第18話 リヴァイアの思い出――旅立ちの春と言うらしい。


 ――旅立ちの春と言うらしい。


 春は新しい環境に飛び込んでいく季節でもある。


 春。


 彼は、春に、私にそう言った。



『……もう、俺は君には逢ってはいけないのだろう。……それでも、いつの日にか、必ず、君の前に姿を現す日が来ることを、君は信じてくれるかい?』


 なんともまあ……記憶にある彼との場面って~ものは、典型的な青春物語だな。

 野には菜の花、みんな、綺麗に咲いていて、上にはサクラが満開で、早咲きのサクラからは、すでに散り始めていて。

 端から見れば、美しい男女のシーンだったのだろうね。私は、そう想像しちゃった……。



 でも、ごめん。



「私、あなたのこと、よく知らないから」

 私は、このテラスから……。そう、思わず声を出してそう言ってしまった。んでさ、その後。

 あっ! って。……思わず、私は手を当てて口を閉じた。


(あ……、いけない……!  またやっちゃったのかな??)


 恐る恐る。周囲を、後ろを見た。

 窓越しに見える部屋の中は、いつもの通りである……。みんなお昼休み中で、ぐっすりだった。


 ふふっ……


 私は、その……子らの熟睡しきって、ねむねむしている姿を見て、ああ大丈夫だった。みんな起こさなくてよかったと思って、私はテラスで再び……春の景色を見つめた。

 見つめて、しずかに、くすっと……笑ったのでした――



 チェリーレイス……



 ああっ、そういう意味なのかな? もしかして?

 私は、ふいに、急に、ふと感じた。ちょく……に感じた。

 ――彼、サクランボさん……は、私に、サクランボを植えて、目の前で『チェリーレイス……』と、呪文を唱えて……、だから何がやりたかったのだろうって?

 もしかしてって、私は、ふいに、気づいた感が、ちょくに芽生えたのであった。ほんとふいにだ。



 ――あの時、あの子供のそばに付き添っていながら、子供に傷を負わせてしまった。

 私は、何やっているんだろうって思って。必死になって応急処置をして、幸い子供は骨折だけで済んだけれど……。

 それでも、骨折というのは重病だ。それが子供であるならなおのこと、聖サクランボの修道士見習いとして、はっきり言って失格なのだろう。


 私は、その時、ああ、子供がこのままじゃ死んでしまう……かもって思って、焦ってしまって。

 修道士から大声で『ちゃんとしなさい!』という言葉を掛けられて、私、ハッと我に返って――



 そうじゃない……。



 私は、その時の子供の骨折の時に、ああ、この仕事、もうダメなんじゃって『保身』してしまったんだ。

 ……私、やっぱ修道士になれないんじゃないかなって……失格じゃないか。


 サクランボさんのその言葉、私は身勝手に『元気出せ!』と、勝手な解釈をした。

 それが当たっているのか否か、そんなことよりも、そう、本当にそんなことよりもだ。


 私は、はっきり言って、子供が骨折して苦しんでいた姿、それよりも、修道士にから『ちゃんとしなさい!』そう言われた時に、私は、はっきり言って、子供の身の安全よりも、

『私は、ちゃんと職責をはたして、こうして仕事をしています。ちゃんと、子供に対して応急処置をしています。だから、私を――』

 私を、しっかりと聖サクランボの修道士見習いとして、どうか認めてください。


 こんな事故になってしまったけれど、どうか……。私はこの修道士の道を失いたくないんです。


 これは(が)、私の本音だった。


 私は、どうも、今まで、他人から認められたいという思いで生きてきたんだ。そうでなければ、こういう本音が、子供が辛くて苦しんでいる時に、なによりも優先して出てくるはずはないじゃないか。

 だから、私は聖サクランボの修道士見習いには、向いていないんじゃって思った。


「ほんとにね、未練たらしいってもんじゃ、ありゃしないわね」

 私は、テラスでそう言った。これは本音。


 んで、


(あ……、いけない……!  またやっちゃったのかな??)


 そう思って、口をおもわず手で覆い隠す。

 ……でも大丈夫みたい。


 聖サクランボ、児童養護施設の修道士見習いとして、子供達をしっかりと守らなければいけない。

 ……別にえらぶってるわけじゃない。


「頑張って、幼い命達を守っていかなければ!!」




『聖サクランボ』は児童養護施設である。

 私はここに修道士見習いとして……働いている。確かもう5年かな?

 この園には、いろんな理由で親元を離れて暮らしている子供達が生活をしている。両親の離婚、躾という名の虐待、神学校でのいじめ、中には生まれた時から両親がいない捨て子の子供も暮らしている。



 ……向いていない。と自身に疑問を持ったことがあった。

 あれは、私が聖サクランボで働くことになってしばらく経って、子供達を聖サクランボの庭で遊ばせていた時のこと。

 一人の男児が、すべり台のはしごから足を踏み外して地面へと落ちてしまった。

 私は、すぐに、その男児に駆け寄って応急手当をして、すぐに近くの病院へ同行した。

 そういう園内の事故があった。……幸い、その子は左腕を骨折しただけで、命に別状はなかった。


 すぐに手術を開始、骨をつなげて……これも幸い左腕も問題なく、やがて完治するという主治医からの言葉を聞いて……、私は、ほっと一安心をした。


 ……あの時、私が先生として、もっともっと、しっかりと、あの子を見ていたならば、あの子は骨折することもなかったんじゃないかって……私は、そう思って。



 その時……彼がいた。



 なぜだか、分かんないけれど彼がいた。

 もしかしたら、その子の男親なのかもって思ってみたけれど、私に何か言いたいんじゃないのかなって内心ビクビクしちゃったけれど、……どうも様子が違う。


 彼は言った――

『……もう、俺は君には逢ってはいけないのだろう。……それでも、いつの日にか、必ず、君の前に姿を現す日が来ることを、君は信じてくれるかい?』

 そう、最初に私が言ったその言葉である。

「はー? はあ……」

 私は意味が理解できなかった。


 ――私は、彼の言葉を頭の中で思い出すことで、私は骨折させてしまった男児に対して……いえ、これはその……とか、……あいや……私がもっと注意しておけば……、とかを頭の中で思い続けることで、私は自らの修道士見習いとしての職責を正当化して納得したいだけなのかもしれない。

 もしかしたら……いやそうなのかもしれない。


 私にとって彼は、彼が言った言葉は……、私が理解してしまうと……である。

 その正当化の効力が魔法使いが魔力を使い果たしてしまうみたいに、あっさりと消えてしまって、そうすると、私は、男児の骨折を一生懸命処置しました対処しましたという……言い訳を……、言い訳を私は、私自身に言えなくなってしまうのだ。


 骨折した事実は事実だけれどね。


 ――子供に付き添う形で病院に行って、そのまま緊急手術をして、その手術は無事時終わったけれど、その子が全身麻酔から目を覚ました時の言葉、


 リヴァイアが2人に見える……


 幼い子供の全身麻酔は、かなり身体に負担をかけたのだろう。

 まだ言葉も多くは話せない。身体も未成長で、勿論脳も未成長だ。

 そんな中、骨折という事故は、その子の脳にどれだけトラウマを与えてしまったのだろう。



 怖い



 ……そのはずだ。

 腕を押さえて泣いていた子供に、私はオロオロとどうしようどうしようと焦っていただけで。


 修道士達が、

「あなた、何やってんのよ! 早く止血して、腕を固定して!!」

 と仰ってくれて、私は「はっ!」って意識して、そして、習って覚えていた救急時のマニュアルをその子供にしたのだ。


 泣き続ける子供――もしかしたら、いやそうだ。

 あの子は骨折のトラウマを、修道士見習いの私に重ねてしまうのではないか?

 そしたら、あの子のこれからの聖サクランボでの生活はどうなるのか。

 私と関われば、自分が骨折した辛い記憶が無意識に甦ってくるのかな……たぶんそうだろう。


 幼すぎる頃に、死ぬかもしれなかったという経験をさせてしまった私は、やっぱり、修道士にはなれないのかもしれない――



「怖くないよ……。怖くない、怖くない……。怖くないからね」

 泣き叫ぶ骨折の子供、それを私は、……しっかりと、私は言ってあげなきゃいけない立場だったのに……いや、いや言ったはずだ!!


 私は、聖サクランボを辞めたくないんだ。本当は……。

 本当は、この園でずっと働いていきたいと思っている。


 もしかしたら、私にとってサクランボさん……。

 あなたは、本当は、私をさ、この園に引き留めさせようとする、私が生み出したゴーストなのでしょうか?

 私の、聖サクランボを本当は辞めたくないという気持ちが、あなたを、私の中に思い留まらせている。なんだかそう感じるのです。


 ああ、私のこういう思いが、サクランボのように甘酸っぱいのかな?


 私の心の中には、自分のを、自分で決定することの怖さがある。

 それが、サクランボさんを思い起こし、骨折から思い出して、自分は自分に言い訳をしてきたんだ……ろう。



 チェリーレイス



 これは、私の心の中にある甘えなのかもしれない。




 ――季節は春だった。


 私がこの園に来てすぐの出来事だった。

 それは満開のサクラの大樹に見とれて、見上げた時に、思わず太陽の日の光が目に入ってきて……。

 思わず目をつむってしまって……。だけれど、うっすらと目を開けて……次第に目が光に慣れてきてようやく見えた時のサクラのような……。


 それは、それは……不思議な光景だったっけ。



『……もう、俺は君には逢ってはいけないのだろう。……それでも、いつの日にか、必ず、君の前に姿を現す日が来ることを、君は信じてくれるかい?』



 その言葉は、うーん。どう考えてもわからんぞ。この言葉の意味ってばさ?





 続く

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