君に呪われる
ちょこっと
君の為、僕の為
皇春陽には愛した人がいた。
今となっては過去の話だが。
それでも愛した人がいたんだ。
ーーーーー
俺には兄がいる。
兄は本当になんでも出来た。
神は二物を与えないとは誰が言い始めたのだろう。
顔は俳優顔負け、学力は県内で一番と名高い進学校で常に頂点に君臨しており、運動神経も良かった。
それこそ俺が何年も努力したバスケットボールで手も足も出なくなってしまうぐらいに。
俺は兄に入り切らなかった能力を持って生まれたのだろう。
所謂、残り
俺は何も出来ない。
事実としてそこにある。
だからだろう、この世に産声を上げたその時から俺は愛情を注いでもらえなかった。
俺は何の為に生まれて来たのかわからない。
高校に進学する時には強制的に県外の高校に受験をさせられた。
そのまま一人暮らしという体で俺は家から永久追放された。
高校に入学してからも俺は何も変わらなかった。
せっかく県外に飛ばされたんだ周りには知人の一人もいないだろう。
なら、高校デビューをすればいい。
そんな単純な話をする奴もいるだろう。
だが、俺の心は既に壊れていた。
ネジが一本外れたレベルではない。
ネジで固定する土台がないのだから。
ネジだけ何千本と持っていても意味がないのは至極単純な事だろう。
だから、俺は高校でも光も当たらない隅で生きていく事に決めたんだ。
一つ変わった事があるとするならばそれは虐めという行為が無くなった事だろう。
だが、その理由もすぐに分かった。
俺よりも適した獲物を狩人が見つけていたのだ。
それが彼女だった。
それが彼女との出逢いだった。
俺はそんな彼女に「あぁ、良かった」と言って笑った。
ーーーーー
入学してから一ヶ月が過ぎた頃だった。
「ねぇねぇ、君」
透き通った声が俺の背後から聞こえて来た。
「俺になんか……よう?」
振り向き様に見たその顔は彼女だった。
「君さぁー、私が虐められてるの見て笑ってたでしょー。君、趣味悪いよ?」
意味がわからない。
何故そんな事を笑いながら言えるのだろう。
「何でそんなに笑えるの?」
「うーーん? 何でだろうね」
こいつは馬鹿なのだろうか。
どうしてそんな平然と居られるのだろう。
普通の人間ならもう既に不登校になっているはずだろう。
「何で話しかけて来たの? 君を助けもしないで笑っていたんだよ?」
「質問ばっかりだね。まぁいいけど。 それはね君も同じだったでしょ? そんな目をしてるから」
「あぁ、そうだな。ごめん」
「何で謝るの? 私も君の立場ならそうしたと思うよ」
俺の心が言っている。
彼女は俺と同類だと。
彼女も虐めらていたんだ、今も昔も。
だが、俺は拭いきれないものがあった。
何故彼女は虐められている?
こんなにも気さくで、身嗜みも整えている。
どこにも彼女が虐められる要素がないのだ。
「ねぇ、君、友達になろうよ。最初で最後の友達にね。君もそうでしょ?」
「あぁ、そうだな。俺の人生に友人と呼べる人は居なかった。まず、周りに誰も居なかったからね」
「ふふっ、君ってさ。あぁ、そうだな。が口癖なの?」
「それは分からない。人と話したことがないからな」
「もう、いちいち自嘲的な方向に持っていかないでよ。」
この日から、俺と彼女の友達と言う関係が始まった。
尤も今となってはそれが本当に友達と呼べる関係だったのかは知る由もないことだが。
ーーーーー
時が過ぎるのは早いものでもう二年という月日が流れていた。
俺は高校三年になった。
結局彼女とは一度も同じクラスにはなれなかった。
この二年間、俺たちの関係は変わる事はなかった。
何度も彼女が虐められているのを見たが俺は助けようなんて事は思わなかった。
なんせ、それが俺たちの関係なんだから。
彼女は初めて会った日のあの顔つきから何一つとして変わっていなかった。
その間通例のように虐めを受けているにも関わらず、だ。
彼女の心は俺以上に壊れていた。
彼女に一度「何で生きていられるの?」と聞いたことがあった。
返ってきたのは「何でだろうね。別に生きてる意味ないのにね」だ。
彼女は気紛れに生きているのだろう。
生きたいと思えば生きて、死にたいと思えば死ぬ。
俺も同じ考え方だった。
俺は俺が死ぬ為の口実として彼女が死ぬのを待っていた。
何故彼女を死ぬ口実に選んだのかが分からない。
死にたいと思っているのならそれが口実になるはずなのに。
彼女に固執している理由が分からない。
この感情が何なのか分からない。
その日の放課後だった。
俺の下駄箱の中に一つの手紙が入っていた。
書かれていたのは
『私と君が初めて出逢った場所』
と、達筆の文字だった。
差出人の名前も書いていないが、この特徴的な文字を間違えるはずがない。
彼女だ。
あの日、彼女が虐められていた場所。
彼女と初めて出逢った場所。
その場所に着いた時俺が見た光景は彼女が首を吊っている姿だった。
普通の人間が見れば絶叫し、気絶するのだろうが俺は至って平然だった。
「あぁ、やっと死ねる」
その感情が頭を、心を支配していた。
だが、その片隅で何故だか分からないポッカリと開いてしまった穴がある。
ふと彼女の足元に落ちている一枚の紙を見つけた。
これまた達筆の字で
『拝啓、君へ
君がこれを読んでいる頃には私はこの世界から逃げ出した時でしょう。私はこの世界に存在しないはずの人間だったと思うんだよ。いつ死んでもいい、そんな事ばかり思ってたんだから。でもね、君と出逢ってから私は死ななくても良いんじゃないか。なんて思う時が増えていった。私は君に惹かれていました。同類の君に。色褪せた世界で君だけは何故か色があった。正常な人なら君だけがモノクロに映っていたのかもしれない。まぁ、今となってはそんな事どうでもいいんだけどね。私は君に最初で最後のお願いをします。今まで誰にも願った事がないから叶えてくれるよね?
君は死にたがってる筈だけど生きてね。私の分まで生きて。すぐに私の隣に来たらぶっ飛ばすからね。
この手紙を読んで俺は泣いていた。
俺は馬鹿だった。
俺の心は壊れてなんていなかった。
俺がそう願ったから錯覚していたのだろう。
そうでなければ泪なんか流れるわけがない。
彼女が居なくなってしまった事に泣いたのだろうか。
彼女が生きろと言った事に泣いたのか。
なら、彼女は何故生きなかったのかと怒りに泣いたのか。
それは不正解だ。
理由なんか考えるまでもなく単純明快だ。
俺は彼女に惹かれていたんだろう。
彼女と同じ理由で。
初めて出逢ったこの感情とお別れするまで数分も無かった。
この手紙で初めて知った彼女の名前。
『幸』。
どこが幸だよ。
こんな名前を彼女に付けた馬鹿は誰だよ。
その名前を付けたのなら責任を持って幸せにしてやれよ。
俺はこれ程までに死にたいと願った事はなかった。
願う必要が無かった。
どれほど願おうと今となっては叶えられない。
彼女に『生きろ』と言う呪いをかけられたから。
ーーーーー
違和感に気づいたのはその翌日だった。
俺は手紙を読んでからの記憶が無かった。
生徒が一人死んだというのに教師は平然としている。
クラスメイトが一人死んだというのに生徒は平然としている。
まるでこの世界に存在していなかったように。
「あ、あの、水無月幸って子知らない?」
俺は生まれて初めて人に声をかけた。
「誰それ? この学校の人?」
誰に聞いても皆が皆同じ返答だった。
彼女を虐めていた連中に聞いてもそんな奴は知らないと言われた。
彼女は俺が生み出してしまった幻覚なのか。
彼女の声は幻聴なのか。
なら、俺も死ねるのでは無いか。
そう考えたがどう足掻いても彼女の呪いに縛られる。
彼女の虚構が俺を縛る。
理不尽なその呪いが俺を縛る。
俺はその呪縛から解き放たれる時はないだろう。
だから、俺はまた諦めた。
ポッカリと空いた穴を塞ごうともせずに彼女の言葉に、彼女の文字に呪われながら生きて行く。
寿命が尽きるその時まで俺は彼女を思いながら生きていく。
死ぬために生まれて来た俺が君に呪われた事で生きていく事を決めたんだ。
君を犠牲にして残ったこの命を君のために使うよ。
また会う日まで、俺が立派に君の思いを背負っておくよ。
君の為に、俺の為に、君に呪われたこの命を存分に使うよ。
だから、
ありがとう。
俺を呪ってくれて。
君に呪われる ちょこっと @TSUKI_754
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