第14話 戦闘
真月と日向は直政の言葉に従って書架の間に下がっていた。
「真月君、大丈夫か?」
三人の様子を窺う真月に日向は一抹の不安を覚え、声をかけた。柳があの時の神父である以上、真月が彼に対しても悪魔に対してもよい感情を持ってはいないだろう。
「…え?あ…?う、うん大丈夫」
ぼんやりと悪魔との戦いを見ていた真月は、一瞬日向に声をかけられたことに気が付けなかった。
「ならええんやけど…」
そんな真月の様子に、日向の不安はつのるばかりだ。しかし、真月が大丈夫と言う以上、そのことについて追及するのは憚られた。
「あいつ…悪魔を操ってる?」
「せやな。あの柳っちゅうやつは、悪魔使いみたいやな」
「悪魔使い…」
悪魔使いとはその名の通り悪魔を使役する人物を指す。彼らは悪魔を召喚し何らかの契約を結ぶか、悪魔を作り出し配下に置くことで悪魔を自由に操る。低級悪魔ならば獣の死骸と使役者の血程度で生み出すことが可能である。
「ああ、でも柳っちゅうやつはたちの悪い悪魔使いやな」
悪魔を使役する人は多くはないが存在している。しかし、生きている人間に悪魔を取り付かせるなんてことはしない。
ひと月前の教会の事件では、あの場にいた信者の半数は生きたまま悪魔に憑りつかれていたことが分かっている。そして、悪魔を彼らに憑りつかせたのは十中八九、柳だ。
生きたまま悪魔に憑りつかれ続けていると、精神を病みいずれは死に至ってしまう。これが、日向が柳をたちの悪い悪魔使いだといった理由であった。
「……」
話を聞いた真月は、無言で悪魔と戦う直政たちの行く末を見守っていた。
柳を見て、真月は動揺こそしたものの、不思議と憎しみや怒りは感じなかった。
自分への怒り、後悔、喪失の悲しみが渦巻き、漠然とした不安のような不快感のような感情がモヤモヤしていた。
日向の話を聞いて、真月はその感情が何かを悟った。真月が感じていたのは仲間を傷つけられることと失うことへの不安。誰かを故意に傷つけようとする柳への不快感。
真月と日向は目の前の戦いに気を取られて、いつの間にか囲まれていることに気が付かなかった。
「…え!」
気がついたのは偶然にも柳がこちらの様子を窺っているように見えたからだ。周囲の気配を探れば、真月たちを書架を挟んだまま低級の悪魔にとり囲まれていた。
「しもた…!気いつかんかった!!」
二人にじりじりと忍び寄る悪魔たちによって、二人の逃げ場はなくなっていた。前方で戦闘している三人は真月たちが悪魔に囲まれていることに気がついていなかった。
「三人ともこっちに気が付いてない」
「ああ。どうにもこうにも変なことばっかりや」
いつもなら後ろの二人の様子に気がつくはずだが、三人は目の前の戦いに集中しているのかどうにも様子がおかしい。
「さっきと一緒?」
真月はその様子に、どこか先ほどと似た感覚を覚えた。この部屋に近づく二人の人間の存在に気が付けなかったように、今は真月と日向の様子には気がついていない。
不意に甘い香りが真月の鼻をかすめた。それは、イザナの甘い香り。
「日向!」
しかし、真月たちに悪魔は考える時間を与えてはくれなかった。二人を取り囲んでいた悪魔が飛びかかってきたのだ。
「ちっ!俺らで何とかするしかないみたいやな!」
日向は悪態を吐きながら、ナイフの様なものを取りだした。今日は全員、聖水はほとんど持ってきていないため節約する必要があるのだ。
真月も桃華を抜くと、日向と背中合わせになり悪魔と向き合った。
狭い書架の間を縫い、悪魔が一直線に突っ込んでくる。真月は横をすり抜けるように悪魔を躱し、すれ違いざまに一閃。
「はっ!」
真月の攻撃は悪魔の脇あたりを切り裂いた。悪魔は自身の後ろに回り込んだ真月に向かって方向転換し、再度突進してきた。
下級の悪魔の動きは単純で、真月はその突進に合わせて跳躍すると悪魔の背中を踏み台に躱す。そのまま距離を詰め、心臓らしき位置に桃華を突き刺せば悪魔は崩れ去った。
悪魔といっても分類的には半生物で、人間を模した形をしている。桃華の浄化の力もあるが、急所を突けば倒せない相手ではなかった。
「よし!」
桃華を使った実践は初めてだが、真月は直政たちとの訓練の成果を確かに感じていた。
小柄な真月にとって書架の間での戦闘は有利な状況だった。獣化して機動力が上がった真月と、狭い書架の間で直線状にしか進めない悪魔。真月にとっては、向上した身体能力を持ってすれば悪魔の攻撃は躱せない攻撃ではない。
飛び込んでくる悪魔を踏み台に、悪魔の後ろにいたもう一匹の悪魔を飛び越える。悪魔の後ろという死角をついて深く切り裂けば悪魔は簡単に消え、戸惑うもう一匹に桃華を突き刺せばその悪魔も簡単に消えてしまう。
様々な要因がかみ合い、真月対下級悪魔は真月が有利に戦えていた。
真月が好調に悪魔を倒す一方で、日向は苦戦というほどでは無いものの厳しい戦いを強いられていた。
「っと!」
真月とは逆に、日向は書架の間で自由に体が動かし切れないでいた。悪魔の攻撃を武器で受け流し、切りつける。真月のおかげで背後を取られることなく戦えてはいるが、悪魔に致命傷は与えられていない。
「ったく、俺の獲物は短剣とちゃうねんけどなぁ…」
日向は本来、槍を使った中距離での戦闘を行う。今使っているのは短剣として使えるように作られている槍の穂先だった。
「ほんま、まさか短剣として使う日が来るとは思わんかったわ」
槍の穂先をみて、日向はぼやいた。分解して持ち運べる構造であった槍の穂先を短剣として使えるようにしてはいたが、日向は短剣をほとんど使ったことがないのだ。
「今度まじめに短剣の使い
しかし、ぼやきながらも日向は悪魔にしっかり対処はできていた。それは相手が知能の殆ど無い下級悪魔であった事、日向に戦闘経験がそれなりにあった事が要因にあった。
直線状でしか動けない悪魔が腕を振り上げながら走って来る。日向は勢いを逃すように軽く後ろに向かって飛び下がる。同時に短剣を使い、悪魔の振り下ろされる腕を受け流す。
そのまま間合いを詰めて腹に向かって蹴りを放てば、後ろに蹴り飛ばせる。
1メートルほど下がった悪魔は学習しないのか再び走って来る。
今度は攻撃を横スレスレでかわして一閃を入れ、蹴り飛ばす。同じことを何度か繰り返せば悪魔はだんだん弱ってくる。
「相手が中級悪魔やったら厳しかったんやけどな」
迫りくる悪魔に日向は一閃喰らわせると、長く相手取っていた悪魔はようやく消えた。
低級悪魔は中級悪魔ほどの防御力はなく、何度も同じ場所に攻撃し続ければ倒せる。そう判断した日向は、何度か外しながらも同じ場所を攻撃していたのだ。
「ようやく一匹倒したけど、こいつら補充されてるんか?真月君結構な数倒してんのに全然減ってへんやん」
真月が地形や体格を利用して好調に悪魔を倒していることを知っていた日向は、悪魔が一向に減らない事に気がついた。幸い先程の戦闘で短剣の扱いに慣れてきた日向は悪魔の倒すスピードが上がった。真月もうまく立ち回れている。もうしばらくならば持ち堪える事もできるだろう。
この時、日向は事態を安易に捉えていた。
自体が悪化したことに気が付いたのはしばらく戦闘が続き、再び真月と背中合わせになった時だ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
倒しても倒しても減らない悪魔との戦いは、持久戦になっていた。まだ、他の面々に比べれば体力が少ない真月が日向より早く息切れし始めるのは可笑しくない。低下した体力と精彩を欠き始めた真月が悪魔と渡り合えているのは桃華のおかげに他ならない。
「真月君?無理したあかんで」
「はぁ、だ、だい、じょうぶ」
真月の息も絶え絶えな答えに、日向は随分長く戦闘していることに気が付いた。直政たちが戦っている方を見れば、新たに召喚されたのか中級悪魔との戦闘している。彼らがこちらを気にする様子は一切ない。
「…?なんか可笑しないか?」
その様子に、日向はぽつりと呟いた。悪魔たちとは先ほどからにらみ合いが続いているため、真月と日向の戦闘は小休止気味になっている。
「…う、ん。あのね、さっきから、ずっと、はぁ、イザナの匂いがしてる」
真月はずっとイザナの匂いのことが気になって仕方なかった。不審そうな顔で悪魔と対峙する日向なら何か気がつくかもしれない。一縷の望みをかけて真月は日向にイザナについて伝える。獣化している真月にははっきり感じられるが、日向たちは気がついていないのかもしれないと考えたのだ。
「…イザナの匂い?」
真月に言われて初めて、日向はその匂いに気が付いた。意識しなければわからない様なその匂いは慣れてしまえば気にならない。
イザナは怪異、人間問わずに効果のある霊草だ。その効果は幾つかあるが、乾燥させて
「まさか、こいつら時間稼ぎか!」
時間を確認すればとおの昔に昼は過ぎ、一時間もしないうちに夕方になる。
「じ、時間稼ぎ?」
「そうや。どうも可笑しいおもたわ」
柳ならば高位の悪魔も召喚できるはずだ。しかし、それをせずに下位…下級と中級の悪魔を細々と召喚していた。
高位悪魔と呼ばれる上級以上の悪魔になると下位の悪魔に比べて召喚には時間と代償が大きくなる。柳はそれを嫌がり下位悪魔で時間稼ぎだけしていたのだが、真月たちは知る由もない。
「柳が何考えとんのかはわからんけど…まあ、まずい状況なんはたしかやで」
しかし、それが分かったからと言って二人には何が出来るわけでもない。睨みあって居た悪魔が焦れて、襲い掛かってくるのを捌くので精一杯だ。
打開できる策が思いつかないまま時間だけが過ぎていく。イザナの影響か、意識しないと目の前の悪魔にばかり集中してしまうため中々考えが纏まらない。
「はぁっ!!」
真月がまた一匹悪魔を倒す。一向に減る様子を見せない悪魔だが、真月は体力が限界に近い。
「っし!」
日向も悪魔を確実に屠っていくがなれない武器で確実に神経をすり減らしていた。
直政も遥も桜賀も中級悪魔との戦闘に集中しすぎて、時折呼びかけてはいるものの反応を示してはくれない。
じわじわと、だが確実に
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