第22話 リヴァイアの思い出――悠久の恋愛の物語 叶わぬ恋


 この物語は1000年前――


 サロニアムの丘の上の満開のサクラの下で、

 聖剣士になる前の第4騎士団長リヴァイアと教育係ダンテマとの――悠久の恋愛の物語である。




「――リヴァイア!!」

「んもー!! 王子。ちょっと……待ってください」

「ははっ! もうすぐ丘の上だ! 早く来いリヴァイア!!」


「王子……。リヴァイアは、今ロングスカートを履いているので……。その……こんな丘の上では、歩きにくいのですって!!」

「歩きにくい? ――リヴァイア!! じゃあ、こうしよう」


「きゃ! 王子!!!!!」


 サロニアム王子は、なんと! リヴァイアを、よっこいせっとお姫様抱っこをした。

「ちょ……王子って。おう!!」

「リヴァイア―― これなら丘の上まですぐだな!」

 王子は何食わぬ顔をしてリヴァイアをお姫様抱っこ。

 スタスタと、丘の上を目指した。

 器用ですね……。

 まだ、平和だったサロニアムである――


 叶わぬ恋だった。

 あやつさえ、出でなければ。




 その平和は、長くは続いてくれなかったな――

「王子! どうか城内に!!」

「リヴァイア。お前は戦うのか?」

 そう仰られて、

「はい」

 私は素直に応えた。

「サロニアムの精鋭部隊の長たるもの! なんとしてでも、サロニアムを……王子を死守することが、私の……」

 その時に王子は……


 ギューー


 私をハグしてくれた。

「リヴァイア……。どうか死ぬな」

 ああ、幸せだと思いました……。

「……………」

 私はずっと王子のハグを、だから……。

「死ぬな……また、平穏な日々が戻った暁には、あの丘の上へ一緒に」


 一緒に行こう……


 それを聞いた私は、涙を拭い、

「はい。無事に帰還することを約束しますよ。王子」


 そう、返事はしたけれど……。


 叶わぬ恋。

 分かっていました。


 死んでもいいかなって、本当は思っていました。

 叶わぬ恋なのだから……。

 いっそ、このまま戦死してもいいかと。




 ――しかし、


 その前にオメガオーディンを……忌々しい忌むべき輩め!

 お前さえいなければ、いなければ!!!

 いなければ!!


 いなければ!!!


 いなければ!!!!



 いなければ……




       *




「シルヴィーー! シルヴィーー」

 どこからともなく、不気味な声が聞こえる……じゃなくって!!

 リヴァイアが助けを求める声だ!!

「リヴァイア殿ーー!! だ……大丈夫ですか!!」

 今にも力尽きて、ふらっと倒れそうになっているリヴァイアがいた……。

 彼女をすかさず、両手でハグするように支えたのはシルヴィであった。


「ゲホッ!」


 リヴァイアは左手を口元に当てて、激しく咳き込むと同時に吐血した。

「シルヴィ。すまん……」

 虚ろな目で、彼を見つめてそう静かに呟いた。

「何を仰っているんですか? 元気を出してください!」

 リヴァイアの背中を摩りながら、シルヴィは更に――

「この砦も、そう長くは持ちません。リヴァイア殿率いる第4騎士団も、かなりの兵達が力尽きて。……皆、疲弊して……」


「そうか……」


 リヴァイアの虚ろな目は、視線をまっすぐに……。

 その先に見えるはオメガオーディンの魔族の兵が軍団を揃えて、砦へとドラを鳴らしながら進軍してくる光景である。


「すまん……。私の力不足だ」

 リヴァイアはそう言うなり、ガクッと肩の力を落とした。

「……ど、どうしてリヴァイア殿が謝られるのでしょうか?」

 背中を摩っていたシルヴィの手が、一時的に止まる。

「私の判断が……認識が甘かったのだ。オメガオーディンの魔族の戦力分析が……こんなに力の差が付いていたなんて……」


「……………」

 シルヴィは無言で――そして、止めていた手を動かし、再びリヴァイアの背中を摩った。


 シルヴィ――正式にはシルヴィ・ア・ライヴである。

 忠臣なるリヴァイアの愛弟子。

 シルヴィからすれば、まあ俺だけでもラスボス倒せるレベルだけれどさ、なんだか、リヴァイアが俺に寄り添ってきて……まあ、リヴァイアの弟子になれとか?


 え? 何このリヴァイア? 女なの??


 って、最初はそう思っていたけれど。




       *




 ――出逢いとは不思議な縁だ。

 サロニアムの城から、少し歩いた所にある丘の上の公園。

 城下の民衆にとっての憩いの場、またサロニアムに観光に訪れる旅人にとっては、サロニアムを一望できる観光スポットである。


 丘の上の公園に1人立つ。

 彼女はサロニアムの街並みを見る。


 すると、目下に見える大通りからこちらへと吹き抜けてくる風――



 今年もサクラが咲いたか……。



 リヴァイアが丘の上の中心に咲いているサクラを見上げて、まるでそのサクラに『ありがとう……』と感謝の気持ちを込めるかのように呟いた。

 彼女にとっては、毎年この丘の上のサクラを見ることが、何よりも楽しいひと時なのだから。


 サクラは風に優しく吹かれて、枝葉を、花弁を一斉になびかせた。

 美しいよ――


 この世界に魔族が闊歩さえしていなければ、私も、もっとゆっくりと落ち着いて観賞することができるのだが――そういうわけにはいかない。

 騎士団の長として、そういうわけには――

 今年も無事にサクラを見上げることが、私にとっての命の確認行為といったところか?


 リヴァイアが視線を下げる。

 その先には小さな黄色い野草が花を咲かせている。名前はよく分からない。


 サロニアムの王族の守護者として――生を受けた者としても、この帝国の命運が決するオメガオーディンとの一戦、避けては通れない運命なのだから……。


 なのだから……


 下げた視線の先に咲いている名前はよく分からない黄色い野草が、少し風で揺れて――

 その時。


「あ……あのう?」

「ん?」


 後ろから男子の声が聞こえ、ふと我に戻り、リヴァイアがくるっと後ろを向いた。

「……お、取り込みちゅうで?」

 見ると、細身の一人の青年が、まるで、朝礼の起立! 礼!! の、起立のようにスタッと立ってリヴァイアを見ている。

「……いや そんなことはないぞ」

 リヴァイアはサクラを見上げていた時とは変わり、表情を毅然と戻して言う。

「……あのう。ちょっと伺いたいんですけれど?」

 その男子は右手に持っているビラを見ながら、

「……あのう。サロニアムの騎士団員募集のメイン会場は……その、この丘の上って聞いたのですけれど?」


「……騎士団員募集だと?」

 リヴァイアの眉間が、ピクッと何かを感じた。


「……はい。騎士団員募集です」

 男子は素直にそう応え、ペコリと頷いた。

「その私……遠路遥々アルテクロスの港町から来たのです。幼い頃から兵士になることが夢でして、それでこの度サロニアムで騎士団員募集の広告を見つけて。……その、やっぱ幼い頃からの夢でして、だから……その」

「……その?」

 リヴァイア、今度は眉をひそめる。

「その、ですから募集のメイン会場はここであっているのでしょうか…………と」

 男子は、ちょっと声のトーンを落としてリヴァイアに聞いた。


「……その騎士団員募集は、恐らくは第4騎士団だろうな」

 リヴァイアは腰に下げている剣の柄頭を触り、男子に言った。


「は、はい!! そうです。第4騎士団員募集のメイン会場を」

 男子が何故か笑顔になる。よっぽど騎士団員になりたいからか?

「第4騎士団員募集に私志願しようと、遠路遥々。アルテクロスから砂漠を越えて来たんです。……第4騎士団のヒーロー、リヴァイア殿に憧れて」


「憧れて? どこが??」

 ……と、返すリヴァイア。

 男子が“リヴァイア殿”と言う人物とは、勿論、目前の彼女のことである。


「す! すごいじゃないですか!! 数々の武勇伝を、私は学校の先生に教えられました」

「……来たんだ。そうか」

 はにかむ――リヴァイア本人だよ。


「で! ですから!!」

 一歩前に足を踏み出して、その男子は、

「ですから!! 私は遠路遥々そのリヴァイア殿に憧れて、だから……騎士団員に志願するのです。この丘の上でいいのですよね? メイン会場は!!」


「……………」

 しばらくリヴァイアは、その男子の眼をじっと見つめた。


「……………」

 恥ずかしがる男子……。

「……………」

 リヴァイアの内情は、実は複雑だった。


 ――そうである。


 リヴァイアがこのサクラが咲いている丘の上に来ているのは、自らが率いる騎士団員の募集のためだからだ。

 兵士がいなくては魔族とは戦えない。

 戦う度に仲間は減っていく……。それも若い団員から順にだ。


 こういう若い男子から、順に死んでいくのだ――


「……甘くはないぞ」

「へ?」

 男子が呟く。

 そのナヨナヨな返事を聞くなり、リヴァイアは反対の手で自分の頭を触る。

「……だから! ……第4騎士団員の訓練は甘くはないぞと言っているのだ!!」


「??」

 男子は未だに……だ。


「ふうっ。まったく……」

 大きく、肩で深呼吸するリヴァイアだ。

「……いいか! 騎士団長のリヴァイアが君に尋ねているんだぞ!!」


「……リヴァイア? …………殿……様?」

 ちょっと君、敬称が一つ多いよ。

「……君。名前は?」


「シ、シルヴィ・ア・ライヴ……です」



 ――また風が吹く。

 その風は、サクラを優しく揺らして……。

 一輪の花から、一枚の花弁が散って行った。


 散って、それがリヴァイアとシルヴィの間をヒラヒラと舞ったのだった……




       *




「リヴァイア殿!」

 シルヴィが叫んだ!!

「ゲホ、ゲホ……」

 リヴァイアが、今度は更に激しく吐血した。

「……オメガオーディンの毒気という……のは、本当に……ゲホ」

 もう一回吐血……かなりの出血である。

「リヴァイア殿!」

 焦るシルヴィ―― もう、どうしていいのかパニック寸前の様子である。

「……本当に、まるで、あの飲んべえの先輩並の酒乱だなこりゃ」

 ……リヴァイアが、激痛のあまりにもった体力も尽きて、目を閉じる。


「……リ! ……リヴァイア殿!!!」

 シルヴィは、大声で彼女の名を叫んだ。




「あはははは……」

 ここはサロニアムの城下町の酒場です。

「あはは……」

「……はあ??」

 リヴァイアが恐縮です。

「あの、私……お酒は飲めないんですけど……」

 ウソつけ!!

「……まあ、まあ」

 っと、同じ騎兵の誰かが、リヴァイアにそれを勧めてきた。

「……先輩殿。私は……」

 怪訝な表情で騎兵の彼からのお酌に、リヴァイアが反応する。

「リヴァイアがいてくれてさ……」

 先輩殿は、今現在……かなりの飲んべえになっちゃってる様子である?

「ああ! 本当にな!」

 続けて他の兵士が太鼓持ちになって。


「はあ……どうも」

 シラフのリヴァイア、なんだかよく分からない展開だけれど、先輩殿は騎士の大先輩だから……ここは大人しく。


 すると――


「リヴァイアよ!!!」

 飲んべえさんからの要求がきましたよ……。

「……リヴァイア! あの英雄伝を言いなはれ」

「英雄伝……ですか??」

 リヴァイアは首を傾げた。

「そうそう……。英雄伝じゃけ」

 酒場のみんながそう一層に。

「そうじゃけ!」

「そう聞かせてくれ! リヴァイア」

「リヴァイア聞かせてよ!」


 ――ああ。


 ……と言った具合に、何かを思い出したリヴァイア。

 ああ、あの話をしなければいけないのですね。




       *




 サクラの丘の上の物語――今から数年前の出来事だった。



「リヴァイア!!」

「いけません!! サロニアム次期王子」

「どうして……いけないんだ?」

「どうしてもですって!」


「いーじゃないか! なあリヴァイア?」

「あなたは、サロニアムの次期王子ですよ。次期王子は何事もでしゃばってはいけません。あなたは、次期王子なのですよ」


 ……そんなことがあったっけ。


「サロニアム次期王子、もうお城に帰りましょう。もうすぐお勉強の時間ですよ」

「いいじゃないか、リヴァイア」

 サロニアム次期王子は、とかくご機嫌にはしゃぎながら……。

「だって、丘の上のサクラが満開なんだよ。これは見なきゃ! サロニアムの次期王子としても失格じゃん!!」

「んもう!! サロニアム次期王子って」

 リヴァイアは手に負えない彼に振り回されている……。

 さながら、幼稚園の園児達に遊ばれている先生だ。



 んっ……ほんとに手の掛かる次期王子だったことで。

 でも、前職が修道士見習いで助かったと……この時ばかりは聖サクランボの皆に感謝したものだ。



「次期王子!! もう帰らな……」

 追っかけ回すリヴァイア。

「いいじゃないか! リヴァイア」

「よくありませんって!!」


 あの時も、満開だったっけ――


「おい! ……まったく。騒がしいな」

 丘の上のサクラの幹の向こうから、誰かが言った……。


 その人物は、男性である。


「……まったく騒がしい。せっかくの満開日和だというのに」

 どうやらその男性は、丘の上のサクラの下で日向ぼっこ、つまり昼寝をしていた。


 ふあー


 という具合に、あくびをして両肩をほぐす。

「何事だ……女?」

「……!!」


 キー


 と、その見知らぬ男性から言われた“女”の一言に、リヴァイアは頭に血が上って、

「わ、私の名はリヴァイアだ!!」

 けれど……、

「……リヴァイア? 知らんな」

 その男性はリヴァイアを一目見るなり、ボソッとそう呟いた。

 んで、目をそらして晴天の空を見上げたのだった。


 むかーー!!


 そりゃ、そう反応するよな……。

 リヴァイア――スーパーハイテンション! 

 究極魔法の呪文を唱えた!


 ……じゃなくって、単に袖にされた感で更に頭に血が上って、

「私リヴァイアは、サロニアム第4騎士団の長だぞ!!」

 そう叫んだ。渾身のプライドを込めてである。

「……………」

 けれど、……男性はしばらく。

 じーっと憤怒の表情を作るリヴァイアを冷静な視線で見つめる。

「やっぱり、知らん……」

 キッパリと言い放った。ついでに、言うなりプイッと顔を明後日の方へ向ける。


「おい、おっ……お前こそ誰だ!?」

 抗う、そして闘うリヴァイア!!

「こ……こんな晴天の平日にお前は、お、丘の上のこの場所で、さも、のうのうと昼寝をしているお前は」


「俺はダンテマだ」

 あっさりと言った。

「ダンテマだ……。俺を知っているか?」


「……し、知らん」

 リヴァイアはそう言い放ったけれど、彼女は実は知っていた。

 ダンテマ――サロニアムの王族に従事している教育係だということを。

 彼女は知っていたけれど……。

 なんだか、こいつの教育係ダンテマの横暴な態度に反骨して、思わず知らんと言い放ったのであった。

「知らんとは、これ失敬だぞ」

 むくっと立ち上がる教育係ダンテマ。

「このサロニアムの次期王子の教育係として、サロニアムの栄光の未来を預かりサロニアムの歴史から処世から、何もかもを教えているダンテマを知らないとは、女よ――上級メイド失格だな」





 続く

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