4-4
「みっかちゃ~~~~ん! 会いたかった! 元気してた!?」
「腕はまだ折れてますね。他は元気ですよ」
「良かった、元気そうね」
――思い返すと、一般的な観点から見るとちょっとアレな会話だったかもしれない。しかし別に、第三者が聞いているわけでも無い会話だ。気にするどころかおかしいとすら思わずに、話は道術の授業へと移っていった。……と言っても、最初の方はまるで授業という感じでは無かったけれど。
「ね、美夏ちゃんって海外に住んでたりとか、旅行したことってある?」
「えっ、海外ですか? いえ……無いですね。一番遠くへ行って北海道です」
「あーいいよね北海道! 料理も美味いし自然に溢れてるし、独自の文化もあって、普通の観光にも道術修行にも持って来いなんだよねー。でも基本は地域に根ざしてる感じ?」
「そうですねぇ、あんま外出ませんし」
旅行自体は嫌いじゃないけれど、親を置いて一人でどこかへという性分では無かったし、親は働くので精一杯だったように思える。私が社員としてバリバリ稼いでいたら、また違ったのかもしれない。しかし全てはもう過去のことだ。二人とも死んだのだから。
「じゃ、やっぱり一番馴染み深いのは日本の文化かなー。それならいまのまま、神道ベースにした東洋神秘が中心になるかな。たぶん西の神秘、たとえばアブラハム系列の宗教だとか、あと錬金術とかは馴染み薄いでしょ?」
「アブラハム系列……?」
「キリストとか。イスラムとか。あとユダヤ」
「あー……無いですね。宗教自体あんまり馴染み無いっていうか……正直ゲームや小説でしか触れたこと無いっていうか」
言っていると自分が無学な人間に思えて、少し恥ずかしい。でも、椎名さんはうんうん頷いて、
「ゲームは良いよねー、色んなとこからモチーフとか引っ張ってきてるから。相手が知ってると説明がしやすいんだよね。宗教が絡んでくるよーなゲームって言うとやっぱ――」
椎名さんがゲームのタイトルを二、三出す。どれも知ってるもので、そういったゲームに出てきた天使や聖者の名前も強力な道術の触媒になるのだと言われて酷く納得が行った。
「――とはいえ、宗教や土着文化に基づく道術って効果の最低値は保証されるんだけど、より強い効果を引き出すとなるとやっぱ使い手側の気の持ちようにどうしてもなっちゃうんだよね」
「気の持ちよう、ですか? 思い入れが強いと強くなるとか、そういう……」
「そーいう感じでもある。獣素によって生まれた獣が強い思念の塊に動かされるように、道術も強い思念によって動いてるからねー。宗教とかが使いやすいっていうのは、数百年とか数千年も人に信じられてきた、いわば『人類の思念』が最低値を保証してくれてるからっていうのもあるんだよ」
何だか話が壮大になってきた。鍋島さんが語ってくれたのはたぶん、初心者向けの話だったのだろう。メモを取りながら聞きたい気分だったけれど、あいにくと手元にノートが無い。売店があるのだから買って用意しておけばよかったと思っても後の祭りだ。
「もしかしたら一葉がさー、言ってたかな? 道術は魔法みたいなものだけど、ゲームとかで見る魔法みたいにはいかないって」
「あ、言われました、それ」
「この思念、思いの力がネックなのよねー。ちょっとしたこと……マッチほどの火ならそう集中しなくてもできたりするんだけど、たとえば獣を倒せるほどの炎や爆発を出すってなると相当大変なわけ。瞑想、もしくはトランス状態に近い集中力を獣の前で発揮するとなると、まー危険よね」
「ああ……もしかして、そのために事前にお札を作ったりするんですか?」
「イエス! そういうこと。特に一葉は武術超特化だから、現場で道術を道具無しに発動させるっていう考えはナシって感じなのよねー。まあ武術派じゃなくてもやっぱり道具を使った方が確実だし。
つ、ま、り! 最強の道術型の道は対獣道具作りの道ってこと!」
――もしかしなくとも、私は最強の道術型にされようとしているのだろうか。そこを目指してはいないんだけれど……何せ途中で死ぬ算段なのだし。でもそんなこと、人前では口が裂けても言えない。自殺願望なんて人前で口にするもんじゃない。止められるか蔑まれるのがオチだ。
「で、そんな感じで強い思いが必要だからさー。知ってるもの、身近なものの方が気持ちも入りやすいってことで都合が良いのよ」
「でも……思いっていっても、そんな強い思い、私には――」
「そんな気負って考えなくてもだいじょーぶ。思念っていうのはあくまでも、魔素を操る時に必要な要素の一つだから。魔素吸収の道具を使えば集中してなくても結構良い物ができたりするし。あくまでもメッチャ強くなりたい! って時の参考の話ね。メッチャ強い道術の開発は単に私の夢ってだけだし、自分が満足いくできの道具を美夏ちゃんは作ればいいよー」
「あ……そうなんですか」
てっきり私が最強になるのかと思ったら。そうでなくて一安心だ。
「ここで覚えててほしいのは、強い思念はより多くの魔素を動かせて、強い対獣術を発揮させやすいってことね。あ、ここから余談なんだけど。武術にもやっぱり思念は必要って話」
「武術にもですか?」
「そっ。武術はどっちかっていうと、道術の派生に近い形で発展したからね。気功ってあるでしょ? ああいうの」
「武術でも、やっぱり魔素は使うんですか……あれ、じゃあ鍋島さんは……?」
「んー……何て言うか、あの子は武術型の中でも特に変わり種なのよねー。武術の利点って、獣の急所に魔素を直接叩き込むことにあるのよ。獣は体中に獣素が満ちてるんだけど、その獣素を体全体に放出する核となる場所――大体の場合は心臓や脳なんだけど、そこを物理的にぶち抜いて、注射みたいに魔素を突っ込む。これが武術の利点であり意義ってわけ。
逆に道術は、外からともかく魔素を叩き付けて体全体の獣素をガリガリ削りまくって力尽きさせる……みたいなイメージね」
なるほど、つまり武術は防御貫通ということなのだろう、ゲーム的に言ってしまえば。そうして考えると鍋島さんの動きは、一貫して急所を狙ったものだったように見える。
「対獣武器にはもちろん、魔素を獣に注ぎ込むための術が施されてるんだけど……この武器にも色々タイプがあってねぇ、魔素をあらかじめ溜めておいてから注入するのと、その場で武器を通じて使用者の魔素を吸い上げて獣に注ぎ込むのとって感じで。一葉のは後者ね」
「……後者、なんですか? 鍋島さんはその場で術を使うっていう発想が無いって……」
それに、体に保有している魔素をその場で使うって、それは危険なのでは無いだろうか。元々魔素の保有量が高くない、と鍋島さんは自分を刺して言っていた。そして、人が獣化する危険性は、魔素と獣素の差で決まる。もし、その場で魔素を使い尽くしてしまったら、鍋島さんは――。
「私もねー……もう何度も止めたんだけどね。それだけは譲れないって、あの子……」
椎名さんは幾分か気落ちした様子で言った。顔には見るからに心配ですという表情が張り付いていた。
「でもあの子、獣に対して真剣すぎるっていうか。事前に魔素を込めるより、その場で獣と対峙して、祓うって時になると最大限に効果が発揮されるんだって言って、聞かないわけ」
「思念……ですか。鍋島さんの思いが……」
「そりゃーあの子の魔素量を考えれば、武器に貯蔵するよりも効率はいいかもしれないわよ? 貯蔵型は、ある意味じゃ銃みたいなもんなの。こう、魔素を事前に弾丸みたいに込めて、どーんって。思念が火薬で、先に込めた魔素が弾頭で……って言ったら分かるかなー」
「何となく、分かります」
火薬を増やし、弾を打ち出す速度を増やしても、弾の大きさ自体は変わらない。そして、鍋島さんの魔素量では、たぶん強力な弾丸は作れないのだ。少なくとも直接注入する形を取るより、強さの上限が下なのだろう。
「あの子について一緒に獣を祓ったことあるけど、確かに瞬間的な対獣火力はメチャクチャに高いのよ。見たでしょ? 美夏ちゃんも。心臓を一突き、ってな感じで。あれ……ふつーはできないのよ」
「できないん、ですか……?」
「そーなのよ。あれスタンダードだと思ってると、世間の獣祓い師に怒られちゃうわよー? ……正直、あの戦い方だけって限定させれば世界レベルなのよ、一葉は。私らの上師ですら、状況によって獣の足止めやかく乱の術を使ったりするのに」
つまり、下手をすれば鍋島さんたちの上師と同じくらい強い、と。……もしかしてとんでもない人に弟子入りしてしまったのだろうか。余計に鍋島さんに申し訳無くなってきた。思念が強いとは言えないだろう私が、しかも道術寄りの適正で弟子入りしたのだから。がっかりさせたかもしれないし、持て余しているかもしれない。
「一葉がああだからさ。勝手な話だけど、美夏ちゃんが弟子になってくれてちょっと安心したんだよねー。ちょっとしたサポートだけでも戦い方が安定すると思うのよ。って言っても、あの子のこと考えて動けってわけじゃないからね? 美夏ちゃん……あの子に愛想が尽きたらいつでもうちの子になっても良いからね? いやむしろ私はそっちの方が嬉しいっていうか、いつでもウェルカムだからね! いっそ弟子辞めなくてもここ退院した後、誰も来ない場所で二人っきりで延々道術のお話をするのもありだから!」
勢いと圧が凄い。乾いた笑いを浮かべて「そうですか」と返すことしかできなかった。
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