第6話 今日もここアルテクロスの街は平和である。
「だから、このスイッチをオンにだよね?」
「知らないってば!!」
――レイスとルンは、まだ揉めていた。
飛空艇を飛ばすための最終的な手段、レイスとルンの目の前にあるスイッチをオンにするか? それとも、このままオフにするか……に係っている。
「ああ、綺麗ですね~。この大海原は」
一方、アリアが飛空艇の窓の外を見てそう言った。こいつは本物の天然だ……。
「もう! このスイッチをオンにしましょうよ」
レイスがルンに詰め寄った。
「たぶん……この手引書に書かれている……分らん」
とルン。
「もう! 分からないって、あんたの飛空艇でしょう?」
「そうなのだけれどさ。俺、手引書を見たのは、今日が初めてなんだ……」
「……最低だ」
レイスは……心底、嘆いた。
――いや、もとはと言えば、あんたが無理やり飛空艇を操縦した結果でしょうが!!
「どうしよう?」
「どうしようか?」
現状は何も変わっていない……。
「……だから、おまえら撃つぞ! この魔銃に当たったらかなり痛いんだからな!」
「も~イレーヌさんも、私達の飛空艇のために協力してくださいよ……」
天然は最強だぞ!
自分達に銃口を向けているイレーヌに、アリアは何も考えずに彼女へ駆け寄ってそう言った。
「だから! 俺のノーチラスセブン!」
このような状況でも、ルンの飛空艇に対するプライドは健全だった。
「だから、やめてルンってば! 私達さっさと飛空艇を修理しないと、このまま本当に……この大海原の魔獣の……」
「も~って! だから、しゃーないじゃん? 俺にはどうすることも……」
「もう、はい!! もうスイッチオンするよ!!! いいね? 恨みっこ無しだかんね!!」
レイス、ルンのもごもごした口調というか、その態度に等々とうとうキレた。
だからさ、あんたがこの飛空艇を無理矢理操縦した結果でしょ!
「俺、知らないからな?」
「わ、私だって知らないわよ!!」
だったらスイッチを……いっそのこと! ということで、レイスが持ち前の勢いで……
……まあキレてだけど。
目の前のスイッチを、とうとうオンにしたのだ!!
カチッ…… カチッ…… カチッ カチッ…… …… … …
「……あれ??」
――レイス、しきりに目の前にあるスイッチを、オンにしたりオフにしたり……カチッ、カチッっという具合に繰り返している。
けれど……、
「おいどうした?」
ルンが疑問に思って、レイスに聞いた。
カチッ…… カチッ……
「あれれ?」
レイスが、何度もスイッチをオンにしたりオフにしたり。
本来だったら、ここで飛空艇のエンジンが息を吹き返して、「ああ、良かった! さあ、私達の冒険を続けていきましょう!」という感じでハッピーエンド。になるはずなんだけど……。
ぴっかん…… ぴっかん……
――このスイッチを、レイスがさっきからカチッ、カチッって、オンとオフを繰り返しているのだけれど。
その度に、4人全員がいるこの部屋の奥にある小部屋の――その扉の小窓越しに『ピカッ! ピカッ!』って鮮やかなオレンジ色の光が、付いたり消えたりを繰り返している。
――あの光ってなんだろ?
ルン、レイス、アリア、イレーヌの四人、一緒にその付いたり消えたりしているオレンジ色を見つめていた。
ピッカン! ピッカン!
レイスのスイッチのオンとオフは続いていて……。
……で、しばらくしてルンが、
「……あれLEDだ。LEDの光だ。へえ~、今のLEDってこんなに鮮やかに光るんだ……」
いやいや、そういう話じゃないでしょ?
「ルン……。あの小部屋ってさ」
「ああ……。あの小部屋って」
「だよね?」
「……だよな」
どうやら、ルンとレイスのスイッチのオンとオフについての考え――答えは一致したみたいだ。
……だから、2人同時に。
「これって、飛空艇のトイレのスイッチかいな!!!!」
「あの~? どうしたんですか?」
アリアが2人の間から顔を覗かせて聞いてくる。
「このスイッチをオンにすれば、飛空艇が直るんだよね、ルン?」
「ああ……手引書にはそう書いてあるけれど……。あっ、これ別の飛空艇の手引書だった……」
「ふう……」
三人一緒に、一呼吸して、深呼吸して…………
「おい! 今、どういう状況だ。言わないと撃つぞ!」
火山が噴火するかの如く、イレーヌが声を荒げて三人に聞く!
「いや、撃つぞって言われても、私達を撃ってもイレーヌさん? あなたも、この飛空艇が墜落したら助からないんですけれど……」
レイスが淡々と至極当然の見解をイレーヌに教えた。続いて、
「大体さ、あんた飛空艇を操縦できないんでしょ? できたらできたでいいのだけど。……じゃあ、イレーヌはこの飛空艇を修理できるの?」
ルンも淡々と至極当然の質問を、イレーヌに聞いた。
「…………」
イレーヌは、何も言い返せなかった。
「まあまあ、みなさん落ち着きましょうよ。ね!!」
アリアが元気溌剌に、みんなを励まそうと喋る。
「落ち着きましょうよって……落ち付いてたら、この飛空艇墜落するんだからね!!!」
しかし、レイスからアリアへの核心的ツッコミがきたのだった!!
「……ていうかさ、この飛空艇が墜落する原因は、一体なんなんだ?」
三人に向けていた魔銃を下ろして、イレーヌが半ば半分、墜落諦めモードで聞いた。
「ね……燃料がね」
それにレイスが答えた。
「……もともと急発進で、事前の準備もメンテナンスも……繰り上げて飛んじゃったもんだから、だから、もともと、この飛空艇には燃料が足りなかったんです」
飛空艇の墜落を覚悟したのか? それとも開き直りなのか?
操縦の時から一転、レイスが自分達が乗っている飛空艇の問題点をイレーヌに言った。
「だって! ……アリアが急ぎの用だからっていうから、それにルンが……依頼書の追伸のところを見て、それはそれは嬉しそうな表情でね……よし! 早く行こうって。ルンが私達を強引に飛空艇へ乗り込ませて……」
レイスが、ゆっくりとルンに視線を向けた。
「おいレイス? チームリーダーのお前、ルンへの依頼は私のものとか言ってたよな?」
「言ってません……」
「ウ……あからさまなウソつくなって!」
「だから、言ってないってば!!」
飛空艇が墜落するっていうこの状況で、またしても、ルンとレイスの責任の押し付け合いである――
チームリーダーって威勢よく仕切ってたくせに、いざ飛空艇がトラブルと人のせいにする。
チームリーダーなのに責任転嫁して責任逃れを続けるレイスであった。
……でもね。
無免許運転を放置したこの飛空艇の所有者であるルン。君にも法的責任が発生するのだからな。
――気を取り直して。
「お、おい! 燃料って、どういいことだ??」
イレーヌが、小さく叫んだ。
「……だからね。この飛空艇には予備の燃料があるタンクが積んでいて、それを、このスイッチでオンにすれば……。……その予備タンクから燃料をドバ~ッと流して、ガス欠を防ぐことがね……できたんだけど」
「だけど?」
レイスの説明にイレーヌがさらに迫る。
「……そのスイッチがね」
カチッ、カチッ。
またも目の前の壁にあるスイッチをオン、オフしたら……やっぱり隣の小部屋の、トイレのLEDの明かりが、ピカッ、ピカッってな具合に光った。
「あ~あ。こんなことになるなら……」
レイスがスイッチから指を放す。
「……こんなことになるなら、もっとアルテクロスの市場で『塩化ナトリウム』を買い置きしときゃよかった……」
レイスは、へしゃぎこんでボソボソっと呟いた。
「塩化ナトリウムなんてアルテクロスじゃあさ……いつでも手に入ると高を括っていたけれど。それが裏目になっちゃったんだな」
同じく。へしゃぎこんで言ったのは、ルンだった。
「まあまあ、みなさん。……落ち着きましょうよ?」
「だからさ! 落ち着いてたら墜落するんですよ! アリア!!」
レイスとルンが声を揃えて、アリアにツッコミを入れた。
「塩化ナトリウム? それって『塩』だよな? ……つまりこれか? このブツのことだよな?」
――このアルテクロスがある世界では塩、つまり塩化ナトリウムと水を反応させて、エネルギーを得ることができる。
詳しい原理は分からないと言っておこう。
だって、ここは『異世界』なんだもん。異世界には異世界の科学があるのだよ。
……で、その反応後にできるのは確か二酸化炭素とか水素とか?
一体どういう原理なのかって、あなたは考えているのだろうけれど、この異世界のエネルギーって、異世界に優しいクリーンエネルギーなんですね。羨ましい。
飛空艇が墜落するという極限状態の中で、それを解決するためにスイッチをオンにすればいいのかどうか?
怪しい依頼書を引き受けて。怪しい場所で怪しい人と会って。
魔銃で脅されて……怪しいブツがあって。
勇気をもってスイッチをオンにしてみたら、でもダメだった。
でも……、ここからはネタバレです。
イレーヌが飛空艇に持ち運ばせたブツは、実は塩化ナトリウム。つまり塩だった。
彼女はその塩を、サロニアム・キャピタルという、この世界の首都――アルテクロスとは、まったく別の帝国なのだけれど。
アルテクロスの離れた山の上の電波塔から、ずーっと離れたその首都へと、飛空艇に積ませた塩を飛空艇で運ばせようとしていたのだ。
――首都のサロニアム・キャピタルは、海から遠い内陸にある首都である。
海から遠いということは、海産物の調達に苦労する。
それよりも、ずっと内陸では塩の調達が困難なのである。
これがサロニアム・キャピタルにとっては急所――死活問題なのである。
塩がないと、ご飯は美味しくないからね!
では、イレーヌが手に持っていた魔銃は?
実はこれ、護身用の魔銃である。
イレーヌも、とある依頼書で電波塔まで来て、ルンやレイスやアリアと出会って……要するにサロニアム・キャピタルは、アルテクロスから塩を密輸していたのであった。
つまり、イレーヌは塩の密輸の仲介人なのであった。
じゃあ400万ギルの話って?
これも簡単!
イレーヌは正真正銘の保険屋なのである。
そして、本当にアリアの弟が空の駅の万屋で、ガシャーンってやっちゃったことは事実なのであった。
――イレーヌは保険屋としての職責を、しっかりとはたしていただけである。
冒険者が集うお店の依頼書は、本当にアリアの弟からの依頼だった。
イレーヌの“表ジョブ”が保険屋であるならば、“裏ジョブ”が仲介人ということになる。
ということでして――四人は九死に一生を得られました!
「さあ、みんな!! この塩化ナトリウムを、俺の飛空艇ノーチラスセブンの火室へ!!」
と、ルン。
「そう!! この塩化ナトリウムをここにね。で、その後の操縦は私にまかせて!!」
と、レイス。
「わ~!! 私達これで助かるんですよね~。あっ、そうだ弟に連絡しとかなきゃ」
と、アリア。
「……いけるのか? こんな簡単なことで?」
と、最後に言ったのはイレーヌだった。
みんなで手分けして、イレーヌが運ぶ予定だった塩を、飛空艇ノーチラスセブンの燃料タンクへと急ぎ注ぐ――
なんか、解決方法が分かったら、急に仲良くなったような四人ですね。
……んで、その後、この四人がどうなったか知りたいですか?
助かったのか? 助からなかったのか??
それはねぇ――
『聖剣士リヴァイア物語』始まりましたよ!!
修道士見習いリヴァイア・レ・クリスタリア――
彼女が青春時代を生きた1000年後の世界――港町アルテクロス
今日も今日とて……せっせと依頼をこなしているレイス・ルン・アリアと、イレーヌ
レイス・ラ・クリスタリア――幼名をチェリーレイス、我が最愛の妹
二人が出逢うのは……まだまだ、先のことになるけれどね
続く
この物語は、フィクションです。
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