第8話 これから反省会をはじめま~す……

「はいは~い。これから反省会をはじめま~す……」


 なんだか白けた口調でそう言ったのは……レイスであった。

 レイスは一応このチームのリーダーだったけ? だから仕切っている……。

 彼女、飛空艇の燃料である塩化ナトリウム――つまり塩。例のブツが山積みに置いてあるところで、そのブツに肩肘ついて……なんだか嫌々な感じで、独断で、反省会を進行していた。


「あのレイス? 嫌々だったらさ……。別に無理して反省会をしなくてもいいと思うんだけど……どうなのかな?」

 レイスに対して恐る恐る話し掛けるは、飛空艇の唯一の操縦士であるルン。



 ――現在、『飛空艇ノーチラスセブン』があるのは、アルテクロスの港である。

 その港に、飛空艇がなんとか無事に着陸できたのは奇跡だった。

 そりゃそうだ……。

 だって、レイスの無謀な操縦で、一時は最果ての大海原に墜落しかけて、今更ながら、どうして彼女に操縦させたんだって思うけれど。

 ……それは前回までの物語を読んでもらえれば、理解できると思います。


 ほんと、よく無事にアルテクロスの港まで帰れましたね……。



「なあ……レイスってば!」

「……ルン。……何よ?」

 ――そして、チームのリーダーと副リーダーが、無言でお互いを睨み合った。

 お互いを睨み合っても、今更、何も変わらないんだけどね。

 ……というよりも、あんな無謀な操縦で、無事にアルテクロスまで変えることが出来たんだから……今更、何を反省しようってのか?


「も~!! 一時はどうなることかと……。でも、みなさん無事にアルテクロスまで帰ることができて何よりですね」

 空を見上げて、アリアが解放感たっぷりにそう言ったら、

「……おい! うるさいアリア!! ちょっと、あんたは黙っていなさい」

 レイスからキリッとした鋭利な視線を向けられた……。

 なんか……怒ってるし。


「もうレイスさんってば、怖〜い」

 対して、相変わらずなアリアの天然口調である。

「まあまあ……落ち着きましょうよ」

 両手を開いて……じゃじゃ馬の如き血相のレイスを、アリアは宥めようと。

「もうレイスさんも、ルン君も……いいじゃないですか。反省会なんてしなくても、こうして無事にアルテクロスまで帰って来られてんですから」


「よくないわよ……」

「ああ、よくない……」

 ムスッとした表情のレイスとルン――

 アリアの気持ちをあっさりとスルーした。

 2人対峙している最中でも、ここだけは意見が一致する。



 ――それにしても、ここアルテクロスの街は、いつも平和なのだけれどねぇ。

 この飛空艇のメンバーを除いては……と書いておこう。


 ルンの飛空艇ノーチラスセブンが――そう! この飛空艇はルンのものである。

 そのルンの飛空艇が泊まってあるのは、アルテクロスの港の埠頭――といっても別に飛空艇が港に停泊している船のように、海面にプカプカと浮かんでいるわけではない。

 飛空艇とは、文字通り空を飛空する船である。

 だから、埠頭に泊まっていても、地上とか海面からある程度の高さを維持して浮いているのだ。


 港町アルテクロスは人が多い。

 だから――


 えっ、何なに? あの飛空艇って、最果ての大海原から戻って来られたんだってば。

 ええ……。最果ての大海原から……。よく戻って来られたもんよね……。


 とか。


 だって、最果てって言えば、あの積乱雲の嵐の先にある大海原でしょ?

 漁に出て行く飛空艇でも、あの積乱雲までは決して行かないし……。


 とかとか。


 ……何があったんだろうね? もしかして心中だったとか?

 ダメだって! もう、そんなこと言っちゃいけないってば!


 ……という具合に、埠頭でこの4人は、かなりの噂になっていた。まあ仕方ないか。



 この飛空艇、見るとかなり外観がボロボロで、それは勿論、無謀にも積乱雲を強行突破した影響なのだけど――

 それよりも、その積乱雲を越えたところから、まあ……なんとか無事に戻って来られた“奇跡の飛空艇”ってことで。

 ……ギャラリーがね。まあ、こ~んなにも集まってしまっているのであった。




 ――そんな野次馬をまったく気にすることはなく。

「大体! レイスが勝手に飛空艇を操縦したから、俺達、みんな危ない目にあったんじゃないか。だからレイス! みんなに謝れ」

 最初に切り出したのはルンである。

「はあ? 大体さ! ルンがこの飛空艇の設計図かなんかをさ! 忘れたことが原因なんじゃない? 忘れた飛空艇のスイッチをオンにするか否かって時に――あんた、この飛空艇とは別の説明書なんかを持ち出してきてさっ!」

 レイスは両手を“逆ハの字”に開いて、この男って使えないわね~ってな具合に、マハラジャの伝統舞踊のように動かした。

「あーだこーだって、散々悩んだ挙句に……結局どうしようかってルンが優柔不断だからさ!」

 すかさず右手の人差し指を彼に向ける!

「だからさ! 私がスイッチをオンにしてあげたんじゃない? ルン、私に感謝しなさいよ!」

 女の反論は終始感情的である……。


 おさらい。そのスイッチは飛空艇のトイレの照明でしたけどね……


「もう! レイスさんもルン君も、ケンカは止めてくださいって……」

 見兼ねたアリアが仲裁に入る。

「いいからアリアは黙ってて!! だいたいルンが先走ってさ」

「先走ったのは、レイス! お前じゃないか!!」

 二人の剣幕は、まるでRPGのボス戦である。

「だから、レイスさんもルン君も、ケンカは止めてくださいってば!」


「ケンカしてなーいって!!」

 レイスとルン。そろってアリアの方を向いて、これも声を揃えて言い放った。

(ケンカする程、仲が良いとな?)



 ――言っておくけれど、ギャラリーは相変わらず、あなた達を取り囲んで見ているからね。



「じゃあ、ルンって? 私の何が先走りなのよ? 飛空艇がエンストしたあの状況で、私が唯一、みんなをチームリーダーとして統率して引っ張ったんじゃない! リーダーの私は、リーダーとしての責任を果たしましたって」

「責任? お前がそれを言うか?」

「はいはい、言いますよ~」

 山積みされている塩の物の上で足を組み、腕も組んで、向けた顔の方向は黄昏れ方面……ツーンてな感じでそっぽを向くレイス。

 その姿を数秒間凝視したルンは、

「大体、お前! 何ができるんだ! リーダーリーダーって威張りたいだけだろ? 飛空艇の操縦は俺の担当、仕事の依頼探しはアリア! 残ったレイスよ、お前は何がしたいんだ?」

 猛烈な勢いで彼女を罵った!


「まあ、それほどでも~」

 頭をカキカキして照れているのはアリア……。君、少しは空気読んでよね。



「アリアってば、褒めてなーい!!」

 レイスとルン、同時である。



「よく聞け、レイス!」

 ルンは説教を続けた。

「誰が、お前を拾ってやったと思っているんだ? 思い出せよ」

「……な……何よ。ルン?」

 レイスは刹那、怯んでしまう。

「……アルテクロスの外れにある旧市街の下水道で、お前が暮らしていたころをさ! 俺が旧市街の売店で買った『華麗パン』をお前が横取りして、俺が追い掛けて、見つけた場所が下水道のお前の寝床……」

「……覚えて、いるわ……よ。ルン」

 レイスが言葉を詰まらせる。


 ――よく考えたら、ここまで誰もレイスがアルテロクスの御姫様だってことに、触れていないよね?

 まあ、見た目からしても、御姫様っていう感じじゃなくて『じゃじゃ馬』だからねぇ……。

 それに、なにかと自己中心的な考えだし、突っ走ったら『おてんば姫』だし……。


「あの時は……あ、ありがとう。ルン」

 組んでいた足を元に戻して、両手を膝の上に置いて恐縮するレイス。

「……覚えているか? スラムの頃のお前を」

 と言うと、ルンは空を見上げた……。



 雲一つなかった。遠くの方で翼竜系のモンスター『アーリマン』が飛んでいる――


「お前は……身体を震わせて声も細くて……」

 ここで、2人が出会った頃の回想シーンに入ります……。


 寝床にあったシーツを、サッと身にまとうレイス――

『……あの、お腹が空いていたのです。わ……私がした行為は、いけないことだとは分かっています。……でも、もう空腹が我慢できなかったのです」

 見かねた俺は、お前に――

『……ま、まあ、元々華麗パンは俺の好みじゃなかったし。よかったら食っていいよ……』


『はい……。もう食べ終わりましたけど……』

『……………そうか』


 下水道のお前の寝床――

 あんな不衛生の場所で、お前は必死に生き続けていたんだ――


『お前、名前は?』

『私はレイスです。ついでに孤児』

 さりげなく言ったよな、今――

『お前、ずっと……この下水道で暮らしているのか?』

『……うん。ゴホゴホ』

 レイスが咳き込む。


「お……お前、大丈夫か?」

 ルンが寄り添いレイスの背中を摩った――

『私、持病の喘息持ちでして……』

 こんな下水道で暮らしていたら、そりゃ身体壊すだろう。


 俺はそう思ったけ?


『でもね。もう……どこにも行く当ても、何もなくって……』


(チラッ……)


 レイスはシーツの隙間から、ルンの顔を伺う。

 対して、ルンはその視線に気が付かない。

『……俺は、ノーチラスセブンっていう飛空艇の操縦士なんだけどさ……。まあ、そろそろ助手が……欲しかったんだ……』


(チラッ……)


『だからさ……まあ、なんて言うかな』

 俺が言い出すまでもなく……お前はすぐに!

『はい! ルン様!! どこまでも、どこまで~も、お供します!!』

 

 俺達は、ガチっと硬い握手を交わして――


『……私も今日から飛空艇乗りになります! よろしく!』

『ああ……こちらこそよろしく! レイス……』


『アーリマン』はどこかへと飛び去って行った――



「……んで、そのお供しますのお前が、何で今はチームリーダーやってんだよ? 俺がお前を拾ってやったから、今のお前があるんじゃないのかな? そうは思わないか? レイス!」

 回想シーン終わりましたよ―――


「……な、懐かしいな~。でも過去は過去! それはそれ、これはこれから!」

 レイスにとっては、すでに思い出になっているんだね……。

「でもまあ……あの時のことは、感謝してるんだからね! ほんと! ほんとにね!!」

 両手を合わせて合掌――次に一礼して、感謝の念をジェスチャーした。

「……でも、そんな過去のこと、今言わなくてもいいじゃないって、ルン!」

 と言うなり、ニコリと笑ったレイス。……でも、その表情はちょっと引きつっている。

「……そんなで済ます気か? お前スラムの時、苦労を重ねてきたんだろが?」

 見上げていた顔を、山積みされている塩の物の上に座っているレイスに向けて言った。


「……塩だけに、水に流せば綺麗さっぱりと……ね!! ルン!!」

「こいつ、どついたろか……」

 睨み付けていたルンの視線は……更に怒りを増して――



「……その話は、もういいってばルン! あんた卑怯よ! 私の泣き所のエピソードを持ち出すなんって!!」

 とかなんとか言いながら……レイスはサッと足元に置いてあった例のブツ――つまり塩の袋を一つ手に取る。

 そして、それを――


 エイッ!


 ――と掛け声と同時に、ルンへと投げ付けた!


 そしたらルンは、その投げ付けられた塩の袋を、ひょいとあっさり避けた……。

「お前、それ投げるか? どこまで居直る気なんだ??」

「……し、知らないってば!」



 塩の袋は飛んでいる――

 そして、それを見事に片手でキャッチしたのは、イレーヌだった。



 ナイスキャッチ!!





 続く


 この物語は、フィクションです。

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