「目が、覚めましたか」


「あ、あう。あうあう。ごめんなさい。先生、これ、取っても?」


「ちょっと待ってください」


 酸素吸入器が、外される。


「わたし。わたし、は」


「もう大丈夫ですよ。すぐ搬送してもらったので、原因もはっきり分かっています。精神的なもので、身体自体に異常はありません」


「よかったですね」


「あ、え?」


 声。若い女性。今日最初に運んだ、患者。


「よかった。本当によかった」


 中年の男性。二番目に運んだ、患者。


「でも、あれでしょう。私と同じで、もう少し遅かったら、しんでいたのでしょう?」


 初老の女性。三番目。


「ええ。心のしは、急速に身体の機能を奪います」


「おねえちゃん。しなないの?」


「うん。大丈夫。生きてるよ。大丈夫」


 小銭飲み込んだ子供。おまえのほうが一大事だぞ。よく生き残ったな。


「ここにいるみんなが、ずっと、あなたのそばにいたんですよ」


「側に?」


「先生から、人は、精神が耐えられなくなってもしぬって言われたから」


「みんなで、がんばって、って。応援してたの」


「自分たちだけ助けられて、助けた人がしぬのはおかしいですから」


「しんじゃいけないですよ。その若さで」


「いやまあ、病床数足りないから全員同部屋ってだけなんですけどね」


「先生。ばらすのが早いよ」


 みんな。


 無事に。


 生き残った。


 助かった。


 涙が、出てきた。止まらない。


 おかしいな。自分がしにそうだったときでも泣かなかったのに。


「医者の私からも一言。あなたは、患者さんを搬送してから、いつも、私たちに深くお辞儀をしますね」


「あ、はい。お医者さんの先生によろしくおねがいするので、せめてお辞儀ぐらいは」


「あなたは、人を信じて、助けられると思って、ここに患者を運んでくる。だから私たちは、あなたを絶対に、助けようと思っていました。冗談ではなく、本気で」


「ありがとうございます。おかげでたすかりました」


 起き上がろうとして。


「だめです。隣で寝てる人に迷惑がかかりますから。起き上がってはいけません」


 隣を見た。


 隣。


 彼が。


 寝ている。


 ベッドにもたれかかって。


「彼が運んできたんです。きっとつかれているから、起こしちゃいけません」


 彼の寝顔。


 安心したような、顔。


 それを見ただけで。それだけで。


 せき留めてきた感情の栓が、抜けてしまった。


「うえええ」


 涙。止まらない。


 彼が、気付いて。目覚める。


「ご、ごめっ。ごめん、なさい。おこ、すなって、言われたのに」


「謝らないでください。あなたずっと、謝ってばっかりですよ」


「でも、わたし、わたしは」


 喉がびっくりしてしまって、うまく言葉を出せない。


「喋らなくても大丈夫です。大丈夫ですから」


「わたし。しにたかったの。あなたがいたのに。つかれて。それで」


「誰だって、つかれたらしにたくなりますよ。俺だってそうです」


「わたしのせいで」


「そういうときは、がんばらないことです。大丈夫です。大丈夫ですから」


「わたしは」


「大丈夫です。分かってます。伝わってます」


「ずっと」


「ずっと一緒です。大丈夫」


 どんなに苦しくても。どんなにつらくても。息が絶え絶えでも。


 それでも心臓は動く。


 少しでも長く、あなたの隣にいるために。







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それでも心臓は動く 春嵐 @aiot3110

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