本を買うことは難しい

たけひと

ある本屋にて

これは私があるショッピングモールに併設された本屋に訪れたときの話である。

この日は大学の課題用の本を調達する目的で本屋をうろついていた。お目当ての本は無事に見つかり、興味を惹かれた文庫本と共にレジカウンターまで足を運んだ。そう、戦いの始まりである。

私にとっての最大の試練、購入。今までの本を選んでいた甘美な時間は、私一人の世界で楽しめばそれでよかった。しかし、購入となると話は変わる。店員という他者とのコミュニケーションをとらなければならないのだ。緊張は次第に増していく。手汗が本に滲んでいないかを気にしながら列に並んだ。ほどなくして私の番が来る。

「お値段は――円になります。ブックカバーはお付けしますか。」

コロナ禍の今、外で読む必要はない。

「要らないです。」

端的に、はっきりと伝えるように努力する。

これで会話は終了だ。


「袋は要りますか。」

袋⁈突然の質問にたじろぐ。そうかレジ袋は有料になったのだ。

突然の質問、他者との会話、そして相手が女性店員であるという三本の矢は、ようやく訪れた安心感をへし折るには充分だった。

しかし、冷静になれ、私。袋の必要性を自分に問いかける。そうだ、本の片方はなかなかの大きさで、ショルダーバックに入れるには大きすぎる。

「はい、要ります。」

やっと緊張から解放される。


「それではこの中からお選びください。」

質問⁈まだ終わらないのか!私はひどく動揺した。早く終わらせたいその一心で3,4種類の袋が提示された紙を見る。袋の下には値段が書かれている。それを見て、私は悪者顔で納得した。なるほど紙袋かと。プラスチックの浪費が叫ばれる昨今、レジ袋の有料化もそこから来ているのだろう。つまり、紙袋ならば有料にする必要はない。そこに気づくとはこの本屋、なかなかやるな。

「じゃあこれで。」

私は0円と書かれた紙袋のような絵を指さした。

一瞬、女性店員の動きが止まったのを私は見逃さない。なるほど、紙袋を選ぶ人は少ないか。

私が財布から代金を出し、トレーに乗せ終わったとき、2冊の本が置かれた。お釣りがトレー伝いに渡される。


「ありがとうございました。」

そう女性店員が言う。ああ、そうか。納得した私は軽く頭を下げ、本屋を後ずさった。そして、赤面したまま、丁寧にブックカバーの付けられた2冊の本を、無理やりショルダーバックに詰め込んだ。


『錯覚いけない、よく見るよろし』

何も思い通りにならなかった私は、長い間その言葉を反芻していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本を買うことは難しい たけひと @okayamajin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ