えた。

 その初撃。


 ねんの雨。


 直下にいた戦士たちが余すところ無く絡め取られ、取り込まれていく。

 老戦士も例外ではなく、もがく両脚が地面から離れた。

 イクスは跳躍する。飛蝗バッタもかくやという跳躍の果て、空中で身を捻ってぎゅるぎゅると回転し、釣り上げられた老戦士のさらに上から烈火の如き怒りをもって


「こんんんんの、糞爺がぁああああ!!」


 全力の蹴りを見舞った。

 

 斜め下へ吹っ飛ばされた老戦士は、そのまま粘糸の伸長限界を超えて解放され、薄紅の地面に弾んで転がった。

 イクスは着地するや否や、あたふたと立ち上がる老戦士へ一気に詰め寄り、その痩せた頭髪を掴んで、勢いのまま引きずって進む。老戦士の身体が地面に跳ね、そのたびに非難の声が上がった。

「がっ! いでっ! 馬鹿野郎いてえだろうが! ちったあ老人をいたたたたたた!」

「喚くなやかましい!」

 乱暴に老戦士を放り出し、唾でも吐きかけるが如くイクスは言葉を継いだ。


「借りは! 返したぞ!」


 老若の二人は、粘菌の傘下から抜け出していた。

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