忍ぶれど……【弐】
*
――美濃国岐阜城――
どかどかと庭を破壊せんばかりで、長可は城内を歩いている。元から足音がうるさい傾向にあるが、その上ただでさえ凶悪な顔をより一層険しくしているため、小姓や侍女達は「ひぃっ」と息を呑んで端に寄ってしまっている。
「勝蔵!」
そんな悪人面に気安く声を掛けられるのは、長可のことを幼い頃から知っている幼馴染達くらいだ。
長可が顔を上げると、反対側の廊下から、庄九郎が歩いて来るのが見えた。
一応城内なので適切に挨拶を交わす。建前の挨拶が済めば、いつもなら雑談にながれるのだが、今回はそうならなかった。
庄九郎の姿を見とめると、長可は「待ってました」と言わんばかりに、庄九郎の肩を引っ掴んで吠えた。他の者なら卒倒するほどの狂気的な面構えだが、流石に慣れているので、庄九郎は悲鳴を上げることもなかった。
「取り敢えず少し離れろ、近い」
「すっげぇムカつく! あのバカ、あんまりだと思わね!?」
「人の話聞け」
長可は元服してから2年が経つ。奇妙丸にとっては悔しいが、最も信頼している家臣であることに間違いない。しかしその傍若無人且つ一歩間違えたら唯我独尊を地で行くのではないかという男なので、周囲との諍いは絶えない。奇妙丸はもちろん、信長の気に入りという肩書がなければ、即日島流しだ。
そんな長可に対して庄九郎が平然と接することができるのは、幼い頃からの慣れがあるお陰だ。もし出仕した後に出会っていれば、庄九郎とてこの鬼のような顔をした男と目を合わせられないだろう。
幼馴染の悪友である2人は、城内で顔を合わせると砕けた口調になることが多い。
長可は気が立っているのか、さっきから眦が吊り上がっている。今日に限ったことではない。半月ほど前からこの調子なのだ。
半月ほど前のあの一見を長可は未だに引きずっている。
決まってしまったことは決まってしまったこと。起こったことは起こったこと。切り替えしていくしかない――というのは、織田家家臣になってから身に染みたことだ。だから庄九郎は納得できなくても、納得できたことにするしかない。
最も、庄九郎とて今回の長可の怒りは分かる。一文字に引き結んだ唇を開くことができない程度には、仏頂面を保ったままだった。
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