第四章 混血の聖剣ブラッドソード! 混迷する飛空挺仲間! 混乱するサロニアム・キャピタル!
第34話 ……言っておくが、逃げることはできないぞ
「……ねえ、ルン? このボタンだよねぇ」
「知らん! 分からんよ、レイスってば。だから、俺に聞くなって」
「……」
レイスは少しだけムッとしてから。
「ちょっと、ルン? あなたの飛空艇ノーチラスセブンなんですよねぇ?」
「はい。それは御名答です」
ルンは、うんうんと大きく頷いた。
なんだか君は、飛空艇のことだけはプライド感を前面に出しますね……。
「だったらルン、しっかりしてよね~」
ムッとした顔を少し引きつらせながら……レイスは腕を抱え込んでから、してやったりな言い様をする。
まるで女王様のような見下し方のように……いや、正真正銘アルテクロスの御姫様だったね。
「……………」
「……………」
……しばらく、2人はお互いを見入る。
「あ~あ、なんでさ、いっつもこうなるかな?」
たまらず口を開いたのはルン……。それも投げやりな愚痴である。
「だから、しっかりとメンテナンスしろって言ってただろ? レイスって」
しら~と……、横目で見詰める相手は当然レイスであり、そしたら……
「あ~あ? 私のせいにするんだ。ルンって……。あなただって整備できるくせにね~」
と、嫌みたっぷりに返し言葉を発した。
――ここは飛空挺のデッキである。すでに飛行中である。
どうして飛んでいるのか? ……については、後述させてもらうとして。
「まあまあ……ルン君も、レイスさんもさ、ケンカしないでください。私、それだけで哀しくなっちゃいます……」
突如として、2人の間に割って入ってきたのがアリアだった。
2人の顔を左右に……行ったり来たりしながら見ては、宥めている。
「アリアって! あんたは整備できないんだからさ、黙っててば!」
「そうだ! アリア下がってろって……」
にも関わらず、ルンとレイスは聖女のごとく愛の手? を差し伸べてきたアリアを足蹴にして。
「そ、そんな~。そんな粗末な扱いしないでくださいよ……。私達って、チームなんですから……」
ヘナっと……、腰砕けて飛空艇の甲板の上に座り込んだアリア。
それを見て――
「おい! アリアしっかりしろ。ここは整備できるルンとレイスに任せようじゃないか」
イレーヌが駆けつけて、アリアの元へ膝を下ろしてから、そっと肩に手を掛けた。
「え~ん……。イレーヌさんが、一番優しいんですね~」
思いっきり……両目から涙を見せるアリアは天然の性格そのままに、幼児の如く哀しんでいる。
「アリアって……。もう、あんたが泣いたって……」
彼女の背中を摩りながら、イレーヌも静かに顔を下してしまった。
――今度は、4人一緒に沈黙しちゃった。
ところで、このシュチュエーションって何処かで見たことがありませんか?
そうです!
第一章の物語のパターンに似ていますよね。……というよりも同じなんですけどね。
「なんでさ、この飛空挺って……こうボロっちいのかな? ほんと、やになっちゃう」
ドン! ドン!!
……パンパン ドン パンパン。じゃなくって。レイスが破れかぶれに、目の前にある何かしらのボタンの、すぐ隣の木の板で張られた壁を……足で蹴った音ですよ。
「……や、止めろよレイス。飛空艇が壊れるだろうが」
そのレイスの足を両手で掴んで、蹴るのを止めさせようとルンが、
「バカ!! 私のおみ足に気安く触るなってば」
パチン!
……ルンにビンタ一発をくらわした。
その勢いでルンはデッキ奥の……なんだか物置みたいになっているガラクタの山の中に、コロコロとでんぐり返しで転がってから、頭からおもいっきり突っ込んだ。
「私はレイス姫! 御姫様なのよ! ルンごときが、私に指一本触れるなんて、うんじゅうねん早いわよ……」
足蹴にした右足をゆっくりとおろして……、ついでにスカートをササっと下げ、
「もうってば! 2人ともケンカはダメですよ」
「おい! レイスって、少し落ち着け……」
アリアとイレーヌが揃って声を掛けた。
それからアリアは、ガラクタの中に突っ込んだルンを引っ張り助け出して、シャツからズボンから付着しまくる埃を叩いて払った。
頭を摩りながら……相当痛かったのだろう、
「……レイスって。お前いつからさ……こんなに態度がデカくなった?」
髪の毛にも埃がついているのを両手で取り払いながら……、ルンがレイスを見上げて言い放つ。
――アルテクロスから、過日有名になった壊れた電波塔の山を越えて、目下に広がるは砂漠である。
飛空挺ノーチラスセブンは砂漠の上を飛んでいる。
その理由は、端的に書けば大帝城サロニアム・キャピタルを目指しているからだ。
え?
ウルスン村じゃないの……。ええ違います。
ウルスン村の兵士は全滅したって、この村ってアルテクロス歴代の領主様の生まれ故郷なんでしたよね?
どうして……助けに行かないの?
はい。理由は……それを書きましょう。
ここからは戦略の話ですよ。作者は戦略には……ちと五月蠅いのであしからず。
今、ウルスン村には誰がいるか? そうですオメガオーディンです。
そいつが村を滅ぼした。
理由は究極魔法レイスマの発動条件の一つ『レイスのしるし』を持つレイス姫を、誘き出すためです。
これは確か、前章で誰かが指摘していましたね!
まあ……。相手の感情を逆撫でして、相手を誘き出す作戦は昔からあります。
初歩的な戦略です。でも、これは建前です。
――要するに、アルテクロス領主の生まれ故郷を襲うことで、その娘であり究極魔法レイスマの持ち主であるレイスを誘き出して……。勿論、レイス達もオメガオーディンを封印するために動こうとしているのですから、自分たちがウルスン村に行って……でも、ここで思い出してください。
究極魔法レイスマの発動条件です――
レイスのしるし、聖剣エクスカリバー、サロニアム王の王冠です。
この3つにより究極魔法が発動されます。それから聖剣士リヴァイアが魔力を最大限に得て、ダークバハムートを召喚……というのが流れです。
レイスがいなくては、究極魔法レイスマも発動できませんよね。
ウルスン村が全滅したから、それを憂いて、レイス達の感情を逆撫でさせて誘き寄せる。
でも、そもそもオメガオーディンは究極魔法が無くては封印できない。
レイスのしるし、聖剣エクスカリバーは自分達にあるけれど、最後のサロニアム王の王冠はサロニアムに行かなければ手に入らない。
飛空艇ノーチラスセブンは、今は大帝城サロニアム・キャピタルに向けて砂漠の上を飛行中で、その判断には問題ないと作者は太鼓判を押しましょう!
「ところで……、何がその飛空挺の故障の問題なんだ?」
そもそも論――この飛空艇の故障の原因をイレーヌはルンとレイスに尋ねる。
「……また燃料タンクか? 塩化ナトリウム――塩が原因か」
この異世界では、塩は飛空艇燃料の大切なエネルギー源である。覚えていましたか?
「い……んや、今回は塩じゃない」
頭を掻きながら、まだズキズキするけれど。ルンが誠意をイレーヌに見せ、たどたどしく応えた。
「えぇ……。港でしっかりと燃料補給を終えて飛んだからね」
続いてレイスも、飛空艇の故障の原因が燃料にはないことを断言した。
「じゃ……何が原因なのだ?」
イレーヌが首を傾ける。いくら多彩な職業をこなしてきた彼女であるけれど、流石に飛空艇の修理のスキルは持ってはいない。
そうしたら、
「……………」
「……………」
また無言……、いや違った。
「ほ……ほら。あれよ」
レイスが天空を指差してから、その先は――
「あのプロペラが……ほら。うんともすんとも……ね」
「動かないのか……」
イレーヌが見上げた先には、その言葉の如くに、うんともすんとも動いていない……まるで電池切れのプロペラが静止状態で止まっていた。
「ええ……」
「ああ……」
レイスもルンも、同じく見上げた先の飛空挺のプロペラ……動いていないことを再確認する。
プロペラは4つあるのだが、そのうちの一つ。後方右側のプロペラが止まっている――
「あのルンさ、あれが動かないって……そんなに問題なのか?」
4つある内の一つが動いていないことが、どうしてそんなに厄介なのかをイレーヌが問う。
「……俺の計算では、俺達がサロニアムに着く7km手前で墜落するんだな」
さりげなく、ボソッとルンは両手を頭の後ろに当てながら呟く。
続けてレイスが、
「墜落するとねサロニアム名物? ……の、サンドウォームに食べらるってね」
「てへっ……」
レイス……冷や汗混じりの血の気が冷めた笑顔である。それから、すぐに……
「……いんやや!! 私はサンドウォームだけは嫌やーー!!!」
いきなりレイスが大騒ぎで猛抵抗したぞ……。
「ちょ ちょっとレイス、落ち着きな……て」
イレーヌがすぐに彼女の傍へと駆け寄った。
「……サンドウォームですよ! あんなのに食われるくらいなら……いっそのこと、ドラゴンにグワーって炎で焼かれた方がいいじゃないですか!!」
いや、それもキツイぞ……レイスよ。
「あんなの食われるなんて嫌や……」
「だから、落ち着けレイス……」
身体をブルブルと震わせながら、7km先の墜落現場に
たまらずイレーヌが大丈夫だから……だからと、空元気に彼女の背中を摩りながら励まそうと――
「……レイス。俺さ、このボタン押してみようかって思っている」
そんな2人の心中劇? を間近で見つめていたルンも、現状がかなり悪化していることを理解していて。だからこその、この発言が出てきたのだろう。
ルンが指さした先は、飛空艇のプロペラの片隅に備え付けられているボタンの数々――
「……ええ! ルン!! あんた本気? もしも、このボタンが自爆装置だったら」
飛空艇ノーチラスセブンにそんな厄介なプログラムを取り付けないでよ。
「うえーん……! イレーヌさん! 私もサンドウォームに食べられたくなーい」
もう一人、厄介にもアリアが貰い泣き……ならぬ“貰い恐怖”を感じて泣き始めてしまった。
「落ち着けってばアリア。それにルン、レイスも――」
イレーヌは大人だね……。
なんとかみんなの……飛空艇仲間の気概を取り戻さんがために、彼女は皆を励まそうと、
もう1人――
「あの……。私に何かできることはないか?」
デッキの奥から静かにそう言って歩いてきたのは、聖剣士リヴァイアだった――
どうして、聖剣士リヴァイアが飛空挺に乗っているの?
*
「何故ならね……。このプロペラのギアんところのチェーンが、その……長年使い続けてきたから……、緩んじゃったみたいなの」
――舞台は飛空挺である。
レイスがリヴァイアに故障の原因を説いている。
ところで、どうしてリヴァイアが飛空挺に乗っているのか? どっかのアニメのように……“ぶくうじゅつ”でひとっ飛びできるんじゃね?
ええ、できるのですけれど、レイス姫はできませんよね。
彼女がいなければ究極魔法レイスマも発動できないし……。というわけで一緒に飛空艇に乗船している訳です。
「このボタンで、ギアを一気にハイにすることが出来れば……。まあ最初はノロノロだけれど、回転数が上がればなんとか軌道に乗ると思うんだけどな」
ルンがいくつかあるボタンの一つを指で突きながら、後ろに立つ2人に簡単にだけれど説明する。
つまりは、チェーンの緩みをギアの大きさで……カバーしようとする試みのようだ。
「じゃ……、ボタンを押せばいいだけの話なんだろ?」
リヴァイアが瞬きをパチクリしてから、あっけらな表情で聞いてくる。
「……ま、まあ」
レイスがたまらずリヴァイアの質問に即答。というより、何かを恐れてはいる様子で……
「レイス……。もしかして怖いのか?」
「……はい、そうです」
ふっ……と、レイスがリヴァイアから顔を反らしてから、
「……ああ、一体これ何度目なのかな? このオンボロ飛空艇の空中修理ってば」
ガクッと肩から腰から項垂れるレイス、
「本当に、この飛空艇って誰かさんがちゃんとメンテをやってこなかったことが……原因ですよねぇ」
厭味ったらしく呟いた後で、レイスはしら~っとボタンの前に中腰に立つルンを見下げる。
「……おい、お前も飛空艇の整備担当だろうが」
返すルン。今まさに押そうか押さないかを人差し指で行ったり来たりしている最中の指を止めて、
「だったら、お前が飛空艇を修理しろって!」
丸投げ全開な投げやり発言を、レイス目掛けて言い放ってやった。
「……って、ルン! あなたが何とかしてよね」
まったく意味不明で、急な無茶振りをしてくるレイス。
何処かの御城の御転婆姫だな――
「……そんなこと言ってもな! あとはこのボタンを押すかどうか……だしな」
ボソッとルンが語尾を弱めて?
「ちょ……嫌ですって。サンドウォームに食べらるって。絶対にですからね、ルン君ってば」
アリアは必死モード……。自己保身で魔物に食われることだけは勘弁と――
「……わ、私だって、せっかく御姫様になったばかりだって~のに、サンドウォームの餌になんかなりたくないってば」
たまらずレイスも、アリアに続いて懇願必死に自分の命が助かることを告白した。
「アリア……も、レイスも……。もう、みんな落ち着こう」
イレーヌはというと、そんなみんなをなんとか落ち着かせようとして――
でも、
……あたふたと飛空艇の木箱にしがみ付いて半泣き状態のアリア。
何故だかスパナを両手にギュッと握り締めて、それをお守り替わりにしているレイス?
双方を交互に見渡して、正直イレーヌも万事休すである――
「レイスも……。落ち着こうぞな……」
リヴァイアが肩で大きく深呼吸してから言った。
「……あのなあ、私はこれでも聖剣士と皆から言われてきた」
「はい……そうです。伝説の聖剣士リヴァイアさまですから」
ガクガクと膝の力を抜いて、甲板にへしゃぎこんでいるレイスがリヴァイアを見上げる。
「レイスよ。私にとって、お前は最愛の妹だぞ――」
何を言い出すのやら……まったく前後のつじつまがあってない。
……それでも、リヴァイアが真剣に眉間を寄せてから、
「だからな……。万が一にも、飛空挺が墜落しても……。目前にサンドウォームが現れたとしても、私は聖剣士リヴァイアだ。……だから、サンドウォームなんて魔物は、このエクスカリバーで簡単に倒すことができるから」
聖剣士リヴァイアの鬼に金棒――勇ましい御発言だ。飛空挺にリヴァイアが乗っていてくれて良かったね。
「その結果、サロニアムの城まで砂原を7kmは歩くことになるかもしれないけれど、心配するな……死にはさせん」
リヴァイアは腰に下げている聖剣エクスカリバーの柄を摩った。
「……あ、ありがとう。ございます。リヴァイアさま」
「だから、私のことはリヴァイアと呼んでくれていいから……」
口角を緩めて、緊張しっぱなしのレイスに……それからルン達にも微笑むリヴァイア。
その微笑みは、絶対的安全領域を制空権を維持しているところからくる余裕――ではなくて、
「だから、はい! ポチッ!!」
リヴァイアが勢いよく前へと歩き、これもまた潔くボタンを押した。
魔性の女が一瞬見せたメデューサの表情だった……ね。
「うわっ。リヴァイアさまー!!」
「だから、リヴァイアでいいって」
勢い余ってか?
いやいや、はっきり言って強引にマストに備えたボタンを、そう強引に押したリヴァイアだった。
たまらず! レイスの顔面から一気に血の気が引いた。
脳裏に浮かんだのは……見上げた先に立っているサンドウォームの大きな口。
「ええーー! リヴァイア押すか普通??」
こちらもたまらずに、両手を頬に当てながらルンがスクリームに叫んだ。
「ああ、押すんだ。私が」
いや、もう押したよね?
あっけらかんな無表情に、リヴァイアが淡々と傍にへしゃいでいたルンをチラ見して、返答して、
「私が押さなくて……誰が押す」
再び口角を上げて微笑んで、よく聞けば、意味不明な自信有り気なリヴァイアの発言であるけれど――
「……そういうことじゃなくってさ!」
「自信ありとかじゃないって、リヴァイア!」
ルンとレイスが揃ってリヴァイアにツッコミを入れた。
「……でも、もう押したから」
リヴァイアが頬に汗を見せて皆に弁解を……いや断言だね。
そしたら――
*
「……あの」
「なんだ……」
「……リヴァイアさま?」
「……だから。私のことはリヴァイアでいいぞ」
リヴァイアが溜息混じりに、そう返した。
「その……リヴァイア。……ありがとう」
レイスは両手を畏まってお腹で揃えてから、ゆっくりと深々に頭を下げる。
「……こら、礼には及ばんぞ」
その姿を隣に見ているリヴァイア、レイスの上げた顔を見てから、ニコッと微笑んだ。
今度こそ、聖剣士としての勇ましさから滲み出る強者の自信だ。
リヴァイアが右手をレイスの頭に当てて……から、優しく撫でる。
そっと自分の髪にリヴァイアの手が触っていることに気が付いて、レイスは一瞬ドキッと心臓を動かして。
それから……すぐにその動揺も落ち着き。今はリヴァイアの手を自分の頭で感触している。
なんだか嬉しかった。
飛空挺の甲板に2人がいる。
飛空挺の先端、リヴァイアはずっと進む先を見詰めていて、その隣でレイスが静かに立つ。
砂漠に飛ぶ飛空挺ノーチラスセブン。
アルテクロスの潮風とは違う風だ――
カラッと乾いた風が飛空挺の前から来る。それを飛空挺は受ける。天気もいい。晴天だ。砂漠らしい天気なのだろう。
「……どうした、レイス?」
こんな清開な空を飛んでいるのにも関わらず……俯いているレイス。それをリヴァイアが気にした。
よく見るとレイスの表情は、目は少し虚ろに下がっていて、憂いても見えたから……。
「リヴァイア……」
レイスが俯いていた顔をゆっくりと上げて、するとリヴァイアと目があった。
「怖いか?」
リヴァイアが彼女の真意を的に当てたように、そう聞くと――
「……うん」
コクリとレイスは頷いた。
飛空艇のデッキは、清々しい――
目下には……まあサロニアムの砂漠が広がっていて、その中にサンドウォームが隠れ潜んでいることを想像するならば、それはそれは罰ゲームのような綱渡りに行く自分達なのだから、レイスが言うように怖い。
食われるなんて誰だって怖い……。
しかし、その真反対の上空にはこんなにも晴れ晴れとした天気――
ああ港町アルテクロスが平和だったあの頃が懐かしいと、レイスは……思った。
……のだろう。
なぜなら、レイスは俯く前には……ずっと飛空艇のデッキから青空を見上げていて……。その姿は、かつて彼女が、自分が御姫様という覚悟を決める前に、スラムのパパンとママンに会いに行った時のこと。
その時には、パパンには逢えなかったけれどママンには逢えた。
その帰り、スラムの地下住居との出入口に出た時に見せた――狭い住居の連なっている間から、僅かに見えた高い空を見上げ――
その表情を今見せている。
――仕方がない。
元は、レイスはスラムの盗人だった。
それがルンと出逢い、飛空挺で仕事をするようなって。それからはレイス姫、アルテクロスの御姫様で、更には究極魔法レイスマで悪を退治しろって――
キツイよね――
「……言っておくが、逃げることはできないぞ」
リヴァイアからの冷たい助言だった。
「お前が逃げれば究極魔法が発動できなくなる。発動できなくなるということは、この世界が悪に堕ちるということを意味する……。分かるな、我が最愛の妹よ」
リヴァイアはレイスの綺麗に向かい風に
「……あのリヴァイア? ひとつ聞いても」
「ああ、かまわない……」
口元を緩めるリヴァイアである。
「リヴァイアは……、その、強いのですよね?」
「オメガオーディンを封印することに対してか?」
「はい……。そういう意味です」
レイスが静かに頷く。
「我が最愛の妹って……、私のことです……よね?」
恐々しくレイスは隣に立つリヴァイアを見て、
「ああ、そうだぞ。どうして……そう思う?」
リヴァイアは無表情に聞き返した。
「……………」
なんだか……なのだけれど……、袖にされたようなリヴァイアのあっさりとした返事に……、レイスは思わず口を止める。
彼女は少しだけど愕然としたのだった。
最愛の妹と呼ばれている自分を、その当事者であるリヴァイアにとっては、ごく普通の言いようでしかないことを、今この瞬間に気が付いたからだ。
別にそれが気に入らないとはレイスは思ってはいない。
それくらいの気位でなければ……聖剣士という冠を頭に被ることなんで、到底できないのだろう。
それくらい……は、レイスだってしっかりと気を持って自認していた。
「……だ、だって相手は強敵なんでしょ?」
レイス、たまらず声を大きく出して、
「そんなの……ラスボスじゃないですか? 私、怖いに決まっているんじゃ……それくらいリヴァイアも」
あなただったら、私の気持ちを……最愛の妹と言ってくれている、言い続けてくれているのだから分かるでしょう。
レイスはそういう感情を、反抗期というか反骨精神というか。
自分のことを最愛と言ってくれるのであれば……、
「は はは はははははっ……」
「……聖剣士リヴァイアさま?」
リヴァイアが大きく笑った。
天に向けて大きく笑った。
その声は、この砂漠の乾いた風に吹き飛ばされていく――
「何がそんなにおかしいのですか。笑いたいのですか?」
ムッとしてきたのはレイスである。
当然だ。自分が真剣に思って話をしてきたのに……どうして?
「レイス……私からひとつ昔話をしてやろう」
けれど、リヴァイアは彼女の怒りを受け付けずに、淡々と話し始めた。
「もう1000年も前の昔話だ――」
リヴァイアがレイスの手を握った。
「リヴァイア……」
ムッとしていたレイスは、握られた手を一瞬叩こうとしたけれど……それも止めて。
リヴァイアの手に連れられて、彼女は飛空挺の甲板の中程まで一緒に歩いて行く。
甲板に置いてある木箱にまずリヴァイアが座って、促されるようにレイスも隣に座った。
「むかーし むかし」
クスクスっと……リヴァイアが口にグーの拳を当てながら微笑んだ。
「……あれは、究極魔法ダンテマを発動する寸前だった。私の、このエクスカリバーに私が祈りを込めれば究極魔法が発動できて、オメガオーディンを封印することができる。その時――
『はやくやれよ! リヴァイア!!』
私はその時……ためらったんだ。もし究極魔法を発動すれば、どうなってしまうのかを考えた。オメガオーディンは封印することができるだろう。しかし、しかしだ」
リヴァイアは天を、快晴なるこの世界を見上げた――
「ダンテマはどうなるのかって……。私は怖くなった」
このダンテマとは1000年前のダンテマです――
「もしかしたら、ダンテマは死んじゃうんじゃって思った。でも、その時、彼……ダンテマが言ったんだ。私に向かってはっきりとな」
「リヴァイア……」
リヴァイアはレイスを見つめず、飛空艇から見える目下の雲海を遠目に見つめている。
遠い1000年前の彼との逸話を、今話しているリヴァイア……どうして、そう語ろうと思ったのか?
それが、最愛なる妹へのアドバイスとなることを思って、確信して、信じて――
それもあるけれど、リヴァイアは言いたかった。
「ダンテマ……は、彼は強かったんだ」
リヴァイアはそのままずっと……雲の流れを見つめていた。
「たった1人の……俺と、この世界中の無実の民衆を、今すぐお前は両天秤に掛けろ!! そして今すぐ選択しろって!!」
「そんなことはできない――」
思い出してしまった1000年前の記憶は、今でも明快に思い出してしまう。
それはリヴァイアにとっては幸か不幸かは……
「私はとっさにそう思った。けどな、彼は……ダンテマは」
彼の名を出すと、
「彼は言ったんだ。悔しいと今も思うぞ」
「……悔しい。何がですか?」
不思議に感じたレイスが、たまらずリヴァイアの手を両手で――
しかし、その彼女の手を逆に両手で握り返してきた。
「言ったんだ―― その決断をするべきは聖剣士である!! とな。そう断言してから、彼は目を閉じて自信を私に、リヴァイアに委ねたんだ……」
「……まあ、こ~んな昔話だ♡」
クスッ。
リヴァイアが再び吹き出して微笑む。
「笑い事なんてもんじゃ……」
レイスはその昔話を聞いて、真剣な表情だ。
「聖剣士リヴァイアさま……。あなたは究極的な選択を、1人の命と引き換えにここ世界を救おうって! そして救って」
クスッ。
ここでもリヴァイアが笑ったんだな。
「……………」
レイスには意味が分からなかった。
というか――
「リヴァイア! 何がそんなにおかしいのですか?」
半ば呆れて、ちょい怒りながらレイスがリヴァイアに話を詰めていく。
グイグイッと……自身の身をリヴァイアへと摺り寄せて、何とかその恋愛慕情の果ての事柄を聞き出そうと……。
でも、それは決して興味本位からではなくって……
何故なら、自分の今の状況と1000年前のダンテマが同じに思えたからだ。
「やあ! 見えてきたぞ! サロニアムが」
話題を変えるリヴァイア――
レイスの両手を振り払って、思わず見えるサロニアム城の大塔を飛空艇の前へと迫り出しながら叫んだ。
「どーだ? 私が英断してあのボタンをポチッと押したから、サンドウォームも喰われずに……どうやら辿り着けそうだ。良かったな! レイスよ……そして、飛空挺の諸君達よ!」
「……リヴァイア」
呆気に囚われているレイスだった。
自分の愛する……? 彼に自らの命を落としてでも……世界を救ってくれと言われて。
リヴァイアは、それを――
歴史から言えば、世界は今までずっと平穏を保ってこられたのだから、それはリヴァイアという1000年を生きた伝説の聖剣士としての栄誉ある偉業なのだろう?
でも、そうであるならば……彼、リヴァイアの愛したダンテマは?
「……ふふっ。彼は死んではいないだろう。行方は分からないままだったけれど」
「え?? ……死んでなんかいない」
「ああ……。私には……それがなんとなく分かったのだ」
どうせ、そういう質問を寄せてくると思ったのか?
リヴァイアは毅然と飛空艇の甲板に……堂々と立って、半ば憂いながら自分の……リヴァイアの表情を見つめて心配してくるレイスに対して、まあ問題はないぞ……という具合に。
「どうして?」
たまらず、チンプンカンプンなレイスが問うた。
「さあ、どうしてなのかな?」
――それを、リヴァイアは何気ない表情を作ってかわしてしまった。
――砂漠の風を突き進む飛空艇ノーチラスセブンである。
「それどころか……」
「それ、どころか?」
ふっと肩を下したのはリヴァイアで、もうここまできたら、言ってもいいかなって……天を瞬間仰いでから。
「……ふふ。王子様と御姫様は、それから……めでたしめでたし」
目を瞑って、クスクスと小声で笑いながらリヴァイアが微笑んでいる。
「……あの。リヴァイア? どういうことですか」
当然、意味が分からないから、そう問い掛けるのはレイスだ。
そうしたら、リヴァイア。
「――アルテクロスの法神官ダンテマは、我が末裔の子孫ということだ。
ははははは ははははっ
私、リヴァイアはな、彼と……ダンテマとなあ、身ごもったのだよ」
「リヴァイア……身ごもったって?」
「……まあ、赤ちゃんだぞ」
赤面をあからさまにして、すかさずリヴァイアはレイスから身を離して
「……それって、結果結ばれて……たんですよね」
レイスはリヴァイアの後ろぐ姿を見つめながら、そして、しばらくの間に考えてみた。
聖剣士さまが……何を言いたかったのかをである。
……でも、よくは理解できない。
1000年の毒気という呪いを受けて生き続けてきて、その最初にリヴァイアが愛したであろうダンテマの話を……身ごもったという話を出してきて。
自分には……レイスには勿論のことそういう話は今までにないから、だから……想像するしかなかったのであり、それは、リヴァイアという女性の気持ちをである。
リヴァイアがどうして……気持ちを晴らせたのか?
「……リヴァイア。もしかして、身ごもったこと、生んだことだけで幸せだと?」
レイスはそう……想像してみた。想像する間も無く、思わず思っていたことを吐いてしまった。
「レイス? 何をはしゃいでんだ! いくらプロペラが治ったってさ」
「そうです。はしゃぎすぎなんじゃレイスさん?」
「まあ、そう言うな。レイスも、緊張しまくってな……。だからさ」
甲板にルン、アリア、イレーヌが上がってきた……。
「……それが、あなたの……聖剣士さまの唯一の救い? 1000年を生きてきた者として、身ごもったということが……それで、それだけでもういいって思って」
レイスは後姿のままのリヴァイアにそう言い放った。
そうしたら――
「――わが最愛の妹であるレイス。我が子孫であり……我が娘が開いた港町アルテクロスの14代目クリスタ王女の愛娘よ! お前の力が必要なのだよ」
リヴァイアは言い放ち……否!
本気で信頼しているからこその血縁を、血縁による悠久の『聖剣士リヴァイア物語』を言い放ったのであった。
この混乱を、なんとしてでもという思いからも――
続く
この物語はフィクションです。
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