第16話 怪物
囮として飛び出した直政と桜賀は、中央付近で暴れていた怪物に向かった。
「はぁっ!」
「おらっ!!」
信者に向けて振り回していた腕を左右から同時に切りつける。
怪物の腕はあっさりと切れた。しかし、切り口からは血が出るわけでもなくすぐに元の形へ戻ってしまう。
「ちぃっ!こいつ再生しやがった!」
襲いかかる怪物の攻撃を避けながら、桜賀は悪態をついた。腕を切り落とす勢いで振るった初手の斬撃による傷がいともたやすく回復されてしまえば舌打ちの一つでもしたくなるものだ。
怪物は三メートルには届かないが桜賀たちよりは圧倒的に大きい。下手に攻撃を受けてしまえば大怪我を負うのは想像に難くない。
怪物の周囲をチョロチョロと逃げ回る二人が煩わしいのか、怪物は羽虫を振り払うように腕を振るう。
軽く後ろに飛んでそれを躱した直政は、風の刃を隙を見てはどんどん飛ばす。怪物は無数のかすり傷を負うが、やはり瞬く間に回復されてしまう。
「…回復の速度が遅い場所はないか」
弱点でもあれば傷の直りが遅かったり、その場所を庇う仕草を見せると思った直政だったが、怪物は攻撃をよけようともしない。
拳を握りしめ振り下ろしてきた攻撃をかわし、素早く怪物の懐に潜りこむ。それに気づいて、振り下ろした手とは反対の手で怪物は直政を捕まえようとするが、その前に直政が首を一閃して切り落とした。
「どうだ!!」
怪物の首を切り落として倒せれば御の字と思いながら、直政は素早く怪物から距離を取る。
だが、切り離された首の側面がうごめき、触手の様なものが飛び出した。それは切り離された首から飛び出す触手と結合し、首が元通りくっついてしまった。
「はぁ?!」
その様子を見ていた桜賀は思わず叫んだ。胸中は「ふざけんな」という思いがあふれだす。
「どこの三流ホラーに出てくる
桜賀の発言に、直政も同じ気持ちだった。奴らが救世主として呼び出すくらいの存在だ。一筋縄ではいかないと思ってはいたが、その再生力は半端ではなく厄介だ。
怪物は先程の攻撃に腹がたったのか、足で直政を蹴り飛ばそうと執拗に追いかけ始めた。
桜賀は影を足場に飛びあがり、直政に気を取られている怪物の背後から首を狙った。しかし、桜賀の攻撃では首をはね飛ばすまでには至らず、深い切り傷を負わせただけだった。
その傷もすぐさま回復し、怪物はグルリと桜賀の方を向いた。首を狙うために飛び上がっていた桜賀はまだ空中から落下している途中。そこを狙って怪物は桜賀を捕まえるために手を伸ばしてきた。
「やべ!!」
桜賀が思ったよりも怪物の反応が素早い。空中ではその手をよけることはできない。
桜賀が怪物から、一撃を貰うことを覚悟したその時。すかさず、直政は怪物の横に回り込み、桜賀をつかもうとしていた手を切り落とした。
「おい!油断すんな!」
直政は、桜賀に鋭い叱責を浴びせながら怪物に風の刃で追撃を行う。
「すいません!助かりました!」
怪物の意識が再び直政に移り、桜賀からそれた。その隙に桜賀は距離を取り、影からクナイを作り出す。
「はぁっ!」
足の一点を狙って放たれたクナイは、怪物の体勢を若干崩すことに成功した。
直政を捕まえようと両手を延ばしていた怪物はよろめき、直政はその隙を逃さず怪物に迫り攻撃に転じる。
両腕を切り落とし、腹部に一撃を叩き込む。各部位は切り離され、四等分にされた怪物だったが、やはり切断面から触手が飛び出し、接合しようとする。
その接合部分を桜賀と直政は再度攻撃するが、再生を止めることはできない。さらにその触手が直政たちに邪魔をするなと襲い掛かってきた。
「うわぁ…。気持ちわる!!」
触手が
二人が迫ってきた数本の触手をの対処を終えると、怪物はすでに再生を終えている。偶然二人が、近い位置にいることに気が付きまとめて始末しようと考えたのか、怪物は両手を握り合わせてハンマーのように振り上げていた。
ブン、と振り下ろされた両手を、左右に分かれて躱す。怪物は握り合わせた拳を放し直政を追いかけて、右手の握りこぶしからパンチを放つ。直政がそのパンチを躱すと怪物は、左、右、と連続してパンチを放ってくる。
様子を窺いながら、直政は怪物の攻撃をかわす。桜賀も直政の援護にクナイを投げるが、かすり傷を負わせるだけで、怪物の隙にはつながらない。
直政は、観察していると怪物の動きが少しづつではあるが洗練されていくのが分かった。その様子に直政はそこはかとない危機感を覚える。
ただでさえ悪魔に続く連戦で気力、体力ともに消耗しているのだ。下手をすれば全滅もありうる。
「桜賀!気を付けろ!こいつ…」
直政が桜賀に怪物について注意を促そうとしたその時、怪物の攻撃スピードが上がった。さっきまでは余裕で避けられていた攻撃が、ギリギリかわせるかどうかという位だ。
その様子を見て、桜賀も怪物の様子が戦闘開始直後とは全然違っている事に気がついた。まるで今まで持て余していた体にようやく慣れてきた様にも思えた。
「直政さん!」
「大丈夫だ!」
直政は怪物の攻撃をかわすばかりで、攻撃に転じることが出来ない。攻撃する様子を見せれば、急に距離を詰めて来たり、逆に距離をとってきたりと、直政たちの攻撃パターンを理解し始めているのだ。
そんな直政のフォローをすべく、桜賀はクナイを怪物に投げつける。だが、クナイは刺さることなく弾かれて消えてしまう。
「固くなってる…?」
桜賀はクナイを投げるととキィン、という音を立てて怪物の足から弾かれていることに気がついた。
キィン!キィン!
桜賀は再びクナイを投擲する。やはりクナイは硬質な音を立てて弾かれた。
「それなら!」
桜賀の攻撃を歯牙にもかけない怪物に、接近し影刀で足を切りつける。
ガキィン!!
鉄板を斬りつけた様な衝撃が桜賀の手に伝わる。怪物には微かに傷がついただけで、体勢すら崩すことは出来なかった。
しかし、さすがに桜賀の攻撃が煩わしいと感じたのか、切りつけられた方の足で桜賀に向けた蹴りを放つ。
桜賀は咄嗟に影で盾を作ったが、多少の勢いを削いだだけで、その蹴りは桜賀の腹部に直撃する。
「ガハッ!!」
吹き飛ばされた桜賀は勢いよく床を転がった。
「ゴホッ!ゴホッ!」
防御したとはいえこの威力、まともに食らっていれば内臓が破裂していてもおかしくない。痛む腹を押さえながら桜賀は自分の反射神経に感謝した。
桜賀に蹴りを食らわせたことで、直政への攻撃の密度が下がる。直政は怪物を真っ二つに切り裂くつもりで刀を振り下ろす。
しかし、怪物は硬質化し始めた腕で刀を受け止め、直政を反対の手で殴り飛ばそうとする。
直政は怪物の腕を蹴り飛ばし、空中で一回転してその攻撃をかわすと、風を使って大きく後ろに飛んだ。
怪物は直政を追いかけ、拳を繰り出してくる。直政はその拳に対して風で腕の側面を外へ弾いた。その衝撃で怪物はよろめき、繰り出そうとしていた反対側の拳はあらぬ方向へ振り抜いてしまう。さらに大きく体制を崩した怪物に直政は攻撃をしかけることなく出方を伺った。
(下手に攻撃を仕掛けると良くないか)
怪物の攻略法がわからない以上は防御に徹することを決めた直政は、離れたところで様子を伺う桜賀にも指示を出す。
足止めと時間稼ぎの指示を受けた桜賀は、腹部を押さえながら立ち上がる。腹に受けた攻撃の痛みは大分引いて、動けるまでには回復している。桜賀はいつでも直政のフォローを出来る様に影を包帯状にして床を這わせた。
直政は体勢を立て直した怪物の猛攻を風を併用しながらかわしては、隙を見て怪物の腕の側面に風をぶつけている。怪物がたたらを踏んで桜賀の影が忍ばせてある場所に近づいた。
桜賀は床に忍ばせた影をタイミング良く操作する。包帯状の影は一斉に怪物に拘束する様に絡みついた。影で拘束された怪物はとにかく力任せに暴れ回り、ブチブチと影をちぎる。その度、新たな影で拘束するが、次第に怪物の影をちぎる量が増え拘束が間に合わなくなっていく。
「直政さん!拘束が解けます!」
ついに全ての影を引きちぎり、怪物は解き放たれる。
影の拘束がよほど嫌だったのか、怪物は歯をむき出しにして「グルル…」と獣の様な唸り声をあげている。
怪物は影を操っていたのが桜賀であると分かっているらしく、桜賀に向かって飛びかかった。桜賀が影を使いながら何とか怪物の攻撃をかわすと、直政は怪物の足の側面から風をぶつけた。
直政の風でズルリと足が滑り、バランスを崩した怪物に追い打ちをかけるように再度風をぶつけると、怪物は亀のようにひっくり返える。桜賀は怪物の体を影で拘束し直すが、怪物は先ほど以上に激しく暴れまわった。
暴れ回る怪物の腕が偶然、桜賀へと向かう。影で咄嗟に防いだものの、防いだ左腕がミシリと嫌な音を立てる。そのまま上空に吹き飛ばされた桜賀は、背中から床に落ちその衝撃で気絶してしまった。
「桜賀!」
桜賀が気絶したことで、影の拘束が解けた。直政は気絶している桜賀に怪物が向かわない様に、起き上がった怪物に連続して攻撃を仕掛ける。幸い、桜賀は気絶しているだけで、大怪我をしている様子はない。
そのまま、桜賀の倒れている場所から引き離す様に移動しながら直政は攻め続ける。すでに疲労がピークに差し掛かっている直政は怪物と桜賀ばかりに気を取られ、足元の溝に気が付かなかった。
「しまっ!!」
気が付いた時にはその溝に足を取られ、直政の体はバランスを崩していた。その溝は儀式に使われていた杯を置くためのもので、他の溝よりも広く彫られている。そこに足を取られた直政は自分に向かって走ってくる怪物に殴り飛ばされた。
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