第37話 1000年を生きた伝説の聖剣士さまは、どうしてこうも人がよろしいのですか?

 ギギッーー


「よいしょと……」

 鈍い音が鳴る。ルンとレイス達が、皆で開けた扉の音だ。

 玉座の間へと続く扉の前である。

「ここに……、サロニアム王が……って、もう亡くなっているって……」

 ルンが両手で扉を押しながら、同じく隣で扉を押しているイレーヌへ尋ねた。

「はい、ルン王子――」

 イレーヌはというと、隠すこともせず堂々とルンに事実を告げる。

「あなた様の、実の父上様でもあります……」

 淡々と教えた。

 実の父親の他界という話を、彼女はニンジャらしく……というのか、感情を殺して教えたのだった。

「俺の……父親ってこと? 俺に父親って、いたんだ……」

 ルンにとっては、そりゃ当然ビックリするような事実だった。

 ずっとみなしごで育ってきたのだから……

 この話については、後に語ることになるのかもしれない。


「……じゃあ、どうして? 私達って、ここに来たのかな……意味がないんじゃ」

 向こう隣りで扉を押していたレイスが、イレーヌに顔を向けて尋ねた。

 理屈で思えば、当然のこと『サロニアム王の王冠』を手に入れるために飛空艇で苦労して……サンドウォームにも食べられずに来れたのだから、でも、その目的であるサロニアム王がいないということは――

 王冠はどう手に入れれば……という疑問は出てくる。


「そんなことありません。レイス姫――」

 イレーヌはそう言うなり、スタスタと……玉座の間に入って行った。

「姫って……、どういうことなの? ねぇ……イレーヌって」

 まさか、イレーヌから自分のことを姫様扱いされるなんて、……とレイスは少し恥ずかしがって髪の毛を触る。

「ほら……さあ行こうぞ」

 聖剣士リヴァイアがレイスの背中を押す――

 一応、リヴァイアは皆と一緒には扉を押して開けてはいない。

 大船をオールで漕ぐ者達を鼓舞するかのように、少し後ろの位置から見守っていた。

「リヴァイア……」

 今度は、真後ろにいるリヴァイアへと身体を半歩回してから名前を呼んだ……。

「レイス……我が……、まあ、今はよそう」

 すると、リヴァイアの眼には何故かうっすらと涙が浮かんできた。

「リヴァイア……、どうしたの?」

 それに気が付いたレイスは、人差し指をリヴァイアの目元へと触った。

「かまわん。私は大丈夫だ……」

 そのレイスの指をギュッと握って、リヴァイアは自分の指で拭ったのだった。


 ――皆がスタスタと玉座の間に入っていく。

 玉座の間は、それはそれは厳かである。

 大理石というのか――これ絶対にこの近所じゃ採掘できない代物だな……。という綺麗に磨かれていて、僅かな光の反射にも煌びやかに飾る、いかにも異世界に存在する大石。

 それが玉座の間全体に……敷き詰められている。

 床は勿論のこと、側面にも天井にも……天井には何故か明るく光り輝くランタンかいくつもあって。

 あれ、どうやって点灯するんだろ……としばし考えてしまうのだけれど、これも異世界の魔法か何かで点けることができるのだろう……と想像する。

 対して、飛空艇ノーチラス・セブンのボタンときたら……、トイレのスイッチだよね? ってこれは最初に書いた通りの顛末……比べると羨ましい。

 玉座の間なのだから、これくらいの仕掛けくらい当然なのだろう。


 ……でも、王は当然だとして、近衛兵も誰もいないもぬけの殻のような室内である。

 扉から遠くに見える椅子――もとい玉座にもサロニアム王は鎮座してはいなくて、天井のランタンの魔法の光で神々しく輝いていて……、まるで森の奥の岩に刺さる聖剣のような存在感といえばいいのか?


 平民風情の人々がよっこいしょ……と座るようなそれとは、明らかに違っていて、一言で称するならば“霊的”であろうか。


「誰もいないですね……」

 最初に口を開いたのはアリアだった。

「そのはずだ……。法神官ダンテマさまから、近衛兵達は誰もここに来るなと申し付けられているからな。サロニアムのメイド達も同じく、彼の命令には敬服している」

 多分、久しかったのか?

 元上級メイドとしてサロニアム城で働いていたイレーヌであるから、彼女は天井から床からと、何か感慨深げな表情でグルリと顔を見回した。

「ダンテマってさ、そんなに偉いのか?」

 同じく玉座の間の絢爛さに少しビビりながらも、その綺麗な装いに感動しているルンが、

「……当たり前だ。その先祖を辿ると初代クリスタ王女と出逢うのだからな」

 手に構える魔銃の銃床じゅうしょうで、イレーヌがルンを突く……。


「あやつと対決して、再び深い眠りを与えて封印するためには、どうしても孵化させる必要性があった――」

 突然にリヴァイアが、

「そのために、どれだけ多くの王族の娘達が生贄にされて、命を落としたことか……」

 リヴァイアもこの玉座の間に入って、昔を思い出したのだろう。

 その昔とは――1000年前のサロニアム。

 オメガオーディンと死闘を決していた自分自身、そしてダンテマとの出逢いと、生まれてきた初代クリスタ王女と――

「……聖剣士リヴァイアさま。どうかお気を確かに持ってください」

 イレーヌはリヴァイアの傍へと歩んで、

「あなた様の戦いは、太古の戦で必要不可欠なものだったでしょう。それは私も承知しています。あなた様がこの大帝城サロニアム・キャピタルの地下深くにオメガオーディンを封印して、王族の娘達を生贄にし封印して……」

 イレーヌがその場で床に片膝をつける。

「封印して……その結果、サロニアムの城下の者達も誰も……彼も。オメガオーディンからの毒気にずっと、ずーっと苦しめられ続けてきて。誰もこの大帝城の直下に、まさかオメガオーディンがーーいるなんて」

「イレーヌよ……。そう物思いだけで苦しむのはよせ……」

 リヴァイアに対して……1000年の悠久を生きて魔族との平穏を、戦い続けてきたことでなんとか保たせてくれた聖剣士リヴァイアに対して、イレーヌのその敬服さはなんだか尋常ではない。

「毒気は城中までも覆い尽くす日々―― それを城内の白魔道士達が、なんとか日々の祈りで、オメガオーディンからの毒気を無効化して……してきたけれど、その毒気は凄まじく。それでも、なんとかサロニアムは大陸の首都としての体裁を整えながら、ここまでやってきたのですから」

「……言わんでよい。イレーヌ」

 リヴァイアが腰を屈めて、下を向くイレーヌの肩に手を置く。

「まあ、私も……私なりに考えて平和を維持しようと思ってな!」

 

「今はもう……サロニアム王も亡くなり……」

「ああ、それは残念だったな。サロニアム王か……」

 肩に手を置いたままで、リヴァイアが天井にぶら下がるランタンを見つめる。

 サロニアム王――リヴァイアが思い出しただろうその人物は、1000年前に側用人として身の回りを守護してきた人物――サロニアム時期王子、否――サロニアム王子だった。

「亡くなり……」

 肩を揺らしながら、イレーヌは声こそ出さなかったけれど……泣いてしまう。

「イレーヌさん……」

 そこへ、アリアが優しく側へと近寄った。

「アリア……」

「イレーヌさんのせいじゃないからね。それは私が一番よく理解していますよ。……だってイレーヌは、上級メイド、ニンジャとして……いろんなことを今まで経験してきたんだから……、辛かったこともあったんですよね?」

 ニコリと、同じくイレーヌの肩に手を乗せたアリア。

「アリア……、ありがとう」

 その手にゆっくりと自分の手の平を乗せてから、イレーヌは感謝の気持ちを込めて顔を上げたのだ。

 顔を上げた勢いで、目元から一気に一筋の涙が流れて――


「そうか……」

 聖剣士リヴァイアは嘆息を切って、

「私は……」

 リヴァイアは……、自問し始める。

 俯いた姿は玉座の間の絢爛な神々しさとは対照的に映る。

「――私は、サロニアムのためにずっと戦った。日々、周りにいた勇士達が力尽きて、共に食事をした者、傷を拭った者……ずっとずっと一緒に戦っていた。けどな、ダメだったのだな」

「何が……ですか?」

 リヴァイアのその独り言を側で静かに聞いていたレイスが、思わず。

「大海獣リヴァイアサン……。オメガオーディンは、我等の守護神を召喚して世界を握ろうとしていた」

 聖剣士リヴァイアが、突然に天井をギッと睨み、

「木組みの街カズースから、サロニアムの砂漠の大都会へと移り住んで――すべてはサロニアムの愚行だな」

 ギシギシとリヴァイアが歯ぎしりを鳴らす……。

 サロニアムの愚行という言葉はオメガオーディンを地下へと封印するしかなかった……できなかった自分自身への苛立ちであり、同時に――


 大海獣リヴァイアサンに裏切られたという……怒りだ。


「もういいです。聖剣士リヴァイアさま――」

 イレーヌが片膝から立ち上がり、フッと微笑を作る。

 ……その表情は、どこか穏やかに見える。


 ガチャ!!


 違った……吹っ切れた気持から浮き出た表情――

 イレーヌが魔銃の銃口をルンへと向けた!

「もういいです。そんなの……、すんだことじゃん!」

「……………」

 レイスは声が出せない。

 私達にはオメガオーディンを倒すという共通の目的があるはずなのに……それなのに、どうして仲間に銃口を向けなきゃいけないのかを、彼女の頭の中には自分でも意識できない――無意識の怒りがフツフツと沸いてきていた。

「イレーヌさん……」

 続けてアリアも、ルンに銃口を向けた彼女に、

「イレーヌさんこそ……もういいじゃないですか? これ以上、苦労するなんて……イレーヌさんらしくないですって」

 珍しくアリアがまともに飛空艇仲間の仲でも、とびきりに縁を感じて親しくしているイレーヌを止めに入る。


「お……おいイレーヌ。何するんだ? 仲間に銃口を向けるなんて」

「すまん、ルン……。これは法神官ダンテマさまからの命令なんだ。……そして、あたしの願いでもあり、あたし達……聖剣士さまのためでもある。勿論、レイス……あなた様の命を助けるためにもだ」

「……リヴァイア? これって? イレーヌ……、あなた何を言っているの?」

 もう何がなんだか……、どうして仲間同士でこうも向かい合う羽目になってしまっているのか?

 もう考えたくない……。それが、今この場の、御姫様と呼ばれた時からの本音だった。



「イレーヌよ。私はダンテマからは、このお前の愚行は……聞いておらんぞ」

「リヴァイア……」

 レイス、渾身の気持ちから発した言葉だった。リヴァイアにすがる気持ちが頭の中の混乱を勝って。

「ええ、そうでしょう。そのはずで。法神官ダンテマさまからも、くれぐれもリヴァイアさまには内密にとの命令でしたので……」

 魔銃を構えるイレーヌの両手が引き締まり、その姿を目前に見ていたルンは……、

「あ……あのさ、イレーヌ? 冗談だよね……これってさ」

 現実逃避の真っ最中だった……。


「さあ、ルン。あれを……」

 イレーヌが銃口をグイグイッと向けた先には、玉座の隣の台に置いてある『サロニアムの王冠』だった――

 その王冠は、これも聖剣エクスカリバーが狂気に身を構える時に表す光の波のように、ブオンブオンと……怪しくも光を放ちながら、まるで生き物のように呼吸している。

「ルン王子!! あれをかぶって……嫌とは言わせないから! さあさあ!」

「イレーヌ? 冗談じゃ……ないんだ……ねぇ」

 魔銃を自分に向けている時から気が付くべきだった……。

 サロニアムの王冠が本当にあそこに……台の上に置いてある。

 ということは、この銃口が自分に向いていることはどういうことなのか?

 ルンは咄嗟に判断する――それは『イレーヌって本気なんだ……』である。


「いいんだって! あれをかぶって。ほら、さあさあ!!」

 と、銃口をグイグイっという具合にルンに向けながら。

「やめんか! イレーヌ……。さもないと!」

「いいえ、やめません。リヴァイアさま……。今ここで、ルン王子に戴冠させなければ」

「戴冠は理解できるぞ……。でもな、だからといって力尽くでか?」

「はい、どーせかぶることでしか、あたし達には未来は残されていないのですから……だったら早く」

「やめんか! そう急かさなくても……あやつ、オメガオーディンは逃げはせん」

「……あたしは、亡くなったサロニアム王のためにも」

 ブルブルと魔銃を構えている両手が震えてきたイレーヌだった。


「イレーヌよ……、オメガオーディンとの戦いで亡くなった者達はな……お前が知っている数よりもはるかに多いのだぞ」

 1000年を生きてきた聖剣士リヴァイア――何度も何度もオメガオーディンと戦ってきて、だからこそ亡くなっていった者達の数も半端ではない。

「ならば……やむを得ないな」

 リヴァイア……、腰に下げていた鞘から聖剣エクスカリバーを抜く。


「リヴァイア……。やめ……て……よ」

 その姿、聖剣エクスカリバーの切先をイレーヌに向けているリヴァイアを、鋭く眼光を向けている聖剣士としての姿を、レイスは見てしまい。


 そして、この目の前で繰り広げられている『仲間割れ』をレイスは受け入れたくないと思った――


「おい! イレーヌ、銃口を下げないか!」

 リヴァイアが一歩前へと乗り出して叫んだ。

 すかさず、身をレイスの前へと重ねて。彼女を――最愛の妹を庇う姿勢をとる。

「イレーヌよ……。いくら思い通りに皆が動いてくれないからといって、早急にことを荒立てて、銃口に頼ることは御法度と思い知ろうぞ」

「何が、御法度……?」

 すると今度はリヴァイアに銃口を向けてから、

「最愛の妹……妹……って、1000年を生きた伝説の聖剣士さまは、どうしてこうも人がよろしいのですか?」


「よろしい……イレーヌ?」

 レイスは腰に力が入らない。ガクガクと震える下半身を自分でも止められなかった。

「イレーヌ??」

 ルンも意味不明だ。

 彼女とは電波塔で出逢ったのが最初で、そこから保険屋とか、塩の運び屋とかを目の当たりにして。

 ルンはイレーヌをそれほどは知らないのだけれど、それでも彼女が電波塔が崩れる時に、慌てて飛空挺へと駆け寄って避難した姿を隣に見て来たから分かることがあった。

 そんなに偏屈な、悪者では無いことを――


「リヴァイア!」

 イレーヌが聖剣士を呼び捨てる。

「リヴァイア……、あなたの私欲がために、こうもレイス姫とルン王子が……未だ結ばれないことをいいことに」

「いいこととは、私は思っていないぞ……」

 淡々とそう述べるのは、今や聖剣エクスカリバーを構える聖剣士リヴァイア――敵を殺す者。

「ウソですね……。これもサロニアム流のジョークでしょう。最愛の妹……、最愛の妹……、何度も何度もリヴァイアさまは……」

 魔銃のトリガーに指を掛ける――


「イレーヌさん……」

 そのすぐ隣で、あたふたと状況を必死に呑み込もうと、しかしながらレイスと同じく現状を信じたくなくて、焦っているアリアだった。

「イレーヌさん。もう、そんな物騒なのは下げてくださいよ」

 少し目に涙を潤ませて――さっきまでイレーヌの目元に涙が溜まっていたのに、今は自分である。

「ごめんな……アリア。でもさ、あたしにはこれが……こうしなければいけないんだ」

「どうして?」

「サロニアム王との約束だ……。あたしは何が何でもルン王子と……レイス姫をくっ付かせて、結ばれてもらわなければいけないと思っているんだ」

「サロニアム王ですか……。イレーヌさん?」

「あたしは上級メイドの頃に……、約束したことがあった。必ずこの世界を……平和へと、そのために必ず……」

 それ以上、イレーヌは発しなかった。

 まぶたを少し落としたその視線は……、同じく落とした銃口の先に向けている。


「しかしな! アリア」


 刹那!

 グイッと顔を一気に上げたイレーヌだ。

「イレーヌさん?」

「アリア……、あたし達の目の前にルン王子とレイス姫がいて。その2人とリヴァイアさまの聖剣を合わして……、ルン王子にサロニアム王の忘れ形見である王冠を……戴冠させることで」

「イレーヌさん? ことで……」

 アリアは首を傾けて問う。

 さっぱり意味が分からなかった。それも天然として、今のいままで生きてきたお気楽で風来坊な性格のアリアにとっては当然なのかもしてないけれど。

 それこそがアリアらしいと言えば、そうなのだろうけれど――しかし、


「ああ……、イレーヌさん。もしかして上級メイド時代の時に、サロニアム王のことを好きになったんですね?」


「……………」

 一瞬、イレーヌが顔を下げる。

 それから、コクリと……静かに頷いて返答した。


「イレーヌよ! もう、よさんか……」

「いいえ……、こうでもしなければ……あたしの気持ちは……晴れなくて」

 トリガーを握る指先が、今度はレイスへと向けて……、でも、少しだけ震える。

「イレーヌ……。ウソ……よね?」

 今まで一度も銃口を向けられたことはないレイス。

 その最初が飛空艇仲間のイレーヌだなんて、受け入れがたいのは当然の素直さだ。

「……イレーヌよ。レイスを殺しては身も蓋もないだろう」

 その通りである。

 3つの印の一つ『レイスのしるし』は、彼女の胸元に刻まれている十字――彼女が生きていることが条件なのか否かは分からないけれど。でも、生きていた方が正解なのだろう……直感的に。

「イレーヌ……」

 レイスは自分の腰から、全身から血の気が引いていくのが意識できた。

 そして、『ああ……頭の中が真っ白になるって……こういうことなのね』と、彼女は自らが魔銃で撃たれることを覚悟する。


「……あたしはサロニアム王との約束を、果たしたい」

 イレーヌが歯を食いしばる。

「約束を……。何が何でも果たさなければ、あたしが上級メイドとして……。ルン王子――」

 瞬きするなり、流し目でルンを見つめた。

「ルン王子のお側に支えてきて、今こうして立派に大きくなられて……」

「いったい? どういう……やくそ……く。イレーヌ……」

 レイスはイレーヌが発した『約束』というキーワードが気になって、



「ああ……、そういうことね。やっぱし、サロニアム王のことを愛してしまって――」



 それを女心といえば綺麗に聞こえる。

 女としての執念といえば――こちらの方が正しいだろう。


「……立派かどうかってのは」

 空気を読めって! 頬を掻いて謙遜するのは自分が褒められたことがなんだか嬉しかったルンだ。

「もう! ルンって冗談は休み休みにしてよ! 今はそれどころじゃ」

 たまらずレイスが大声で彼にツッコミするなり、

「俺の……成長って、冗談なレベルなのか?」

「ええ……。そうよ! そうだってば」

 血も涙も無い、キッパリと言い切るレイス姫――


「イレーヌよ……。すでにレイスの印も聖剣エクスカリバーも、そして今その玉座の隣の王冠も。もう、全て今ここに揃った……のだから、もう控えようぞ」

「……あなたにはレイスを助けるチャンスは、いくらでもあったはずですね」

 頭に血が上っている状態のイレーヌに水を浴びせるリヴァイアの発言――その言葉に彼女は噛み付いてきた。

「……ああ、そうかもしれない」

 リヴァイアが過去を思い出し、しかし口籠る。

「サロニアムの地下深くに封印したオメガオーディン――それを見届けて、毒気も何もが城内に立ち籠っていたことを知りながらも、あなたはサロニアムから立ち去って」

 一筋に流れている涙を、イレーヌは袖で荒く拭いてから、

「……立ち去って、レイス姫がアルテクロスの神官達によって生贄にされようとしたことも、あなたは見ていたのでしょう? それなのに助けようとも来なかった!」


「我が助けなくても……、盗賊一派が助けたではないか」

「あなたは何もしなかった!」

 イレーヌの叫びが玉座の間に木霊する――

「せずに……レイス姫はスラムへと流されて」


「イレーヌ……もういいって」

 床に力を失いながらも、それでもなんとかこらえながら見上げているレイスが渾身呟いた。


「イレーヌよ……。よく聞いてくれとは……もはや言わん」

 リヴァイアは聖剣エクスカリバーに手を掛け直して。

「イレーヌよ……。我は見逃してレイスをスラムと送ったのでは無い。幼きレイスにはまだあやつ――オメガオーディンを封印する魔力は備わっていなかったことは事実だった。スラムの盗賊一派によって神官達の手から身を隠すことができればと思って……そうしたのだ。だからお前の考えは違っているとぞ……言おう」

 聖剣の切先は鋭くイレーヌの首元を狙ったままで、リヴァイアが思いを伝えた。

 けれど――

「いいえ! 違っては」

「違っているぞ!」


「リヴァイア……」

 たまらず、レイスが名前を発する。

「リヴァイア……」

 ルンも同じく。


「イレーヌよ―― レイスに銃口を向けるというならば、我に向けよ。向けて我を殺せばいい――」

「……リヴァイアさま」

 イレーヌが一瞬――

「我が殺されても、1000年を生きてきた毒気によって、絶命までは無理だろうけれど、でも、我を止めることはできるだろう。我を止めてから、その後でゆっくりとレイスに銃口を向けて脅せばよい。――まずは、我リヴァイアが堕ちるのを見届けるがよい、その魔銃でな」

「……リヴァ」

 絶句――まさか、聖剣士リヴァイアの口から自分を殺せばいいだろうと、想像すらしていなかったハプニングだった。

「でも、まあ……しかしな!」

 聖剣エクスカリバーの切先がイレーヌの首元に向いたまま――

「しかしだ……。ここで一番厄介な登場人物は誰かを考えて欲しい。それはな、イレーヌ――お前自身だとは思わんか?」

「リヴァイア?」

 レイスは、また何が始まったのか……もう理解を超えているこの惨劇にひれ伏すしかないのだろうと、またしても腰から下に力が入らなくてヘナヘナと……うずくまって。


「お前が、この聖剣エクスカリバーの露となり、死んでくれれば邪魔者がいなくなる。幸いレイスとルンとエクスカリバーが揃えばいいだけの話だからな」

「いいだけの……」

 リヴァイアのその発言に、なんか嫌な予感がしたルンだった。

「イレーヌよ。賢明なお前であるならば、ダンテマから教えてもらっていることだろう混血の聖剣の話を――」


「ブラッドソード!」

 イレーヌは銃口を向けたままで、鋭い視線もそのままにリヴァイアにそのキーワードを言い放つ。


「そうだ。その剣であれば必ず……という話をもな」

「……御意」

 イレーヌが構えていた魔銃を持つ手が少し緩む。

「だったら……今、この場で誰が邪魔者なのかを言ってみろ」


「……あたし」


「その通りだぞ。……博識だな。だからイレーヌよ……死ぬがいい!」

 リヴァイアが大きく……大きく振りかぶり、両手に構える聖剣エクスカリバーをイレーヌ目掛けて、グイっと身体を前屈みに彼女を捉える!


「リヴァイアさま……。あなたというお方は1000年もの長き間生き続けて、とうとう思い上がりも甚だに、自分の目的を制覇するため……。あなたという人は誰も彼も、わが最愛の妹と……妹とほざいておきながら、結局はオメガオーディンを……、あんたにとっての最悪の強敵を倒さんがためだけの、あなたの人生なのでしょう」


 イレーヌは覚悟を決めた。結論から言えば自分が邪魔者なのだということを理解しての覚悟で、だから彼女は遺言めいた口調で自分の死を――


「それが何か? 私は世界を平和へと導くために……それが私の運命的な人生の始まり、オメガオーディンによって召喚されたリヴァイアサンの毒気を受けて――私は戦ってきたのだぞ。1000年も――だから、邪魔者を始末しようとして何が悪い?」

「だから! あんたのようなエゴイストな勇者気取りの聖剣士ってもんが、いちばん……一番この世界には邪魔者なんだよ!」


「ああそうか、そうだな!」

「分かってんじゃねーか、死ね! リヴァイア!」

 イレーヌがトリガーを引いた。えっ……本当に引いちゃうの?

 すると、光線が一直線に目掛けて命を奪おうと――

 そのエネルギーを集合させた色。こちらの方がブラッドソードじゃね? と思わせる血渋きのような真っ赤な血の色だ――

「無意味だぞ、イレーヌ! 我は不死身なんだからな。だから死ぬがいい!」

 柄を握る握力は凄まじく、リヴァイアが自分の命を奪い取ろうと発せられた光線に垂直に切先を構えて……自分への“死の光”を迎え撃つ!!


 刹那!


 まばゆい限りに、黄金色の光を帯びはじめる聖剣エクスカリバーである。

「オメガオーディンを迎え撃つために誕生した聖剣も……、よもや……こんな一介の情報屋如きに切先を向けることになろうとは……・我ながら虚しいぞ。イレーヌよ――」



 ギュワーーーーーン!!



 聖剣エクスカリバーに、イレーヌが放ったエネルギーの直線がぶつかった音だ――


 それはまるで、プロミネンスを飛び交わせる太陽が、コロナの熱波と電磁波に弾かれて太陽風を生み出し、それがアルマゲドン迫る週末の如く――

 地上へと落ちてくるメテオ――

 分厚い大気と重力によって自らの形を壊し、摩擦で四方八方に飛び散っていく線香火花のように――

 玉座の間を、真っ白に染めたのだった。


「もう、やめてよーーー!! リヴァイアも! イレーヌもって!!」

 レイスが泣きじゃくりながら、


 ――その時だ。


「わ……わかった!! かぶりゃーいいんだろ。だからお互い、その物騒な物を下げてくれって」

 ルンが慌てて大声で、

「ルン!」

 彼の声に気が付くのは当然、救いの声にレイスは反応する。

「イレーヌ……私達って同じ飛空艇仲間じゃない? リヴァイアも……私達と共に戦ってくれる聖剣士さまでしょ」

「もう、イレーヌさん何やってんですか? ダメですよ……ケンカはやめてください」

 ケンカってレベルじゃないぞ……これ。


「あたしだって、こんなことしたくないんだけどさ!」

「だったらしなくていいよ イレーヌ!!」

 ルンがたまらず叫ぶ。もう力尽くでしか……と思いながらも、でも相手は魔銃と聖剣じゃね?

 あ~あ。ルンが頭の中で万事休すを悟った。

「これは……法神官ダンテマさまからの御命令だからね。悪く思わないで! あたしは法神官ダンテマのニンジャさ!」

 自分で……それ言っちゃダメでしょ!

「……あたしが、ルン王子に飛空艇に偶然仕事の依頼をしたとでも? それにその飛空艇に偶然乗り合わせているレイス姫を見過ごすとでも??」


「なんのこと?」

 レイス。そして、

「なんのことだ?」

 ルン。


「聞きな! あたしは、ルン王子とレイス姫を、……ぶっちゃけくっつけるためにクエストの依頼を出したのさ!」

 ほんと、ぶっちゃけだ……


 [FF3]の水の巫女を助けても、神殿で矢に打たれ亡くなった水の巫女……。

 そうしなければストーリーは進まないのだから……というけれど、エンドロールではしっかり紹介されたからいいけれど。

 ファンタシーというものは、こういう側面もクリアーしていかないとねぇ。



「……リヴァイア!」

 レイスがたまらず振り向いて叫ぶ。

「……レイス、聞いてほしい」

 けれど、リヴァイアは彼女の悲痛な気持ちに対しては毅然としていて、でも目には薄っすらと涙が見えて――

「リヴァイア、どうして涙を?」

「レイス。お前はアルテクロスの王女である。そしてルンはサロニアムの王子だ。これは事実だ」

「……は、はあ」

 レイス、キョトンである。

「これは事実だ。いいか、ここからよく聞け! オメガオーディンを倒すには、ダークバハムートでは倒せない。封印するしかないのだよ。


 大海獣リヴァイアサン――


 オメガオーディンが召喚した……、私の故郷の海に太古から祀られている神を――



 どうして?



 許せない――


 許せないんだ――



「だから、これは聖剣士リヴァイアとしての本当の願いだ! レイスよ……ルン王子と」

 リヴァイアの鋭く睨み付ける眼光の先にいるのはルン……彼を凝視して、

「ルン……王子と?」

 一方、約束というキーワードと同じく、その“王子と“という言葉にも反応したレイス……。

 王子と自分と……、リヴァイアの本当の願いとは……何なのか?

 まったくもって、分からないことは当然であった。


 レイスは一度、パチリと瞬きをして――





 続く


 この物語は、フィクションです。

 また、[ ]の内容は引用です。

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