第29話 『私が生まれてこなければ、よかったのかもしれない……』と思った。
コン コン
「……どうぞ、まだ俺起きていますから。ドアも開いていますよ」
どうせ近衛兵だろうと、ルンは思った。
この城の近衛兵ってきたもんには、こう……どうして、いちいち俺に関わってくるんだろう?
そりゃ職責だからって理由は分かるけどさ。でも、寝室くらいほっといてくれって話だ!
――ルンの心情、ベッドの上に座って心の中でブツブツと思っていた。
ガチャ
扉が開いた。
ちなみに、ルンの寝室は別塔の迎賓の間と言っても、それは女性達の話である。
ルンは男子だから……、という理由も納得しかねるけれど……。
まあ。ごく普通のビジネスホテルのシングルルーム、はっきり言って、殺風景な塔の最上階にある押し入れみたいな部屋である。
「ルン? 入るぞ!」
ん? 言ってきたのは……?
「げっ! 法神官!!!」
そう、泣く子も黙る法神官ダンテマが、すたすたと……全く遠慮する素振りもなく部屋の中へと歩いて来た。
法神官ダンテマは壁際にある椅子に座って、ベッドに座っているルンと向かい合った――
「……………」
「……………」
――2人はしばらく口を開けようとしない。
遺恨というか、プライドというか……、男同士の……というべきか。
「……ダンテマ、なんかようなのか?」
先に口を開いたのはルンだった。
「その通りだ。ルンよ……」
「……ダンテマ?」
法神官ダンテマは、一言そう言うなり、すぐにスクッと立ち上がった。
そのまま窓際まで歩いて行き――窓の外に見える月明かりを浴びた。
「……どうだ? 庶民風情の飛空艇乗りが、お城の空気を吸った感想は?」
ふふっと口元を緩ませる、法神官ダンテマは月を見上げて、
「へん! お城に仕えきりの法神官には頭が下がるって。こんな窮屈なお城生活、近衛兵の加虐までもな接待……ほんと嫌味ってな! こんな日常を日々生きていらっしゃる法神官様ってのは、さぞ心の中も窮屈なのでしょうからね?」
嫌味ったらしく返したルンである。
「……ルン。お前は相変わらず変わらないな。でも、それでいい」
「それでいい?」
眉に力が入ったルン――
「ルンよ。私は、領主に代わって『ありがとう』と礼を、そなたに言わせてもらう。本当に今まで、今までレイス姫様を守ってくれてありがとう。心から礼を言う」
「……? ダンテマ?? お前……どうしたんだ? 畏まって……。アルテクロスの空から魚が降ってくるぞ――」
いつもと様子が違う法神官ダンテマの姿勢に、ルンは港町アルテクロスに古くから伝わる諺を呟いた。
――明日は雪かしらね? という感じの意味である。
「まあいい……。預言者!」
ダンテマが大声で開いた扉の向こうに待つ1人の預言者に、首を振って入って来いと招いた。
「はっ!」
足音を立てることなく、低姿勢でスタスタと部屋に入って来る――預言者。
見た目はかなり老けた、被っているフードの隙間から白髪を垂らしている老人である。
「法神官ダンテマ様の御前に拝謁して、恐悦至極に……」
「それはいい……。預言者よ。ルンに言っておくべき更なる予言があるのだろう」
「はい。大預言者ドーガー様より承った預言があります。……その、申し上げても?」
「勿論だ! ドーガーか……。あの老婆まだ生きていたんだな。ははっ」
法神官ダンテマが少し下を向いて、思い出し笑いをする。
その姿に戸惑うことなく、預言者は深くと頭を下げた。
「ルン殿……」
ダンテマが笑いを止めて、
「……なんだ?」
「この預言者がな……お前に忠告しておきたいことがあるのだ……。しかと聞いてほしい」
「忠告?」
瞬間――ダンテマと目を合わせて、またも眉間にしわ寄せるルン。
すぐに扉の前で、低姿勢で畏まっている預言者を見た。
頭を下げたまま、その預言者は微動だにしない――
そして、預言者はルンを見ることなく独り言のように喋り始めた。
「ルン殿。……確かにレイス姫様を含めた、ルン殿、アリア殿、イレーヌ殿、……の御一行4人は、無事に飛空挺で大帝城サロニアム・キャピタルに到着して、帝王に拝謁されることでしょう。これは私ら預言者が、幾度も重ねた預言の結果、おおむね御一行に起こり得ます」
「……はあ?」
「しかし、その後が問題なのです……。いいですか? ……ルン殿。これは皆にも、しっかりと伝え申しておいてください。いいですか? 『大帝城サロニアム・キャピタルは、大ウソつきの輩の集まり』なのです。決してサロニアムの者達の言葉を、決して信じないようにしてください」
「……大ウソつきですか?」
「……そうしなければ、ルン殿……再び、先の牢屋行きの様な悲運がサロニアムで待っていますぞ。今度こそ、怖い怖い思いをすることになるでしょう。いいですね?」
預言者はそう言い終わり、フードを被ったままで更に深く頭を下げて礼をした。
「……なんだか? よく分からんけど……ダンテマ?」
たまらずルンは、法神官ダンテマに顔を向けて解説を求める。
「……ルンよ。今はそれでもいい。まあ、覚えておくだけでいい」
彼のキョトンとした内心が、案の定そうなるよな……と予想通りの彼のリアクションに、法神官ダンテマはただうんうんと意味深に頷く。
すかさず預言者は――
「しかし、そうなって万が一の時には、この呪文を、レイス姫様に唱えさせれば……いいのです。その呪文は『ペペペペロン・チーノ』です。この呪文を唱えることでアルテクロス兵団に救援を求める合図を送ることができます」
「……ペペ? ペペロ? え? なに??」
「呪文の名は、ペペペペロン・チーノであります」
「……ぺぺぺロン・チーノですか?」
「ペペペペロンチーノ!」
「ペペペぺペロン・チーノ……ですか?」
「“ペ”が、一個多いですぞ!」
「ペペロン・チーノ」
「ペペペペロン・チーノ!」
「ペペペペロン・チーノ……ですね」
「否! 発音が違います。最初の“ぺぺ”を高めに、その後の“ペペ”を半音下げて――ペペペペロン・チーノであります」
「……ペペペペロン・チーノ」
「今度は、“チーノ”の発音が違います……」
ややこしいわ!
*
「……こっちへ」
――場面は変わって。
クリスタ王女の隣に座っていたレイス。そのまま身体を王女へと預ける。
「ごめんなさいね……」
と言いながら、王女はレイスの髪を撫でた。
「……? 何がですか」
「いいえ、なんでも……」
というクリスタ王女。その表情は少し寂しい――
「いいえ! なんでもなんてダメですって!」
身体を預けていたレイス。
スクッとクリスタ王女から離れて少し間を開けてから、王女の力が
「ど……どうして王女が、私に謝らなければいけないのですか? ……母様?」
それから、すぐに身体を寄せるレイス。
膝の上に置くクリスタ王女の手に、両手をそっと乗せた――
……乗せられた彼女の両手の上に、クリスタ王女はもう一方の手を上に重ねる。
「私はね、レイス……。あなたを守りきれなかった。あの時……神官達は、あなたの命を犠牲にしてダークバハムートを封印しようとして――、私達は、それを拒否した。けれど……あなたを結果的にスラムの盗賊へと渡してしまった」
「しまった? ……それが」
レイスはよく分からなかった。
クリスタ王女が、何を仰りたいのかが……。
「どういうことです……」
レイスは率直に聞く。
「港町アルテクロスの王女として……そうです。王女として……母として、娘の命を犠牲にして国を守るべきか、それとも国を見捨てて娘を守るべきか……。私は、この二律背反を迫られて――」
「迫られて……」
「……ダークバハムートを、一時的に封印することには成功したのでしょう。けれど、レイス……あなたの命を守るために、あなたをスラムへと捨ててしまったのです。母はね、あなたを……」
捨てたのです――
クリスタ王女が言わんとすることは、これだった。
「……だから、その……今更こんなことを言っても、何も時間は戻すことはできない。それは分かっています。でも、母は言わなくてはいけないと思っています。だから、……ごめんなさい」
それは多分、王女としては正しい選択だったのだろう?
港町アルテクロスに生きる人達を守るための決断だったのだろう?
しかし、クリスタ王女の心の中にはずっと、わが
今宵に――ようやくそれが言えた。謝れた。
――月明かりが、眩しすぎるくらいにレイスとクリスタ王女を照らしていた。
塔の最上階にあるこの大部屋からは、港町アルテクロスが一望できて、大海原も当然見える。水平線もである
街にも海にも、子守唄を聴かされゆらゆらと揺れる揺り籠の中から、ふと目を開けて……優しい微笑みを見せてくれた母親の顔のように、月が明るく照らしていた。
ほんとに、本当に美しい景色である。
――2人はその後、しばらく沈黙してしまった。
ベッドに並んで座っている2人を、勿論のこと月明かりが照らしてくれている。
レイスはクリスタ王女の話を聞いてから、こう思った――
『私が生まれてこなければ、よかったのかもしれない……』
どうして自分なのだろうという思いについては、スラムで十分に考えた。
これが自分の人生なのだから、他の人とは立場が違うのだから……という自覚も持った。
覚悟も決めることができた。
けれど、先の話に出てきた『封印の書』の封印を自分が解いてしまったことを、クリスタ王女から聞いて――
それって、自分がこの港町アルテクロスの、延いては大帝城サロニアム・キャピタルの混乱の始まりになっているんじゃ……、という気持ちになってしまって……。
「……ごめんなさい。レイス」
クリスタ王女の涙腺は緩んでいた。
「母様。それ以上、どうか謝らないでください……」
レイスは寂しさを通り越した……悔やんでも悔やみきれない苛立たしい表情を見せるクリスタ王女の横顔を見つめた。
見つめて……。
なんだかレイスも同じ様に、自分も申し訳ないという気持ちを持ったのであった。
クリスタ王女が教えてくれた、『封印の書』の封印を幼い自分が解いてしまったがために、自分にもオメガオーディンの呪いを背負ってしまったこと――
これから世界を救うために……、聖剣士リヴァイアと共に、自分がオメガオーディンを封印するカギになっていること。
正直、やりたくないのだけれど。自分のせいでもあるから……。
これが、私の人生だ――
「クリスタ王女、私の母様!!」
「なんでしょう。レイス?」
「その。……私こそ、ごめんなさい」
「……どうして? あなたが謝るのですか?」
「……私。私が生まれ……生まれて……きたから……」
口籠り、そのまま沈黙したレイスは顔を俯ける。
自分が封印の書なんて開かなければ――
こんなことをレイスは思っていた。
クリスタ王女、実母が私のせいでこんなにも思い煩っていることに、レイスはなんだか我慢できずに代わりに背負いたいと思った。
しかし、幼い頃のレイスが封印の書の封印を解いたことは、その時のレイスには善悪の判断能力すら身についていなかったのだから、彼女が謝ることは全くないのだけれど――
だから、誰も悪くない――
しかし、なんなのだろう?
この不条理で理不尽な自分は……
実母が実の娘に真実を伝えたこと、
実の娘が実母に、私が生まれてこなければと思ったこと、
あ~あ……
アルテクロスがずっとずっと平和で、ルンとアリアと、いまではイレーヌも仲間になってくれて、
いろんなクエストの依頼を受けて、そして、いろんな街へ行って、洞窟や塔に行って、
クエストをいっぱいこなしていく――
それだけの人生で、私は良かったんだけどな。
私、なんだかんだ言ってもさ、何にも分からないし……。
だから、こんな私に何をしろって~の?
ねぇ? この世界の神様――
やがては、ラスボスのオメガオーディンと対峙する運命なんだろうな。
しょうがないのかな――
気が付くと、窓の外は霞が広がる朧月夜になっていた。それでも、
ここアルテクロスの夜空は美しかった――
続く
この物語は、フィクションです。
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