第5話 このスイッチだよね? 助かるんだよね??

「はい! 昔話はこれでおしまいですよ」

 と……相変わらず天然なアリアだ。


「おい、アリア。ご丁寧な昔話をどうもな」

「……アリアさあ、ほんと説明するのが丁寧でさ、いつも私、感心してるんだから。あ、ありがとね」

 とは建前で……本当は呆れているルンとレイス。

 なんとかは死ななきゃ治らないとは、昔の人はいいことを言ったもんだ(ちょっと言い過ぎましたね)。


 アリアはただ、周囲の人から言われるがままに、自分が知っていることを答えているだけである。

 そして、アリアはそれが周囲の人に対しての礼儀である……というような気持で、自分なりの誠実心で周囲にいる人へ話しているだけなのだ。

 ――自分が軽々と依頼書を引き受けて、その結果この飛空艇内のこの状況を、アリアは自分なりの誠実さを見せることで、彼女なりに、この状況を打破しようと……思っていた。



 ――とまあ。

 ようやく話が見えてきた。要するに、こういうことである。


 電波塔の上の方にあるボイラー室のような部屋で、イレーヌはブツを生成していた。

 イレーヌは、本当は振り込め詐欺のようなことをして、アリアのような天然から400万ギルをもらって満足するような……まあ、それも目的の一つなんだろうけれど。

 彼女の本当の目的は、電波塔に飛空艇を呼び寄せることだった。

 電波塔に飛空艇を呼び寄せて、彼女が用意していたブツを、その飛空艇で強引に運ばせることが目的だったのだ。

 つまり、運び屋が欲しかったのだ。


 イレーヌからすれば、あんなバレバレな依頼書で、簡単に引っ掛かる相手を探していたのだろう。

 その方が、ブツ運びに利用しやすい道具として安心だからである。

 そいつらを脅迫して、上手い具合に運び屋にさせようという根端だったのである。


 ……でもね、これが上手くいかなかったんだなよ。

 覚えていますか? アリアが押したスイッチのことを。

 アリアがポチッと押したスイッチのせいで、電波塔はオーバーワークして大爆破してしまったのです。


 えっ? ボタンひとつで壊れるの?


 電波塔ってそれくらいのことじゃ、ビクともしないはずでしょ? あなたは思ったでしょう?

 それは違います。


 真夏日に自動販売機で、冷た~いペットボトルのお茶を購入しようとボタンを押したら、間違って、ホットな缶コーヒーが出てきたみたいに。

 戦略ゲームで例えれば、戦略上の重要拠点にある都市を[占領]しようと思ってボタンを押したら、間違って[待機]のボタンを押したようなものです(これは作者の経験です……)。




 ゴゴゴゴゴ…… (電波塔が崩れる効果音です)


「レイス! さっさと飛空艇に乗り込め! もうここはダメだ!」

 ルンがレイスの腕を強引に引っ張りながら言った。

「ちょ、ちょっと待ってってば! ルンって!」

 レイス、引っ張られている腕に、思わず体が前のめりになってコケそうになった。


「ねえ~! イレーヌさんも、はやく避難しましょう」

「ちょっとアリア? どうしてイレーヌを?」

「ええ~? だって、このままじゃイレーヌさん、死んじゃうじゃないですか!」

 ブツにしがみ付きながら、どうしよう? どうしようとテンバッて――辺りをキョロキョロしているイレーヌに、本当にお人好しなアリア。それとも敵に塩を送る勇気なのか?

 天然の良さ? が、ここで発揮した。


 ズゴゴゴゴ……


 ……崩れる電波塔。

「ちょっとルンどいてって! あたしが操縦するから」

 ルンが握っていた飛空艇の舵を、強引に突き飛ばしたレイス。

「おいレイス! この飛空艇は俺の飛空艇ノーチラスセブンだ! 軽々しく触るなって!」

 そんなに操縦したいのなら、免許センターに行こうよ……。


「さあイレーヌさん。早く私達の飛空艇に乗ってください」

 まだ混乱しているイレーヌ、彼女の背中を押して飛空艇の中へと入れるアリア。

「アリア! 私達の飛空艇じゃない。俺のノーチラスセブンだ!!」

 ルンのプライドである。……電波塔が崩れていくこの状況でも、健在である。


 ズゴゴゴゴン……


「……このクラッチを踏んで、そしてギアをハイにして」

「違うってレイス!! ギアは最初はローだから。その状態でアクセル踏んだらエンストだ!!!」

 ルンとレイス、君達は仮免許取得前の教官と生徒か?

「レイス! お前は飛空艇の免許を持ってないんだから。早く舵を俺に代われ!!」

「大丈夫……。免許持ってなくても勢いで、ここは私が仕切らないと、チームリーダーとして」

 意味が分からないって。

「だいたい、俺はお前をリーダーに認めていないから!」

「うるさいって!! いまエンジンブレーキをはずそうとしているんだから! 集中!!」

 本来だったら、飛び立った飛空艇から崩れゆく電波塔を見て、そこにイレーヌが立っていて……、さようならという具合に小さくなっていくイレーヌを見つめながら――エンディング。


 しかし、そうならないのがこの物語である。(こっちのほうが面白いからね!)


 ズゴゴゴゴンゴン……?


「あたしのブツが……」

 部屋の奥にあるブツをイレーヌが、飛空艇の搭乗口からブツブツと言っている。

「イレーヌさん! しっかりとあのブツは後で飛空艇に乗せますから、安心してください」

 アリアが搭乗口に立つイレーヌの傍に来て、イレーヌの心配事を優しい口調でそう説得。

 ……いやいや、あのブツって、このまま電波塔の崩壊と一緒に消えてくれた方が、アルテクロスの平和になると思うんだけど。


「……ほんと? でも、どうやって運ぶの?」

 死んだ魚の目のようだったイレーヌのその目、アリアのその言葉を聞いた瞬間にキラキラと。

「これです! この飛空艇に常駐してあるドローンです!!」

 じゃじゃーん!! な感じでアリアは飛空艇の室内、自分達が立っている搭乗口のすぐ後ろをイレーヌに見せて……そこにあったのは4台のドローン。

「いやだから、この飛空艇って俺のノーチラスセブンだって!」

 さっきまで操縦室の舵の奪い合いをしていたはずのルン。

 ――なぜか今、アリアとイレーヌ立っているすぐ後ろにいた。


 ズゴゴゴンゴンタ……??


「いや~ん。ルン君って怖~い」

「お前の天然ぶりの方が怖いぞ!」

 どうしてこの人達は、いつも、もめているのだろう? もう電波塔崩れるよ、早く飛空艇で飛び立たないと。

「あれれ~?? ルン君? このドローンって、私の私費で買ったドローンってことを忘れたんですか?」


 ギクッ!!


 貧乏ひまなし、金持ち喧嘩せず。


 ……ルンは忘れてました。

 いつもいつも、冒険者達が集うお店から、あとスポンサーとしての俺の飛空艇ノーチラスセブンへの修繕費のお心遣い。

「アリアさま。あなたのお心遣い誠に感謝しております」

「うん! 分かればよろしい」

 ペコリと頭を下げてそう言ったルン。

 対してアリアの威厳な態度。アリアってどこぞの金持ちのお嬢様なのか?


 アリアが“私費”で買ったドローンが、イレーヌのブツを飛空艇へと運び、ルンが4人が飛空艇に乗ったのを確認して搭乗口を閉めて……4人全員が操縦室に揃った。

 さあ、崩れ行く電波塔から脱出を……。しかし、

「ちょ、ちょっとさルン? 半クラッチってどうすればいいの? 私オートマチック世代だから!!!」

 この飛空艇ってマニュアル使用だったんだ。

「まず、クラッチを思いっきり踏んだ状態でアクセルをブォーンと、で、ある程度、飛空艇が加速しだしたら左足のクラッチをちょっとだけ力を緩めて足を上げて、その時にギアをローから2速へ切り替える。これが半クラだ!」

 丁寧に説明するよりも、ルンが飛空艇を操縦したほうが早いんじゃね?


「え~? わかんないってば~?? ルンって!!」


「だからさ、ここをこうして」

「こうしてって……、あ~あ、こういう時に飛空艇を自動操縦してくれるAIロボットがいてくれたらな~」

「ほんとに、いてくれたらね~」

「ほんとに、なぁ……」

 ルン、レイス、アリア、イレーヌがそう言って、んでさ、そんでもって全員で。



「AIロボットなんって、高くて買えるかーー!! でもでも、たすけてーー」


 アホか? こいつら……



 ――積乱雲を抜けると、そこには水平線までだだっ広い海原があった。

 水没した世界といっては大げさか? 所どころに島々が見えるだけの大海原である。

 平和なアルテクロスの街を越えて、崩れた電波塔を越えて、まるで“水の惑星“のような風景が飛空艇の目下に続いている……。


「……もしかして、私があの電波塔でスイッチをオンにしたから、こうなったんでしょうか?」

 今更ながら……目をウルウルさせてアリアが喋った。

 はいそうです。……とは誰も言わなかった。

 今、飛空艇に乗っている四人にとって、最も重大なアクシデントが発生しているからだ。

「あっ、あたしが無理矢理この飛空艇を操縦したから……、だからこうなったのかな?」

 レイスが言った。はいそうです。

「俺の飛空艇、俺のノーチラスセブン……。いくら簡単に報酬が貰えるからって、こんな依頼易々と引き受けるんじゃなかった。電波塔まで人を運ぶまではいいとしても。その帰りにさ……いくらリーダーといってもレイスにさ、でも依頼を受けるのはいいとしても、やっぱレイスに飛空艇を操縦させちゃいけなかったんだな」

 はいそうですよ。

「……って! なんで、あたしがこんな目に遭わなきゃいけないんだ? あたしは、こいつらの飛空艇にブツを乗せて、こいつらに目的地を教えて。そしてさ、無事にブツを届けて、さよならする手筈だったのに……」


 ルンとレイス、アリアとイレーヌ――

 四人とも、何かしら自分達の思いを思い出していた。悔やんでいた。



「おい! 偽の保険屋!! 全部お前のせいでこうなったんだぞ!」

 ルンがイレーヌに突っ掛かった。

「はあ? どうして私が悪いのですか。私は保険屋としての職責を果たしていたじゃないですか?」

「ウソをつけ! お前は大うそつきだ!!!」

「はあ? 何がですか??」

 詐欺師特有の知らぬ存ぜぬという会話で、ルンの言葉を避けようとするイレーヌだった。

「いい加減にしろよ! お前!!」

「だから何かですか?」


「やめてって、ルン!!」

 ルンの拳がってところで、レイスは両手でルンを止めた。

「もうレイスさんもルン君も、そしてイレーヌさんも落ち着いてくださいよ。今は喧嘩している場合じゃないでしょ?」

 天然って裏を返せば、こんなにも頼もしいのか?

「私達、勢いよく電波塔から飛空艇で全員脱出できたのは良かったです。けれど、あ~見渡す限り海ですね」

 アリアは小さな丸い窓枠を覗いて、目下の大海原を見つめて……、

「レイスさんが無茶な操縦をしたせいで、この飛空艇も変になってポンコツになってしまって、こ~んな海じゃどこにも不時着できませんし。私達って、このままこの大海原の中で彷徨って、シュブ~ン、シュブ~ンって……プロペラも力尽き。飛空艇の燃料も尽きて……そんでもって、魔獣のエサになって、私達の人生は……」

 両手を合掌、深く目を閉じてボソボソと祈りの言葉のようにアリア。




「ならなーい!!!」




 アリアの天然発言を、残りの三人が全否定した!!!

「だから、さっさと飛空艇を直せって。さもないと、この魔銃でお前らを!」

 イレーヌが、とうとうキレてきた。

「だからさ! さっきから私達、ずっとこの飛空艇を直そうってね、頑張っているんですってばっ」

「ああ。そうだぞ!」

 レイスとルンが言う。


「……じゃあ……なんとかしろ」


 イレーヌは三人に向けていた魔銃を向けるのを止めて、銃口を床下へと下した。

 自分がここで三人に発砲しても……飛空艇のこの現状、どうしようもないってことくらいは理解している。



「……だから、このスイッチをオンにしてもいいんだよね? ルン」


「……だからさ、わからないってば! レイスって」




 ――説明しよう!


 今、この飛空艇は、墜落の途中である。

 この飛空艇を修理できるのはレイスとルンである。今、それを必死に行っている。

 しかし、ここで忘れてはいけないことがある。

 この飛空艇にはイレーヌが無理矢理積み込ませたブツがある。どこをどう見てもこれヤバイでしょっていうブツである。


 で、もう一度。

 この飛空艇は墜落の途中、それを回避するためにレイスとルンが飛空艇を修理すれば、多分、なんとか自分達が住んでいるアルテクロスの街へは……なんとか帰還する ことができるのだろう。

 しかしだ、そうならない要因がイレーヌの存在である。


 この飛空艇には、イレーヌがつませた例のブツがあるから。


 イレーヌはそれをこの飛空艇を使って、どこかに運ばせたい計画である(どこかはわからないけれど)。

 ……そうすると飛空艇が修理できれば、結果的にイレーヌのブツを運ぶ手助けをすることになる。させられる。


 なぜなら、そのイレーヌの手には魔銃を持っていて、つまり、いつでも残りの三人を消すことができるのだ。あれ撃たれたら、かなり痛いよね。


 そもそも、事の始まりはイレーヌに接触しようとしたアリアである。

 アリアが弟のために400万ギルを用意して、それをイレーヌが待っていた電波塔へと行くために、指定されたように飛空艇を使ってそこへ向かった。

 騙されているんですけどね……。


 アリアはそれに気がつかずにお金を渡して、そんで聞かなかったらいいのに、余計な質問をしてイレーヌをキレさせてしまって、更には、電波塔のボイラー室のような部屋で、押さなきゃよかったのにスイッチをオンにしてしまって。

 乗せなかったらよかったのに、飛空艇にイレーヌを乗せてしまった。


 レイスは飛空艇の免許を持っていないのに、私がチームのリーダーだからという勢いで飛空艇を操縦して、今このザマである。

 ルンは依頼書のお礼に釣られて、いや引っ掛かってしまって……このザマなのだ。



 飛空艇が無事に修理をおえたらどうなるか?

 イレーヌの指示通り、例のブツを運ばされて目的地へ行くのだろう。

 そんでもって、三人は証拠隠滅で消されるだろう。

 じゃあ修理しなければどうなるのか? 待っているのは墜落である。


 レイスとルンとアリア、イレーヌという相関関係。

 飛空艇を操縦できるのはルンだけ、しかしイレーヌは魔銃を持っている。

これがこの物語の現在の構図である――



 あなただったら、どうしますか?





続く


この物語は、フィクションです。

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