第12話 覚悟を決めろ!!
「……………」
レイスは無言である。
「ねえねえ? イレーヌさん。ここんところ、レイスさんの様子おかしくないですか?」
と、アリア。
イレーヌが座っている木箱の隣に、無理矢理座ってきて相談してきた。
「ちょっとアリアってば、あたし……お昼の『山菜マッシュルームサラダ』を食べている途中なんだからね。これ、けっこう港の万屋で高いんだから……」
口から零しそうになった山菜マッシュルームサラダの具を、すかさず手で覆って、無事に完食することができたイレーヌ。
そのイレーヌ、
「やっぱし。アリアもそう思うよね……。なんだかレイスって、アルテクロスのお城の牢屋の時から、様子が変わったような?」
と言った。
――再び、ここはアルテクロスの港。
飛空艇ノーチラスセブンの甲板である。
資材を入れている角ばった木箱の上で、イレーヌはランチタイムしていて、その隣にアリアが座っている。
2人の視線の先には……レイスの後ろ姿が見える。
レイスは飛空艇の先端にいて、さっきからずっと、アルテクロスの大海原を見ている。
「……………」
しばらくして、レイスは視線をアルテクロスの街へ向けた。
手前には港の広場と市場の風景、いつも活気があって平和な風景である。
その風景の上、ずっと先に見えるアルテクロスのお城の塔――レイスの視線はそのお城の塔に向いていた。
私の本当の両親があの城に……。敵対している神官達もあの城に……。
私は御姫様で、秘められた魔力ねぇ?
「あのう、レイス姫……」
――港にとまっている飛空艇の甲板、その甲板に上がって来たのは、
「私はアルテクロスのお城から、伝令を伝えに参った兵士であります……」
兵士はレイス姫の目の前で直立して敬礼した。
「どうか御姫様、アルテクロスのお城へと、皆々様も早々にお越しください。そして、ウルスン村奪還のための戦略会議に、ご出席ください……」
兵士はそう言うと、一度頭を下げる。それから、また話を続けた――
「アルテクロスとウルスン村は戦争状態なのです。……その、実際には、そうなっている状況ではないのですけれど、でも、そういう状態になりつつあって……」
「あんた、私に何が言いたいの? 私にどうしてほしいの?」
レイス、ちょっとだけキレる!
それに対して、兵士の返事はこうであった。
「…………レイス姫。あなた様の魔力がなければアルテクロスも――他の国々も滅びてしまうのです。ですから、どうか、お早くお城へお越しください」
――戦争とかなんとかって、実際にそういう状況にならないと分からないものだし。
生きるってね、はっきりいって……こういうことなんだと思うのです。
『いやおうなく巻き込まれていく』
例えば、戦艦の乗組員として活動していた兵隊が、魚雷一発を受けてとか……。
中東で家族団欒で暮らしていた中で、いきなり無人戦闘機からミサイルが一発飛んできて家族全員即死とか……。
だから、どう生きればいいのか?
……はっきり言って、しょうがないから生きるしかないのだと思うのです。
でもね……人って、どんな形であれ、必ず死ぬのです。
だから、作者からレイスに言ってあげるアドバイスは、これしか思い付きません。
『覚悟を決めろ!!』
「ち、ちょちょ?? ちょっと待ってよ? 私の魔力ってどういうことですか?」
レイスが兵士が言った言葉の中から、気になったキーワードを見つけて尋ねた。
「レイス姫、知らなかったのですか?」
兵士は答えた。
「レイス姫は、アルテクロスの歴代の王族は――皆、魔法が使えるの一族だということをです」
「魔法が使える……一族? 私も……ですか?」
ずっとスラム生活を送ってきて、次にルン達と飛空艇で飛び回ってきて――レイスには魔法なんて無縁の人生だった。
「つまり、分かりやすく言えば、レイス姫は魔法使いなのです」
兵士はあっさりと……びっくり発言を放った。
「……魔法使い? 私が??」
自分のどこにそんな素質があるんだあろう? ……と思いながら、レイスは足元から順に腰、胸、両手へと視線を向けた。
「それも歴代の王族の中でも、とびっきりの強力な魔力を秘めていると、神官達を中心にして、お城中で噂されていますよ」
「私に、そんな魔力なんて……ないですって。それ……ウソですよね?」
レイスは困惑を隠せなかった。
今まで人間として生きてきた自分が、本当はあなた魔法使いです! っていきなり言われて。
そりゃ、誰でも頭の中が真っ白になるって――
「いいえ、ウソではありません」
きっぱりと兵士。
「ウソですって、私困ります!」
「困ると言われても、レイス姫! あなたには、この世界を平和に導ける程の魔力が内在しているという噂が……」
「いい加減にしてください!!」
レイスは大声を出して抵抗した。
――その大声は、アルテクロスの港中に響き渡った。
勿論、周囲にいた人間も、エルフ達もドワーフ達も……魔法使いから僧侶から。
停泊してある飛空艇の近くを歩いていた、あらゆる種族が、レイスの「いい加減にしてください!!」という大声に驚いて、一斉にレイス達がいる飛空艇の甲板を見上げたのである。
「……………」
大声を出してから――またレイスはだんまりである。
しばらく時間が経ってから――
甲板を見上げながら、周囲でヒソヒソと小声が聞こえてきた。
ある種族のカップルは、
「ああ……この飛空艇って、この前話題になってた飛空艇だよね」
「そうだったっけ? また何か……あったのかな?」
という具合にヒソヒソと。
別の種族のカップルは、
「あの大声の人って、いつもの……あの飛空艇のメンバーじゃん!」
「……そういえば聞き覚えあるぞ。……今度は、どこに行くんだろうね?」
とか言って、ヒソヒソと話している。
――甲板の上では、
ルン、アリア、イレーヌ、レイスの大声に緊張した感じで……無言で直立していた。
まるで、モンスターの毒クラゲの攻撃で、麻痺をくらったようにである。
ああ、しびれ用の解毒剤を街の万屋で買っておけばよかったと……このモンスター滅多に出現しないから大丈夫かなって、高を括っていたのが仇になっちゃった……。
というRPGあるある。分かるよね?
「あの……本当に私でなければ……いけないんですか?」
不安げな表情をしているレイス――
その表情のまま、兵士に向けて目を見つめながら訪ねた。
ずっと街のスラムの下水道で、ずっと必死になって……一日一日をサバイバルで生き抜いてきた彼女。
それが、ある日突然! お城の関係者から『あなたは御姫様です』と言われて。
自分の本当の両親が、お城に今でもいます……と言われて。
さあ会ってください! 世界を救ってください!
……と言われて、あなただったらどう思いますか?
「レイス姫、恐れながら私は、命令で行動しているだけです。ですから、私にはレイス姫のお立場とか責任のような難しいことは分かりません……どうかご理解くださいい」
兵士は直立し、畏まった表情でそう返答した。
「命令ねえ……」
レイスは視線を下げて俯いた……。
――レイスは、こんなことを考えていた。
それは、旧市街のスラムで生き抜いてきた自分って……なんだったのだろうって。
自分は育ての親に連れて行かれなければ、そのまま、御姫様として何も不自由なく生きることができたのかもしれない。
けれど、いずれ神官達に、自分の身体の中に秘められた魔力を利用されて、まるで、人体実験とか使い捨ての道具のように生きる運命を背負わされて、一生を終えてしまったのかもしれない。
レイス。俯いていた顔を、今度は空に向けた。
相変わらず、アルテクロスの街は快晴で清々しい。
――この世界の神様は、どうして私に自分の身体に秘められた魔力で、この世界を救えって言うのだろう?
どうして私なのだろう?
レイスは空を見上げながら、その答えを考えている。
……ああ、もしかして? ……いや、そうだ。そういうことなんだ。
旧市街のスラムを経験させたんだ。神様は。
御姫様という身分とは、どういうことかを勉強させたんだ。
この世界の運命を決定する魔力を秘めている私は――誰よりも、この世界を知っていなければいけないのだろう。
アルテクロスの現実を知らずして、御姫様になってはいけないのだろう。
御姫様という身分は、アルテクロスに生きる皆の総意で決定するもので、なりたくてなれるものじゃない。
まさに天命だ――だから、やるしかない。やるからには、勉強させる必要があったんだ。
レイスが、ルン、アリア、イレーヌのいる方を向いた。
――スラムで生きてきたから、飛空挺の操縦士ルンに出会えた。
アリアが冒険者の集う店で仕事をもらってきてから、いろんな場所に行けるようになった。
いろいろあったけれど、裏情報に詳しいイレーヌが仲間になってくれて……。
今までの人生は、自分が世界を救うための修行だったんだろう。
この3人と飛空挺でクエストをこなして……お金を稼ぐことよりも、お前はこの世界のために生きてくれって。
ねえ? 神様。
多分、この世界の方が先にあって、そういう運命のもとに自分が後から生まれてきた。
私はこの世界の秩序とか安定とか、つまり、平和のために生きる運命を持っているんだろうな――
――どこまでやれるか……しょうがないわね。
「じゃあ私、やってあげる!!」
レイスが空を見上げて、大声で叫んだ。
なんだか、吹っ切れた感じの……満面の笑顔になっている。
ルン、アリア、イレーヌは、レイスのその姿を揃って見つめていた。
頭の上に揃って『?』を出現させ、お互い顔を見合わせて。
――レイス! 仲間達はサポートしかできない。
だから、君と彼とは立場が違うんだ。
君には、君に相応しい立場というものがあるのだから。
(作者は、それを覚えておいてほしいと願う……)
――レイス、3人がいる所へと歩んで来る。
「さてと……、みんな、おまたせ!! じゃあ、早速お城に行きましょうか」
「……レイス?」
ルンが言う。
「……………」
「……………」
アリアとイレーヌは無言だ。そして、お互いを見合っていた。
レイスは両手を腰に当てて、
「お城には確か飛空挺のデッキがあったっけ? じゃあ、みんな飛空挺で行きましょう! ルン! 操縦お願いね!」
空を見上げていた時と同じように、満面の笑みをルンに向けた。
「……レイス、いいのか?」
「何が? ルン!!」
ルンの問い掛けに、レイスは満面の笑みのまま返す。
「……俺の操縦でいいのか? いつもだったら、私が私が……て言ってくるのに?」
「ははっ! そうだったっけ、ルン?? ……さてと、エンジンのメンテ、まだ終わっていなかったっけ??」
照れ隠しなのかな? 惚けた感じで、ルンにそう返したレイス。
くるりと向きを変えて、彼に背を向けた……。
そんでもって、またアルテクロスの快晴の空を見上げたのである。
……ああ、そうか!
自分が御姫様って分かってから、レイス……ずっと悩んでいたんだ。
これまでの自分と、これから世界を救いに行く自分と。
どう折り合いを付けて、気持ちの整理をしようかと悩んでいたんだ。
レイスとは、結構長い付き合いのルンである……。
レイスは何も言ってくれないけれど、彼女の無言で俯いた表情を間近で見て、満面の笑みになった表情を見つめて――
スラムに帰って、どうしても気持ちの整理を付けたかったレイスを見てきた。
御姫様にならなければいけないレイスの葛藤を――あり得ないくらいの運命のターニングポイントを、ルンは感じることができたんだと……。
だから、
「レイス! 俺達とお前は仲間だぞ!!」
と大声で言った。
するとレイスは、またまた、くるりと向きを変えてルンと向かい合った。
「じゃあ……エンジンのメンテ! 代わりにお願いしまーす!! だって、御姫様は飛空挺のスイートルームで、目的地に到着するまで、ティータイムなんだからね。 ――私は御姫様なんだも~ん♡」
レイス・ラ・クリスタリア ――幼名をチェリーレイス、我が最愛の妹
リヴァイア・レ・クリスタリア ――聖剣士リヴァイア
二人が出逢うのは……もうすぐ、ですからね!!
第一章 終わり
この物語はフィクションです。
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