第10話 忘れてないってば! ルン!!

「……………」

 レイスは無言である。


「ねえねえ? イレーヌさん。ここんところ、レイスさんの様子おかしくないですか?」

 と、アリア。

 イレーヌが座っている木箱の隣に、無理矢理座ってきて相談してきた。

「ちょっとアリアってば、あたし……お昼の『海鮮ミックスサンド』を食べている途中なんだからね。これ、けっこう港の万屋で高いんだから……」

 口から零しそうになった海鮮ミックスサンドの具を、すかさず手で覆って、無事に完食することができたイレーヌ。

 そのイレーヌ、

「やっぱし。アリアもそう思うよね……。なんだかレイスって、アルテクロスのお城の牢屋の時から、様子が変わったような?」

 と言った。


 ――イレーヌとアリアは2人揃ってレイスを見た。



 ここはアルテクロスの港――そして『飛空艇ノーチラスセブン』の甲板である。

 資材を入れている角ばった木箱の上で、イレーヌはランチタイムしている。

 その隣にアリアが座っている。

 2人の視線の先には、レイスの後ろ姿が見えている。


 レイスは飛空艇の先端にいて、さっきからずっと……アルテクロスの水平線を見つめていた。



「……………」

 レイスは無言である。



「レイスさんって、御姫様なんでしょ?」

「法神官ダンテマ様が、そう仰っていたから……」

「ほんとなんですかね?」

「……あたし達に、わざわざ嘘を付く理由もないだろ?」

 アリアとイレーヌは、レイスの後ろ姿を見つめながら、お互い身体を寄せている。

「法神官がそう言っているんだから、本当なんだろうな。法神官の発言は神からの言葉に近いと聞く」

「え~? 神なんですか法神官って。そんなに凄い御方だったんですか??」

 アリアとイレーヌの女子会な会話の最中、レイスはというと……



 (あ~後ろの2人うざい! 聞こえてるってば! だまっとけよな!)


 キレていた――



 けれど、レイスの気持ちなんて気に掛けることもなく、

「そういえば昨日、レイスさんって……どこか用事があるって言って、出掛けて行きましたっけ?」

 アリアは右手の人差し指を空へと向けて、思い出した。

「ああ……。あたしがレイスに『どこに?』って聞いても、『……まあ、ちょっとね』って言い返された」

「どこに行ったんでしょうね?」

 アリアはその姿のまま、首を少し傾けた。

「さあ? 何か飛空艇の飛行のための資材か部品か、そういうものを調達しに行ったんじゃないのかな?」

 イレーヌはそう言うと、食後の梅茶を一口飲んだ(この異世界にも梅があるんですね……)。


「えー! それじゃあ、レイスさんが行き先を言わなかった理由に、なってないじゃないですか?」

 少し大きめの声で驚きながら、アリアはイレーヌの顔を見て言った。


「……そうだよな?」

 アリアのその言葉に、イレーヌも納得して頷く。

「いつもの、ハチャメチャなレイスさんに早く戻ってほしいですね……」

 再び……レイスの後ろ姿を見つめるアリア。

「あたしも、そう思っている。……でもな、レイスにもレイスなりのいろんな思いがあるんだろう。――だから、今は静かに見守っておこう」

 イレーヌは……ふうっと息を吐いて、レイスの後ろ姿を見た。

 

 という、アリアとイレーヌの女子会な会話の最中、レイスはというと……



 (あ~後ろの2人うざい。聞こえてるってば! だまっとけよな!)


 まだ、キレていた――




 ――飛空艇ノーチラスセブンの甲板には、アルテクロスの大海原から潮風が吹いている。


 港へ旅行した人には分かると思うけれど、港に風が吹くと潮のにおいがする。

 普段、浜辺とか海原へ行ったことがない人には、とても新鮮に感じるものだ。


 あの潮のにおいを味わいながら、水平線の夕日を眺めて(今は昼です)、黄昏れて、思いに耽って……。

 大海原の真ん中で、夜、一面の星々を見上げて、それを自分自身の存在と対比させて。

 とまあ……いろんなことを考えさせられる時間ですね――



「レイスって、もう考えるなって!」

 レイスがアルテクロスの大海原を見つめていると、ルンが居ても立っても居られずに、彼女の傍へと近寄った。

「……ルン」

 彼の声にふと我に返り、レイスは後ろを振り返る。

「………ルン。私、あれでよかったのかな?」

「レイス! 俺達には、俺達の仕事があるんだ。法神官に言われた通り、俺達にしかできない仕事が……」

 腰に手を当てて、ルンは言う。


「私達が世界を救うっていう、預言者の預言のこと?」


 ――その時。



 ~~ ~~ ~



 海から清々しい潮風が、飛空艇へと吹き抜けてきた。

 その風がレイスの前髪をなびかせる。


 ……レイスは、髪を手で押さえながら、

「ルン……。本当にその預言が正しいって思っているの? それに、私が御姫様っていうことだって……」

 視線は虚ろげに、やや下を見つめている。

「それはさ! 俺は分からないって、あははっ!」

 ルンは、ゆっくりと首を振った。

 両手を頭の後ろに当てて、空を見上げて、あっけらかんな表情を見せるルン。

 そうして、落ち込んでいるレイスを、笑い飛ばして――彼女を励まそうとした。


 その笑い声は――すかさず、アルテクロスの大海原からくる潮風で、あっけなく掻き消される。


「もう! ルンってば! しっかりしてよね?」

 今度は、レイスが腰に手を当てて言う。

「あははっ、これからはお前がしっかりしなくちゃいけないんじゃないかな? 御姫様??」

「もう……その呼び方止めてちょーだい……」

 レイスは少しだけ頬を赤らめたのであった。



 ――その2人のやり取りを眺めていた……もう2人。

「……ねえねえ? やっぱり何かあったんですよ! イレーヌさん」

「……あたしも、今、そう思っている」

 別に盗み聴きじゃないけど……。だって、甲板で思いっきりレイスとルンが喋っているのだから。

 同じ甲板にいる自分達にも、その声はよく聞こえていた。


「何があったんでしょうね~?」

「ま、まあプライベートなことなんだろうと思うから。あたし達には……梅茶飲む?」

「はい!」


 というアリアとイレーヌの会話を、勿論レイスは、更にルンも加わって……



(あ~後ろの2人うざい。聞こえてるってば! だまっとけよな!)


 やっぱし、キレていたのであった――





 ――んで、何があったかというと。


「ほんとに会いに行くのか? レイス」

「……ん? まあね」

「別にさ、いつでも会えるんだから、今、会わなくても……」

「分かってるわよ……ルン」


 ――と、レイスとルンは、こんな会話をしながら歩いている。

 どこかって?

 2人はアルテクロスの旧市街、石畳の道を歩いているのである。

 分かりやすく例えれば、エルサレムの旧市街の路地のような風景をである。


 作者はエルサレムの旧市街に行ったことがないから、実際の風景はどういう感じなのか分からない。

 石でできた建物が道の両側にあって、上を見上げると紐で結ばれたロープに洗濯物が干されていて――

 道端ではパンとか果物とかの露天商人が、量り売りしている。そういうお店が軒を連ねていて……という想像をしています。

 

 港がある繁華街や市場とはまったく違う――アルテクロスの、もうひとつ側面を見ることができる場所、それが旧市街なのである。

 

 この回想シーンのストーリーはこうである――


 まず、レイスが言い出した。

 アルテクロスのお城に呼び出される前に、旧市街で一緒に暮らしていた人達に――実の親じゃなくて育ての親に会っておきたい。

 そして、ルンに付いて来てほしいとレイスは願い出た。

 ルンは当然疑問に思った。なんのために? って。


 そしたら――

「いいからさ! 黙ってついて来てってば!!」



 サッ……



 この音、レイスが数ある露店のひとつ――エッグショップのお店を通り過ぎようとした時の、彼女の袖が『何か』とすれる音である。

「……お前。まだ、その手癖を直していないのか?」

 呆れてルンがレイスに言った。

「いいじゃない! 元々、私の“本業”は、これなんだからさ!!」


 レイスが袖で『何か』を隠して、サッと反対の手で付かんで、カバンに素早く入れたのは『ドラゴンフルーツ』という名前のエッグである。

 ――言っておくけれど、沖縄名物のあの果物と名前が同じだけれど、ここアルテクロスのドラゴンフルーツは、ドラゴンの無精卵にフルーツ味のエキスを注射した、要するに本物のドラゴンのエッグである。

 コケコッコーで朝一番に採れる鶏の卵のような……このドラゴンのそれは、ダチョウの卵よりも大きいけれどね。


「……よく、そんな大きなものをスレるよな?」

 彼女に感心していないで注意しましょうね。

「ふふっ! 経験の差っていうやつよ。お土産よ、お土産」

 レイスが笑顔を見せた。

「……お土産って。それが、お土産でいいのか? もっとちゃんとした……」

「いいのよ! 私達スラムの人間には、こういうのがお似合いなんだから……」



(……まあ、それも今日までなのかもしれないけれどね)



 レイスはそう思うと、笑顔を一変させた。

 口を閉じて、目線は上から下へと流れていく石畳を、一つ一つ見つめるように下げている。


「……………」

 レイスの表情の変化に気が付いたルン。

 なんだか自分も気負いしてきて、同じく視線を下げた。


 ――いつもはこの2人、飛空艇の事で何かと言い争っていて……まるで幼稚園の教室で玩具の取り合いっこをしながら騒いでいる、無邪気な子供のように元気なのだけれど……。

 

 レイスを飛空艇へと誘ったのはルンだ。2人は、けっこう長い付き合いである。

 長く付き合っていれば、相手が本当はどういう性格の持ち主なのかは、理解できてくるものである。


 ルンはレイスの本当の姿を知っている。

 レイスはこの旧市街で、幼い頃からスリや置引きの常習犯として生計を立てていた。――そういうスラム生活を送っていた。

 本当はこんなことしたくないっていう思いも、彼女から教えてくれたこともあった。


 飛空艇乗りの助手として、レイスを迎え入れて――いくつもの仕事の依頼をこなしてきた2人だった。

 依頼内容にもピンからキリまで色々あって、中には怪しいものもいくつかあるけれど……基本的には“まっとう”な仕事である。

 後ろめたさなんて残らない……だから、正直言ってやりがいを見い出せる。


 ――さっき見せたレイスの笑顔は、正真正銘……まあドラゴンフルーツをスッたことは別にして、純粋な気持ちから生まれた笑顔だ。


 レイスはルンと出会って、性格が良い方向へと治ってきていた。




「――別にさ、会わなくっていいんじゃない? もう離れてから大分時間が経っているんだし……」

 ルンが顔を上げてレイスに言った。

「それにお前って孤児だったんだろ? つまり、実の家族でもないんだしさ。相手も、お前のことなんて忘れてるって……」

 神妙な表情をいまだ変えない俯くレイスを、少しは気を晴らせようと思って……ルンは軽い口調で言った。



「忘れてないってば! ルン!!」



 ムクッと下げていた顔を上げたレイス。その勢いのまま、隣のルンに向かって言った!


 立ち止まり向かい合っているレイスとルン――


 旧市街の路地の真ん中でレイスが大声をあげたから、行き交う人々が、なんだろう? なに? ケンカでもはじまったのか? っていう感じでみんな見ている。

 ――見ているのだけれど。

 すぐに誰もが通り過ぎて行く……。

 アルテクロスの旧市街では、こんな場面は日常茶飯事。有り触れた場面でしかない。



 レイスは大声の後、再び俯いてしまった。

 無言になり、旧市街の石畳の道を歩いていく――


(……でも、今、育ての親に会って、私は何を話せばいいのだろう? ずっと、この旧市街のスラムで一緒に生きてきたけれど……)

 レイスは無言で歩きながら、こんなことを考えていた。



 ねえねえ!

 私さ! 実は御姫様だったんだ!!

 ほんと、びっくりだよね!


 だからさ!

 これからは、もうお金とか、食べ物なんか心配しなくてすむからね!! (*^▽^*)


 なんかさ、私ってすごいでしょ……



(こんなことを言っちゃったら、『レイス? お前はどこかで頭でも打ってきたのか??』って笑われそう。……信じられないよね? ……そりゃ私だって、まだ半信半疑なんだから)


(……あーあ、どうしよう? どう話せばいいのだろう。……ていうか、私から会いに行きたいって言ったっけ? ……私って、会って何がしたいんだ?」


 今度は、ブンブンと首を左右に振って歩くレイス。

 その姿を、ずっと後ろから見つめていたルン。彼の頭の上には当然『?』が浮かんでいる。



「あーもう! 嫌やイヤや! いや~ん!!」

 思わず声を荒げて、自らの悩みからくる葛藤を吐露するレイスである。


 その声が、石畳と石壁の旧市街の路地に当たって反響する――





 続く


 この物語は、フィクションです。

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