第19話 決着の時

日向と遥が部屋から出た時、直政が体勢を崩し怪物の攻撃を受けた瞬間だった。

二人がいた場所から直政は遠く、助けに行くのは不可能だった。二人が倒れた直政は怪物の追撃を受けてやられてしまう…そう思ったとき。二人より直政の近くにいた真月が怪物より先に直政に駆け寄るのが見えた。直政を背負い、怪物から離れてい行く真月を見て二人は安堵する。

「よかった…」

「ホンマに、真月君には感謝せんとあきませんね」

直政を失ってしまうと思っていた日向と遥にとって、真月が近くにいたことは行幸といえた。

「まずは、ナオと桜賀君を回収しよう」

真月がうまく怪物の気を引き、引き付けていることを確認した遥はそう日向に告げた。

「…真月君の加勢はせんでええんですか」

「真月君はあいつの攻撃をかわして気を引くことに集中している。まず、二人の安全を確保しよう」

遥は、真月の動きにしばらく任せても問題がないと判断した。離れているとはいえ怪物が暴れている付近で桜賀と直政は気を失っている。二人の方が危険なのだ。

「わかりました。俺は桜賀を運びますんで直政さんお願いしますね」

日向も真月の動きを確認し、かえって加勢が邪魔になると思い直すと桜賀を運ぶと宣言する。直政に比べれば桜賀の方が大柄で重いため、遥は日向の判断に頷いた。


二人が手分けして桜賀と直政を回収し部屋の隅まで運ぶ間も真月は、怪物と対峙している。

怪物の振り下ろした腕をかわし、腕の上に着地する真月を怪物は捕まえようと反対の腕を伸ばす。真月は跳躍し怪物の肩を足場にして怪物の背後へ移動する。

追いかけてくる怪物を確認しながら、真月は一定の距離を保ちながら怪物を中央へ誘導する様に逃亡した。

「ぐがああああ!」

苛立つように怪物は叫び声を上げて真月を追いかける。しかし、一向に追いつけない怪物は真月との距離を一気詰めようとスピードを上げた。

その様子を横目でうかがっていた日向は追いつかれると思った。だが、真月はタイミングよく跳躍して宙返りをすると、そのまま怪物の頭を踏みつけて怪物の背後を取った。

真月は怪物の体と自身の体をうまく利用して怪物の背後に回ることで時間を稼いでいた。

(真月君やるやん!……てか、桜賀ホンマに重い)

真月の戦略に関心しつつ、日向よりはるかに重い桜賀を引きずる。礼拝堂の隅にたどり着いた時には日向は息も絶え絶えであった。

「はぁ…はぁ…。あかん。もう少し体力つけよ……」

日向は思ったよりも体力がなかったことに、自虐的になりつつ休憩していると遥も直政を運んでくるのが見えた。

「はぁ…遥さん、お疲れ様です」

「いや、日向君もお疲れ」

日向とは裏腹に息一つ乱していない遥は、「休んでて」と日向に言うと桜賀と直政の様子を確認し始めた。

「…うん。ナオは大きな怪我はしていないみたい。桜賀君は、腕の骨にひびが入ってるかも…」

打撲などの怪我はあるものの、二人とも命に別状はない様ですぐに目を覚ますだろうというのが遥の見立てであった。

真月は怪物と未だに対峙しているが、攻撃に転じるわけでもなくただ怪物の攻撃をかわし続けている。怪物も知能が低いのか、殴る、蹴るを繰り返すばかりで、奇策を講じる様子もない。

真月の体力が続く限り、真月が攻撃を食らうことはないだろう。

「真月君は大丈夫そうやな…」

自分が出来ることだけを無理せず行う真月の様子に、日向は安心した。ここで攻撃しようとすれば隙が出来てたちまち怪物の攻撃を食らってしまうだろう。

しかし、真月はただひたすらに避けるだけ。怪物の攻撃を余裕をもってかわしながら、中央から離れないように円を描きながら移動している。

体力を温存するためか、無駄に動き回ることはしていない。

「ん…」

日向が真月の様子を観察していると、隣に寝ていた桜賀が身じろいだ。

「桜賀…?」

「んあ…?」

日向の呼びかけに答えるように桜賀が起きた。少しボォっとしていたが、すぐに状況を理解したのか「クソ…」と右手で顔を抑えている。

「何があったか覚えとるか…?」

「ああ、あの化けもんの攻撃受けてふっ飛ばされた…。今は直政さんが相手してんのか?」

中央の様子は見ていないのか、桜賀は日向に問いかけた。

「いんや。真月君が気い引いてくれてる」

「……はあ!?」

日向の言葉に、思わず叫び声を上げて桜賀は飛び起きた。

中央で行われている戦闘が桜賀の目に飛び込み、「おぅ…」と何とも言えない声をあげた。

「なかなか、うまい事やっとるやろ?」

「ああ。敵の攻撃を見極めて正確に避けてる…」

真月の迷いのない動きに桜賀は感心した。怪物に対しての位置取りも悪くない。

しばらく二人で真月の様子を見ていると、うめき声をあげて直政が起きた。しかし、直政は寝転がったまま、「あー、うー」とうめいている。

どうやら、戦闘中の失敗を思い出して恥じているらしく、時々「しくった」だの「クソダサい」などといった言葉が聞こえる。

「何やってるの?」

直政に遥は冷ややかな視線を送りながら、どこかから戻ってきた。

「おかえりなさい。どうでした?」

どこへ言っていたのか知っている日向は、遥に進捗を訪ねた。

「うん。あと三分もしないうちに日蝕は終わりそう」

「…そうですか。この後どないします?」

日蝕が終われば日が沈むまで十分ほどしか時間がない。日向は遥がどのような作戦であの怪物を倒すのか尋ねた。

「とりあえず壁を一部壊せば夕日が差し込むから、その場所まで誘導して一斉攻撃しようと思う」

…と言うよりも、それ以外の方法が思いつかないらしい。

ちょうど礼拝堂の壁は西側にあり、壁を壊せば陽光で怪物は弱る。その時、再生できないほどの攻撃で怪物を倒すのだ。

「…ナオ、行ける?」

四人の中で、壁を壊せるほどの力があるのは直政の固有能力だけである。

「ああ」

直政は、ふらつきながら立ち上がった。壁と向き合い、刀を構える。

フッと短く息を吐き出すと、一閃。

抜刀した刀を横薙ぎに払う。刀に纏った風は刃となり、暴風のように壁に当たった。

ドォーン。

教会全体が揺れ、ガラガラと壁が崩れ落ちる。そこから夕日が差し込む。

「真月君!こっちや!」

日蝕が終わっているのを確認した日向は真月に呼びかける。

真月は声のした方をチラリとみると怪物のパンチを躱し、一目散に皆の元へ駆け寄った。

彼らを信じる真月に迷いはない。

怪物は真月を追いかけてくるが、陽光が差し込む場所の手前でピタリと止まる。怪物自身も、弱点を分かっているのだ。

「くそ、あいつ来ないぞ」

「無理やり引っ張るか?」

桜賀は影を延ばして怪物を引き寄せようとするが、怪物まではまだ遠い。

「俺が連れてくる!」

四人へ向かっていた真月は踵を返して、怪物へ向かっていく。

「おい!真月」

「真月君!」

直政が、桜賀が、日向が、遥が呼びかける。その声に真月は振り返らない。まっすぐ怪物へ向かって飛び込む。

愚直に飛び込めば、怪物は占めたと言わんばかりに拳を振るう。

真月はそれを大きくかわすのではなく、ギリギリでかわして怪物の腕をつかんだ。

右足を軸に、体を回転させ合気道の要領で怪物を投げ飛ばす。

投げ飛ばされた怪物の体は、見事に陽光が差し込む場所へと落ちた。

「みんな!」

「「ああ!!」」

桜賀は怪物を影で抑え込み、直政は風の刃を無数に放った。

怪物の体はやわらかく、簡単にバラバラになる。しかし、怪物は再生しようと傷口から触手を伸ばしている。

「させないよ!!」

ふわり。やわらかい風が吹き、怪物の体は再び切り刻まれた。

それは、遥のワイヤーによる攻撃だった。

それでも再生しようとする怪物に、真月と日向も武器で切り付ける。怪物の体はまるでバターのようにいとも簡単に切ることが出来た。

桜賀も影の武器で再生しようとするところを何度も攻撃している。

何度も、何度も攻撃を繰り返し怪物が再生しなくなったのは、ほとんど日が沈んでしまう頃。

「…終わった、のか?」

「…桜賀、それフラグやで」

「いや、終わったみたいだよ」

その言葉に、全員がその場に崩れ落ちた。

怪物の体はゆっくりと溶けていく。それを眺めながら、真月たちはやっと怪物を倒したと実感した。

「はあ、マジで疲れた」

「だね…」

力なく床に寝転がる直政の横で遥は後始末を丸投げするつもりで警察に連絡を取っていた。

「ホンマに一時はどうなるか思ったわ」

「ああ、色々ありすぎたな」

「うん。終わってよかった」

日向と桜賀は力なく笑い、真月は全員の無事に安堵した。

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