第18話 覚醒
真月による信者の救出は遅々として進まなかった。
「ああああああああ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!ばけものーー!!」
「来るな!来るなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「いやぁぁぁ!!たすけて!!!」
喚き散らす男。泣き喚く女。礼拝堂は混乱の最中にあったが、これは異常であった。
恐らく、儀式の中ずっと焚かれ続けていたイザナの影響があるのだろう。信者たちは思考力が落ち、暴れまわる怪物しか見えていない。
「ねえ!逃げて!礼拝堂から出て!!」
真月は近くにいる信者に話しかけた。しかし、真月の声には誰も反応しない。
「動いて!動けってば!」
揺すってみたり、耳元で叫んでみたりもしたが信者に真月の言葉は届かなかった。
色々試してみたが真月は結局、獣化し信者を無理やり引きずって移動させるという強硬手段に出ることにした。
しかし、これもまた過酷な道のりだった。信者たちを無理やり移動させようとすると、反撃してくるのだ。
「放せ!やめろ!!」
「
言っていることは支離滅裂で彼らとは会話もままならない。
「どうしよう…」
困った真月は思わすため息を吐きたくなった。彼らの抵抗は微々たるものではあったが、確実に真月の時間を奪っていくのだ。
真月は信者を強引に引きずり、扉から遠いものは壁際に追いやり、扉に近いものは外へ放り出し、なんとか中央で怪物と戦う二人の邪魔にならない様に信者を遠ざける事ができた。
だが残された信者たちは誰も礼拝堂から動かない。いや誰も動けないでいる様だった。
「ああ、もうだめだ…」
「ヒック。シクシク誰か…(ノД`)・゜・。」
先ほどまでの混乱は落ち着きを見せたが、彼らは現実に打ちひしがれ、絶望している。信者たちは時にすすり泣き、時に頭を抱えて現実を拒絶していたのだ。
それでも真月はなんとか彼らを礼拝堂から追い出そうと奮闘している時、それは起きた。
「桜賀!」
直政の桜賀を呼ぶ声が聞こえたのだ。戦闘が行われていた礼拝堂の中央を見れば、桜賀が離れたところで倒れていた。直政は桜賀を庇い、怪物を移動しながら攻撃している。
このままでは直政が戦いにくいかと考え、真月は桜賀を安全な場所へ移動させるべきか思案した。
しかし、その間に直政が体勢を崩し怪物に吹き飛ばされてしまう。
「直政!」
真月は叫んだ。しかし、直政からの返事はない。どうやら先程の攻撃で気を失ってしまっている様だ。
怪物は倒れた直政にとどめを刺そうと直政に近づいていく。
真月は思わず走り出した。直政は真月いる方向へ吹き飛ばされていたので、直政まではそう遠くない。真月は全力で直政の元へ走った。
(間に合え!!)
そう心の中で強く願いながら真月はなんとか怪物が攻撃を仕掛ける前にとたどり着くことができた。
真月は獣化しているため難なく直政を背負い、すぐそばに迫る怪物の足の間をくぐり抜けると壁際まで直政を運んだ。
真月は直政を床に横たえ、すぐ様容態を確認した。
(よかった。大きな怪我はしてない)
どうやら、直政は崩れた体勢でもきっちり防御はしていたらしい。攻撃の衝撃で気を失っているだけの直政に真月はホッとした。
しかし悠長に安堵している暇はない。怪物は直政を追いかけて真月のいる方へ走って来ている。
(このままじゃ、直政も桜賀も危ない。…俺があいつの気を引くしかない)
真月は覚悟を決めて真っ直ぐ怪物を見据えた。
真月はGMUに来てから続く穏やかな日々に、実のところ不安を感じていた。
これまで、真月には両親との生活が全てだった。ほとんど家から出たことがない真月にとって両親とは絶対的存在として君臨する神にも等しい存在。
両親の言いつけを守ること、逆らわないことが両親を悲しませないために出来る唯一のことだ。そう思って、……思い込んでいた。
両親は暇があれば勉強を教えてくれたり、本を読んでくれたりと真月に優しかった。母は時々、怒ったり、叫んだり、食事を抜いたり、真冬に水をかけたり…。そうやって、真月につらく当たることもあった。名前を付けないのは魂を悪魔にとられないためで、それもすべては真月のことを思っての行動だと言い聞かされてきた。
そのことに一抹の寂しさを感じることもあったが、真月が両親と過ごした十数年は幸せな日々だった。
…………そう思っていた。
GMUの寮生活開始数日は亡くなった両親のことで辛く、苦しかった。
夜は亡くなった両親の姿、優しかった姿、怒った姿…いろんな思い出が頭を通り過ぎては消える。真月は中々眠りにつけず、眠りについても直ぐに目が覚めてしまい寝不足の日もあった。
でも、多忙な日々がいつしかその苦しみを追いやり、仲間との生活が楽くなっていく。
直政との修行。遥との勉強。医務室の手伝いをした日。日向と桜賀が遊びに連れて行ってくれた日。それは仲間との思い出の日々。
しばらくして、真月は気づいた。
今までの生活の
両親との生活は確かに幸せだったかもしれない。だが、今の生活を知ってしまえば、もうこの日々を知らなかったあの頃には戻れない。
だから、両親のことは自然と気持ちに整理がついた。
二人には感謝しているが、戻ってこない日々に未練はない。
今の生活の方がずっと充実した日々だ。
しかし、楽しい日々は真月の心に影を落とす。そんな時は笑みを浮かべて、幸せだと言い聞かせていたけれど、内心ずっと不安を感じていたのだ。
これは夢ではないか。
幻ではないか。
そんな言葉が頭をよぎる。
日々の暮らしが幸せであるほど、自分には相応しくない…分不相応だと思った。
この幸せは夢で、いつか目が覚めると本気で信じていた時もあった。
漠然とした不安は真月の心を揺れ動かし、苦しめた。
でも、いつだって彼らは真月のことを案じ、思いやってくれた。優しくしてくれた。たくさんのことを教えてくれた。
そうして真月の心に降り積もった仲間への思いがその不安を晴らしてくれたのだ。
真月はあの日から変わった。両親の言葉を妄信し、自身を卑下して思考を停止させていた真月はもういない。
真月自身が考えて、行動する。
「俺は日向、遥、直政、桜賀、みんなのことが大切だ。だから……俺は俺が出来ることをする。みんなを失わない為に!!」
それは、自分に言い聞かせる様に発せられた言葉。真月自身が覚悟を知らしめる言葉だった。
それに応える様に、真月に変化が現れる。真月の目元にはくっきりと赤い隈取が、額に小さな紋様が浮かんだ。
(分かる)
それは真月の新たな力。
(見える…俺がどう動けばいいのか)
真月の行動で相手がどう動くのかが。
真月は怪物に向かって駆け出した。怪物の目的はまだ直政だ。
(奴の注意を俺に向けさせるには…!)
真月は怪物に自身を見せつける様に、眼前まで飛んだ。そのまま軽く顔を蹴り付けて、着地する。大した威力の攻撃ではないが、顔を蹴れれた怪物の敵意が明らかに真月に向いた。
「俺が相手だ」
真月は怪物に宣言する様に言い放ち、睨み合う。それは一瞬の出来事で、真月に狙いを定めた怪物は真月に手を伸ばして来た。それをヒョイとかわして、真月は再び怪物の股下をくぐり抜ける。
(俺が逃げれば、
怪物は後ろを振り返ると「があ゛あ゛あ゛あ゛」と怒った様な唸り声を出しながら、一定の距離を保って逃げる真月を真月の読み通り懸命に追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます