第三章 聖剣士リヴァイア、聖剣エクスカリバー。神の剣――

第24話 「レイス! 領主をぶん殴ってやれよ!!」「ルンってば! もうやめて!!」


 ……どこからともなく、不気味な声が聞こえてくる。


 その不気味な声は、港町アルテクロスの街全体に響き渡った。

 人々は『なんだ?』『なんだなんだ?』と、皆声を揃えて驚いていた。

 お互いの顔を見合わせて、聞こえてくるその不気味な声に対して……不安な気持ちを心に浮かべていた。




 “……おろかなアルテクロスの民よ。またしても、姫の魔法に頼ろうとするのか?”


 “幼き頃の姫を、神官達は生贄の儀式により、異世界からダークバハムートを召喚した。覚えているか? アルテクロスの神官達よ”


 “ダークバハムートの魔力は、いにしえの魔法から生まれる。その魔法を発動できるアルテクロスの姫を生贄にして、ダークバハムートを我に差し向け――我を封印しようとした”


 “しかし、幼き頃の姫には、我を封印するための能力はまだ育っていなかった”


“思い出せ! アルテクロスの神官達よ。戦いは、まだ終わってはいない”


“我は『最果ての異空間』で、じっと身体を休ませてきて……今、我は復活した!”


 “ウルスン村に来い。思い出の村に来い。もはや枯渇した魔力しか持たぬ姫を、必ず連れて来い……”




       *




 はるか遠い場所『最果ての誓いの村』の洞窟――


 洞窟の奥深くに1人の大人の女性がいる。

 その女性は、この洞窟で暮らしている………様子はない。

 暖炉も家具もベッドも何も見当たらない。ただ一人で、じっと、この暗い洞窟の岩に腰掛けていた。

 

 

 聖剣士リヴァイア・レ・クリスタリアである――

 

 

 聖剣士リヴァイアは、その不気味な声を深く目を閉じて、心の耳で聞いていた。

「――ん?」

 手に持っている、1人の大人の女性が片手で持つには、それでもかなり大きい剣、


『聖剣エクスカリバー』


 神々こうごうと……まるで太陽が雲間から現れ出た時のように、突然、淡く洞窟の中で光り始めた。

 聖剣エクスカリバーが放つその光が、次第に強まっていく。

 強まっていき……時を数える暇もなく、一気に洞窟全体を輝かせてしまう。

「……なんだ? お前もか? 聖剣エクスカリバーよ。うずくのか?」

 聖剣士リヴァイアは、自分が手に持っている聖剣に話し掛けた。

「そうだな……。封印、封印と続いて、今度こそ……だな」


 聖剣士リヴァイアは、聖剣エクスカリバーの柄頭つかがしらを優しく撫でる。

 撫でるなり、スッと腰掛けていた岩から立ち上がった。


 立ち上がり、再び深く目を閉じたのだった……。



(我が最愛の妹よ……。聞こえるか?)


 聖剣士リヴァイアが心の声で語り掛ける。


(我が最愛の妹よ。私が今から言うことを、よく覚えておくように)



『リヴァのつるぎ』 (聖剣士リヴァイアの分身 聖剣エクスカリバー)

『ダイヤのキング』 (大帝城サロニアム・キャピタルの皇帝 王冠)

『レイスのしるし』 (我が最愛の妹 紋章)



(この3つを揃えるのだ。奴を封印するにはこれしかない。はるか遠い昔……。私は、この聖剣エクスカリバーだけで奴に戦いを挑んだ。……が、奴を倒すことはできなかった)


(……それから、長い長い時が流れて。私は、その間に世界中の偉人達が残した『古代魔法の図書館』の歴史書を読み漁った。どうすれば、奴を倒せるのか?)


(私は愕然とした。同時に私は理解した。奴は決して倒すことはできないのだと……)


 聖剣士リヴァイアが、閉じていた目をゆっくりと開ける……。

 聖剣エクスカリバーの光は、衰えることなく光を放ち続けている。


(奴は、この世界の闇そのものである。闇なくして光は輝くことはできず、光が強く輝けば闇もまた深い。我が最愛の妹よ……。この3つを揃えると、お前は――



『究極魔法レイスマ』



 を、発動することができる。

 我が最愛の妹よ……。この究極魔法レイスマで、ダークバハムートを召喚するのだ! 今度こそ、今度こそ……、奴を封印しようぞ! 今度は姉妹で、必ずや……)


 ……聖剣士リヴァイアは口角を上げて少し微笑んだ。


「大きくなったな……。我が最愛の妹、レイスよ……」


 その声は、洞窟の中に木霊こだまとなって返ってくる――




       *




「……ん?」

 飛空艇ノーチラスセブンを降りて、

「……なに?」

 レイスが後ろを振り返った。


「どうした? レイス、忘れ物か?」

 後から降りてきたルンが、振り返ったレイスの姿を見て聞いた。

「……ねえ、ルン? 私に何か話し掛けてきた?」

「……いんや~。俺はな~んにも言ってないぞ。どうしたんだ?」


 ――ここはアルテクロス城、中央の塔の上にある飛空艇のデッキである。

 アルテクロスは港町。ここから見える景色は絶景だ!

 水平線がよく見えている。遠くの方で一角怪魚の群れが、頭から大きく潮を吹いているのが微かに見える。


 ~ ~~


 地上からかなり高い場所のデッキであるために、水平線からビュ~ンという感じで、海風がかなり強く吹き付けてくる。

 それに、このデッキは塔に最上部に設置されているものだから、地上と違ってモロに風が吹き抜けてくるため……ちょっとだけ涼しい。


「……変なの?」

 レイス、海風でなびいている自分の髪の毛を手で抑えながら、小声でそう呟いた。




       *




「た! たっ! たっっ!! ……大変です。領主さまーーー!!」

 ――近衛兵が慌てた様子で城内の廊下を、赤絨毯の廊下を駆けながら騒いで来る。そして、


 ガチャ! ガチャ! ガチャガチャ!!


 ……勝手に扉を開けるのは許されません。この『領主の間』の中には領主様が……。

 わ、分かっている。分かっている!!


 お止めなさい!


 しかし! しかし! しかしだ!

 今は、それどころではないのだ!


 いけませんって!


 急を要するから……頼む!!

 

 という具合に、近衛兵同士が扉近くで言い争っている。

「……もうっ!!」

「う、うるさい!! 今はそれどころじゃ」

「だから! いけないって!!」

「……ええい! ……もういいって! すまん!!」


 ガチャン! ギィ……


 無理矢理に扉を開け、近衛兵は領主の間に入って来た――

 入ってくるなり……扉の内側数歩の所で立ち止まる。

 部屋の中をキョロキョロと見渡す……領主の間はとても広かった。

 

「い! いっ! いた!! ……い、いや、いらっしゃった」


 視線の先、奥の窓近くにいる人物――に指を差して大きな声を上げる近衛兵。

 しかし、すぐさま言葉を尊敬語に改めて言い直した。

「領主様! 大変です。大変です! 領主様!!」


「分かっておるわ!!」


 その人物は、港町アルテクロスの領主だった――

 領主は、窓の外を眺めながら大きな声で、そう怒鳴った。

「……分かっておる」

 同じ言葉を続けて言うと、ゆっくりと部屋の方へ振り向いた。

 ……ちょっとだけムッとした感じで、近衛兵を睨み付けている。

 領主はイライラしていた。そのイライラのまま、再び窓の外へと視線を戻す。


 理由は、多分……声だろう。


「これ! 無礼だぞ」

 領主の隣にいて、同じく窓の外を眺めていたのは大臣である。

 大臣は振り向き様に、近衛兵を鋭く見つめ、

「ノックも無く、領主の間に入って来るなんて……」

 薄枯れた声でボソッと言い放った。

「……し、失礼しました。大臣! 申し上げます」

 近衛兵が両足を揃え、直立敬礼し直して報告を始めた。

「……わ、私は、アルテクロスの何処からか不気味な声が聞こえてきて、街中の人々が恐れ混乱している様子を、いち早く領主様にお伝えしようと……それは、もう街中パニックになっていて」

「……パニックだと。いか程にか?」

 大臣は近衛兵に尋ねた。

「ある者達は家財道具、商売道具を、飛空艇に載せて避難を始めていて……。また、ある者達はそれすらもせずに、さっさと飛空艇に逃げるように乗って……。っと、兎に角! アルテクロスの街中が大騒ぎなのであります」


「……そんなにも、すでになっておるのか?」

「オーラン大臣、報告はそれくらいで……。分かっておる。わしにも聞こえたからな。……あの声が。飛空艇が飛び立って行く姿も……この窓から見ていた」

「……サスーガ領主、いかがいたしましょうか? この事態を……」

 オーラン大臣が恐縮した表情を作り目の生気を曇らせて、隣のサスーガ領主に伺いを立てる。


「分かっておる……」


 サスーガ領主は、その言葉を繰り返した。オーラン大臣と同じく目の生気が曇っている。

 じっと……窓の外を見つめたままで。


「……さてと、どうしたものだ? 再び、奴が封印を解いて復活したとはな。困ったものだ」

 胸の前で腕を組んで、ずっと窓の外の港町アルテクロスを見つめているサスーガ領主。

「わしの故郷――ウルスン村が今まさに奴が率いる魔物達に襲われているという情報は、どうやら本当のことらしいな……。どうしてあのような山里の村を襲うのか?」

 直立で微動だにせず……ずっと視線を街へ向けている。

 ――その姿を隣で見るオーラン大臣は、

「サスーガ領主、落ち込まないでください。アルテクロスの人々が失望します。領主は皆の希望でなければなりません。『アルテクロスの街は平和である』世界中の人々がこう噂しておりますから」

 大臣として、領主の側近として……ここで何か希望ある言葉を言わなければと思った。

「アルテクロスに憧れて、誰もが一度は訪れてみようと思っております。あなた様は、この街の領主なのです。平和は領主あってこそ、私はそう信じております」

 言葉を一つ一つ選びながら、オーラン大臣は真剣にサスーガ領主に語り続けた。


「ありがとう、大臣よ。しかし、知っておるだろう。奴を封印することができるのは、ダークバハムートだけだということを……」

 サスーガ領主は横を向き、労いの感謝の気持ちを表した……けれど、すぐに話題を“あの声”の主なのだろう、“奴”を封印するというための戦略の肝を言う。

「勿論、存じております。……やはり、再びダークバハムートを異世界から召喚することになるのかもしれません」「オーラン大臣よ。……“なあるのかも”ではなくて、“なる”とはっきり言ってよいぞ」

「……御意」

 一歩後ずさりし、オーラン大臣は足を揃え直立してから深く一礼。

「ダークバハムート。……わしには召喚することはできないことも、勿論知っておろう……」

「…………はい」

 一礼から少し頭を上げ、上目を向けた大臣は細い声を出した。


「……………」

「……………」

 サスーガ領主とオーラン大臣、しばしお互いの目を見合う。


「大臣よ……。ダークバハムートを異世界から召喚することができるのは、わしの知る限りこの世界ではたった一人しかいない」

「……はい。勿論、それも存じております」

 見合っているその目と目はお互い真剣で、瞳孔の奥には……なんとも逸らしたくなるような悲痛な叫びが聞こえてくるようだった。

「かつて神官達の儀式で1人の人物から、辛うじて魔力を引き出すことに成功して、ダークバハムートを召喚して、……しかし、本来ダークバハムートを召喚するためには、究極魔法を発動させなければ……」


「……それ以上言うな。オーラン大臣よ」


 サスーガ領主は自分の視線を、見合っていたオーラン大臣の目から逸らした。

 再び窓の外を見ようとしたけれど……窓に身体を向けたまま、領主は目を閉じてしまう。

「……あの儀式を計画したのは神官達である。姫は、まだ幼すぎた。……儀式により魔力のすべてを引き出すことで……しかし、その儀式の最中にわしは決断した。覚えているか?」

「はい」

 オーラン大臣は身体を領主に向けたまま、横を向いて窓の外に見える水平線を見る。


 相変わらず海の向こうには、一角怪魚の群れが大らかに泳いでいた……。


「……領主様と王女様が、姫様を無理矢理に儀式台から連れ出しました。そして、城の外へと逃がしたのです」

「わしは、あれで良かったのだと、今でも信じておる」




「あのう……。大臣様? 領主様? 恐れながら……」

 2人の会話の邪魔にならないように、しばらく控えていた近衛兵であったが、

「ん? なんだ? まだいたのか」

「……あ、はい!」

 サスーガ領主が視線を冷たくして返答すると、近衛兵は恐縮して再び敬礼した。

「恐れながら、もうすぐ到着する予定なのですが? ……いかがいたしましょう」

「到着だと?」

 今度はオーラン大臣が表情に邪険な雰囲気を漂わせた。

 お前、空気読んでさっさと退室しろよ……という感じで、こちらも冷たい視線を近衛兵に向ける。

 大臣は、喉を鳴らしてから、

「誰が到着するのだ?」

 と、緊張しまくっている近衛兵に尋ねた。


「……は、はい! レイス姫様……です。……あの、お会いになりますか?」




       *




 ――ドン! ドン!

 

 扉の両側に立つ近衛兵が、手に持っている槍を床へ2回叩き付ける。

 これは扉をノックする代わりである。そして、

「レイス姫様! その御一行、ルン殿! アリア殿! イレーヌ殿!」


 ギギーーー


 大扉が開いていく。

「…………」

「………」

「……………」

「……………」

 レイス、ルン、アリア、イレーヌは無言で、恐る恐る扉の中へと入った。みんな緊張していた。


 ここは『両天秤の間』である。

 中央に大きな円卓がある。首相官邸で閣僚が閣議を行う部屋にあるような、大きな円卓が中央にある。

「…………」

「………」

「……………」

 緊張しているためか、レイス、ルン、イレーヌは天井や内壁をキョロキョロと見回している。

 両天秤の間は、アルテクロス城の神聖な政務を司る場所。閣議や会議を開く部屋である。

 アルテクロス城の最上階の、一番目立つ真ん中の塔の最上階にある。

 はっきり言って、このボコスカなメンツ達には場違いだぞ!


 そんな中で――

「うわ~。凄いですね! まあ~アルテクロスの街を一望できるんだぁ。……ああ、あそこが港だ。すっごく、良く見えますね~♡」

 相変わらず……全く空気を読もうとしない天然なアリアだ。

 彼女だけは部屋に入るなり、いきなり窓際へと勢いよく走って行き、窓の外に見えるアルテクロスの街をまるで観光客のように……楽しそうに眺め始めたのだ。


「……ひ、姫様。レイス姫や!!」


 アリアの、東京スカイツリーの展望台で『うわ~高~い。よく見える~。あ! あれがネズミさんのランドね! へえ~、けっこう近いんだ~』……というようなハイテンションを無視。

 円卓に座っていた一人の老人が、レイスを見つけるなりスッと席から立ち上がり、そう叫んで……更には涙も流したのだ。

「レイス姫?」

「レイス姫様?」

「レイス姫!!」


「ああ、レイス姫様……」

「こんなにも大きくなられて……」

 

 老人の一言を切っ掛けに円卓に座っていた他の老人達、レイスを凝視して次々と驚きの声を上げた。

 皆がレイスを見つめて……ザワザワと喋り出す。


「……………」

 レイス自身も、いきなり見知らぬ人達から自分の名前を言われ、……しかも、姫様、姫様と敬称を付けられて呼ばれたものだから、無言のまま直立して畏まり困惑した。


 ドン! ドン!


 再び、扉の外から近衛兵が槍を床に2回叩き付けた。

「サスーガ領主様! オーラン大臣様!」

 その名前を聞くなり円卓に座っていた老人達全員が、一斉に私語を止めて起立した。

「……皆、構わぬから座ってくれ。事態は急を要するからな」

 まあまあ……と両手でジェスチャーして、円卓の老人達へ着席を促すオーラン大臣。

 すると老人達は、一人また一人と着席していった。


 レイスは近衛兵にエスコートされて、円卓の上座の席へ着席する。

 ルンとイレーヌも別の近衛兵にエスコートされて、自分達に用意された壁際にある椅子へ着席した。

 ……いまだ観光客のように窓の外を眺めているアリアを除く。


 サスーガ領主、オーラン大臣も着席した。



 しばらくして、

「……お久しぶりです。レイス姫」

 サスーガ領主はレイスを見つめて言った。

 領主にとっては、実の娘との十数年ぶりの再会である。

「……………」

 一方のレイスは無言だった。


 ……無理もない。

 レイスはずっとスラムの最下層で暮らしてきて、その後はルン達と飛空艇で依頼を請け負い仕事して……。

 そういう生活をしてきたレイスからすれば、そもそも、このアルテクロス城にどういう人がいるかなんて、今までまったく考えたことがなかった。

 今、目の前にいるサスーガ領主やオーラン大臣が、一体どういう人物で、どれくらい偉いのかなんて……到底レイスに分かるはずがないのである。

 例え、それが実の親であろうとも――


「これはこれは、レイス姫様。よくぞ、ご無事で戻られました」

「……………」

 今度はオーラン大臣がレイスに話し掛けた。

 けれど、レイスは相変わらず無言である。

 実は、この時のレイスの頭の中はかなり混乱していた。

 何をどう話していいのか、考えても考えても答えが見つからなかった。


 自分がアルテクロスの御姫様であることを知ったのは、つい先日のことである。ちなみに、それを知ったのは牢屋の中だった!

 なんだか成り行きで、お城まで来たのはいいけれど……この雰囲気は自分には馴染めそうにない。

 だから、借りてきた猫みたいにレイスはだんまりなのである。

 

 挨拶くらいはしゃなきゃ……と心の中で思ってはいるレイスである。

 頭の中がかなり混乱しているせいで、ちょっとそれも無理っぽい。

 この緊張の中で、なんとか冷静を保ち続けることだけに、今は集中していた。



「レイス! 領主をぶん殴ってやれよ!!」



 ――刹那、言い放ったのはルンであった。

 ルンの一言に、円卓の老人達も領主も大臣も、ついでに観光客のように窓の外を眺めていたアリアも振り返り、イレーヌも驚き、最後にレイス自身も驚いた。

「なんと無礼な……」

 オーラン大臣がワナワナと着席していた椅子から、転げ落ちそうになって嘆く。

「……いくら、レイス姫様のお付きの者でも、領主への無礼な発言は……いかがなものか!」

 鋭く睨み付け声を荒げて、ルンを咎めた。

「俺は、レイスの心の中をレイスに代わって、お前らに伝えただけだ!」

 一方のルンは怯まない。

「お前とは……重ね重ねの無礼、いくらレイス姫様の……」

 ワナワナと震えるオーラン大臣、睨んだ目を細めて怒り心頭……殺気立つ。


「もうよい! 大臣。控えろ……」


 憤懣真骨頂で、一触即発に一歩前へ踏み出しそうになっていたオーラン大臣。

 サスーガ領主は、サッと大臣の肩に手を掛けてゆっくりと摩り、大臣を宥めた。


 大臣はハッと我に返る!


 ……そして、大きく深呼吸をしてサスーガ領主に身体を向け、自身の大人げなさと共に、ルンの無礼を彼に代わって深く頭を下げた。


「レイス、もう一度言うぞ! 領主をぶん殴ってやれ!」

 ルンは、全く暴言を収める気配が無い。

「お前は、もともとはこのアルテクロス城の御姫様だったっけ? ……でも、お前の魔力を狙って、この城の神官達は、お前を無理矢理に怪しい儀式台に連れて行ったんだっけ? お前の両親はそれを嫌った。そして、レイス! お前を盗賊に……お前の育ての親へと渡して、お前の命を助けようとしたんだっけ?」


「ルン……」

 レイスがようやく喋り出した。


「だからさ、領主をぶん殴ってやれよ! だって、神官達は独断で行動できるわけがないだろ! 必ず上からの命令があったはずなんだから……。その命令を出せるのは一人しかいないだろ!」

 ルンが立ち上がった。

 その勢いで、自分が座っていた椅子がバタンと後ろに倒れる。

 椅子のことなんて気に掛けず、ルンはサスーガ領主に真っ直ぐ右手の人差し指を向ける。

「そこに座っているサスーガ領主だけだ!! いいかレイス! こいつはな、お前を生贄にしようとしたんだぞ!! それを忘れるなって!!」


 こいつとは、かなり無礼だ。 ザワザワ……


 ザワザワ…… あのお付きの男、なんて無礼な……


 これは、かなりのご沙汰があるな。 ああ……


 ……こんな具合に円卓に座っている老人達が、当然騒ぎ始めた。そうしたら、


 コホンッ


「皆の者よ。領主の御前である。静粛にしてくれ」

 オーラン大臣が円卓に座る老人達を1人ずつ見つめて、皆に静粛を求めた。


「ルン…………」

 レイスの目に、うるうると……。

「レイス! 俺は何度でも言ってやるぞ!!」

 ルンの烈火の如き場を弁えない発言は、勢い衰えることなくヒートアップ。

「お前はな! こいつのせいでスラムで暮らすことになってしまったんだぞ!! こんなの許せるわけないじゃないか!!」

 ――慌てて1人の近衛兵がルンのもとへと駆け寄って来る。

「ルン殿……。それ以上の身勝手な発言は慎んでください。……いいですか? それ以上言葉と態度が過ぎますと、強制的に退室してもらうことになります」

「レイス! 早く領主をぶん殴ってやれ!! 今しかチャンスはないって!!」

 近衛兵の説得にも、ルンは矛を収めようとしない。


「ルン殿。それ以上は……」

「ルン殿! それ以上は、本当にお止めください」

 今度は2人の新たな近衛兵が近寄って来て、ルンの両側に立って両肩を掴もうとする。

「本当に? だからなんだ?」

 ルンは近衛兵にも突っ掛かった。

「本当に、それ以上は……」

「ルン殿!」

「公務妨害で、あなたを拘束することに……」

「拘束? ああ、どうぞ拘束しろよ! 俺を拘束すれば、ここに座っている老人達も満足なんだろ?」

 ルンは、もう破れかぶれである。



 ――円卓に座っている皆は困惑していた。

 ここはアルテクロス城の神聖な政務を司っている両天秤の間である。国会議事堂のような国権の最高機関の場所、最高裁判所みたいに法の番人が裁定を下す場所である。


 でもまあ……。

 ずっと飛空艇暮らしで依頼をこなして生活費を稼いできたルンにとっては、この部屋の御堅い雰囲気には、はっきり言って場違いである。

 じゃあ、どうしてここに来たのかと誰かに問われたとすれば、どう答えればいいのだろう?

 だって、しょうがないじゃないですか!

 レイスが俺の飛空艇でお城に行きたいって言ったんだから。レイスは俺達のチームリーダーだし(総意なのかどうかは微妙だけれど)、リーダーがそう決めたんだから。

 港からお城までは、けっこうな距離があるし……歩いていくのも遠いし、飛空艇を港に停泊させたままじゃ切符を切られる可能性があったから。

 

 否――そうじゃないんだって!


 アルテクロスの賢者達の預言があるんだって!!

『――アルテクロスの姫と共に生きる飛空艇乗り達は、必ず世界を救うでしょう』

 思い出しました?

(作者も思い出した……。いえいえ、忘れていませんでしたって!)


「ルンってば! もうやめて!!」


 レイスは、目に涙を浮かべて、抵抗しているルンに向かって大きく叫んだ。

 その時である。

「ルン殿! 最愛の御姫様が止めろと言っているのだから……もう控えろ」

 空いている扉から、一人の男性がゆっくりと歩いて両天秤の間と入ってきた。


 !?  ドン! ドン!

 

 扉の両側にいる近衛兵、その男性の後ろ姿を見るなり、慌て遅れて槍を床へと叩き付ける。

「……ほ、法神官ダンテマ様!」

 円卓の部屋に現れたのは、以前ルン達4人を捕まえて牢屋へとぶち込んだその男――法神官ダンテマだった。

 ――法神官とは神の名のもとに法を司っている公務の官僚である。法の秩序と裁定の決定という視点から見れば、ものすごい権力を持っている。

 泣く子も黙るのが法神官である。


「ルン……。お前は相変わらずだな。……それは、それでいいとしておいてやろう。それよりも、いいか? ルンよ。お前が『ぶん殴ってやれよ」と言った相手がレイス姫の父親だと私が言ったとしたら、お前はどう思う?」


「へ?」


「あの……法神官ダンテマ様。今なんと仰いましたか? 領主様が……」

 レイスの涙腺が閉まる。

「……この領主が、レイスの父親だって?」

 ルンのステータスにある”怒りゲージ”が一瞬でゼロポイントになる。

「そうだ。お前のチームリーダーのレイス姫が………お前らしい早とちりだな!! はははっ。はははははははははははっ」


 法神官ダンテマの笑い声が両天秤の間に木霊した。





 続く


 この物語は、フィクションです。

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