第23話 リヴァイアの思い出――悠久の恋愛の物語 撫でる愛
「だ! 誰が上級メイドだ!!!」
リヴァイアの激高は、まるで雷鳴とどろかせ大波を跋扈する大猛獣――もとい大海原の神『リヴァイアサン』だ。
「私は、第4騎士団長リヴァイアだぞ!!」
右手が、思わず腰に下げている剣の柄頭に掛かった。
危ないよ……。
「……お前、それ抜くのか?」
ダンテマがリヴァイアに振り向き、なにやら一本取ってやった……感を見せる表情で上目で尋ねる。
「お前それを抜くということは、この教育係ダンテマに敵意ありと私は判断するぞ! それでいいのか? 身分は例え騎士団の長であっても教育係の方が上だぞ。いいのか?」
まるで忠臣蔵ですね……。
「……くっ!」
ダンテマの言葉を聞いて、リヴァイアはしばし思考を巡らし、剣の柄から手を離した。
それを見るダンテマ――
「うむ! 賢明な判断だぞ。リヴァイアよ」
この時ダンテマは、彼女リヴァイアの名前を言った。
――ところで。
「リヴァイア! リヴァイアーー!!」
どこからともなく……じゃなくって。
「ダンテマ! ダンテマーー!!」
リヴァイアとダンテマが見上げた。見上げた先はサクラの上。
「リヴァイア!! ダンテマ!! あはは、どう? すごい??」
「……あ、次期王子」
「……次期王子」
リヴァイアとダンテマが言った。それも呆れて。
「どうすごい?」
サロニアムの次期王子は、もう一度そう言った。
「じ……次期王子! 危ないです!!」
教育係ダンテマが次期王子を見上げそう言う。
しかし落ち着いた感じで……多分こういうハプニングなんてものは、サロニアム次期王子には日常なのだろう。
教育係ダンテマとして、ここは冷静だ。
それに対して、
「じ……じき……次期王子! ああ……あ……危ないですから! 早く降りてください!!」
猛慌てのリヴァイアだ。
更に、
それに対して、言わなくてもいいことをダンテマという男は……。
「リヴァイア……。次期王子は男子だ。これくらいの木登りくらいさせてやれ!」
教育係ダンテマが言うと、さすがの女性であるリヴァイアはというと、
「さ? させてやれって?? あんた、次期王子に万が一の事があったらどうするんですか?」
リヴァイアが今度は猛反論! 続けて――
「次期王子はサロニアムの次期王子なんですよ!!」
「――当たり前だ。次期王子なんだからな」
うんうんと頷くダンテマである。
「だから! 万が一にも」
「それは、リヴァイアが丘の上に次期王子を連れてきた責任だから、リヴァイアのせいだな」
また、うんうんと。
「な……なんで!!!」
リヴァイアが呆れてものが言えないぞ……こいつ。……と、ダンテマをリヴァイアサンが水平線へと帰っていく時に見せる満潮クラスの引き潮の如く、青ざめた……。
続けてダンテマは、
「大体さ、なんで次期王子をここに……」
頭をかいて、こちらもなんだか呆れた感でリヴァイア尋ねるダンテマである。
「……それは」
リヴァイアが両手の人さし指をツンツンと、
「……それは、次期王子がサクラを見たいからって。でも私は、次期王子、もうすぐお勉強の時間ですからお早くお城に帰りましょうって…………」
と言いました。そして顔を俯かせて……だんまり。
どうして急に可愛らしくなる? 相手は無礼千万の教育係――
(こういうのを……まあ、しおらしいって?)
「……………」
ダンテマは、否、も……だんまりである。
はっ!
この時、リヴァイアは気が付いた!!
「おいこらダンテマ――もしか、あんたって!!」
教育係が、サボったんかい!!!!
そうです。
丘の上のサクラの幹で昼寝をしていたダンテマ――いやいや、あんた次期王子の教育係なんだから、次期王子のお勉強の時間に、なにサボったんかい! ってなことを、リヴァイアが気が付いたのでした。
めでたしめでたし……じゃなくって!!!
「ねえねえ? リヴァイア……ダンテマ……」
すっかり忘れて……はいませんから。
「だから! 次期王子!! 早くそこから降りてください」
リヴァイアがたまらず声を荒げる!
「まあ……リヴァイアいいじゃないか。育ち盛りの次期王子なんだからな」
一方も教育係ダンテマは、まあこんな感じです。
「ちょ! あんた教育係なんだから次期王子を助けなさいよ!!」
今度はダンテマに向かって声を荒げる。
一方のダンテマはというと、頭をかきかき……
「……やれやれ、最近の騎士団の長もこの程度じゃなあ」
と、呆れて、
「おい、お前。この程度って……ダンテマよ! 今、この程度と発したか?」
この時リヴァイアは彼のことをダンテマと呼んだ。
「ああ言った。それが?」
「……なんなんだ?? お前の、その太々しい態度! 見過ごせぬぞ」
あーあ。またリヴァイアが剣の柄に手を掛けちゃった。
「いいのか? 教育係に剣を抜くのか? はは、お前、勇ましいな」
これぞ忠臣蔵だ(本日2回目)。
と、そうしたら、
「うわー! ちょ!! リヴァイアーーー」
サクラの幹に腰掛けていた次期王子がバランスを崩して、ああ落っこちちゃ、これ骨折するぞ!?
この時ばかりは、私は焦ったっけ?
また、この私が子供を骨折させちゃうんじゃないのかって……
「じ、次期王子!!!」
慌ててリヴァイア。
「次期王子!!」
それを見たダンテマも、続け、すかさず次期王子の落下点に駆け寄った。
「次期王子!! 危ないですから!」
リヴァイアも同じく駆けていく。
……そして、
ナイスキャッチ!!
*
「このリヴァイアと教育係ダンテマ様の、愛の物語じゃけ!!」
この飲んべえ、リヴァイアに指さす。
(なんで指差すかな!?)
「あはははーー」
酒場の兵士達が一斉に笑った……。喝采だな?
「あははは……。そーそういうことがありましたっけ?」
リヴァイアは多勢に無勢、大人しく諸先輩の談笑に付き合うことにした。
まあ、酒の肴のエサだなこりゃ。
その後――
「それでーーそいでじゃ」
ま~た先輩殿が、まったく余計なことを言うんだなこりゃ。
「その後、リヴァイアと教育係ダンテマ様は!!」
「も! もう、いいじゃないですか……その話は!!」
リヴァイアはたじろぐ……。
(あー、飲んべえ。うぜーぞ!!!)
「あはははーー。そだっけ」
「そーだっけな!!!」
再び飲んべえ達の談笑です。
こういうときには多勢に無勢ですよ。もう一度念のため。
まあ、酒場の肴と思って……。
「まさに英雄伝――次期王子をナイスキャッチして命を救ったリヴァイアと、教育係ダンテマ様だ」
酒場のどこからか誰かが言う。すると、
「ナイスキャッチが功を奏して、リヴァイアはゴールインだもんな!!」
異世界でも、ゴールインって言うんだな。
「ゴールインって、ちょ!」
恥ずかしがるリヴァイア――
リヴァイアもゴールインって言っちゃったね。
「教育係ダンテマ様の、お目に留まり」
「とまってなーい!!!!」
リヴァイアの渾身の叫びが、城下の酒場を支配する。
それを聞いた飲んべえ達はというと……。
「あははは……!!!」
んもう!! ダメだこりゃ……
「リヴァイア殿!!」
酒場の一角の隅から、何やら聞き覚えのある声が聞こえた。
その人物は、テーブルをバンッと叩くなり、ムクッと立ち上がって、
「……その、リヴァイア殿と教育係ダンテマ様に何があったのですか?」
と言った。
シルヴィ・ア・ライヴ。 お前、空気読めよ……
無言のリヴァイアからの……ガン見である。
なんでさ、女の私がそういうことを言わなきゃいけないんだ?? ……という思いからくる、真顔のガン見である。
「リヴァイア殿!!」
あーあ、こいつ何言うのだろう。リヴァイアは肩をガクッと下ろして、
「なんだ? シルヴィ……」
と……、ふっと鼻息吐いて彼を見つめた。
「……ほ! 本当なのですか?」
「何がだ? シルヴィ」
(ああ……。聞きたくねーこの次のセリフが)
ヒュルーン ヒュルーン
あいてていぇ
こんなとこに、穴が開いてあったなんてな
困ったな……
早くカズースの村に帰って畑仕事を手伝わないと……
分かってるって
もう泣き言言わないで、さっさと帰る道を探さないと
探さないとって言われても……
この洞窟の奥に行くしか……ないっか
ああ光の4戦士よ……どうかこの世界を救ってくれ! お前達は選ばれし4戦士じゃけ……
(あの……『じゃけ……』って、今回かなりの多いですよね? ← 担当編集からのガン見)
「リヴァイア殿と教育係ダンテマ様は、サクラの丘の上で出逢い、そして、お互いを愛したって……」
……シルヴィよ。
飲んべえの前で、愛したってキーワードを言っちゃうとね。
「あはははははーーーーーーーーーー」
ほら、酒盛りが盛んになっちゃうんだよ。
頭を抱えるリヴァイアだった。
「愛し合って、愛し合って、愛し合って愛し合って、愛し合って愛し合って!!!!!」
「んもー!! それ以上言うなー!!」
そんでもってリヴァイア殿!!
クリティカルな会心の痛恨の一撃を言っぱなす。
バチン!
んで、再びテーブルをバンッと叩くシルヴィ!!
「はあはあ……」
いやいや興奮しないでちょうだい。
「リヴァイア殿……。シルヴィーは、その何か言ってはいけないことを……」
ああ言ったわいな! 大失言をな……。
――少しキッと睨み付けてから。
まあ、私はあんたの騎士団長なんだから、ここは穏便に……。
騎士団長としてこの大先輩方の御前でもあることだし、ここは穏便に……ということで。
「あははっ ははははは……。 はいな……」
なんで、私メイドでもないのに、こんな愛想笑いしてるんだろ……。
でもまあ――、宴は続いて、(ほんま、いいかげんにしてってね……)
「リヴァイア殿は、その教育係ダンテマ様との間に……」
「ああ!! そうだったけ」
おい、これ以上を肴で盛り上げることは……。
「リヴァイア、あ、愛しています」
「……お、俺も君のことが………、てな具合かな??」
と、酒場の宴は真骨頂? 大団円は持ち越しか!?
リーヴァイア!
リーヴァイア!!
ちゅっちゅの ちゅっちゅの リーヴァイア!!
なぜか大合唱が始まりました――
(お前ら、それ以上言うと、このエクスカリバーで――)
とは思ったものの、多勢に無勢。
それに飲んべえの宴の肴だから、……まあ許そう。
とね。心の中で思い留まるリヴァイアでありましたとさ――
「――女のお子様が!!!!!」
「女のお子様ご誕生!!!」
「ごたんじょう!!!!!」
「あははっ、ははははは、ははは……」
内心、リヴァイアは握っていたジョッキを、今にも握力で壊すかの勢いだった。
でも、ここは思い留まって。
(あ~あ、今宵もここサロニアムは平和だな……)
リヴァイアは夜空の月を見上げて、そう思いました。
「ここサロニアムの平和もいつまで続くのやら……分からない」
そう言うと、リヴァイアはもう一度夜空の月を見上げて、
「……………」
(今宵の宴が、どうか皆にとっての最期になりませんように……)
リヴァイアはみんなを見た。
相変わらずの宴の……祭りの後。
どうか、そうはなりませんように。
という、切なる思いを天に祈って――
*
その時――
活気付いた城下の酒場に、一人の女の子が迷い込んで来た。
容姿はというと、ここにいる騎士団員の甲冑の下に着るカジュアルな服装とは……似付かず、とても質素な記事のドレスである。
……というよりも、普段着というか寝巻というか。
女の子が人と会うために着るような服とは、正反対な装いだ。
「ママン……」
女の子はリヴァイアをそう呼んだ。
ということは……。
「……こら!!」
夜空の月を見上げていたリヴァイアは、その女に子に気が付くなり、……まあ飲んべえ達の相手も嫌気がさしてきたこともあってか、リヴァイアはスタスタと騎士団員にバレないようにして、その女の子のもとへと歩んだ。
女の子もリヴァイアのもとへ、早歩きする。
「……ママン」
なんだか、ぐずりそうな表情である。
「……こら! んもう!! いけないんだよ、……どうして寝ないのかな?」
リヴァイア、その女の子の頭を撫でた。
「だって……ママンが…………いないんだもん」
そう言うなり、その女の子は、やっぱりぐずり出した。
「……うん。そうだったね。ごめんね。今日は騎士団との付き合いがあって……遅くなるってね」
リヴァイアは、再び女の子の頭を優しく撫でた――
「それにね、パパン。家にいないから……」
あんにゃろう……。 ( `―´)ノ
グイッと、リヴァイアは左手をキツく握ってその拳を上げた。
(また、あいつ……子育てをサボったんかい!!!!)
「ママン……」
女の子が、リヴァイアのスカートの裾にすがって、
「ん??」
リヴァイアはそれを見つめて、優しくその女の子の頭を何度も、何度も撫でる。
「……ママンは、忙しいの?」
その言葉にリヴァイアは、
「……………」
無言で、ただ無言で――女の子の頭を撫で続ける。
撫でる愛――
無言で、撫で続けることしかできなかった。
リヴァイアとダンテマとの間に生まれた、この幼い娘は、
後の、港町アルテクロスの『初代クリスタ王女』となる人物である――
終わり
この物語は、フィクションです。
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