第9話 はい採用!! 採用で~す。
「あのさ、ルン……。レイスも、アリアもさ……」
イレーヌの身体が少し震えている。
「ち、ちょっとルン……?」
レイスが山積みされた塩のブツから降りて、ルンのもとへ歩いていく。
「レイスが、はいはーい。反省会しまーす! とかなんとか言うから、多分イレーヌ……なんだかキレたんじゃね?」
「ち、ちょっと。なんで私のせいになるのよ……」
レイスとルンが、今度はひそひそと話し始めた……。
「そーですよ、ルン君」
アリアも2人のひそひそに、顔を近づけて入ってくる。
「レイスさんは私達の今後のために、反省会してくれているんですから……」
どうやらアリアは、レイスとルンが本当に反省会をしていると信じていた様子だ……。
「ほーら、ルン! アリアもこう言ってるじゃない? ほら謝ってくれる」
「なんで俺が、謝らなきゃいけないんだ?」
「なんでもでーす!」
結局、2人は揉めるんですね……。
「こらこらレイスさんも、そんな言い方はダメですよ! 女の子はもっと淑やかに……」
アリアよ! お前は、どっちの味方なんだ!!
「……あのさ。さっきから、そちらで3人がゴチャゴチャ……言い争っているみたいだけどさ?」
埠頭の飛空艇がどっか行かないように、縄を掛ける例のやつで(名称がわかりません)、そこに座っているイレーヌ。
見ると、やっぱり護身用の魔銃を持っていた。
残りの3人も、当然その魔銃に気が付いている。
そして、相変わらず、自分達が撃たれるんじゃないかって、ビクビクしていた。
「あのさルン、レイス、アリア……」
イラついているイレーヌが話し始めた。
「はっはい……」×3
レイス、ルン、アリアは声を揃えて返事をした。
イレーヌは魔銃を石畳にカツカツ当てている……。
その魔銃を、これも3人揃って見つめる。
あっ! このパターンはあれだ。――3人はこれからの展開を想像した。
……よくもよくも、あたしのブツを運べなくしやがって。
これじゃ、あたしの仲介屋としての裏ジョブは廃業だわ。どーしてくれるの?
こうなったら、この魔銃でお前らを始末して……
「ま……待って! 待ってねイレーヌ!! あたしを撃ってもおいしくないから!!」
両手を大きく動かして防御姿勢を作ろうとしている、極限状況でのレイスの言葉だった。
「いや、イレーヌ!! 撃つんだったら俺よりもさ、レイスを撃ってくれないか? だって今回の反省点は、レイスが飛空艇を操縦したことが、根本的な原因なんだからさ!!」
そのレイスの後ろに、サッと身を隠したルン。
「そーですよ! レイスさん、しっかりと反省してくださいね」
アリアもレイスの後ろに身を隠そうと……
「ちょ!ルンとアリアって! 私の後ろに何隠れようとしてんのって! それにちょっと、押さないでくれる?」
まるでお化け屋敷の中で、じゃんけんで負けた人が『あんたが負けたんだから、早くそのボタン押しなさいよ……』というように、ルンとアリア、レイスの背中を押して、その身をイレーヌへと捧げようと……。
なんだか、また3人がごちゃごちゃとしてきた――
「いいからみんな! あたしの話を聞けってば!」
「はっ、はいな……」×3
レイス、ルン、アリアは声を揃えて返事をする。
すかさず、3人は横一列に並んで直立した。
「……あ、あのさ。今回の飛空艇でのトラブル、正直言って……あたし怖かったんだ。だからさ……みんなありがとう。あたしの命を救ってくれて」
埠頭の船をロープで引っ掛けるそれに腰掛けていたイレーヌが、スッと立ち上がった。
そして、レイス、ルン、アリアそれぞれ一人ずつ深々と頭を下げたのである――
……イレーヌの魔銃で、すぐにでも始末されるんじゃと思っていた3人だった。
でも、なんか自分達が思っていたのとは違う展開になっているような……。
3人はキョトンとして、お互いの顔を見合わせた。
「……あたし、電波塔であのままいたらさ。確実に、命を落としていたと思うんだ」
イレーヌは話を続けた。
「……まあ、塩はサロニアム・キャピタルへ運べなかったけれど。それにたぶん……あたしの仲介屋としての仕事も、終わったと思うから」
塩だけにしおらしくなっているイレーヌ?? そんな中、
あ! ここで魔銃で撃たれるんだ……
「いや! いや! いやイレーヌって!! 早まるな! 仲介屋としての仕事なんて他にもあるだと? サロニアム・キャピタルはでっかい都市なんだから、代わりの仲介業者なんていくらでもいるって!」
ルンが先手を切ってイレーヌを説得する。
「そうよ! イレーヌって!! し、塩なんてのはな、こ……ここアルテクロスには、いくらでもあるんだから。だからさ落ち込まないで。またさ、私達の飛空艇で運べばいいだけじゃない? サロニアム・キャピタルには塩の需要なんて腐る程あるんだしね……」
レイスも続けてイレーヌを説得。
「……もし、もしもその魔銃で撃とうと思っているんなら、最初にルンを撃って……くれないかな?」
(私、その隙に一目散にトンズラしますから……)
レイス、さり気無く命乞いをする。しかも、その作戦は仲間の犠牲を必ず伴うらしい……。
そしたら、
「おいレイス! 私達のじゃなくって“俺の飛空艇ノーチラスセブン”だ! 忘れるなって!!」
この最悪の状況下でも、あなたのプライドは筋金入りですね。
「もう! 止めましょうってば~」
最後にアリアが話に入ってくる。相変わらずである。
「レイスさんも! ルン君も! ケンカしないでくださ~い!! もう私、死にたくなっちゃ~う……」
ズギューーーーーーーーーーーーーーン!!!!
イレーヌ――手に持っていた魔銃を、空に向けて一発撃ったぞ!!
なんか、銃口からレーザービームのようなエネルギーの直線が空高く飛んで行った。
そのエネルギーのビーム……アルテクロスの空高く高くある雲へと当たって……そんでもって、その雲が一瞬にして蒸発しちゃった……。
その魔銃って、こんなに物凄い威力があったんですね。
しばらく、レイス、ルン、アリアの3人はポカーンと口を開けて、蒸発していく雲を眺めていた。
……魔銃ビームを受けた雲は、まるで夏のスイカ割りの砕けたスイカの如く、四方八方へと散っていく。
散っていって……それが小さくなって、やがて消える。
「……あの、みんな静粛に。だから! 堂々巡りを止めてくれないか……」
「アホか! できるか! 殺す気か!!」 ×3
イレーヌの冷静な? その喋りに対して一斉に3人がツッコんだ!
「……あのさ、あたし感謝しているんだ。みんなにさ……。でさ、さっきも言ったけど仲介屋としての仕事も終わったと思うし。だからさ、あたしは何処にも行く宛がないんだ。……だからさ」
と言うと、イレーヌは……なんだかモジモジし始めた。
「だから……さ。あたしを……チームに、……そのチームに入れてくれないかな?」
「えっ? 私のチームに?」
レイスは驚いた。でも、私のは蛇足だぞ。
「……イレーヌ」
「……イレーヌさん」
ルンとアリア、頭の中は当然のこと青天の霹靂である。
魔銃をぶっ放した後の空も、快晴だけれど――
――撃ち終わった魔銃を下に向ける。
「……あたしさ、こう見えても今までの仲介屋としての経験でさ、アルテクロスやサロニアム・キャピタルの裏事情とかも精通しているんだ」
なんだか俯いて、ちょっと目も虚ろなイレーヌである。
「だからさ、このチームって冒険者が集うところで依頼書を見て、それで報酬を受け取って……それでみんな生計を立てているんだろ? ……事情通のあたしがいたら、その……、色々と仕事も捗るんじゃないかなって」
――気が付くと、さっきまで飛空艇の周りにいたギャラリーが、イレーヌが魔銃をぶっ放した影響なのか? すっかり誰もいなくなってしまっていた。
――しばらく、4人はシーンとした。
「なあ、レイス、アリア……」
ルンが口を開いた。
「……俺達、よく考えてみたらさ。イレーヌが飛空艇に積ませた塩のお陰で、俺達って無事に飛空艇に燃料を入れることができて、助かったんだっけ?」
と言いレイスの顔を見る。
レイスは俯いているイレーヌを見つめて、
「……よ、よく考えたら。私達、電波塔でイレーヌの塩を飛空艇に積ませたから、私達って生きているのよね?」
と言い終わると、今度はルンの顔を見た。
さっきまでケンカしていたルンとレイス。
イレーヌのお陰という共通の見解に辿り着いた……。
(アルテクロス周辺地域の事情通の元運び屋、表向きには保険屋だから、飛空艇で事故った時にも、何かとアドバイスくれるかもしれない)
レイスは心の中で、卑しくもそう呟いて……更に、
(ふふっ。ルンはしーらないんだ! 実は、私は、こっそりと飛空艇の免許取得のために、教習所へと通っているのでした〜)
別にこっそりとしなくても。
というよりも、無免許で事故を起こしたことがバレたら、本試験の後に別室に呼ばれて誓約書を書かされますよ。たぶん……。
(いずれ、使えないルンと手切れして、イレーヌと組むというのも、ありかな……。へへっ!)
野心見え見えのレイスの含み笑いを、ルンに見せている。
だからルンは、えっ何? なんなのレイス? という疑念を――
「はい採用!! 採用で~す」
「イレーヌさん。あなたをチームの4人目のメンバーとして受け入れます♡」
レイスの鶴の一声が、ここアルテクロスの港に響いた――
「やっぱ、速決だよな……」
とルンは両手で頭を抱えて、アルテクロスの快晴の空を見上げた。
「うわ~、イレーヌさん。おめでとうございま~す!!」
パチパチ、パチパチと、アリアは拍手をしてイレーヌを見た。
――と、その後すぐに、アリアはレイスとルンの傍に歩み寄る。
「ねぇ〜? どうしてイレーヌさんをチームに入れようと速決したんですか? ……あ、やっぱりイレーヌさんが事情通だからですよね? 今の時代、優良な情報が無ければ、やっていくのも大変ですしね〜」
と……アリアは自分でそう納得した。
それに対して、残りの2人は顔を左右に思いっきり振って――
「だってさ! あの魔銃で撃たれたくないんだもん!!!」
ですって……。
「――あの、あらためてイレーヌです。これから、よろしく」
しおらしく、また深々と頭を下げるイレーヌだ。
それを見て、
「よかった……。イレーヌに私の魔銃恐怖症の呟きが聞こえていなくて……」
小さく独り言を呟いたレイスである。聞こえていたと思うけれどね。
そのレイス、ゆっくりと快晴のアルテクロスの空を見上げた――
(私が姫様ねぇ……)
彼女は旧市街の下水道で、寝泊まりしていた自分の過去を思い出していた――
あの時、私は生きていくのに必死だったっけ?
スリ、置引きなんてしちゃいけないって……分かっていたけれど。
それでも、私は生きたかったから……人様の食べ物を奪い取って食べていたっけ?
旧市街の裏路地で、それを食べていた時に、あの時も――こんな感じで太陽の光が私を照らしていた。
あの時と同じ太陽の光を――レイスは浴びている。
とても眩しい――
「……ウルスン村、世界を救うってねぇ。この私に、何ができるのかな??」
続く
この物語は、フィクションです。
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