第12話 潜入
「…教会周辺の人通り、なくなりました」
その言葉を聞いて、車の前方に座っていた遥と直政は顔を見合わせてうなずきあった。
「行くぞ、お前ら」
それは作戦開始の合図。五人は急いで車を降り、教会の正面入り口に向かう。教会の内側、人が入り口から遠ざかったのを確認して、そっと侵入する。
教会の中央部、入り口から入って正面の扉の先には三階まで吹き抜けの部屋がある。恐らく礼拝堂と思われるこの部屋では今日も信者が朝早くから儀式を行なっている。
五人はそれを無視して最上階の三階へ階段を駆け上がる。
「…っと、ここです」
日向が示したのは礼拝堂の様子がうかがえる三階部分にあるテラスのような場所へ続く扉。一階にある礼拝堂の扉の真上に位置するその扉の前で五人は立ち止まっていた。
「ここから中の様子が確認できるはずですけど…、どないします?」
儀式の様子について確認する必要はあったが三階にはほかにも部屋がある。礼拝堂の様子を確認することの優先順は位高くない。
そのため、日向はこの五人の司令塔的立ち位置にいる遥に指示を仰いだ。
「先に他の部屋を確認しよう」
遥は礼拝堂よりも資料を探すことを優先することに決めた様だ。
三階には礼拝堂の左右に一つずつ部屋がある。天選教の人間に見つからないように慎重に部屋へ侵入する。
幸い、鍵はかかっておらず侵入は容易であった。しかし、部屋の中にはベットと机ぐらいしか家具はなくめぼしいものは見つからない。
長時間一箇所に止まるのは危険であるため、ざっと部屋を物色するとすぐに部屋を出た。反対側に位置する部屋も同じような作りで、特に何も見つからない。
「…礼拝堂の方を確認してから、二階に移動しよう」
二階からは礼拝堂の様子を確認できない。遥は先に中の様子を確認することに決め、礼拝堂に続くの扉に手をかける。中に入った五人は念のため姿勢を低くして下から見ても気づけないように、手すりの隙間から階下をのぞき込んだ。
一階では何かの儀式を行っている信者たちの様子が見えた。床一面に書かれた陣の周りで座り込み、一心不乱に祈っている様だ。周囲には大小様々な蝋燭が灯されている。四隅には何かを焚いている大きな香炉が置かれ、そこから煙が上がっている。
陣の中央には謎の結晶が浮かんでいるのがかすかに見える。大きさは三十センチ程度だろうか、キラキラと時折またたいて非常に美しい。
「
その結晶を見た遥が不意につぶやいた。眉をひそめ、信じられないものを見たとでも言う風に目を見開いている。
「なにそれ?」
真月は信象結晶の意味が分からず聞き返した。しかし、残りの三人は遥の言葉に驚き、階下にある信象結晶を真剣に見つめていた。
信象結晶とは本来、神社や祠などに何百年とかけて自然に発生する人々の信仰心が生み出す結晶体だ。自然発生した信象結晶は大きくても数センチ程のもので、儀式や呪具に使われる高エネルギー物質である。
「…確かに、それっぽいですけど…」
日向は何やら納得のいかないといった表情をしていた。
明らかに、この場所で三十センチ大の結晶が存在しているのはおかしいからだ。
「あんなに大きなもん、見たことないぞ」
「僕もあんなに大きな信象結晶は見たことがない。でも、あれは信象結晶にしか見えない」
だか、信象結晶特有の色とまたたきが、信象結晶であるということを証明していた。
「…もしかしたら、無理やり作り出しているのかも知れない」
階下で行われている儀式、中央に輝く信象結晶。そこから導き出されたのは、今まで行われていた儀式は信者の信仰心を儀式によって無理に結晶化するものであったと言うの推論だった。もしそうであるならば、信者の心神喪失や行方不明、死亡は強引に信仰心を引き出したために起きた可能性が考えられる。
五人は随分長い間、その場にとどまっていた。しかし、早急に証拠を手に入れるべく五人は意を決してその場を後にした。
そのまま二階へ降りた五人は端から順に部屋を見て回る。個人部屋と思しき部屋がいくつかあるが対してものは置かれていない。重要な書類や資料は厳重に管理していることが見て取れた。礼拝堂の対面に位置する場所には大きな部屋が一つあった。鍵がかかっており、明らかに何かがあることをうかがわせた。
「鍵がかかっとんな…」
日向は扉を開けようと何度もドアノブをひねるが、ガチャガチャ音を立てるばかり。
「俺に任せろ!」
日向を押しのけ、桜賀は扉の前に立った。延ばされた黒い影が、鍵穴に入り込む。うねうねと影が動いたかと思うと、扉は小さく『カシャン』と音を立てた。そして、桜賀がドアノブをひねればいとも簡単に扉は開いてしまった。
どうやら、影でピッキングの真似事をしたようだった。
桜賀は「どうだ」と自慢げな顔つきで振り返り、中を指差した。促されるまま入った部屋は、書斎と資料室を合わせた様な作りだった。
「ビンゴだ」
部屋の様子を見て、直政は目的のものがある気がした。ずらりと並ぶ書架いっぱいに詰まった資料や本の数々に感嘆する。
「…みんな分かれて探そう」
部屋に並ぶ書架とその数を見て遥は、全員別々に探す決断をした。
確かにこの部屋の本は五人分かれて調べないと時間がかかってしまうほどの量があった。だが、普段の遥なら二手に分かれる判断を下しただろう。
真月はその決断に、不信感を覚えた。しかし、それを言い出す前にほかの四人は散会していた。もやもやした気持ちを抱えつつも、真月は近くの書架へ向かった。
念のため獣化し、聴力を強化しておけば部屋に近づく人がいても気が付けるだろう。そう判断したのだ。
「修行入門書、自由意志のすすめ、清貧のこころ……」
書架に収められている本は一般的に発売されているものなのだろう。著者はバラバラで、出版社が記載されている。老女から手に入れた本は、きれいな装丁ではあったが著者も出版社も書かれてはいなかった。もし、天選教に関わる本があるならば同じような作りをしているだろうと真月は当たりをつけた。
書架を調べるのに集中しすぎたのか、真月はそれに気がつくのが遅れた。
『…コツ、…コツ、…コツ、…コツ』
誰かの足音が近づいて来る。その音はまだ遠く、この部屋に入ってくるとは限らない。
だが、この時の真月は少しおかしかった。下手に動かず、相手の出方を確かめようと考えたのだ。
しかし、真月のナニカが警鐘を鳴らす。
『…コツ、…コツ、…コツ、…コツ』
足音はゆっくりと部屋に近づいてくる。近づいてくる足音に一層強く警鐘が鳴る。
その時、真月は自分の手に思い切り噛みついた。歯が食い込み、血が滲む。
真月は痛みで正気を取り戻し、先ほどまでの自分がどこか可笑しかったのを自覚した。
(まさか、みんなも…)
そんな考えがよぎり、周囲を見回せば少し離れた場所に直政が見えた。
「直政、ねぇ直政」
小さな声で呼びかけるが全く反応がない。注意力や思考力が落ち、目の前の書架を探すことに集中している様子は異常だった。
真月は思い切って直政の手を噛むことにした。
「ガブリ」「いでっ!なにす……って、あれ?」
直政は真月が側にいることにようやく気が付いたらしい。直政は状況が理解できていないのか、目を白黒させている。
「…大丈夫?」
正気に戻った直政に小声で問いかける。混乱気味の直政だが落ち着くのをまつ余裕はない。今も足音がどんどん近づきてきているのだ。
「…直政。足音が近づいてる。まだこの部屋に入って来るかは分かんないけど、みんな気が付いてないかも……」
「…わかった。ほかの奴らの元に行こう」
状況を理解しきれない直政だったが、真月の言葉ですぐにほかの三人の状況を確認した方がいいと理解した。
「ハル…ハル!」
「日向!桜賀!」
幸い三人はさほど離れていない場所にいた。しかし、二人が声をかけても先ほどの直政同様、気がつかない。もうあまり時間はない。直政は遥と日向を、真月は桜賀を正気に戻すべく一撃を与える。
「「「…え?」」」
三人は殴られた理由が分からずポカンとした表情をしていた。だが、状況を説明している暇はなかった。
「日向、周囲の確認を……」
直政が日向に指示を出そうとするが、その言葉は『ガチャリ』という扉の開く音で遮られた。
「あれ…?鍵が開いてる?」
部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。直政は皆に静かにするようにハンドサインを送る。全員が無言でうなずき、息をひそめて入ってきた人物の様子を窺う。
「閉め忘れたのか?」
もう一人、別の男が先に入ってきた男性に声をかけた。
「そんなはずは…」
男性はしきりに首を傾げ、鍵を閉めたかどうか思い出そうとしている。腕を組んで、大げさに「うーん」と唸りながら、真月たちとは反対方向へ歩いていく。
そんな男性とは裏腹に、もう一人の男は周囲を見回して何かを確認している。
「…いや、どうやらネズミが入り込んでいるらしい」
何をもってその判断を下したのか真月たちにはわからなかったが、自分たちの存在がばれたことだけは理解できた。
(どうする?)
無言のまま、直政は全員に問いかけた。
(早くここから離れた方がいいんとちゃいます?)
日向は、逃走を図るべきだとハンドサインを送る。だが、この部屋から出るには二人の男をどうにかしなければならない。それが一番の問題だった。
(二手にわかれるのはどうだ?)
桜賀は陽動と逃走に分かれて行動することだった。その選択は一番よさそうに感じる。しかし、何の成果もない今の状況で逃走したとしても有益な情報は入手できていない。それでは誰かが囮で残る必要はあまりない。
(なら、全員で一点突破か?)
(そうだね。ナオを先頭にして中央に日向君と真月君。左右は僕と桜賀君かな?)
ようやくいつもの調子を取り戻した遥が直政の提案を採用する。
その普段通りの様子に、真月はそっと安堵のため息を吐いた。
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