第11話 出会った仲間を大切にしなさい。

「ついちゃった……」


「ついちゃったって、レイスが来たがっていたんだろ……」



 旧市街の路地を抜けて、旧市街でも人けが少ない一角である。

 石造りの建物が勿論のことあるのだけれど……かなりボロボロである。

 中に人が住んでいる気配は無かった。


 しかも、建物と建物の幅が、レイスとルンが歩いてきた石畳の道よりも狭い。

 かなり薄暗い……。


 ……空から差し込んでくる太陽の光が、壁に白と黒の綺麗な直線を作っている。



 ――目的地に到着した2人の気持ちはというと……。

 ボス戦をクリアして、ようやく宝箱のある部屋へ辿り着くことができた。

 いや~、ここまでいろんなことがあったな! モンスターも結構強かったし、ダンジョンのトラップも難しくって……。

 残念ながら、この場所に宝箱はありませんから。

 あるのは何かといえば――


「よっこらせっと……。ちょっとルンもさ!」

「ああ。……よっこらせっと」

 レイスとルンがグッと重いそれを、さびた扉を、よっこらせっと言って横に置こうとしていた。


 中を見ると先に階段がある。地下通路へと続いていく階段である。

 RPGのダンジョンの入り口のようである。

 

 2人は、その階段を降りていく……



「ルン! その扉上手い具合に閉めといてね」

 振り向き様に、レイスがルンへ言った。

「閉めといてねって……。俺一人であの重い扉をか?」

「ズズーと引きずれば、閉められるようになっているから、ね!」

 ね! って言われても……と思いながら、ルンは言われた通り扉をズズーと引きずって……閉めた。

(じゃあ、はじめからこの扉。一人でズズーって開閉できたんじゃね?)



 タンッ タンッ

 

  タンッ タンッ


    タンッ タンッ

 

     タンッ タンッ

 


 ――レイスとルンの階段を歩く音が響いている。

 錆び付いた入り口の扉からは、少しだけ差し込んできている日の光が、入り口近くでは壁にそれなりに反射して、それが階段を照らしてくれていたのだけれど……さすがに奥へ進むと、その光は届かない。

 階段を降りれば降りるほど……暗くなっていく……。


 余談ですが、さっきからRPG、RPGって言い続けているから、ついでにここでも言うけれど、大昔のRPGってダンジョンにトライする時には『たいまつ』を購入しないといけなかった。

 ダンジョンの中って、物凄く真っ暗だったんです……。



 レイスとルンが今歩いているところは、奥に行けば奥に行くほど真っ暗になって……て思っているでしょ?

 実はね、そうじゃないんです!

 

 この旧市街の連中はね、アルテクロスのどこかから電気をかっぱらっているのですよ!!

 その電気を、この階段とかにLEDで照らしているのですよ。

 白熱電球じゃなくってLEDですよ。分かりますか?

 しかも、赤外線センサー付きだから、とっても便利なんです。


 本物の悪党って、こんな感じなんですよ――



 じゃあ、レイスは本物の悪党なのかって? それは……



「あ~あ、とうとう着いちゃった……」

 レベルが低くて、ラスボスと強制バトルしなきゃいけなくなっちゃった……のような感じで言うレイス。

 セーブポイントはここに来るまで、どこにも無かったね……。


 見ると、旧市街の下水のちょっと開けた場所である。

 勿論、下水が流れているところだから、臭いはキツい。

 そのキツい場所に、LEDの電気が所々に灯っていて、ここはかなり深い地下だけど意外と明るかった。

 

 

 ――その明るい先に、小さな人影らしき影が見えた。



「……このドラゴンフルーツを渡して、……二言三言くらい話をして、で、さっさと帰るんだからね……」

 そう俯きながら、ボソボソと呟いているレイス。

「……そう、これでいい。……行こう!」

 言い終わると明るい先へと、一人で歩いて行く。

「ちょ、ちょまて! レイス!!」

 ルンがレイスの腕を掴んで止めた。

「なに? なによ、ルン??」

 レイスは振り向き、ルンの顔を見た。


「ほんとは、言いたいことがあったから……ここに来たんだろ。レイス?」

「……べ、別に……」

 ルンが珍しく真面目な表情を見せた。

 けれど、レイスは彼の言葉に対して惚けた感じで受け流す。

「ほんとは、ありがとうって言いに来たんじゃないのか? レイス……」

「……さ、さあねぇ?」


 ルンはレイスの腕を掴んだまま、離してはいない――


「レイス! 俺とお前が初めて出会った場所も、旧市街の下水の中だったっけ?」

 ルンが続けて言う。

「お前はさ、お腹を空かせていて、お前は手癖で食料をかっぱらっていたとか。そんな時に、俺とお前は出会ったっけ」

「……何が言いたいのよ? ルン」

 レイスは俯いた。

「まあ、俺だっていつもは飛空艇に乗っているわけじゃない。飛空艇に乗るにも燃料が、アルテクロスの塩が必要だしな。燃料はここアルテクロスでは困らないけれど、飛空艇を飛行したら、その分だけメンテナンスが必要になってくる。」

「……だからさ、何が言いたいのよ、ルン?」

 レイスはルンが掴んでいる手を、腕を振り払って無理矢理外す。


 下水の通路の中、2人の声はけっこう響いている。

 下水の流れる音よりかは、小さいけれど……。


「お前だって飛空艇の修理ができるんだからさ! 分かるだろ? 飛空艇のメンテナンスが面倒くさいってことくらい」

「……そりゃ、私だってこんな旧市街の下水で育ったんだから、そりゃ……いろいろ修理して生計を立てたりしたこともあるし。なんとか、ここまで生きてきたし……。こられたんだから……」

 言い終えようとしたレイスは――次の瞬間! スッと顔を上げた!


「だからさ! 何が言いたいんだってば! ルン!!」

 ルンの目を見つめて、ちょっとムキになって、少し怒った口調になるレイスだった――

 レイスの声は、今までの会話の中で一番大きく……下水の通路内に響いた。


 対照的に、冷静なルンは……レイスの目から視線を逸らすことはなく、

「お前はさ、スラム生活を見捨てる薄情な御姫様には、なりたくないんだろ?」

「……ルン」

 レイスは少し目を泳がせる。

 一方のルンはそれでも、レイスの目を見つめて、

「誰よりも、このスラムで生きることの辛さ……を知っているレイスだからな……」

 と言ったのであった。



 ――その時。


 一人の幼い女の子が、下水道の広場の一角のバラックで作られた小部屋――その小部屋の前の暖簾のれんみたいな布切れを手で払って、こっちを見ていた。

 その女の子、しばらくレイスとルンを見つめていて――


「……もしかして、レイス姉ちゃん?」


 レイスの顔を凝視してそう言った。

「……う、うん。そだよ。レイスよ」

 浮ついていたレイスの視線が、その女の子を見つける。

「しばらくね……。元気してた?」

 すかさず、レイスは口角を上げて笑顔を作った。


 やっぱり2人の声って、けっこう響いていたみたいだ――


「みんな! レイス姉ちゃんが帰ってきたよ!!」

 女の子が後ろを振り向いて言うと……。


「レイス姉ちゃん?」

「レイス姉ちゃん? ほんとだ!」

 という具合に、

「うわ~ほんとだ、レイス姉ちゃんだ!!」

「レイス姉ちゃんだ!!」

 ……と、暖簾の向こうにある小部屋から、幼い子供達が次から次に姿を現した。

 ――みんな、バラックの外へと駆け出して、あっという間にレイスを取り囲んでしまった。


「……あははっ、みんな元気してた?」

 レイス……、子供達の頭を一人一人撫でている。


「ねえ? レイス姉ちゃん!」

「ねえねえ? レイス姉ちゃんって!」

「聞いて聞いて! レイス姉ちゃん!」

 ――子供達は順番を守ることなく、それぞれバラバラにレイスに話し掛ける。

 勿論、全員の話を一斉に受け答えることもできないから、レイスは……、

「うんうん。……へえ? ……そんなことあったんだ。……ええ。……うん」

 ……という具合に、兎に角、愛想良く接して一人一人に相槌を打った。


 その後、レイスは子供達に引っ張り凧で――

 こっちにきて遊ぼうよ~! ねえねえ? 今までどこに行ってたの~?

 教えてよ~レイス姉ちゃん! レイス姉ちゃん! お勉強を教えてくれる?

 ……とか引っ張り凧状態で、揉みくちゃにされているレイスだった。


「……も、もう、ちょっとみんな待って! ほら、これ! みんなにお土産よ!!」

 レイスがカバンから取り出したのは、例のドラゴンフルーツである。

「うわ~ごちそうだ~」

 子供達の一人が、嬉しくて歓喜の声を出した。

「やったー!! 今日の晩飯はこれで決まりだな!」

 また、別の子供が、これも嬉しく騒ぐ。



「ドラゴンフルーツ! ドラゴンフルーツ!!」



 子供達がドラゴンフルーツを御神輿を担ぐみたいに、わっしょい! わっしょい! と手に持って軽快にはしゃぎまくっている。

 子供達の声も下水の通路の中で、かなり響いている。下水の流れる音と同じくらいである。



 わっしょい! わっしょい!!


 わっしょい! わっしょい!!

 


 しばらくすると――

 子供達、バラックの中に全員入っていった。たぶん調理場なのかな?




「ふう……。やっと行ったか……」

 額に少し汗かいたレイス、袖で汗を拭いながら呟く。


「……レイス、もしかして旧市街の路地でドラゴンフルーツをかっぱらった理由ってのは、もしかして、これか?」

 ルンがレイスに近寄り、肩をチョンチョンと指で突いて尋ねた。

「そうよ、あの子供達を黙らせるためよ。あの子達ってどれだけヤンチャなんだか。私……どれだけ御盛をさせられて、疲れ果てたことか……」

 とかなんとか言いながら、レイスの表情は清々しかった。額にまだ汗が残っているけれど……。



「……レイスや」


 次に暖簾の奥から登場したのは、子供ではない。かなり年上の女性である。

「……お、お久しぶりです。ママン」

 レイスは足を揃えてから、ママンに向かって深く頭を下げる。

(※解説 ママンというのはアルテクロスの中でも、とりわけ旧市街の方言で、その意味はもちろん『ママ』である)


「パパンに言ったんだろ。……聞いたよ。お前が朝早く『食い物の調達に行ってくるね』って言ったっきりだね」(※解説 パパンも同意である)

「ママン……。あの……」

 頭を上げようとするレイスが、身体を止める。

「レイス、言わなくていいよ」

 ママンはゆっくりと首を左右に振った。


「でも、パパンに……私は」

「ああ、パパンのことは気にしなくていい。別にお前の本当の生みの親でもなんでもない、ただの育ての親なんだからね……」

 ママンは淡々と返答し続けた。

「でも、ママン……」

 一方のレイス、緊張した感じで話し掛ける。

 そうして直立状態のまま、しばらく両手を組んだり……離したりを繰り返している。

「分かってるよ……。レイスがこの下水の『我が家』から飛び出して行った理由なんて……。だって、私はあんたの育ての親なんだから、それくらいすぐに分かるよ」

 ママンはそう言うと、肩で大きく一呼吸を付いた。

 それから、ゆっくり……ゆっくりとレイスのところまで歩いてきて、彼女の両肩に自分の両手をポンッと乗せるなり――



「もう限界だったんだろ? 悔しかったんだろ? どうして自分は、こんなにも責めを負う人生なんだろうって。だから、新しい自分を作りたかったんだろ? あんたはそれでいいんだよ、レイスや……」

(ファミコンのリセットボタンのように)



「ママン……」

 涙ぐんでしまったレイス……。

 その涙の筋を、ママンは指で拭ってくれた。

「……まあ部屋にお入り。懐かしいだろ。温かいパンがあるよ」

「……うん」

 レイス。自分の涙の筋を服の袖口で拭った。

「そうそう、この前、子供達がかっぱらってきた『マロン』もあったっけ?」

 そこはマーガリンであってほしかったけれど、かっぱらってきた物品だから、文句を言っちゃダメである。



 ――バラック、下水道の広場の一角に作られた小部屋の中。

 粗末な焚火台が真ん中にある。

 それをレイスとルン、そしてママンの3人が囲んでいる。


 焚火台の網に、数個の小さなパンが置いてある。ママンが言っていた温かいパンである。

 ママンはそのパンを菜箸を使って、一つ一つ丁寧に裏返している……


「……久しいね。レイスがまた……この下水に戻ってくるなんて。元気してたかい?」

 ママンはそう言うと、こんがり焼けたパンを菜箸で取ると、それを脇に置いてある小皿に置いた。

 タップのような少し汚れた小物入れから、マーガリンを取り出す(やっぱ隠し持ってたんだ!)。

 それをナイフで一切れサイズに切って、パンの横に添えた。


 子供達がかっぱらってきたマロンも乗せ……更に、

 ママンがテーブルの奥にあるコップを手に取って何か飲み物を注ぎ、それをレイスの前へ置いた。 


(あ! これいける! おいしいぞ)


 最初は一口、二口と……恐る恐る食べていたルン。

 心の中でおいしい! と感じるなり、一気にムシャムシャと食べ始める。

 ちょっとさ、ルン。お行儀悪いよ……。


「……いただき…ます」

 レイスはというと……パンを指で小さく剥ぎ取って、ゆっくりと口に入れる。

 表情は暗くて俯いている。

 

 

「――レイスや。……言いたいことがあるから、ここに戻って来たんだろ?」

 ママンはレイスと視線を合わせずに、口にパンを含みながら聞いてくる。

 時折、俯いているレイスの顔を上目でチラッと確認しながら――言い出せないレイスを気にした。

「……………」

 レイスの口はパンを噛んでいるだけで、言葉を発しようとはしない。


「……………」

 さっきから、ずっと俯いて口だけをモグモグしている。


「……ふふっ」

 そんな気負いしているレイスを見て、ママンはちょっと微笑んだ。

「……ママンには何が言いたいのか分かってるよ。……あんたはいつも、そういう優しい子供だったっけ?」

「……………あの?」

 ゴクリとパンを喉に通すと、

「私が、優しい子供だったって……」

 レイスは顎を上げてママンを見る。


 ――焚火に放り込んでいる薪の一本が割れて、一瞬、焚火台から火が迫り出してきて……すぐに消えた。


「……レイスや、あんたの言いたいことは私には分かるよ。どーせ、アルテクロスのお城から、あなたは御姫様とか、そう言われて困惑しているんだろ? しょうがないねえ……お城の連中ときたら。相変わらず一方的な話ばかりするんだね……」

 言葉の最後で、ちょっとグチっぽくなってしまったママンの会話だった。

 ママンは、また肩で大きくため息を吐く。

 それから、子供達がかっぱらってきたマロンを一口食べて――ニッコリと微笑んでレイスを見た。


(あ! これいける! おいしいぞ)

 ルンは『スラムのパン』を、いつの間にか……ムシャムシャと美味しそうに食べていた。

(へえ~。ここのパンって、アルテクロスの港の市場のよりもいけるぞ!)

 と内心思いながら、ムシャムシャと……。

 

 ルンよ!


 今、ママンからとっても重要なキーワードが出たんだぞ!


 聞いてたか? 聞いてないよね?



「ママン! どうして、私が御姫様って言われたことを知ってるの!!」

 食べかけのパンを小皿において、レイスはちょっと大きな声でママンに尋ねた。

 まさか、ママンの口から御姫様というキーワードが出てくるなんて……想像すらできなかった。

「だって、ママンが昔アルテクロスのお城から、あんたを……レイスをかっぱらってきたんだからね」

 マロンを口の中でゴロゴロさせながら、ママンは淡々とレイスに打ち明けた。

「えっ? 私をお城から……かっぱらってきた?」

 と言うとレイスは沈黙……じゃなくて絶句した。



「……あの、ママンさん?」

 ルンが口を開いた。

「ということは、ママンさんはレイスがお城の住人であるって、前から知っていたってことに……」

 一心不乱に食べ終わってご馳走様をして……ルンがママンに質問する。

 ……ということは、ちゃんと2人の話を聞いていたんだね。


「勿論よ! レイスは、ここアルテクロスの御姫様だよ」

「その御姫様を、ママンさんが誘拐したってことですか?」

 ルンがそう言うと、


「ははっ……。はははっ……」

 ママン、大きく口を開けて笑った。そして、


「……いやいや、今だから言うけれど誘拐じゃないんだよ」

 ママンの右手がルンに向けて、や~ね~という猫の手招きのような動きを見せる。

「……レイスの本当の母親と父親が、私にね。……まあ、私はアルテクロスのお城の財宝目当てで侵入しただけだったけれど。その時に偶然にね、あんたの両親に遭遇しちゃって……」

「それで、『どうか……命だけはお助けを』ってね、レイス! あんたの本当の母親と父親が言うもんだからさ……私はね!」



『へん! あんたらの命なんて奪わないさ! それがここアルテクロスの最下層で生きる私達の流儀なんでね。ありがたく思いな。だからさ、さっさと財宝を……』

 と言ってやったら、

『……ああ盗賊様。ありがとうございます』

『盗賊様。あなたのご慈悲を感謝します』

 ……て、レイスの両親が言ってきたっけ。


 そしたらね、

『どうか! どうか私たちの思いを! 願いを!! 聞いてくださいませんか?』


 ママンは焚火台からモクモクと昇っている煙を見る。

「そういうことが、あったね……」

「願い……ですか?」

 ルンが聞き返した。

「ああ、そう言った」

 ママンはコクりとうなずいて、話を続けた――



『どうか……レイスを、レイスの命を守ってはもらえませんか? 私達はもう限界です。これ以上、レイスを、レイスの秘めた魔力をこれ以上……私達が守り抜くことはできません。……ですから、我が子レイスを、どうか守ってください』

 部屋は薄暗かったから、最初はよく見えなかったんだけれど、目が慣れてきて――見ると母親が、小さな女の子を抱きかかえていてね……。


「レイス、あんたのことだよ」


「……………」

 レイスは無言になって聞き入っていた。


『このには、まだ秘めた魔力を制御する力はありません。ないから、どうか……早くしなければ神官達がレイスをさらって、また怪しい儀式台へと連れて行って……』


 ママンはそれ以上、この話をしようとはしなかった――




 ――ママンは、レイスとルンを下水の出口まで見送りに来てくれた。


 最初に2人で重い扉を開けたその場所まで、見送りに来てくれた。

 帰り道、もっとゆっくりしていけばいいのに……というママンの言葉に、

 子供達に見つかっちゃったら、後ろ髪を引かれる思いがして、帰り辛くなっちゃうから……


 ……と、丁寧に断ったレイスだった。



「お前はさ、スラム生活を見捨てる薄情な御姫様には、なりたくないんだろ?」



 ……レイスの脳裏に、ルンの言葉が聞こえてくる。


 子供達に何も言わずにスラムを後にした自分――本当にこれでよかったのかな?

 言ったとしても、子供達は困惑しただろう。泣き出すかもしれない。

 どっちみち、スラムを見捨てたことに違いはないのかもしれない……。

 と、レイスが思っていると――


「レイスや……。どうせ、子供達のことを考えているんだろ? 心配しなさんな! うまく言っといてあげるから……」

 ママンが優しくレイスにそう言ってくれた。

「……うん。ママン」

 レイスは深く頭を下げて感謝した。

「……レイスや、あんたがこれからどういう困難になるかは、私には分からないけれど。それでもね、私はレイス、あんたの育ての親だってことをさ……誇りに思っているんだからね」

 ママンはレイスの肩にそっと手を乗せた。


「……ママン」

「……レイス。スラムで一緒に暮らした私達のことを、時々でいいからさ……思い出してくれるかい? 私の可愛い娘、レイスや……」

「ママン。うん! 分かった!! 本当に、本当にありがとう……」



(やっと言えた……)



「レイスや。出会った仲間を大切にしなさい」


「…………うん♡」

 もう一度、深々と頭を下げたレイスだった。

 そして、起き上がると……目一杯の溢れんばかりの涙を流していた――





 続く


 この物語は、フィクションです。

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