第27話 レイス……。可愛い我が娘と言ってもいいのかしら?
会議は翌朝へと延期になって――その日の夜。
「えっと……」
レイスは窓辺に立ち月を見上げて、なにやら考え事をしていた。
「えっと……。私の本当の両親はサスーガ領主と王女様で。……その両親は私の命を助けるために、私の育ての親の……スラムのパパンとママンに私を預けて……。私を必要として……生贄にしてでも、みんなが倒そうとしているのはオメガオーディンという魔族の長で。オメガオーディンと魂を分けた……姉――名高き、この世界の伝説の英雄である聖剣士リヴァイアさま……」
こんなふうに、レイスは小声でボソボソと独り言を呟いていた。どうやら頭の中を整理しているのだ。
「……んで、その聖剣士リヴァイアさまの妹で、究極魔法レイスマを扱える唯一の魔法使いが妹の……」
レイスがそう言うと、後ろから――
「レイス……。可愛い我が娘と言ってもいいのかしら?」
1人の女性がレイスに話し掛けてきた。
「聖剣士リヴァイアさまの……魔法使いの妹。……それがレイス、あなたのことよ。正確にはレイス。あなたの魂は、聖剣士リヴァイアさまと……そして、オメガオーディンの3者で分けられているのです……」
その女性は、この部屋の中央にあるベッドの上に静かに腰掛けて、窓辺に立っているレイスを見つめていた。
「レイス……。あなたは紛れもなく私の娘です。私が生みました。……けれど、あなたの生まれたての魂は契約によって……魔法使いとしての魔導士達との契約によって、そして聖剣士リヴァイアさまからの
……それ以上、その女性は“レイスの立場”を語ろうとはしなかった。
誰よりも、レイスの過酷な運命を生みの親として理解しているのだから。
――ここは別塔の最上階である。
塔の最上階には、レイスの今宵の寝室となる大部屋がある。
その寝室には、もう1人女性がいる。……この大部屋の主である。
その主は、大部屋の中央にあるベッドに腰掛けている人物である。
レイスの生みの親――クリスタ王女。
「……こっちへお座り。レイス」
クリスタ王女は自分が座っているベッドの隣を、ス~と指で摩って、ここに座るように促している。
……ところで、レイスは、どうして王女の寝室で寝ることになったのだろう?
個室ではないクリスタ王女の大部屋で就寝につくことになったのは、どうしてか?
それは、サスーガ領主……つまり、レイスの実父の言葉を聞いたからである。
――両天秤の間で行われたオメガオーディンの対策会議は、半ばで御開きとなる。
明日まで各自自由に……というオーラン大臣からの言葉があって、老人達は一斉に席を立ち部屋から退室。
レイスやルン達も続いて退室して飛空艇に戻ろうと歩み始めた。
すると近衛兵に、
『レイス姫様、御付きの皆様、今夜の寝室をご用意しております。レイス姫様、ルン殿、アリア殿とイレーヌ殿は、それぞれ別室をご用意しております。別塔の最上階の迎賓の間で今夜はお休みください』
長い話を聞いてかなり疲労が溜まっていた4人。
これから飛空艇に乗って、飛んで帰るってのもしどいなぁ……と思っていた矢先に、近衛兵からグッドタイミングなお誘い――いやいや、世界を救うために選ばれし者達として、当然の待遇だ。
とかなんとか各自安堵して、両天秤の間から退室しようとした時だった――
「レイス姫様。ちょっといいですか?」
サスーガ領主がレイスを呼び止めた。
「レイス……」
ルンがレイスを見る。
「……うん、私は大丈夫。後から行くからさ……。みんな先に行っててちょーだい!」
「レイス……」
イレーヌも心配そうに、レイスの表情を見ている。
レイスの表情は曇っていた。
無理もない――
つい先日まで、スラム生まれだと思っていた自分が、今では世界を救う希望の持ち主で、おまけにアルテクロス城の御姫様ときたもんだから……。
「レイス……無理をしてるんじゃないのか」
レイスの、しっかりと取り繕いながらの『私は大丈夫』という言葉とは対照的な、疲労感を漂わせる表情が痛々しくも見えていたイレーヌだ。
裏稼業が運び屋で情報屋のイレーヌ。
正体を隠すために、相手に対して自分を偽り続けてきた経験も勿論のことある。
時には自分を押し殺して何食わぬ顔を見せて、時には愛想を良くして商談を取り付ける。
決して相手に、自分の心の内にある性悪さを見破られないように……何度も何度も練習を重ねてきた。
だから、イレーヌには、レイスの内心が簡単に理解することができたのだった。
「イレーヌ……なによ? もう、私は大丈夫だって! すぐに後から行くから……ね」
「…………そうか。……分かった」
イレーヌは大きく頷いた。
レイスのその言葉と表情を見て……今、自分がレイスに気を掛けても、逆に問題を深掘りさせてしまうだけだろうと察知した。
ここは流れに任せて、レイスの元気が自然に戻るのを待った方がいいのかもしれない……。
一方のレイスはというと、
(……なんだか私だけ、荷が重すぎるよね。嫌になっちゃう……。後ろ髪引かれちゃうってね)
「レイス……じゃあ、後で会おうな」
スラムの育ての親のもとへ付き添って、大粒の涙を流した彼女を目の当たりにしてきたルン。
なんで……こいつだけこんなにキツい人生なんだろう?
自分も飛空艇でクエストをこなして細々く生きているけれど、レイスは何年もスラムで過酷なサバイバルを生き抜いてきた。
今のレイスにしてやれることは……自分にはなんにもない。当たり障り無い返事だけだった。
ちなみに、アリアはというと……、
「へえ~。別塔の最上階なんですね~。高いんでしょうね。なんか楽しみです~」
……と、全く仲間達のどんより重い空気を察知することもなく、さっさと退室して行ったのだった。
飛空艇仲間3人とは対照的な性格のアリア、こういう性格の方が案外その日暮らしなクエスト冒険稼業には向いているのかも……しれない。
「――レイス姫。その……先程の会議の後で教えたことなのですが……」
「あ、はい。領主様……」
レイスにとっては目前にいるサスーガ領主は、まだ実父とは思えずにいた。
呼び名も……領主様である。
「聖剣士リヴァイアさまとレイス姫が姉妹という話です。その……疑問にお思いかと」
サスーガ領主も、一度は盗賊にレイスをさらわせたという自責からか? 彼女に恐る恐ると尋ねる。
「……ええ、領主様。それにオメガオーディンも私の兄だという話ですよね? ずっと疑問に思っていました」
「やはり、そうかと思っていましたぞ……」
レイスは思い切って聞いてみた。
「――聖剣士リヴァイアさまは1000年を生きていらっしゃる伝説の聖女。一方、この世界の闇であるオメガオーディンも、永遠に生き続けているラスボス。……不思議ですよね。私はまだ生まれてから20年も満たない人間です。1000年と永遠と20年――この3者が兄妹だなんて……。一体、どういう理屈なのでしょうか?」
「それは本当なのですか? 母様!!」
――場面は変わって、別塔の最上階にあるクリスタ王女の寝室。
窓のカーテンが少し開けた隙間から吹く風で、ヒラリと揺れている。月明かりがレイスとクリスタ王女を優しく照らしている。
クリスタ王女の寝室――今晩、レイスが休む部屋でもある。
レイスはクリスタ王女に対しては、王女と敬称を言わず『母様』と言うことにした。
理由は……なんとなく分かる気がする。
育ての母親であるスラムのママンと号泣して別れてきて、今目の前に座っている人物は生みの母親で。
これから自分はアルテクロスの御姫様として生きていかなければならないのだから、そのためにも早く環境に馴染んでいかないと……本当の自分の母親はクリスタ王女なのだから。
割り切るわけではないのだけれど、宛らジョブチェンジする時の心機一転のような、いちからスキルを覚えていこうという心情である。
「聖剣士リヴァイアさまも、私も……。そのオメガオーディンの呪いによって……毒気によって、魂を分け与えられてしまったって…」
「ええ、その通りですよ。レイス」
ベッドの上に座っているクリスタ王女とレイス。お互い向かい合って話を交わす。
「……オメガオーディンというラスボスって、何者なのですか? 母様……」
「……………」
クリスタ王女は、しばらくレイスの顔を何も言わずに見つめた。
「……母様?」
「……やはり、レイス。あなたに教えなければいけませんよね」
口元を緩ませて少し微笑みを見せたクリスタ王女。
遠い昔の話です――
今から3900年前に、この世界に一人の魔女がいました。
その魔女は、この世界の秩序と平和と安定のために、孤島にある『水の洞窟』で日々儀式を捧げていました。
魔女の儀式は朝から夜中まで続いて、太陽に祈り大地に祈り、月に祈り続けました。
それぞれ光と世界と闇の象徴です。
日々儀式を捧げていたために、世界は安定していました。
けれど、それは完全な平和ではありませんでした。
磁石に極があるように、惑星に引力と遠心力があるように、光と闇があるように、そういう釣り合いの保たれた均衡によって生まれた平和だったのです。
……魔女にも寿命があります。
魔女は、自らの命が残り少ないことを知っていました。
だからこそ、自らがこの世界から消えた後も安定し続けてほしい。
それは魔女の本当の願いでした。
今から2700年前――
魔女は、自らの魂を自ら選んだ7人の賢者達に7つに分けて、この世界に統治させました。
自らがこの世界から消えた後も、彼らが自分の意志を継承してくれると信じて――
光の賢者
海の賢者
炎の賢者
命の賢者
土の賢者
星の賢者
闇の賢者
――しばらくは世界は安定しました。
しかし、ある時世界は一変しました。『常世の闇の日』です。
クリスタ王女はレイスの頭を、そっと優しく撫でた。
撫でられているレイスは、慣れないこのシチュエーションに内心戸惑い、足を小刻みに交互させてソワソワする。
「……常世の闇の日。……あの、絵本でよく読まれている」
レイスは自分が幼い頃にママンに聞かされた昔話を思い出した。
「ええ、そうです。常世の闇の日……まあ、つまりは皆既日食のことです」
皆既日食。月が太陽に隠されて世界が闇に――
「魔女が自らの魂を分け与えた7人の賢者……。当然のなり行きですが、光と闇は対峙する運命です」
クリスタ王女は撫でる手を止めて自分の膝に戻す。
「ある時、闇の賢者が星の賢者を誘惑して、一緒に光の賢者を陥れようと誘いました。星の賢者もこれに同意しました。光があれば星は見えませんからね。星、つまり月を利用して光……太陽を隠しました。結果、世界は闇を迎えてしまったのですよ」
クリスタ王女は小さく吐息を漏らした。
「これが大問題でした。……今まで世界が7つの力で安定していたけれど、闇が勢いを付けて……付け過ぎて。とうとう闇は、闇の賢者が制御できないくらいに暴走してしまったのです。――そうすると、太陽が自らの重力で核融合して、莫大なエネルギーを放出しているように。闇も自らの重力により、闇のエネルギーを増大させて……
オメガオーディンの誕生です。
――正確には誕生しつつありました。当然のこと、他の賢者達は反発しました。この世界の安定のために魔女の力を7つに分けて、世界を永遠に安定へと導く使命を与えられていたのだから……。しかし、人の心は麻の如しですね」
「……そんな、オメガオーディンは人の心の乱れから誕生した」
レイスはオメガオーディンという存在が自然発生的ではなくて、人工的に誕生したことを聞いて……スラム時代の仲間同士の小競り合いの場面、残飯を巡る醜い食料品を奪い合う場面が脳裏に浮かんだ。
「……………」
無言で俯いているレイスの姿を見て、クリスタ王女はレイスの頭を再び優しく撫でた――
「――立ち上がったのは光の賢者と命の賢者でした。彼らは堂々とオメガオーディンに立ち向かっていきました。そして、2人の賢者は魔女から密かに教えられ習得した、光と命を融合させた魔法……
究極魔法ダンテマ
を、オメガオーディンに向け発動したのでした……」
「ダンテマ? あの、法神官ダンテマ様……」
「光の賢者と命の賢者の混血の末裔を、ダンテマと称するのです。その呼称は、今から1000年前の大帝城サロニアム・キャピタルの時代には、王家に使える高貴な身分の者に使用されました。当時は法神官はおらず……教育係でした」
「教育係……ダンテマ様」
リヴァイアの思い出――に登場した、あのダンテマである。
「そして、私達アルテクロスの王族の先祖でもあります。……今、この城にいらっしゃるダンテマ様は……14代目の法神官ですよ」
「アルテクロスの王族の先祖……母様も?」
「……はい」
ニッコリと微笑むクリスタ王女。
「……ということは、母様の実の
「もちろんです……」
クリスタ王女の話は佳境へと入る――
「オメガオーディンは究極魔法ダンテマをモロに受け、結果、もがき苦しみ続けて、あと少しで倒せるかというところまで力が尽き掛けた時。オメガオーディンは闇の世界へと避難しよう逃避していきました。しかし、それでも2人の賢者の究極魔法は威力が絶大で、大慌てで逃避していく後を執念深く追い続けて――」
「結局、倒すことはできなかったけれど。それでも、オメガオーディンに大ダメージを与えることには成功しました。オメガオーディンを卵の状態に還元し、封印することに成功したのです」
「……それで、世界は平和を取り戻し……ては、いないですよね」
昔話を聞き入っていた気持ちだったため、一瞬、ああ……めでたしになったんだと思ったレイスだった。
よく思えば、クリスタ王女の話は昔話ではあるが、要は歴史である。
今、港町アルテクロから大慌てで飛空艇に乗り込み脱出しようとしている者達が、大勢いるのだから……レイスは自分の考え違いを改める。
「……ええ、平和ではありません」
オメガオーディンは猛烈に怒りを覚え、卵に還元させられるその前に――光と命の賢者に闇の呪いを掛けたのです。
闇の支配に怯え戦い続ける呪い
命尽きることの絶望を知る呪い
――光は闇と戦い続ける運命を背負わされました。
――命は闇に飲み込まれる恐怖を永遠に背負わされました。
「時は巡り、同じく呪いも巡りました。……レイス、どうしてだか分かりますか?」
撫でていた手を止めると、レイスの膝にそっと置いた。
「……それは、オメガオーディンが闇そのものの存在で、永遠に死ぬことはない……から?」
「その通りです」
クリスタ王女はレイスの顔を見て、少し更に口元を緩めて微笑んだ。
「今から1000年前、光と命に向けられた呪いは、当時伝説の女剣士――大帝城サロニアム・キャピタル奪還の救国の覇者となった『第四騎士団長リヴァイア』に乗り移ったのでした。遠い昔の話です――」
少し空いている窓から夜風が入ってきて、それがカーテンをふわっとなびかせている――
「あの王女……。その昔話と私と……どういう関係があるのですか?」
「そうそう! それをまだ言ってなかったわね。レイス……」
レイスにとっては当然の質問だった。
勿論、クリスタ王女もその質問に回答するために、今まで長い昔話をレイスに聞かせていたのだから……
「レイス。あなたがまだ幼児の頃、このサロニアム城の地下にある『封印の間』に遊び心で入ってしまったことがありました。覚えていませんよね?」
「……はい。覚えてはいません」
レイスは大きく首を縦に振った。
「その封印の間には、命の賢者がオメガオーディンからの呪いを辛うじて防ぎ、その呪いを命の魔法を最大限に放って封印することができた――『封印の書』が収められていました。私達王家は、代々、その封印の書を守る使命を魔女から与えられてきました」
「封印の書ですか?」
「レイス。あなたが、その封印を解いてしまったのです」
「私が?」
風でなびいているカーテンの合間から見える月の光が、クリスタ王女とレイスの顔を、時折明るく照らし出していた――
「ええ……。レイス、あなたが封印を解いたがために、あなたにオメガオーディンの呪いが刻まれたのです。気が付いていることでしょう……胸の谷間にある印のことを――」
「……胸の谷間」
それを聞いて、レイスは少しはしたないけれど、上着の首元をガッ掴んで広げて自分の胸の谷間を覗いた。
「……母様。このアザのことですか?」
「それはアザではありません。オメガオーディンの呪いと対峙するための紋章です」
続く
この物語は、フィクションです。
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