第17話 手がかり
日向と遥は礼拝堂の脇をすり抜けて、教主に教えられた奥の部屋へ飛び込んだ。
その部屋はあまり広くは無い。小ぶりの机と椅子、本棚があるだけだ。
「これならすぐに見つけられそうですね」
日向は部屋を見回して、少し安堵した。本棚に仕舞われている資料や本は二階の部屋にあった数に比べれば微々たるものであったからだ。
早速、二人は手分けして本棚の文献を読み漁った。本棚にしまわれている文献の数々を床に広げ、軽く目を通してはそれらを分類していく。
その部屋の文献は、古い伝説や言い伝えをまとめた古書、手書きの記録が大半で目的の文献はなかなか見つからない。
「これちゃいます?」
大半の文献に目を通し、日向は漸くそれらしきものを見つけた。日向が示した文献は、陣や詠唱その意味を解説した内容が書かれていて、他の文献とは少し毛色が違ったものだ。
「ああ確かにそれっぽいね」
日向から文献を受け取り、遥は早速中身を確認し始めた。しかし、遥は文献を読み進めていくうちにだんだんと顔を歪ませていく。
「どないしました?」
遥の妙な様子に、日向は不思議そうな声で尋ねた。しかし、困惑した様に遥は文献を読み進めている。その様子を日向は落ち着きなく見守った。時折、外で戦う二人や信者を避難させている真月の様子をうかがう。
「この儀式はおかしい」
しばらくして、ようやく遥は文献を読み終えた。そして、遥は日向にも文献を見えるように机に広げる。日向は机に広げられた文献に目を通すが、日向は儀式の類の知識は皆無であったため、見ただけではこの文献に書かれている儀式のどこがおかしいのか分からなかった。
「この儀式は、信象結晶と聖血を用いた依代を作成する儀式だ。天選教の奴らが救世主をこの依代に降ろすというならば話は分かる。でも、これは依代の作成までで儀式が完結している」
遥は日向に儀式について簡単に説明した。この儀式は特定の概念を信象結晶で具現化するという考えが根底にある。要は信象結晶の蓄えられた信仰心によって強制的に怪奇現象に実体を与えるようなものだ。
また、その文献には信象結晶を作る儀式についても書かれていた。
「僕たちが調べていたのはこの、人工信象結晶を作る儀式だね。でも、ここに書かれている限り本物と比べてエネルギー効率が十分の一以下だ。救済の儀に必要な人口信象結晶はかなりの量になる」
この人工信象結晶を作る儀式の書かれた場所を遥は日向に見せた。
確かにそこには本物の信象結晶との比較結果などが書きこまれており、文献がまるで研究書のようになっている。
「……」
日向はその研究書の書き込みを見て絶句した。そこには信者に起こったことや出来るまでの過程、効率的な作り方などが赤裸々につづられていた。その内容は非人道的なものも多く、日向は思わずその研究書を破り捨てたくなった。
「酷いちゅう言葉じゃ言いあらわせん内容やないですか」
日向は怒りのあまり手が震えていた。それほどに、その内容は酷いものだった。遥もその気持ちは痛いほどよくわかる。明らかに利己的に作成された儀式と実験結果といわんばかりの書き込みだ。遥もこれを見たときはカッとなって投げ捨てたくなったほどには、激しく怒っていた。
「これ…壊面の奴らが持ち込んだんとちゃいます?」
研究書を読んでいた日向は、不意にそうこぼした。柳の「コラプス」という言葉。人の命をなんとも思わない実験のような内容。そして先日、真月が見つけた日記から示唆された奴らとのかかわりが日向にそう思わせたのだ。
日向の言葉に、遥は柳が最後に残した言葉を思い出す。「コラプスの祝福があらんことを」。その言葉は柳が壊面のメンバーであることを示唆しているともとれた。奴らならばこの儀式の数々を作成し、言葉巧みに天選教の者たちに信じ込ませることができるかもしれない。
しかし、決定的な証拠はない。彼の残した言葉で判断するのは危険だが、今は時間がなかった。
「…そうだね。でも仮に奴らがこの儀式を天選教に教えたかどうかは今考えることじゃない」
「…あ。そうですね。すんません。まずは礼拝堂で暴れてるやつを何とかする手がかり見つけんと…」
遥に言われて、目的を見失いかけていたことに気が付いた日向は活を入れるため頬を叩く。強制的に気分を入れ替えて、遥とともに救済の儀について詳しく調べ始めた。
「この儀式は概念の具現化している。つまりこの儀式に使われている概念の内容について分かれば奴をなんとかできるかもしれない」
二人は礼拝堂で戦っている直政たちの様子をこまめに確認していたため、強力な再生能力でいくら攻撃しても倒しきれずにいる事を知っていた。
「概念……人が認知した事象に対しての意味付けですね。昔の話なんかはよくわからんもんを妖怪の仕業として意味付けしてますし」
「そうだね。その妖怪の話が信じられ、彼らはこの世界に長い時間をかけて生みだされた。おそらく、この儀式も妖怪などの話から要素を抽出しているはず…」
儀式について書かれた研究書には、詳しく組み込まれた概念の内容については載っていなかった。二人は、儀式の内容から少しづつそれを読み取っていくしかない。
「夜…」
それは、遥が読み取った概念だったが、今はまだ夕刻でこの要素は意味を成していない。わからないもをいつまでも悩んでいる暇はない。夜の要素は置いておき、遥は次の要素を調べる。
「こっちは、人…?鬼…やろか」
日向はおそらく怪物の形に由来しているであろう要素を見つけ出す。確かに怪物は鬼のような大きさで、人に近い形をしている。
「こっちは回復だね。奴の回復能力はこれだね」
そう言って二人はどんどん要素を抽出していった。夜、鬼、人、回復……おおよその要素が抽出し終わると、この儀式に組み込まれている概念が九州の高千穂に伝わる鬼八法師に似ているということが分かった。
鬼八法師とは高千穂の里を荒らしまわった鬼八という鬼のことだ。山に棲んでいた鬼八はある時、里に下りて居座り乱暴の限りを尽くした。
民を苦しめている鬼八の話を
夜になると力を増す鬼八との戦いは熾烈を極めた。しかし、三毛入野命は鬼八を討つことに成功する。
三毛入野命は鬼八の死体を土に埋め、戦いは終わったかに見えた。だが鬼八には再生能力があり一夜にして鬼八は息を吹き返したのだ。
その後、何度倒しても鬼八は蘇った。
三毛入野命は鬼八の首をはね、再び蘇らぬようにと胴体もふたつに切り分けた。そして、それぞれを別の場所に埋めたのである。そこまでされては、さすがの鬼八も蘇ることができなかった。
これが大まかな鬼八法師の話だ。礼拝堂の怪物が儀式によって生みだされたのは日蝕、つまり日の光が隠れ始めたころ。今は完全に太陽は隠れてしまい、擬似的な夜となっている。
日向が礼拝堂の様子をうかがえば、桜賀や直政の攻撃でできた傷はすぐに回復していたし、時間が経つと段々攻撃が通らなくなっていた。夜という概念を日蝕という現象で補うことで、回復能力や力を飛躍的に上昇させているのだ。
「あかん!」
外の様子を伺っていた日向は叫んだ。礼拝堂の方では桜賀が気絶してしまい、直政が孤軍奮闘している状態だった。
「遥さん!あいつどないしたらええんです!?」
日向は慌てふためいた。直政はかなり消耗していて、いつやられても可笑しくない状況だ。遥は鬼八法師の話を思い出しながら必死に考えをまとめた。
もし、鬼八法師が元となる概念ならば、奴の弱点はおそらく……太陽の光だ。
奴は日蝕が終われば一時的に弱くなる。しかし、日蝕が終われば日の入りはすぐだ。夜になれば怪物は再び力を増すだろう。
日蝕が終了し、日が沈み切る前に倒せれば怪物は再生しきれない。逆に日蝕中は力が強まり倒せない可能性が高かった。
「…急ごう。奴を倒せるのは太陽が出ている間だけだ」
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