第21話 リヴァイアの思い出――「……お前、死ぬぞ」「――死ぬぞ。いいんだな??」



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 さーっと、小雨が降ってきた。


 ……小春日和の中で、春先らしい。

 少し暖かいのだけれど、細い雨に春の光が乱反射して魅せてくれる、春雨だった。その春雨が、聖サクランボを私たちを撫でるように、包み込んでくれて……。

 ついさっきまで、あんなに快晴だったのに。見上げると、太陽はちゃんと見えていて、私達を照らしてくれていた。

 雨雲は……いくつか空に浮かんでいる様子。

 その雨雲から、春雨……細い雨が、私達に降り掛かってきているのであった。


 ……と思ったら、次第に薄雲が見えてきて、さっきまでちゃんと照らしてくれていた太陽が、その雲達に隠れていく……。

 なんだろ? なんか変な雨脚だなと、私は思った。


 ああっ! これって、もしかして、通り雨でお天気雨の『魔法狐の嫁入り』だよね!!

 ……としばらく思ってはみたけれど。よくよく考えれば、まだ通ってないじゃん!!





 ――これで、


 これで、きっぱりと児童養護施設『聖サクランボ』を辞められる。

 辞める理由が――


 まさかねぇ……。



 チェリーレイス……


 フレカ…… バム…… クアル……



 私が戦わなきゃいけないんだ――なんで知っちゃったんだろ??

 この子供達の生い立ちにくらべて、私の人生なんか。


 案外、そうでもなくなって……きたのかな?


 季節は春で――

 春になるまで、私は辞める理由を考えていたっけ……




       *




「……女性か?」

「……はい。私リヴァイアは女性です」


「……女性のお前が騎士団に入隊する?」

「……はい。私リヴァイアは騎士団に入隊したいのです」


「……リヴァイア、前職は……確か」

「……はい。サロニアムで児童養護施設で修道士見習いをやってました」


「修道士の道を辞めて、騎士団に入隊か?」

「……はい」

「……お前、死ぬぞ」


 エントリーシートをチラチラ見つめながら、合間にリヴァイアの顔を見て……騎士団長は言い放った。


「……恐れながら」

「だから、今は平時だ! 恐れなくていい」

「……はい。私、リヴァイア・レ・クリスタリアは――自らの命を捧げる覚悟でこうして――」

「――死ぬぞ。いいんだな??」


 騎士団長は言い放つ。


「……………」

 リヴァイアは、しばらく口籠った。


 その姿を凝視するなり騎士団長は――

「リヴァイア。どうして騎士団に入りたいんだ?」



 ……………それは




       *




「こらこら! 君達」

 ガラスドアの向こうから、テラスへと出てきたのは、ネプティーだ。

「リヴァイアを困らせちゃいけないよね。みんなー」

 ネプティーは、3人の傍に静かに立って笑顔でそう言ってくれた。私へのナイスフォローだ。

「ほら! フレカ、クアル、それとバム。小雨もパラついてきたから、風邪ひいちゃうし。さっ! お部屋に入ろうね」

 ネプティーは、3人の頭を優しく撫でた。


「……はーい」

「……うん」

「…………はい」


「うんうん。みんな、良いお返事できたね!」


「……どうも、ありがとうございます。ネプティー」

 私は、ネプティーにもペコリと頭を下げて感謝を見せた。

「私が、今日のお昼寝タイムの担当なのに……。お世話をお掛けして……」

「いいえ……。リヴァイア、気にしないでください。――ところで」

 ネプティーが、ちょっと小声になって……


「あの……。リヴァイア」

「……はい?」


「フレカが、さっき言っていたように……。やっぱ、その魔法電文、彼氏からですか??」

 あんたも、盗み聞きしていたんかいな!!

「だ・か・ら!! ネプティー。それは違いますって。まだ、封を開けて読んでもいないんですからね」

 私、ちょっと激高した。

「ま、……まあまあ。リヴァイア! そんなに詰め寄って否定しなくてもいいですってば」

 のけ反りながら、ネプティーが両手を前に出して、私の身体をストップさせる。


(ほんとに。聖サクランボってのは。……いつも、こんな感じでにぎやかなのはいいけれど。疲れる……)


「さあ君達! さ、さあっ! お部屋に入ろうね……」

 ネプティーが三人を連れて、とことこと、お昼寝ルームへ向かっていく。


 クアルの手を取りながら、いっしょに歩いていくバム。……あ~ひとまず、これでいい。

「さあ、フレカも。早く、お部屋に入らないと濡れちゃいますからね……」

 エスナータ修道士もフレカを急かすように、部屋の中へと一緒に入って向かう。


「……はーい」

 しぶしぶと、言わないようにしようね……。


 フレカちゃん――今度こそ、やっとだ!


 私も早く部屋の中へ入ろうっと。せっかくの小春日和だったからテラスに出ていたんだけれど、春の天気は変わりやすいから、まあ、しょうがないっか。

 ――そうそう! 窓越しに吊ったお洗濯物は大丈夫だったかな? 濡れていたら屋内で乾かさないといけない。確認しに行かないと――


 ん?  と、思ったら、


「……あれれ? ……これって、晴れてるよね??」

 私は、ふと気が付いた。なんと、さっきまでの小雨は止んでいたのだ。


 見れば、さっきまでの小雨は、どうやら通り雨だったみたいである。私の真上の雲は、ちょうど半分はんぶん、こっちが雨雲で、もう一方の雲は晴れ間の雲である。

 その晴れ間の雲――薄曇りの雲の向こうには、丸い太陽が見えていた。

 ああ、晴れるんだ……これから。


 と、私は感じた。



(……なんだったんだろう??)



(…………まあ、いいか)




 ――そうだった。そうだった!!


 魔法電文! 魔法電文だ!! 私は思い出した。

 私!! エプロンのポケットに手紙を入れずに、ずっと手に持っていたことを、私は思い出したのだった。


「……………あ、もしかして?」

 ずっと、子供達とすったもんだな会話をしていて、すっかり、忘れていた。だから、私はちょくに、


 魔法電文の紙片……、濡れていないよね……………



「濡れてないよね!!」

 私は、声にも出した!!

 いやいや、そうじゃなくってさ! 確認しないと!!

 濡れていないかどうかをだ。


 私は魔法電文を見た。

 聖サクランボ宛の私への名前が書いてある表を見た。……濡れていない。大丈夫だ!! んで、私は手紙をひっくり返す。

 ひっくり返して、裏を確認する。……こちらも濡れていなかった。良かった。大丈夫だ!!


 良かった……。安心である。


 ……あっ そうだ! ところで、差出人は誰なのだろう? と、私気が付く。

 これも確認しなければいけない。だから、私見た。……見ると、宛名が書かれていた。


 当然である……………?





『チェリーレイス』





 ――その文字を眼にした瞬間。


 私は、居ても立ってもいられず、このテラスで魔法電文の封をこじ開けちゃった!

 みんな全員が、私へと振り返った。


「どうしましたか? リヴァイア」

「どうしたの? リヴァイア」

 エスナータ修道士とネプティーが言う。


「リヴァイア??」

「リヴァイア?」


「リヴァイア?」 ×3


 フレカちゃん、クアルさん。そして、バムくんが、私目掛けて駆け寄って私を見上げた。




 あはははははは……。 もう開き直るしかないじゃん。




「リヴァイアへの魔法電文が届いたのよ。みんな……」

 私は、みんなにそう答えた。だけど、頭の中は上の空で……。

 とにかく、早く魔法電文の内容を読んでみたかったのである。

 我ながら、とほほほほ……である。


 こういう時にも、しっかりと子供達に愛想良く接することこそ、聖サクランボの修道士見習いとしての勤めなのに、やっぱし、向いていないのかもしれないな……。



「ほらっ! みなさん。リヴァイアの、魔法電文を読む邪魔をしちゃいけませんよ」

 と、エスナータ修道士が3人の子供達に優しく話し掛けた。

「ほらほら! みんなー。さあ、お昼寝しましょうね」

 続いてネプティーが、3人の肩にそっと手を当てて、笑顔で言った。


「お昼寝の後は、チェリーパイのおやつの時間がまってるよー」

「そうですよ、みなさん。さ、お昼寝しましょうね」



「……はーい」

「……うん」

「…………はい」



 どうやら、2人は私に気を使ってくれているようだ。


(……あ、ありがとうございます)






 ――季節はもうすぐ春だ。

 あのサクラの大樹も、あと数日もすれば満開になってくれるだろう。


 私の季節は……さて、どうなのだろう?


 ――「もう、20歳過ぎ」だな(自分で言っちゃってるし……)。




  ~~ ~~ ~




 春風で魔法電文の紙片が飛ばされそうになったのを、私は、必死に手に力を入れて防いだ!!


(あ~よかった……)


 ここで魔法電文が明後日の方向に飛んで行ったら、末代までの恥?

 ……まあ、早く読もう。




       *




「……騎士団に入隊したい理由は、その妹を守りたいから、だと??」

 エントリーシートをバサッと下におろして、騎士団長が見つめる先はリヴァイアの目だった。

「……はい。そうであります」

 リヴァイアは微動せず返答した。


「……リヴァイア。お前は、どこか戦場の村かどこかに妹を置き去りにしてきたとか?」

「いいえ……。騎士団長、そうではありません」

「……リヴァイア。その妹は今はどこにいるんだ。助けたいんだろ?」

「はい!」

「じゃあ……どこにいるんだ?」





 1000年後の港町アルテクロスです――




       *




 チェリーレイスのサクランボ



 良かった。

 この魔法電文を読んでいるということは、究極魔法レイスマの預言書は、間違っていなかったということになりますから。本当に良かった。


 あなたは――リヴァイア・レ・クリスタリアですね? 預言書に書かれていた、後の聖剣士リヴァイアですね。


 はじめまして。

 私は、あなたが今いる時代から1000年後の世界を生きる、アルテクロス第14代ダンテマであります。

 そして、リヴァイア――あなたが騎士団長になって、それから、やがて出逢うことになるダンテマ――初代ダンテマの子孫です。



 5年前を覚えていますか? 


 聖サクランボの男の子が骨折して、あなたが手当てして。その時に、あなた達の前に現れたサクランボさんを。


 あなたは私をそう呼びましたっけ? サクランボはサクラから生まれる果実であることは、ご存知のことでしょう。あなたはすでに無意識の内に、後の自分自身の運命を理解していたのかもしれません。



 究極魔法レイスマの使い手――チェリーレイス


 後のレイス・ラ・クリスタリアを。



 私1000年後のダンテマは、あの時のサクランボさんです。と言っても不思議に思うことでしょう。

 ……まあ、分かりやすく言えば、時間転送魔法を使用して1000年前のリヴァイアのもとへ自分を転送しただけです。

 その具現化がサクランボさんであり、この魔法電文も同じ原理で転送しただけです。


 どうしてそんなことを? とリヴァイアは今思っていることでしょう。

 そうですね。それを教えるために、こうして魔法電文を送っているのですから。いいですか? よく聞いてくださいね。



 リヴァイアが聖サクランボで、男の子を自分の不注意で骨折させてしまって、実はその時に、その男の子は死んでいたはずなのでした。

 これは、アルテクロスの城に誓える賢者達が、古代魔法の書籍を読み漁って導き出しました。それから、時期王子を助けることになる術も、また記されていて。


 その男の子を、私が時間転送魔法を使って命を助けに行った。


 何故助けたのかって思っていますね。リヴァイアのために助けたって? 違いますよ。



 その男の子は――


 サロニアムの時期王子


 だったからです。



 この時期王子の存命無くして、我が先祖の初代ダンテマとリヴァイアは出逢うことがなかったから……これは、いずれあなた様にも分かることですけれど♡

 出逢うことがなければ、初代クリスタ王女も誕生することもなくて……王女が誕生しなければ、結果的に私第14代ダンテマも生まれることはなかったのです。



 そして、


 幼名をチェリーレイス


 レイス・ラ・クリスタリア


 も同じです。



 それだけじゃない!

 究極魔法レイスマの預言書に書かれていた“混血の聖剣ブラッドソード”を誕生させるために……毒気に犯された聖剣士リヴァイア、あなたの呪いを解くための手段でもあるそれを、誕生させるための……サロニアムの1000年後の王子を誕生させるためにも……。

 サクランボさんは、救う必然性があったのですよ。


 それが誰なのかは、言ってもいいのですけど。言ってしまうと、サロニアムの系譜に影響が出ることもあって――



 話が長くなりました。


 実はこの魔法電文を送った理由はそれだけじゃありません。リヴァイアよく聞いてください。

 究極魔法レイスマの預言書には、リヴァイアは騎士団員と書かれていたと思います。



 端的に書きます――


 リヴァイア・レ・クリスタリア! 


 あなたをサロニアムの騎士団に入隊させるために、この魔法電文を送ったのですよ。



 あなたはサロニアム時期王子を骨折させたことを悔いて、聖サクランボを辞めようと思っている。その理由を今あれこれと考えている。

 これも預言書に書かれていたことです。思い出してください。一番最初のところです。



 リヴァイアは、魔法電文を受け取った――そして覚悟を決める。



 もう、分かりましたよね?




 最後に――


 リヴァイア・レ・クリスタリア


 あなたの運命は預言書の通りに、これから1000年をオメガオーディンの毒気と共に生きることでしょう。けれど、あなたがそうして生きなければ、1000年後の我らを救えないのですから。


 それは、とてもとても艱難辛苦の1000年だと思います。


 しかし、あなた様の運命だということを伝えたい。身勝手な話ですよね?



 ――どうか、世界を救うリヴァイア・レ・クリスタリア

 どうか、堂々と生き続けてください。必ずお願いします……



 我が最愛の姉へ ダンテマより





『……もう、俺は君には逢ってはいけないのだろう。……それでも、いつの日にか、必ず、君の前に姿を現す日が来ることを、君は信じてくれるかい?』




 季節は春です――


 今年も聖サクランボのサクラの大樹から、一輪また一輪と蕾が開花していくのだ。



 ところで、このサクラの大樹の樹齢は幾つなのだろう?

 どうして何年も何年も咲かせる?


 何年も何年も――


 何年も――




 ――





 ん? なあ? 我が剣エクスカリバーよ。


 お前も、私の運命と共に生きてくれぬか?? 心細いからな……


 なあ? 後の聖剣エクスカリバーよ――



 そして、後の――





 終わり


 この物語は、フィクションです。

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