戦士たち 1

同朋はらからよ!」


 戦士イグレーゴの気迫に応えたかのように、けして大きいとは言えないムロの全体が律動した。イグレーゴの脚元あしもとから白い旋風が吹き上がり、長い黒髪を揺らす。

 ムロにつどうは、隆々として艶やかな肉体を無遠慮にさらし、長い黒髪を無造作に束ねた夥しい数の戦士たち。

 彼らの中で、若き戦士イクスも高揚と緊張に震えながら、髪を結ぶ紐を締め直した。



「俺たちはこのために作られた! 今この時、この時こそが俺たちの生きる意味、死ぬ理由である! この生命あるうちに訪れた今だ! 震え立て戦士たちよ、その手に運命を掴め!」



 ムロの律動は激しさを増し、戦士の肉体に精気が満ちて、彼らの脚も白い旋風をまとい浮き上がっていく。

 いまや世界そのものが激しく揺れ、数億の戦士たちが上げるときの声は地響きに鼓舞されて、まるで世界を代弁するかのように響いた。


「世界がこのように在る限り! 世界がこのように求める限り! 同朋を新たな世界へと!!」


 彼ら自身の腹腔を、束ねた黒髪を震わせる叫びに同調して、戦士の纏う白風はくふうが尚も激しく渦を巻き解放の時を待つ。

 イクスもまた雄叫びを上げる。若者の意識が同朋たちの意識と渾然一体となる。ムロの小さなあなに生を受けて以来初めて味わうこの感覚は、まさに快感であった。

「世界がこのように在る限り! 世界がこのように求める限り! 同朋を新たな世界へと!!」


「いまこそ! いまこそ! いまこそ!!」


 天地に轟くイグレーゴの雄叫び。

 薄紅の空が律動して天に円形の「門」が開く。


「行ぃぃぃいいいくぞおおおおお!!!」


 解放。


 爆風の如き白風はくふうに黒髪をなびかせ、イグレーゴを先頭に天へ飛び立つ戦士の群れは、さながら一本の槍を思わせた。

 白い旋風が奔流となって空へける。天の門を抜け、細く暗い隧道トンネルを突っ切って行く。その先が、別世界につながっていると信じて戦士は飛ぶ。


「ガッチガチだな、若いの」

 飛翔のさなか、イクスは不意に話しかけられた。

 老齢の戦士のひとりだ。召集があと少し遅ければ、老いて死んでいただろう年齢である。束ねた長髪は痩せてみすぼらしく、話す度にという不愉快な笑い声が混ざった。

「ちったぁうまく立ち回ることを考えとかねぇと、何もできずにお陀仏だぜ?」

 けっけっけ。

「うるさいぞ!」

 イクスは反射的に怒鳴りつけていた。まさに別世界へ飛び出そうというこの瞬間に、なんだこいつは。

 若者は身にまとう風を駆って、老齢の戦士を置き去りにしようとした。だがあろうことか、老戦士が手をつかみ邪魔をしてくる。

「何をする老いぼれ!」

 その手を振り払い、その勢いのまま奮った拳を老戦士は大きくかわした。ほとんど逃げたと言っていいくらいだった。

「おーこわ、けっけっけ。血気盛んだな若者は?」

「黙れ! その口二度と聞けなくしてやる!」

 老戦士に掴みかかろうとするも、周囲に飛ぶ別の戦士たちから邪魔だと怒鳴られる。


 この短いやりとりの間に、イクスは先頭から大きく遅れていた。

 運命を手にするのは、「蘭の君」の許に最初に辿り着いた者だけだ。たとえ相手が戦士イグレーゴであったとしても、栄誉は我が手に掴んでみせると息巻いていた矢先の、この妨害。

「せいぜいイイ感じの所に落ちる事を期待しようや」

 ニヤニヤと笑う老戦士の指差す先から、光が差している。

 出口だ。あそこを抜けてしまえば、もう白風で飛ぶことはできない。舌打ちし、イクスは丹田に力を込めて速度を上げた。出来るだけ前へ、出来るだけ遠くへ飛び出さなければならない。

 束ねた黒髪が煽られて、若者の背に激しく震える。

「運命を我が手に、運命を我が手に……!」

 歯を食いしばって祈る。飛び出した先が別世界につながっていることを願う。

ウツロ落ちは勘弁だぜぇ!!」

 老戦士が歳に似合わぬ張りのある声を上げ、数多の戦士たちと共に、両者もまた生まれ育った世界から飛び出した。


 飛び出した先に世界があるとは限らない。

 ただ虚空に落ちていく事もあれば、「どん詰まり」に捕らわれて何処いずこにも行けぬ事もあるのだと、そういう宿命であると戦士たちは知っている。


 その道行きに、待つのは死ばかりである。

 そう知りながら尚も彼らの胸を満たすのは、ただただ役目を果たすのだという恍惚であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る