第4話 いや、そのスイッチじゃないよ……

「……あのさ、早く修理して欲しいんだけど? あんたら、さっきから何揉めてるの?」

 飛空艇墜落のこの状況であっても鉄の女? のごとく冷静沈着な女性が、実はこの飛空艇には乗っている。


「あたし、さっさと貰うもの貰って、うちに帰りたいから。……なんで、あたしを巻き込む?」

 言葉攻めのような口調のその女性。更に、

「もしかして、これ帰れないんじゃない? ……とか言わないでちょうだいよね」

 半分キレかかった口調で、ルンとレイスとアリアの三人にそう言葉攻めしてくるのは、イレーヌ(女性)である。このイレーヌ、依頼書に書いてあった保険屋――その人である。



「ふう……」



 そのイレーヌも、一呼吸して深呼吸して……。

 これで聖剣士リヴァイア物語の、メインキャラクターの4人組が揃った――

(リヴァイアの登場は、もうちょっと先になります)


 飛空艇のリーダーは、操縦できないレイス。

 その補佐をするのは、この飛空艇の持ち主で操縦できるルン。

 この二人は修理も担当している。

 アリアは冒険者達が集うお店で依頼書を見たり、他の冒険者達から情報を得たりして、仕事を探してくる役だ。


 そして、イレーヌはというと……



「ねえ? ルン。あの人どうしよう?」

 レイスがイレーヌのいる方を向いて、ひそひそとルンに話し掛けた。

 イレーヌは飛空艇の中のルンとレイスとアリアがいる……物置みたいな、工具なんかが散らかってある動力室の、その奥の壁のスイッチがあるところから……数メートル離れた鉄筋の柱に、背中をあずけて立ったままで、三人を睨み付けている。

「だいたい、なんで、あの人が飛空艇に乗っているんだ?」

 ルンはひそひそとレイスにそう言うと、イレーヌがいる方を向いて彼女を見た。


「もう! しょうがないじゃないですか! だって、あの状況で彼女を放ったらかしにしていたら、電波塔と一緒に崩れて彼女、死んじゃっていたんですよ。人助けですって!!」

 ひそひそと会話しているルンとレイスに、アリアが割って入る。

 あのさ、イレーヌってアリアを騙そうした、振り込め詐欺の受け取り役の保険屋じゃん?


「ちょっとさ! さっきからあたしの方をジロジロ見てさ。なんか、ゴチャゴチャ何か言ってるようだけど。そんなの、ど~でもいいからさ。さっさとあたしを家に帰してくれませんか? ねえ!」

 キッと3人を睨み付けるイレーヌ。


 ――そんでもって、事態は最悪な展開に。


「あたしが持っているこの武器、ちゃーんと見えているよね?」

 イレーヌがそう言って左手でダラーンと、ブラーンと持っているものは……どこをどう見ても武器。しかも飛び道具である。

「あたしの魔銃、あたったら痛いどころじゃすまないよー。片腕や片足なんて、簡単にこの魔銃で蒸発できちゃうんだからさ」

 イレーヌは持っている魔銃をヒョイヒョイと、母が赤ん坊をあやすように? 三人に見せ付けた。


「あの武器はヤバいだろ……」

「ヤバいよね……」

「私、まだ死にたくないです……」

 三人は、当然ビビっちゃってる。


「それにしても、あいつはこの状況を理解しているのか?」

 ルンが言う。

「飛空艇が墜落するっていうこの状況で、あいつは何がしたいんだ?」

 ルンが続けてそう言うと、

「どうするんだって言われても……魔銃を持っているんだから、勝てるわけないじゃない……。あれに撃たれたら死んじゃうんだからね」

 とレイスが言った。お互いひそひそと。


「だいたいさ……、何でこうなったんだ?」

 ルンは飛空艇の修理とイレーヌの魔銃の板挟みのこの状況、スイッチと魔銃のそれぞれをキョロキョロ見比べてレイスに呟く。

「はいは~い! それは私が説明します!」

 自分を振り込め詐欺で騙そうとした保険屋のイレーヌを、アリアが電波塔が崩れて彼女が死にそうになったところを助けて、四人が飛空艇に避難して飛び立って――

 でも今、こうして魔銃の銃口を向けられて、どうしてそんなにハイテンションな感じで喋ることができるかな? 空気が読めていないのかな?


「昔むか~し、あるところに電波塔がありました!」

(やっぱり。彼女は天然なんだ)



 ――数時間前のことである。


「ああっ! もしかして保険屋のイレーヌさんですか?」

 飛空艇だったら山の上の電波塔までひとっ飛び! んで、屋上の飛空艇ポート。

 まだ、ビュンビュンとプロペラが回り続けている中、乱れるヘアースタイルを手で押さえながら、飛空艇から降りてきたアリア。

 数メートル向こうにいた保険屋のイレーヌさんに、ビュンビュンという飛空艇の羽音で、自分の声をかき消されないように気をつけながら、かなり大声でイレーヌにそう言った。


「これはこれは! どうもアリアさんですよね? お待ちしておりました!!!」

 こちらも飛空艇の羽音のビュンビュンに負けないくらいな大声で、アリアに話し掛けた。

「あなたの弟様からの御依頼で、現在、空の駅の万屋との示談交渉をしている保険屋のイレーヌと申します!!!」

 ビュンビュンの飛空艇の羽音に負けず大声で、しかし、誠実な口調でアリアにそう話し掛けた。

「さっそくです。どうぞこちらに!!」

 イレーヌがアリアの肩に手を乗せて、どこかへと案内する。


 続いて飛空艇から降りてきたルンとレイス――

 イレーヌとアリアが一緒に向かっている方向を見て、お互いの顔をしばらく見つめて……彼女達の後をついて行った。



 ――イレーヌとアリアが向かったところは、飛空艇ポートから階段を下りてすぐの階にある一室であった。


 一室と言っても、なんかボイラー室のような辺りには、ブォンブォンと不気味な機械音が響いている。

 見ると……なんだかよく分からない機械が動いていている一室で、かなり不気味な部屋であった。

「さっそくですが? お金400万ギルは持ってきてくれましたか?」

「はい! 勿論ですよ!!」

 アリアはそう言って、自分のカバンから400万ギルを、札束4つを取り出して、この部屋の真ん中にあるテーブルへと置いた。

「これ弟に渡してください。これで弟も安心だと思います」

 アリアは手に持っていた400万ギルの札束をイレーヌに手渡した。

「ああっ! 良かったです!! これで弟様も安心だと思いますよ」

 イレーヌ、ニッコリと笑顔。


 ……そして、早速、そのお金を自分のカバンの中に入れようと札束に手を伸ばして……。

 この人、内心何を思っているのだろう? 詐欺師の笑顔って、結局は作り笑顔。詐欺師なりの営業スマイル?

(不倫会見や離婚会見で、笑顔になっている女性タレントと同じ心理状態?)

 もうこれ……バレずにいけるんじゃね? という、後少しで中ボス倒せます感の気持ちのように……。


「……ところで聞いてもいいですか?」

「……はい、なんでしょうか?」


 400万ギルをカバンの中に入れようとしているイレーヌに、アリアが質問した。

「どうして、この電波塔をお金の受け渡し場所に指定したのですか?」

「……と言いますと?」

「お金を渡すなら別に手渡しじゃなくても、銀行振り込みがあるじゃないですか? あっちの方が便利だと思うんですけど? ねえ、どうしてですか?」


 ギクッ!!


「……まあ、先方の万屋の店長がですね」

 イレーヌ、両手を合わせ指をマユマユと指遊びな感じで、どうやら緊張している様子。

「私どもは、今回の飛空艇の事故に関しまして、なるべくは大事にしたくはないのですよ。……万屋の親会社との関係もございますから」

「……はあ、それで?」

「要するに世間体といいますか、評判といいますか」

 指を……まだマユマユとさせているイレーヌ。

「ひょうばん? 誰の?」

 アリアの天然発言が詐欺師に効いているのか?

「……まあ、私どもは見た目は派手で繁盛しているようには……見えるかもしれないですけれど、まあその……ノルマといいますか、そういうものがございまして」


「だから?」


「だから、結果が悪ければフランチャイズ契約を、その一方的に破棄されましてねえ。要するに……、これ以上大事にしてしまうのは……お互いのメリットにならないってことですよ」

 いや、それは万屋関係者の気持ちであって、どうしてイレーヌが万屋代表みたいな口調で、店長の気持ちを? 一度ウソをついてしまうと、更に更にウソを……付き続けてしまうのですねぇ。


「で?」

 アリアが質問を続ける。(だって彼女は天然なんだもん!)

「……だから、だからこうして秘密会? 秘密裏に示談成立しましょうねってことですよ!! アリアさん。分りますよね?」

 あははっ~てな感じでイレーヌの苦笑い。

 ばれてないよね? あたしちゃんと言い逃れできたよね?


 という、冷や汗なみの苦しい詐欺師の言い訳。さすがのアリアも気が付いたと思うけれど……。


「ああっ!! そういうことだったんですか!! そうですよね。そうそう、こういう事はなるべく内々に処理しないといけませんから。さっすが! 腕利きの保険屋のイレーヌさんです。ちゃ~んと、私や事故った弟のことを思って、こうして示談交渉後のアフターケアのことも、しっかりと考えてくれているんですね。尊敬しちゃいます!」

 アリアさん。ニッコリと納得しちゃった。


 どこまで~も、お前はお人好しなのね……


「ところでねえ? 保険屋のイレーヌさん。帰りはどうするんですか?」

「帰りって……? 見返りとかですか?」

 イレーヌのような詐欺師には、天然のアリアは天敵なんだろうな。

「よかったら、私達の飛空艇で一緒に街まで帰りませんか?」

 アリア、明るくそう言った。


「おい! アリア」

「なに? ルン君?」

 天然は最強なのだろう。しかし、その最強にルンが立ち向かう!

「私達の飛空艇って? 私達の飛空艇って、なに?」

 ルンよ、2回も言わなくていいから。


「それは違うだろうが!!」

 ルン、アリアの今のその発言は訂正しなさい! という感じで……、

「……こ・れ・は、さあ! 俺の飛空艇ノーチラスセブンなんだからな!! もう一度言う」

 だから、2回も言わなくても、

「俺のノーチラスセブンだからな!! だからだからさ、勝手に“私達”なんて言うなよな!! 分かったか?」


「いやーん、ルン君って怖い~。私って分かんなーい」

 なんなんだ、こいつは?



 ……もちろん、この飛空艇の主はルンである。

 この飛空艇はルンがしっかりと所有している。(それだけがルンのプライドなんだって!)

「まださ! 飛空艇のローンもしっかりと残っているんだからな!」

 飛空艇の所有に関しては、かなりムキになるのがルンという男性である。

「もうルンって! よしなさいよ」

 そこにレイス、アリアにムキになって突っ掛かろうとしているルンを、羽交い締めで止めようとする。


「ふふふっ。あはは~。あはは、あははのは!」

 これはイレーヌの高笑いである……。


 なに? この人?? な感じで3人がイレーヌを見た。

「あたしがさ、どうしてこの電波塔に、飛空艇で来いって要求したと思う?」

 ……ああ。冒険者が集うお店の掲示板に、依頼書を載せたのは彼女だったのね。

「イレーヌさん。あの……どうしたのですか?」

 レイスが尋ねる。

「それはさ、お前らにこれを運ばせるためだよ! あたしのもう一つの仕事なんださわー!!」

 ボイラー室みたいな一室の片隅、そこにシーツがあって……。


 ガバッ~


 ――と、イレーヌが勢いよく、それを開けて3人に見せたのは!!!

 なんか白い粉を大量にビニル詰めにしたものだった。

 子供達が幼稚園で粘土遊びをする前、の真っさらな粘土のように直方体をビニルで包んで…………? ああ、これって危ないブツなんだ……。


「あんた達! このブツをさ! さっさと飛空艇に運びなさい。さもないと!」

イレーヌが魔銃をチラつかせて、三人に見せ付ける。

「この魔銃であんた達を……、これ以上あたしが言わなくても分かるよねえ? ねぇ?」

 そう言うなり、イレーヌは含み笑いをして三人を見る。

「さっさとさ、あたしにお金を渡して、このブツを飛空艇に乗せていりゃ~よかったものを、あんたらツベコベうるさいよ!!」


(こいつ、やっぱりヤバイやつだった!!)


 しかしだ!

 そのヤバさをスルーしたアリアの天然振りが、ここでもまた……。

「へえ~? こういうところでブツって作っているんですね……」

 ボイラー室のようなこの部屋の一室。ブォンブォンいってる機械を、アリアが間近で見ながらそう言った。


 更に、

「へえ~? ああ、これが蒸留する機械ってやつなんですか? 私はよく分からないんですけど、確かそのブツって、どこかの山奥で栽培しているんでしょう? それをここで……」

「おい! さわるな!! お前もこのブツを、飛空艇に詰め込むのを手伝え!」

 イレーヌは持っている魔銃をアリアに向けた。

 銃口がアリアに向いている――

「まあ、そう言わずに。ああ! これがメインの制御装置なんだ」

 アリア、自分に銃口が向けられていることなんか気にせずに(やっぱ天然なんだね)、更になんか……機械を触ろうとして……。

「触るなってば! そこ、危ないから!!」

 慌てたイレーヌ。アリアのもとへ急いで詰め寄った。


「触るなってば!」

「え~? どうしてですか?」

「どうしてもだ!」

 イレーヌとアリアの、歯車合わない会話が続いた。

「特にだ! そのスイッチだけは、絶対に触るんじゃないぞ!」

と、指をさして念を押したイレーヌである。


「あ! これですね?」


 天然のお約束? 案の定、ポチッとスイッチをオンした……アリアでした。

 フラグが立ちました。ということは……



 だめだこりゃ。





続く


この物語は、フィクションです。

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