4-2

 翌朝。寝過ぎて早朝に目を覚ますと、面会可能時間になるやいなや病室に人が来た。

「明星さん、道術医の方が――あっ」

「失礼しまーす! 不肖の弟弟子の姉弟子ですよー」

 なるほど変だ。まだ変態だとは言い難いけど失礼ながら変だと思った。病室にそぐわない元気の良さもまあそうだけど、白い髪に黒いメッシュを入れた髪も、五芒星の頂点に火や水を図案化した柄がデカデカと描かれたTシャツも、太極図……だっけ、白と黒の丸い図柄を立体化したようなツートンカラーの丸いピアスも。ファッションです、と言われればそうですねとしか言いようがないけれど。

「あなたが明星さん?」

「あ、はい。あなたは道術医の……」

椎名光しいなひかりでーす」

 にっこり、と笑う顔はとても人懐こい。顔を見る限り私と同じぐらいか、年下のように見える。ただ、場慣れしているような雰囲気は妙に貫禄があって、年が分からなくなる。まあ、女性の年なんて気にするもんじゃないからいいか。

「えーと……私はこれで失礼しますね。何かあったら、ナースコールを押してください」

「あっ、はい」

「どうもー、案内ありがとうね」

 看護師さんが病室を出る。その間に椎名さんは、ベッドの横の椅子に腰を下ろして、肩にかけていた大きなスポーツバッグを適当に床に置いた。どちゃっ、と音がした。中で硬い物が擦れるような音だった。何か色々な対獣道具が入ってるのだろう。

「明星さん……んー、下の名前はミカちゃんだっけ」

「はい。明星美夏です」

「じゃあ美夏ちゃんって呼ばせてもらうね。……はー、それにしても一葉のやつ、あんだけ女と話せないみたいな素振り見せといて、初弟子が女の子とはねぇ」

 女の子と言われるような年じゃないんだけれどなぁ。三十歳だし。……あれ、そういえば鍋島さんは何歳なんだろう。一ヶ月以上顔を合わせておいて知らないのも凄い話だ。人に対する興味がなさ過ぎる。

「まっ、そんだけ波長が合うんだろうねー。ミカちゃんはどう? 一葉と話してて」

「波長……は、確かに合いますねぇ。話したり、何かをしたりするペースは一緒ですし……」

「でしょ。私とはあんま合わなかったのよ、あの子。私がずーっとペース握ってるから。でも前そう言ったら、一葉は『合わないんじゃなくて、合わせてるだけで話が終わってるだけだ』って」

「あー……」

 分かる。こっちから必死になって話題を提供したり、沈黙に間の悪い思いをしなくてもいい。相手が話してくれるのにあぐらをかいて適当に合図地を打っていれば、それだけで快適な会話になる。いまのところ、椎名さんはそういう人だった。……変態の要素が無いんですけど、鍋島さん?

「何か納得できるってことは、やっぱりおんなじタイプな感じ?」

「かもしれません」

「そうよねー、そんな感じそんな感じ。……さて! 親睦を深める無駄話もしたところで、本題!」

 明け透けだ。けど、分かりやすくて良い。

「傷の治りを疎外する獣素を魔素で取り除くっていうのは聞いてる? すぐに終わるせるからねー」

「……あの、ここでやるんですか?」

「だいじょーぶ、病院の許可もらってるから。あ、痛くないよ? むしろ気持ちいいから!」

 逆に不安だ。しかし、たぶん専門家の人が言うことに素人が口を出すわけにもいかない。黙って見守っていると、椎名さんは床に置いたスポーツバッグから道具を取り出していく。赤っぽい金色や銀色の、金属製だろう香水瓶のようなもの。何かの液体が入った小瓶。木の棒の束。透明な数珠の腕輪。チェスの駒みたいなトークンが五本。組紐が一本。大きなバッグを持ってきたわりに、出てきた道具はそれで全部だった。

「これ、何か気になるー? 気になるー?」

「……ええ、まあ」

「そうでしょうそうでしょう。じゃあ、まずはこれ。ディフューザー……アロマポットっていうと分かりやすい? 獣素は攻撃性を誘発するから、抽出した獣素によって万が一、私かあなたの頭がどうにかなっちゃうかもしれないのを抑えるお香を焚くのよ。まっ、そんなことにはなり得ないけどー」

 説明しながら椎名さんは、ベッド横のテーブルにディフューザーを置き、キャップを取るとそこに小瓶の中の液体を流し込み、木の棒を幾本も差し込んだ。あ、なんか見たことあるかも。大手チェーンの雑貨屋とかに売ってたかな。すぐに良い匂いが漂ってきた。

「で、これを置いて……と。これ、五行の駒。五行って知ってる?」

「陰陽五行説とかの、あれですか。風水とかでたまに見る……」

「そーそーそれそれ。これはその五行に対応した神獣、四神に麒麟きりんを加えた五神の獣がモチーフ。こうして四箇所に置いて……あ、麒麟の駒は美夏ちゃん持ってくれる? 右手で……そーいう感じ。」

 麒麟の駒を持った途端、手にぴりっと静電気が走るような感覚がきた。その感覚は腕を伝って背筋をかけ、そこから全身に広がったように思えた。

「お、その顔! 分かっちゃいます?」

「えーと……何なんでしょうか、いまの」

「心配ご無用、単に強い魔素の空間を体が感じただけだから。こうやって五行の力で強い魔素のフィールドを作ったってわけ。抽出した獣素が外に出ないようにね。まあそれもやっぱりあり得ないけど。で、こっちは美夏ちゃんの腕にプレゼントーっと」

 二の腕に組紐を括りつけられる。プレゼントは言うが、装飾品と言う感じはしなかった。どちらかというと、採血する時にする止血用のバンドみたいな感じだった。実際、本当にそういう道具だったらしい。

「それすると獣素が誘導されんのよー。心臓の方に逆流しなくなるし、体の他のところにある獣素もこっちに流れてくるって理屈」

「便利ですね」

「でも作るのすっごいしんどいんだって。作れる人マジ尊敬」

「手製じゃないんですか?」

「まあねー、自作できれば購入費が浮きそうなんだけど。ま、道術医が道具職人じゃないってことね。医者がメスや聴診器作れないのと同じ感じー?」

 ああ、そう言われると分かりやすい。あくまでも道具の使い方が分かっていて、人よりも巧みに扱えるということなのだろう。

「で、最後にこれ。水晶製ね」

 一旦テーブルに置いたのは、私に見せるためだったらしい。水晶製の数珠の腕輪を椎名さんは右腕に着けた。そして右手でギプスに覆われた私の腕に触れる。

「そういえば、使う鉱石によって効果や強度が違うって聞いた?」

「そうなんですか?」

「あーやっぱり、一葉言ってなかったなー? ったくもー、抜けてんだから。それとも後で説明するつもりだったのかな。もしかしてあの子、琥珀の指輪持ってなかった?」

「あ、はい。まだ魔素の制御になれてないので、一時的に預からせてもらっていました」

「やっぱやっぱ? 新調してなかったっていうか、もー何年あれ使ってんだか」

 どうやら何か事情があるらしい。が、人の話だ。あまり踏み入ったことは聞かない方が――と思っていると、椎名さんは尋ねてもいないのに話をしてくれた。

「あれねぇ、師匠にもらったやつなの。私たちの師匠ね。あの人なら一山いくらで買えるような安物……ってほどでもないけど、まあすっげー高級品ってわけでもないわけよ。あの子ならもっと良い物を買ってもいい頃なんだけど……」

「物持ち、いいんですね。鍋島さん」

「そーとも言うけどー。道術に興味無さ過ぎなんだよね。そりゃうちの一門はどっちかって言ったら武術方面が強いけどー。……ま、自分の魔素量なら、いいもん買わなくたっていいって判断なんだろうけど。でもそれにしたって、もっと魔素を溜め込める物を用意しとかないと……別に持ってるとは思うんだけど、指輪って使い回すようなもんじゃないんだよー本当は」

「え、そうなんですか」

「そーなのよー。魔素を溜めるのは鉱石の役割だけど、その鉱石ってこういう、腕輪みたいに沢山大振りなのつけれないでしょー?」

 腕輪、と聞いて水晶の腕輪に目を落とした。

「っ!」

 驚きに、思わず体が小さく跳ねた。先ほどまで透明だった水晶の数珠のうち数個が、黒く変色していた。これが、獣素?

「だいじょーぶ、順調だから」

「そう……ですか」

「でさぁ、指輪ね」

 話はすぐに元に戻った。延々と話し続けるのは、もしかしたら吸い出されていく獣素に目を向けないようにする技法なのかもしれない。……たんに話したいだけかもしれないけれど。

「使い捨てって、つまり魔素を突っ込んだ物を大量に用意して、札や儀式魔術のブーストに使ったりとか、叩き割って魔素を散らして獣素に対抗させたりとか、あるいは獣を呼び寄せる撒き餌に使ったりとか……そういうこともできるんだけど、一葉は忘れてそーだわ」

「それは……私は獣祓い師のことを何も知らない見習いから入った身ですし、一気に教えても無駄になると思われたんじゃないですかね」

「かなー? まあ研修としては正しいかもね。でも、一葉はそれ実践する側なんだよねー……つっても、しょうがないか。一度に色々できるタイプじゃないんだし、その代わり仕込み杖で獣を真っ向から祓うなんてそうできる芸当じゃないし。一芸特化ってやつー?」

「あ、やっぱり普通できませんよねあれ」

「そうそう! 身近にいるのがあれだけだから分かんないかもしれないけど、あれフツーあり得ないから! 無い無い。うちの一門も、道術でかく乱したり動きを止めたりして戦うのが大半でさー。苦手意識強いんだろうね、最初の師匠とも折り合いつかなかったみたいだし」

「……最初の、師匠?」

 鍋島さんには師匠が二人いた、らしい。当人がいないところでそんな裏の事情を聞くのは忍びないような気がするけれど、話している椎名さんの口を塞ぐわけにもいかず。否応なく聞くことになった。

「うちの一門に来る前は、別の人があの子の上師でさ。それがどっちかって言うと道術に強いとこでねー、回りができて、上師からもそれ求められて……ヤになっちゃたんじゃない? あんまその辺の話はしてくれないけどさ」

「ああ……そういうことなら、思い出しそうになる要素には触れたくないですよね」

「アレルギーってか? ま、それで戦えてるから、あの子は。でも美夏ちゃんはねー、ほんと……ほんとさぁ、うちにほしいもん」

「そ、そんなにですか」

「そりゃもー!」

 ギプスに手を置いたまま、椎名さんは身を乗り出してきた。思わずうっとなって上半身を引いてしまう。

「だって逸材よー? 一葉からどう聞かされたか知らないけど、初期容量二万二千よ? 一万までは探せばなんとか見つかるかなぐらいだけど、二万以上は探すだけでも骨よ骨。しかも探し当てたら、もう他の人が確保してるとかザラなのよー。ってか、今回に至っては一葉に持ってかれてるし! あの子の初弟子だから強くは言えないけどさー。ほんともう……あの子の弟子じゃなかったらさらってでも連れて帰ってるよー……」

 鍋島さんの弟子で良かったと心の底から思った。ありがとう鍋島さん。おかげで誘拐されずにすみました。

「でも、椎名さん。鍋島さん、道術については外部の人に頼むかもって」

「そう! そうそうそう、それよ! 弟子取ったって電話もらって最初にそれに立候補したのに、あの子わははって笑って誤魔化したのよー!? 私メッチャ乗り気なのに! 獣を祓って消し飛ばせる最強の道術士を夢見る私の計画がそんなに嫌か!」

 そりゃ嫌だろう。私はともかく鍋島さんは……獣と心を込めて対峙することに意義を置いている。あっさり祓って消し飛ばすとなると、それはちょっと――という感じになるのだろう、たぶん。

「あーもう我慢できない! いますぐにでも私が知ってること全部教えたいのにー! ほらほら早く全部吸い出されちゃってよ! オーエス! オーエス!」

 ついに獣素に声援を送り始めた。鍋島さんの反応がいまならちょっと分かる。そして、たぶん時間が経過するにつれて加速度を付けて理解させられるに違いない。……この流れで、ご指導はいりませんなどとは口が裂けても言えそうにない。つまり道術の師は椎名さんなのだ。確定事項だ、もう。

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