第13話 逃亡
(いくぞ!)
先頭を務める直政の合図で五人は一斉に飛び出した。二人の男はまだ五人には気がついていない。扉の近くにいる男を吹き飛ばし、部屋から飛び出す…はずだった。
キィン
しかし、直政の峰打ちは異形の人型によって受け止められてしまったのだ。
「なっ!!」
まさか受け止められるとは思わず、全員の足が止まった。異形に守られた男はにやりといやらしい笑みを浮かべ五人を見た。
「ほぉら。ネズミがいち、にい、さん……五匹いた」
何が楽しいのかクツクツと笑い、男は真月たちを数えた。男が従えているであろう異形は直政の攻撃を受け止めて以降うごかず、不気味さを増している。
「や、柳さん」
もう一人の老齢の男が不安げに声を上げた。まさか本当にこの部屋に侵入者がいたことに驚いてるようだった。
「大丈夫ですよ。教主」
柳は教主に向かって安心する様に伝えた。そのたたずまいは自身にあふれている。
相対する直政の斜め後ろからその様子を見ていた真月は、どこかで柳を見たことがある気がしてならなかった。だが、どうしても思い出せずついじっと柳を見つめてしまう。
「どうしたん?」
柳を見つめる真月の様子を不審に思ったのか、日向が小さめの声で話しかけて来た。
「あの、柳ってひとどこかで…」
「ん?」
真月は日向に柳について感じる既視感をつたえると、眉根を寄せて柳を見た。
「言われてみれば確かに、そんな気がしなくもないなぁ…」
日向も、真月に言われると柳というあの男を知っているような感覚に襲われる。だがどうにも思い出せず、真月同様もやもやとしてしまう。
「ふふ。どうやってここに入り込んだのか…。まあ、ここは教主のためにまとめて始末してしまいましょうかね…」
柳はそういって右手を横にサッと振り払う仕草をした。
すると、黒いもやが床から噴き出す。それはやがて直政の攻撃を受け止めた異形と同じ姿を取り始める。
「……悪魔、か?」
その異形を見て、桜賀は呟いた。確かにそれは悪魔と呼ばれる生き物であった。
悪魔の姿に、声に、話し方に、段々と真月は柳がある人物と重なって見えた。
「…神父さま?」
あの日、悪魔と共に逃げていったはずの真月もよく知っている神父だ。柳は神父の服を着ているわけでは無いし、髪型も全然違っていて別人のよう。だが、ひとたび彼が神父だと声に出せば、ますます神父にしか見えなくなった。
「あんときの神父?…なるほど、あんたも天選教の人間やったんか」
真月の発した神父という言葉で、日向も彼があの時の神父だと認識した。それを理解した瞬間、日向は目を細め柳を睨みつける。
柳は真月、日向、桜賀をまじまじと見つめて考えるような仕草を見せた。
「…ふむ。あの時の奴らか」
今の今まで忘れていたのか、思い出したと言わんばかりの柳は興味がなさそうに「やれ」と言い放った。
柳の命令で、八匹の悪魔たちが五人に襲いかかる。
先頭にいた直政には四匹の悪魔が一斉に攻撃を仕掛けて来た。襲い掛かってきた悪魔は中級悪魔で、大柄な体格と子供並みだが知能を持つ。連携攻撃を仕掛けてくるというわけでは無いが、直政の後ろにいる弱そうな真月と日向を狙おうとしていた。
「真月、日向下がれ!」
二人を守りながらの戦いは、この狭い空間では荷が重い。
真月と日向は、直政の声にすぐ反応してスッと書架の方へと下がった。後ろへの心配が少し減ったが、悪魔が減るわけでは無い。しかし本来、広い場所での戦闘を得意とする直政は、やり辛さを感じていた。
「はっっ!!」
左右から同時に仕掛けてくる悪魔を右は刀左は手から発生させた風で吹き飛ばす。その隙を狙って、一匹の悪魔が襲い掛かってくる。
直政は先ほど斜めに振りぬいた刀をそのまま逆向きに振り下ろす。その攻撃を悪魔は腕で防ごうとするが、直政の刀はそのまま悪魔の腕を切り落とした。
「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛」
腕を切り落とされた悪魔は、うめき声をあげながら後ずさる。その隙に様子を窺っていた悪魔に刀を振り、風の刃を飛ばして攻撃。しかし、悪魔は両腕をクロスさせて風の刃を防いだ。
「ちっ!」
その様子に舌打ちをした直政のもとに、左右に吹き飛ばされていた悪魔たちが迫っていた。左の悪魔の攻撃をかわし、右から襲い掛かってきた悪魔には先ほど攻撃した場所に寸分たがわず斬撃を叩き込む。最初に受けた攻撃でダメージを受けていたのか、二度目の斬撃を受けた悪魔はその姿が崩れ、溶けるように消えていった。
「がああああああ!!」
そのまま、直政は叫び声をあげて左側から突っ込んでくる悪魔の後ろに回り込む。悪魔の首らしき個所を狙って切る。その攻撃をかわすことも防ぐこともできなかった悪魔は左の悪魔と同様に消えていく。
「っし!」
これで、残りは正面の二匹のみ。いまだに切り落とされた腕を抑えて混乱している悪魔を放置して、もう一方の悪魔に切りかかる。悪魔は後ろに避けようと動くが、その動きは速くない。そのままもう一歩前へ踏み出して一閃。とっさに防ごうとして、腕を上げた悪魔だったが防御は間に合わず、そのまま直政に切り裂かれてしまう。
残った悪魔は腕を切り落とした一匹。後ろに向けた刀の切っ先から風を噴出させ、猛スピードで悪魔との距離を一気に詰めると、反応すらできない悪魔を切る。
「あ゛……あ゛………」
うめき声をあげながら、直政が相手をしていた最後の悪魔は消えていった。
桜賀の元には二匹の悪魔が襲いかかってきた。
「よっ」
腕を振りかぶり、襲い掛かって来る悪魔に影のクナイで攻撃する。しかし、悪魔はそれをものともせずに迫って来る。クナイ程度ではかすり傷一つ負わない悪魔は意外にも防御力が高い。
「あ゛がががあああああ!」
二匹の悪魔は叫び声を上げながら同時に桜賀の元へ迫ってくる。ひょい、と悪魔が振り下ろした腕をよけ、桜賀はどう対応しようか迷う。
防御は難しくないし、避けるのも簡単ではあるが桜賀の攻撃は決定打に欠けている。悪魔も知能は低いとはいえ、一体に集中しようとすれば、たちまちもう一体がその隙をついて攻撃を仕掛けてくる。
悪魔の攻撃をかわしながら、桜賀はどうにも攻めあぐねていた。桜賀の固有能力は自分の影しか操ることが出来ない。また、あまり桜賀から離れすぎると影で作ったものは消滅してしまう。
「どうしたもんかね…」
腕をブンブンと振り回すような攻撃しかしてこない悪魔たちの間をするすると躱しながら、桜賀はぼやいた。奇しくも前々から桜賀自身が懸念していた攻撃力の低さが露呈した様だ。
「…増やすか」
影を使い攻守に優れた対応をすることが出来る桜賀の攻撃力は低い。それを自覚している桜賀が選択したのは、一撃一撃の威力を上げることではなく、その手数を増やすことだった。
腕を振り下ろしてきた悪魔を後ろに軽く飛んでかわすともう一匹が突進してくる。一直線に突っ込んでくる悪魔の肩を踏んで飛び超えると、クナイをいくつも指の間に挟み連続で投げた。そのクナイはほとんど同じ場所に飛んでいく。一つ一つが少しづつ悪魔の皮膚を傷つけ、ついに最後にはなった一本が突き刺さる。
「あ゛あ゛あ゛……?」
後ろにいる桜賀を振り返る悪魔は、全く聞いていなかったはずの攻撃が自分を傷つけたことに理解が出来ない様子だった。逆に、桜賀はその傷を見て自身の選択が間違っていなかったことを確信した。
「っし!」
桜賀は深呼吸を一つして気合を入れなおすと、両手に影の短剣をもつ。
再び襲い掛かってくる悪魔たちの重鈍な攻撃をギリギリで躱すと、両手の短剣で悪魔の腕を切り付ける。
もちろん、その攻撃は悪魔に傷一つつけない。しかし桜賀は、すれ違いざまに同じ場所を何度も何度もなぞる様に切り付ける。
躱しては切り、躱しては切りと繰り返せば、一匹の悪魔の腕にはいつしか小さな傷がついていた。
もちろん桜賀はそれを見逃さず、悪魔の攻撃をかわすと今度はその傷に短剣を突き刺した。
グサリ
短剣は悪魔に深々と突き刺さった。桜賀はその短剣を抜くことはせず、短剣から影の形を変えることで腕を切り落とした。
「っし。固いのは外だけみたいだな」
その様子から、悪魔は表皮の部分だけが固いという判別がついた。桜賀は消費した影の短剣を作り直し、腕を切り落とした悪魔に攻撃を繰り返す。
そうして悪魔の内部に影が入ってしまえばあとは簡単だ。影を操り内部からの攻撃で悪魔を一匹倒すことに成功する。
桜賀が残りの悪魔を倒したのは、それからすぐのことだった。
一方、残り二匹の悪魔を相手にしていた遥は苦戦を強いられていた。遥は本来、一対多数の相手を殲滅する戦闘を得意としている。遥の攻撃は狭い部屋の入り乱れる戦闘空間において仲間を傷つけかねない。
遥は直政と桜賀の様子を窺いながら悪魔から逃げることで精一杯だった。
(どうしよう…?)
遥は悪魔の攻撃をかわしながら逡巡した。遥は固有能力で悪魔を吹き飛ばすほどの威力は出せず、接近戦も直政ほどうまくはないのだ。
短刀で攻撃を仕掛けるが、やはり悪魔を傷つけるには至らない。
(…仕方ない…っか)
遥は意を決して何かを投げた。直それは、遥の持つワイヤーの先端に取り付けられている
小さく、風で操作がしやすいように作られた錘。政たちと戦闘範囲が被らないように細心の注意を払いながら風を送る。
その間も、悪魔は遥に向かって攻撃を仕掛けてくる。攻撃を避けながら細かく移動し、遥は悪魔を目的の場所へ誘導しようと試みる。
しかし知能が低いせいか、悪魔は遥が意図しない方向へ動いてしまう。
(やりずらい…。悪魔に中途半端な知能があるせいかな)
振り降ろされた腕を躱し、遥に向かって突進してくる悪魔を躱す。時間をかけて少しづつではあるが段々悪魔を罠を仕掛けてある場所に誘導する。
(…きた!)
一匹の悪魔が、遥のワイヤーの範囲に入ったのだ。すかさず遥は風を操りワイヤーを巡らせる。しかし、一匹の悪魔に気を取られて遥はもう一匹の悪魔が迫っていたことに気が付かなかった。
「!!」
不意に遥の上に影が差し、横から迫る悪魔の存在に気が付いた。
「うっぐ!!」
慌てて後ろに飛び、ギリギリのところで悪魔の攻撃をかわすことが出来た。しかし、バランスを崩して床に背中から倒れこんでしまう。
ワイヤーの範囲にいた悪魔もいつの間にか移動し、かすり傷を負わせることしかできなかった。
「はぁ…はぁ…」
すぐさま体制を立て直すが、悪魔たちは遥のすぐ側に迫っている。
素早く距離を取り、拘束用ワイヤーを放つ。二匹の悪魔同士を繋ぐようにワイヤーを巻きつけると、二匹は互いに行動を阻害し遥から意識が逸れた。
すかさず最初に放ったワイヤーを操り悪魔の足に巻き付けて、切断する。
一匹が態勢を崩し、ワイヤーで繋がった悪魔もそれに引っ張られてタタラを踏む。
(今!)
遥はその隙を見て二匹まとめてワイヤーで囲む。
フワリ。先程までより少し強めの風を吹かせれば二匹はワイヤーによって切断され虚空に消えていった。
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