乱離拡散【肆】


      *


 柳緑りゅうりょくの大紋の前を、緋色の紐で結ぶ。続いて、髪を結ぶのに取り掛かる。

 いつもは首の後ろで緩く括るか、せいぜい総髪風に結い上げているだけだが、奇妙丸はきっちり結わえるように頼み、愛用している結布は要らない、と言った。

「烏帽子を被る故な。父上に先触れは出しておるか?」

「ございます。……しかし、随分早急かと思いますが」

「仕方あるまい。昨日決めたからな。だからと言って父上は、早く致さねば逃げ出す恐れもある。早急なくらいでなければ、話は聞いてもらえんよ。――池田庄九郎」

 閉じた扇の先端が顎に掛けられる。ゆったりと持ち上げられ、奇妙丸のかんばせを見上げさせられた。


「どこまでも、供に参れ。最も、否やなどという戯言は聞かぬがな」


「……はい」

 扇に顎を預けたまま、目を伏せて見せる。

「この命ある限り、どこまでもお傍にある覚悟でございます」

「よう言うた。ならば良いのじゃ。――おい、勝蔵。来ておるのであろう」

 戸の前から、「はい」と威勢のいい返事が響く。小姓が戸を開けると、長可が座していた。いつもは無造作に纏めただけの髪は、長可もまた、崩れることなくきっちりと結わえられている。

「――行くぞ」

 奇妙丸は、森長可と池田庄九郎、家臣2人を従えると、父が待っているであろう部屋に向かって歩を進めた。


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