第二章 私は、第4騎士団長リヴァイアだぞ!!
第16話 リヴァイアの思い出――チェリーレイス チェリーレイス チェリーレイス……
――サロニアム・キャピタル、この世界の首都に相応しい都市である。
地平線のず~と先まである領地に、大きい建物から中くらいのから小さいものまで密集して建っている。
都市の中心に聳え立つ『大帝城サロニアム』から、放射状に路地が伸びていて、その間に綺麗に区画整理されて建っている。
装う姿を現代の言葉を使って例えるならば、宛ら中世欧州の時代のルネサンス建築のそれに似ている。
石畳の路地を挟んで、平均3階建ての背の高い石の塊――建物が立ち並び、大通りとは対照的に路地裏は昼間でも薄暗い。
見ると、窓と窓をロープでいくつも結んであって、それは何のためかというと……洗濯物を干すため。
ほとんどの建物は、円柱で支えられた回廊が下を通っていて、芝が生えた庭もあり、飲み水の調達を兼ねた簡素な噴水も点在している。
そこで洗濯物を干せば景観も――と思うだろうけれど、先に書いた通り地面まで日が差す時間が短くて、つまり上で干した方が効率が良いのである。
薄暗い路地裏は……どこの都会でもそうだろうけれど、廃材、残飯……などなど、とても旅行ガイドの案内誌に載せられるような景観ではない。汚い、臭い。ついでに目も少し痛くなる。
一方、放射状に延びている大通りの路地はというと、中央に馬車が往来して、その外側に二輪車が急ぎ走っている。更に更にその外側、つまり建物寄りの歩道に人、エルフ、ドワーフ……達が歩いている。
露店も多く点在している。
何を売っているのかといえば……それはアルテクロスの港町と同じくらい、あるいはそれ以上かも?
まあ、ストーリーとはそれてしまうので、これくらいに。とにかく、お祭り騒ぎの如くなサロニアム・キャピタルだということを伝えたい!
――このような大都会の中心に、ひときわ空間が大きく開いたその中の中心点に『大帝城サロニアム』がある。
勿論、街々のどの建物よりも高く高く……、絢爛豪華に聳え立っている。
一角怪魚モンスターの牙のように長く、大毒針熊の背中の針のように多くの数の塔が見える。
中心の大塔、その周囲を展望塔が、更にその外側、大帝城サロニアムを囲むように見張り塔が建っている。
そして、そのすべての塔の上には、これは翼竜系モンスター対策として『
その城の少し外れた場所に、青紫色した大屋根をもつ箱形の建物がある。
『古代魔法の図書館』
である……その名もズバリと………
ドスンッ!!
「エリア司書長、ごきげんよう~♡」
幾重にもタワーの如く積み上げた書籍、それをエリア司書長の机の上に勢いよく置いた!
……でも、置いたもんだから、ここ『古代魔法の図書館』の屋内は石の壁で覆われていることは先に書いた。
つまりは、よく響くんだよ。
「リヴァイア、図書館ではもう少し小声で話し掛けなさい」
「……あっ! ……ああ、そうでした。すみません……改めて、ごきげんよう……」
ロングの髪をクルクルと指で触りながら、頬には一筋の冷や汗を流して……リヴァイアがペコリ。
それを白々しく見つめるエリア司書長――肩で大きくため息をつき、ひと呼吸して机の上に両手を握って乗せた。
「リヴァイア、この書籍の山は?」
「……はいな! 聖サクランボで子供達に読み聞かせるためです!」
「……ということは、今週の読み聞かせ担当は? あなたが?」
エリア司書長は、表情一つ変えず冷静に尋ねる。
「……はいな! 今週はリヴァイア・レ・クリスタリアが担当することになってますよ」
リヴァイアは笑顔いっぱいに応えた。
「……だから、リヴァイア。図書館では……」
「……ああ。そうでした。ついうっかりと。すみません……大声になっちゃって」
口元を慌てて覆ったリヴァイア。
「まったく……」
エリア司書長は、そうボヤくなり右側の引き出しを開けた。何やら一枚の書類を手に取り机にサッと置いて、今度は羽ペンを持った。
「……子供達に、その古代魔法の書籍を読み聞かせ?」
エリア司書長は、山積みされている書籍を上から下へとじ~と一通り見つめた。
そして、机の上の書類に羽ペンで数字と記号を書き記し始めた――管理番号だろう。
「……ええ。そうですよ! エリア司書長」
「……ええ。そうですよ! じゃないですよ。リヴァイア」
羽ペンを持った手を止める。
「……あなたね? 私は聞いていますよ」
「……何がですか?」
リヴァイアは、ちょっとだけ首を傾けた。
「他の修道士見習いは、み~んな大通りの古本屋で本を借りているというじゃありませんか?」
「へ? そうなの??」
「へ? そうなの?? じゃありません」
また一つ、大きく肩からため息をついたエリア司書長だった……。
「聖サクランボの子供達に読み聞かせる書籍ってのはね……絵本とか児童文学でしょうが……。それを、ここ古代魔法の図書館の書籍を読み聞かせようなんて……リヴァイア」
「……………」
しばらく沈黙してしまったエリア司書長……だったが、気を持ち直して再び羽ペンを握り直す。
――山積みされた書籍を横目でチラチラ見ながら、スラスラと管理番号を書き控える。
「……私、その……何か間違っていますか? 私って小さい頃から、何度も何度も古代魔法の図書館に通っていたから……その……聖サクランボの子供達も楽しんでもらえるかなって?」
リヴァイアは再び髪を指でクルクルと回した。
「ええ、間違ってます」
彼女とは目を合わせず、羽ペンでスラスラと管理番号を書き控えながら、エリア司書長は返した。
「……リヴァイア。古代魔法ってのはねぇ……絵本じゃありませんよ」
「ええ!? そ、そうだったの? 私は
「まったく。呆れますわね。リヴァイア……」
エリア司書長は、ジロッと彼女を細目で睨み付けて――
「リヴァイア。古代魔法の書籍というのは、というよりもサロニアム・キャピタルの崇高なる帝国施設『古代魔法の図書館』自体はねえ――」
「あははっ! 司書長知ってます。その先の言葉を私……」
両手を『皆まで言うな』な感じで前に差し出すなり、
「最凶最悪で天災悪魔の『オメガオーディン』との死闘を綴った実録の歴史書――そして、未来の勇者と戦士達のための――」
「――そうです。未来の覇者となる御方のためのヒント……攻略書ですよ」
よく言えました! と内心感心したエリア司書長は、少し口元を緩めて微笑んだ。
*
チェリーレイス チェリーレイス……
彼が、魔法らしき呪文の言葉を言った。
――私は、まあ……意味は分かんないから、いいっか? って開きなおって。
しばらく、そうして彼の顔を見つめていて、それから彼のその言葉を言った先の、サクランボを埋めた土を私はじーっと見ていた。
「チェリーレイス……サクランボさん。教えてほしかったな」
私は、静かにそう呟いた。
その彼のことを『サクランボさん』と名付けて、サクランボさんのことを思い出しながら、意味深で意味不明な『チェリーレイス』の魔法の言葉の意味を考えながら。
彼が魔法の言葉『チェリーレイス』を唱えて、しばらくして……。
見ると、土から芽がぴょいっと出てきた!
でも……いやいや、有り得ないって! ものの数分で芽が生えてくるなんて……
「チェリーレイス……。ん~ 分かんないな…………」
私は、静かにそう呟いた。いったい、どういう意味なんだろって……。
チェリーレイス チェリーレイス チェリーレイス……
レイス……。
やっぱり気になるけれど…………。
ど……どっかで? どこかで聞いたことがあったような……?
『……もう、俺は君には逢ってはいけないのだろう。……それでも、いつの日にか、必ず、君の前に姿を現す日が来ることを、君は信じてくれるかい?』
謎の言葉―― 何度も何度も思い出す。
「サクランボさん。……あなたが言った『チェリーレイス』という魔法の言葉は、もしかしたら?
『元気出せ!』
と、私に言いたかったんじゃ……なかったのでしょうか? 私は、……そう、なんとなく、あなたの言葉の数々から、そう思えてしまうのですよ」
「でもねぇ……。あなたのこと本当に知らないのです。見ず知らずのあなたに、どうして、励まされている私がいるのでしょうか? 私の内情は知らないはずだから、その魔法の言葉は、当然、励ましじゃないってことぐらい分かります。だから――」
*
「――だから、リヴァイア。もう一度、子供達に読み聞かせる書籍を選び直したらどうですか?」
「ええー!! 結構ですよエリア司書長。だって、結局、子供達って本の内容なんて分かっていないんですから! ワクワクできて、なんか面白い! ……って、そう思ってもらえる本だったら、なんでも」
「……………」
エリア司書長はリヴァイアのその言葉を聞き終わるなり、しばらく俯いた。
「……あの、エリア司書長??」
一歩前に踏み出して、俯いている司書長の顔を下から覗き込もうとするリヴァイア。
「……あなた、修道士見習いでしょ?」
覗き込んでいるリヴァイアの顔を凝視……
「……はい?」
「エスナータ修道士という立派なお方の下で働けて……リヴァイア、あなたは幸せなのですから」
「……」
刹那――リヴァイアが口籠る。
「……はい、承知しております。エスターナ修道士のお姿を鑑にして、日々、一人前の修道士になれるよう……」
一歩後ろに下がるリヴァイア。……スカートの裾を両手で摘まむなり、
「日々、お仕事、お勉強、ともに、努力している所存であります」
カーテシーで深く頭を下げて、自らの気持ちをエリア司書長に表現した。
「……まあ、よろしい。……ところでエスターナ修道士も、どうしてリヴァイアを見習いにさせたんでしょうね」
エリア司書長は、腰掛けていた椅子に座り直して、左側に置いてあったティーカップを手に取った。
「……どうして……ですか? そりゃ! 私がゆうしゅうで……」
「……はは。冗談は休み休みにしなさい」
強張った表情だったエリア司書長が、思わず肩を揺らして笑った。
その拍子で、お茶を注ごうとしていたポットも揺れてしまい、少し机にお湯が零れてしまった。
「……はあ、はい」
リヴァイアがキョトンと。
「……私が推薦したんですよ」
「……推薦?」
「私がね……。リヴァイア、あなたもそこの椅子をこっちに持ってきて、腰掛けなさい」
口元を緩め、エリア司書長は机の右側の奥に置いている司書用の椅子を指さして言った。
「……リヴァイア、幼い頃からあなたを知っています。『古代魔法の図書館』によ~く通っては、せっせと伝記なんかを読み漁っていたあの頃を……」
「……エリア司書長?」
リヴァイアは言われた通り、司書用の椅子を持ってきて腰掛ける。
「リヴァイア? お砂糖はどうします?」
「……はあ。砂糖」
サクランボさんへ――
もしかしたら、いつの日か、あなたが私に逢いに来る日が、来るのでしょう。
その時に、私は……こう言いうのだと思います。言いたいのだと思います。
もう、あなたのことは覚えていません。 もう、忘れました。
ごめんなさい。 だから、帰ってくださいって。
「……そう。忘れたほうが、骨折の記憶とともに忘れたほうがいいよね……」
私は、静かに……また呟いた。
続く
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