第11話 作戦会議
夕刻、帰還した三人は報告と共に天選教のものと思われる本を尾坂に預けた。しかし、その日以降は特に成果が上がらないまま金曜日の夕方を迎えてしまった。
「急に集まってもらってごめんね」
夕方と言うよりは、夜に近い時間。いつもの会議室に五人は集まっていた。みな思い思いの場所に座り、召集した遥の言葉を待っていた。
「みんなに集まってもらったのは、さっき研究課から頼んでいた調査結果をもらったのと先日集めた情報を共有するためだよ」
そう言ってみなの前に立つ遥は紙の束を見せる。そこに調査結果などが書かれているのだろう。それなりの分厚さがある紙束だ。
「でも何で急に集めたんです?別に情報共有なら明日でもええんとちゃいますの?」
日向たちは学校から帰ってくるなり召集されてしまったため未だに制服のままだ。予定では日曜日に件の教会へ潜入調査を行うはずだった。そのため、打ち合わせは明日行うことになっていた。何が不満というわけでも無いが、何の説明もなく召集をかけられて困惑気味であったのは確かだ。
「早急に調査をする必要が出て来てしまったんだ」
遥は珍しく怖い面持ちでその問いに答えた。いつも温厚で笑みを絶やさない遥の様子から明らかに何かがあったと推測できる。それを他の四人は敏感に感じ取り、体を固くした。
「まずはこれを」
急きょ招集した理由に関しては後で話してくれるらしく、先に配られたのはグラフや図形が書かれた紙だ。どうやら調査結果の資料を一部抜粋したものらしい。
「これは先日桜賀君と僕で採取した血液の成分を解析したものだ」
そこには通常の血液の成分表の横に採取した血液の成分表が比較する様に記載されていた。そして血液には複数の薬草の成分が混じっているという結果が表の下に表記されている。その中にはもちろんイザナもあった。
「イザナを含めた複数の薬草を混ぜた血液は天選教では聖血と呼ばれ、特定の儀式に使用されることが分かっている」
そういって遥が見せたのは天の理。真月が老女から入手した本だ。
「先日手に入れたこの本は、天選教のいわゆる聖書の様なものに該当する。この本には天選教の教えや儀式について触れられている」
「儀式…。俺らが調べているやつか」
遥の持つ本を見ていた直政は資料に視線を落とす。聖血の成分と混入してると思われる薬草の名前を見て、「理解が出来ない」と頭を左右に振った。
「僕だって理解できないよ。この儀式は彼らを救う『救世主を現世に呼び起こすため』のもので、それによって彼らは救済されると信じているんだから」
真月も日向も桜賀も信じられないという顔をした。宗教を信じることは悪い事ではないが、現実的に儀式で救世主が呼び出されるなんて思わない。
「救済って何をもって救済なんや?わからんわ~」
抽象的であいまいな表現で書かれていて、とてつもなく怪しい。日向は椅子に背を預け天を仰いでしまう。
「そうだな。救われたいと何かにすがることは分からなくもない。別にそのことに関しちゃ悪い事でもないしな。だが、こいつらの教え…とでも言うべきか。すべてがあいまいで、読んだものに都合よく解釈させようとしている風にも感じる」
遥に天の理を借りて流し読みしていた桜賀は、読む価値すらないと言いたげにその本を机に投げ捨てた。仏教やキリスト教の様な明確な教えがあるわけでもなく、救世主についても説明されていない。むしろ救世主を呼び出すことが目的ともとれる。
「そうだね。桜賀君の言う通りだ。これは一般の信者に向けて書かれた本だと僕は考えている。天選教を信じる信者を都合よく扱おうとして書かれた……ね」
遥は、憎々しげに机の上の本を睨んだ。
天に坐す神は世界の行く末を案じ常に見守っている。神に祈りを捧げ敬虔な使徒であれば、神は救世主を使わして救いを与えてくださる。天選教の信者は天に…神に選ばれた救われるべき民である。
天の理に書かれているのは、始終このような内容ばかり。ともすれば戯言と言えなくもない。
どんな宗教でも救済と言えば、罪や咎、魂、命などが救われる、許され理想郷に行けるといった救済の対象がある。だがこの本には何が救済されるというわけでは無く、救済があるとだけ書かれているのだ。
「都合よくっちゅうことは、天選教作った奴らはほかの目的でもあるんかね?」
椅子の背に体重をかけ椅子を傾けて遊んでいた日向は、天を仰ぎながら呟いた。遥や桜賀の話を聞いていると段々そんな気がしてきたのだ。
「確かに、自分たちの目的を行わせるための手足って感じかも」
真月は椅子の上で足をブラブラと揺らしながら日向に賛同した。
「明確なことが何も書かれていないなら誰かからの指示があってしかるべき…ってか?」
二人の言葉を聞いて、直政は後ろにいるであろう人物の性格の悪さを感じた。
口先だけの甘い言葉で誘惑し信者を集め、何かを行わせようとしている。会議室にいた全員がそう考えるのに時間はかからなかった。
「ともかく、前に俺と桜賀が見つけたイザナについては、なんに使っとんのか分かったわ」
「俺らが見つけられなかっただけで、他の薬草もどこかに隠してあったかもな」
桜賀は大事な証拠を見つけ損ねていたことに気付き悔しそうだった。
「うん。その件は警察も動いてる。ほかの薬草も合わせて調査を依頼してあるし、その辺に関しては心配はいらないよ。僕たちの目的はあくまで天選教が行われている儀式についての調査だからね」
イザナやほかの薬草についても遥はすでに手を打っていた様だ。密輸などに関しては管轄外という事もあってすでに警察では別の部署が捜査しているらしい。
「まあ、その救世主を呼び起こす儀式が行われていないことはわかるな」
「……?なんで儀式してないってわかるの?」
直政がした儀式の不実施をほのめかす発言に、真月は何故そう思うのか理解できずにいた。儀式をしているという話があるのだから、当然本に書かれた儀式だと真月は思っていたのだ。
「未だに何らかの儀式をしてるって話は聞くが、逆に救世主の話なんて今まで俺らは知らなかった。つまり、今までしていた儀式ってのは救世主のとは別物だろうな」
その言葉を聞いて、桜賀と日向は心底嫌そうな顔をした。今回、天の理で判明した儀式は調査している儀式の話とは関係がないのだから、ふりだしに戻ったようなものだ。
「こういう特別な儀式は特定の日に行うとか、条件を揃えたりとか色々手順があるもんだ。信者に救世主の儀式をするには別の儀式を行い条件を揃える必要があるとでも言って行わせてるんだろ」
直政は「胸糞が悪い」と吐き捨てるように言った。他者に犠牲を強いて自分は安全なところから目的が達成されることを待っている奴らが天選教上層部にいる。たとえ本当に救世主を呼び起こす儀式に必要なことだとしても、信者の中に行方不明者や心神喪失者、死亡者が出ていることは事実だ。確かに気分がいいものではなかった。
「ナオの言う通り、特別な儀式を行うには条件がある。それはこっちの日記でかろうじて読み取れた情報だ」
遥が示したのは日向たちと見つけたほとんど読めない日記だ。日記には『聖なる日に×××は××し××は救済される』という言葉が書かれていたらしい。恐らく『聖なる日に救世主は降臨し我らは救済される』というような内容だろう。
「天選教は日蝕が起こる日が聖なる日と定めている。天選教が儀式を行うのは日蝕の日の可能性が高い」
残念なことに日蝕が起きるのは明日の夕方だった。
「もし、儀式が行われれば何が起こるか分からない。天選教がこの儀式を行う前に調査を行い、できれば警察の実働部隊が動けるくらいの情報が欲しい」
正確な情報が手に入れば実働部隊によって天選教の奴らを逮捕できるらしい。そこで、予定を繰り上げて明朝から潜入作戦を開始することが決まったのだ。
遥は手に持っていた紙の束を強く握りしめた。今回の潜入調査は危険と隣り合わせである。そのことに不安を感じずにはいられなかった。
「なるほど、確かに早急に調査する必要があるな」
桜賀はいつになく真剣な表情だった。
その場にいた誰もが今日の急な召集に納得した。明日、段取りをしている暇は無いのだろう。
この召集の目的はは明日の潜入時に取る行動の共有、およびシュミレーションだ。
遥は明日の潜入後の行動についての説明を始めた。
潜入後、まず日向の
そして諸々の注意点についても言及する。
まず、戦闘時の注意点として武器や
五人はあくまで儀式の内容についての資料や文献の類を入手することを優先する。緊急事態が起こった場合に備え五人がするべき優先順位を共有し、その時の状況判断の基準を作る。
また、会話が困難な状況に落ちいたときにはハンドサインが有用であるため、必要な合図もあらかじめ決めておく。敵に見つからないように移動するならば、会話は最小限の方が良いのだ。
決める事、覚えることは多かったが、こう言ったことは明日の潜入作戦で自分たちを、仲間を守ることにつながる。
五人は綿密な打ち合わせを遅くまで行っていた。
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