第一章 今日もここアルテクロスの街は平和である。

第3話 さあ、スイッチをオンにしよう!

 ほんとにもう!!


 今日も、ここアルテクロスの街は平和である!!

 天気もいいし、気温も丁度良い。清々しくて気持ちがいい〜。

 アルテクロスの街は、すぐそこに海が見える。海上交易で栄えた街である。



 ちょっと市場を歩いてみよう。


 ……市場はいつも、活気に満ちているんだな。


 あっ、これは野菜だ。……名前はよく分からないけれど色とりどりの野菜が揃っている。美味しそうだ!


 隣のお店のこれは? 香辛料とか調味料を売っているお店だ。

 さっきからいい香りがしていたのは、このお店からだったんだ。


 どれどれっと、さて、もっと歩いていこう!!

 ここはお肉の量り売りのお店。ここはお魚の量り売り。

 どれもこれも、相変わらず名前は分からないけれど、でも、美味しそうであることは保証しよう。……たぶん。

 ここで売っているお肉やお魚ってさ、モンスターなんだけどね……。



 市場をぬけると広場に出たぞ。

 ここアルテクロスの街は人口が多いんだ。だから、いろんな種族が広場に集まっている。


 人間はもちろん、エルフもいる、ドワーフもいる。体格がでっかい種族、頭からでっかい耳が見えている種族、……相変わらず種族名は分からないんだけれど。

 あっ、ロッドを持ってローブを着て、これは魔法使いだな。でこっちの見た目がモンスターのような……失礼、たぶん獣族だ。


 広場でちょっと休憩していこうか……。

 腰を落として階段のところの、はじっこに座って……天気もいいし気温も丁度良い。

 ここアルテクロスの街は平和だよ。この平和が、いつまでも続いてくれれば



 …………ん? なんだ??



 どこからか『ブォーン』って音が聞こえてきたような?

 あの音って、確か飛空艇の羽音だったはず。ん? どこからだろう。


 キョロキョロと見回してみた。

 周りにいる人達も飛空艇の羽音に気が付いて、同じようにキョロキョロと見回している。



 あの飛空艇からだ……



 ――その飛空艇は、平和な……ここアルテクロスの街には似合わない勢いで、慌ただしく急上昇している途中であった。

 もっと、ゆっくりと上昇すれば安全に飛び立てるはずなのに……。

 みんなもその飛空艇を見つめている。


 飛空艇はアルテクロスからすぐの場所にある、まあまあ標高の高い山へ向かって飛んで行った。


 あの飛空艇、どうしたんだろう?





 ――ここは『飛空艇ノーチラスセブン』の中である。


 ついさっき慌ただしくアルテクロスの街から飛び立った……飛空艇の船内である。

 その飛空艇、現在飛んでいる場所はアルテクロスから、かなり離れた広大な海の上である。もしかしたら街に帰還することができないかもしれない! っていうくらい離れているのであった……。


「ねえ? このスイッチをオンにしろってのが、正解なんだよね? ルン」

「……たぶんな」

「……ちょっとさ、た・ぶ・ん、じゃ困るんですけどね!」

「まあまあ……落ち着けってば! レイス」


 飛空艇の船内の薄暗い物置みたいなところ――スパナやドライバーなんかの工具や配線設備のような機械が散らかっている飛空艇の動力室で、ルン(男性)とレイス(女性)が、その散らかった場所の奥にある壁を2人で見つめて……で、ちょっと揉めていた。


「ルン! 落ち着けって言われてもさ、こんな状況になっちゃったのは、ルンのせいなんですけど」

「違います!」

 きっぱりとした態度で、レイスの発言を否定したルンである。

「違わないって! ルンが無理やり私達の腕を強引に引っ張って、早く飛行艇に乗り込め! って、そう言って乗せたからじゃないの?」

 レイスの口調が、なんだかヒートアップしてきたぞ。

「いや違うぞ!」

 ヒートアップしてきたレイスの発言をルンは冷酷な態度で……、何がなんでも俺の方が正しいという理論武装な口調で、

「レイスが舵を握っていたからだろ! だいたい、お前は飛行艇の免許持ってないのにさ、何やってくれたんだ?でさ! 案の定だろ。俺が何か間違っていますでしょうか?」

 ルンはムッとレイスを睨み付けた。

「レイスがどうしよう? これ? どうすればいいのってテンバッて、ああ……どうしよう! 積乱雲の中に引きずり込まれる~て、そんで無理矢理! 飛行艇の舵を無茶苦茶に回すに回して……」

 ルンがレイスの慌ただしい飛空艇の舵取りのジェスチャーを、彼女に見せ付けると、

「わっ、私! そんなに回していません」

 レイス、このようなキッパリ感でルンの発言を全否定した。


 すかさず!

「しかしだ! 積乱雲の中に突っ込んで、飛空艇がこうなったのが原因であることは間違いない! だから、お前は謝れ!」

 ルンがレイスを指さした。

「それこそ、違いますってば!」

 再びレイスがヒートアップ! ……いったいどういう状況なんだ、これって?


「だってさ、あの状況じゃあ、ああするしかなっかったんだからさ、しょうがないじゃないの!」

 と、レイスの反論、まったくもって感情的。

「積乱雲に突っ込んで、しょうがないの結果がこのザマだろが?」

 無免許で積乱雲に突っ込んで、それをしょうがないと言い切ったレイスに、今度はルンがヒートアップした!

「プロペラの羽は……なんとか無事に折れずにすんだのは…………幸いだったけど、けどな! けど……エンジンが……」

 エンジンが……と言った後、すぐにルンのヒートアップはノーマルな口調へと戻ったのであった。


 ……ルンとレイス、お互い責任の押し付け合いを止めて、一呼吸して深呼吸して。

同時に、壁にあるスイッチを見つめた。



 どうしよう……



「まあまあ、ルン君もレイスさんも落ち着きましょうよ。こうなってしまったものは、仕方がありませんですから」

「お前がそれ言うのか? アリア!!」

 ルンとレイスが、壁にあるスイッチを見つめながら落ち込んでいるところへ、アリア(女性)がやって来て、二人の肩へそれぞれ手を乗せて優しい口調を……、というよりも天然口調でそう言うと、二人はその手を払い除けた。

 そして、同時に振り返ってアリアを睨んだ。


「もう、ルイ君もレイスさんもそんなに怒らないでくださいよ。だから、もう何度も何度も謝ったじゃないですか」

 謝ってもこの飛空艇の状況は改善されそうにないみたいだぞ。だから二人がアリアを睨んでいるのだろう。

「だいたいさ、アリアがこの依頼を軽々と引き受けたからこうなったんじゃない?」

「レイスさんって! もう、それは言わないでくださいって…………」

 両手を胸の前で合掌させているアリアに、レイスは持っていた紙を彼女の目の前に見せ付けた。


 ――その紙は、冒険者が集うお店の、掲示板に貼られている依頼書である。


 その内容は……。



 “もしもし俺、俺だよ俺、分かるよね? 弟だよ久しぶり~! 元気してた? 


 実はこの前、俺が飛空艇を操縦していたらアクセルとブレーキを踏み間違えてさ、空の駅の万屋にガシャーンってぶつかっちゃったんだ。

 でも、大丈夫! 幸いけが人も重症患者もいないから。単に空の駅の万屋にガシャーンってぶつかっただけですんだ。


 でさ、その万屋に弁償しないといけなくなったんだ。だから、お金貸して欲しいんだよ。

 ざっと400万ギルなんだけど。


 そのお金を飛空艇に乗って、山の上の電波塔まで届けにきて欲しいんだ。

 電波塔には保険屋のイレーヌさんがいるから、彼女にお金を渡してほしいんだけど、お願いしますね。


 俺より”



「だからアリア! あんたは騙されてるんだって!!」

 ルンとレイス、二人同時にアリアにツッコミを入れた。

 この依頼書の内容って、どう考えても振り込め詐欺の手口でしょ?

「だから私、騙されていませんって!」

「じゃあ、その根拠を教えてくれないか? アリア」

 私は絶対に騙されていないと言い張るアリアに対して、ルンは彼女に対しても冷酷な態度を……冷めて呆れた感じと言った方が正確かな? で、尋ねる。

「だって、私には弟がいるからです!」

「意味が分からないってば、それ! 弟なんて誰にでもいるでしょ?」

 レイスが条件反射でルンの隣からヤジをとばす。

「だって私の弟は、ちゃーんと飛空艇を持っていますから」

「飛空艇くらい今時、誰でも持っているわよっ!」

「しっかりと免許も持っているんですから~」


「……アリア。あんた……それ嫌味を言ってるの?」


 レイスが無免許で積乱雲に突っ込んで、飛空艇がトラブっているこの状況を、アリアは逆手にとって“ですから~”と、語尾を伸ばして自己弁護。

 でもさ、騙されていないという説明には、まったくなっていないから……。


「じゃあ? どうして、ルイ君とレイスさんは、私に着いて来たんですか?」

 アリアの自己弁護は続く。


 その通りである。

 この物語を読んでいる人だったら、誰でもその疑問を思い付く……だろう。

 三人が飛空艇に乗る前に、アリアが引き受けた依頼書の内容くらい、ルンとレイスも確認したはずである。

 依頼書の内容を読んで、あっ! これ振り込め詐欺だ! アリア騙されちゃダメだって! と彼女に言えたはずなのである。

 なのに、結果的にどうして飛空艇の中に三人が乗っているのだろう?


 勿論、あなたも気が付きましたよね? ……たぶん。


 その疑問に対する解答は、とてもシンプルなんだな。

 依頼書を最後まで読んでみれば……



 “追伸


 ああ! そうだ。


 飛空艇って運転が難しいよね~。まあ最近では人工知能AIが自動操縦してくれる最新型もあるけれど、この前、AIが自動操縦した飛空艇が人身事故をおこして、街中が大騒ぎになったっけ?


 だからさ、山の上の電波塔に来る時には、ベテランの操縦士にお願いして、乗せてもらった方が安心だと思うんだ? 確実に400万ギルを運ぶこともできるしね。

 その操縦士にも、ちゃ~んとお礼をあげます。

 それじゃお願いしますね!


 俺より”



「はいっ! 俺がベテラン操縦士のルンです」

 自慢げに、勝ち誇ったようにルンが右手を挙げた。

 その姿を冷やかに見ているのは、レイス。

「いやルンって。あんたも騙されたんだってば!」

 レイスはルンのその右手を勢いよく払いのけて、違います、違いますという感じで……自分の右手を左右に大きく振る。

「やっぱしかな? 俺も騙されたんだっけ。あはははっ」

 レイスの操縦に対しては、あれだけキツい口調で言っていたルンであったが、いざ自分のことになると笑ってすませようとする。ルンはそういう男性である……。


「でもさ? 飛空艇を操縦できないレイスは、どうしてここにいるのかな?」

 ルンは真顔に戻り、ここでも冷酷な態度と言葉で、レイスの顔面を指差す。

「……あんた忘れたの? このチームのリーダーは私ってことをさ」

 レイスは違います、違いますってやっていた右手を、今度は自分の胸に当ててそう言った。

「……あのさ、チームって何かな?」

「私達はチームで活動しているんだからね!」

 ルンの真顔とは対照的に、レイスが微笑んだ。


「あのさレイス。それ、いつ決めたんだ?」

「い……」

 と思ったら、苦笑いに変えた。


『いま』と言いそうになったレイスの黙秘権である。

 レイスという女性って、飛空艇の操縦のことから考えても、勢いで行動するタイプみたいだ。

「ア、アリアへの依頼は私のもの、私への依頼も私のものなんですから……」

どこかで聞いたセリフ。

「お前……本当は依頼書の報酬目当てなんだよな。だろう?」

 ルンがレイスを白々しそうに見ている。

 ……レイスは視線をどこかの方向に反らして、ルンと目を合わせようとしない。


「もう、ルン君もレイスさんも、それ以上ヒートアップしないでください」

 アリアが、二人の間に割って入って、

「私、飛空艇を持っている知り合いは二人しかいないんですから。依頼書の仕事をやりとげるのも、最近じゃ飛空艇がないとやっていけないですし……。ルン君とレイスさんが、私と友達になってくれたお陰で、私も日々をやりくりできているんですからね……」

 と……アリアがペコリと頭を下げて、二人への感謝の気持ちを表現する。


 そんな彼女の謝罪会見のような姿を、二人はジ~と見つめて、


(まだ、気が付いていないんだ……)


(だから、騙されてるんだってば!)


 ルンとレイスの内なる声を読心術の魔法を使って……。



「ふう……」



 今度は三人一緒に、一呼吸して深呼吸して……これも三人一緒に壁のスイッチを見つめた。

「だからさ、このスイッチをオンにするのが正解なんだよね?」

「だから知らないって」

「私もです」


 一瞬ひゅ~んと……飛空艇の船内に隙間風が入って来たような?

 その風が、三人を掠めて行ったような……。


「なんでみんなさ! そんなに無責任なのよ!」

「そんなの、知らないものは知らないからだ!」

「私もですってば!」


 冒頭の時のように、三人の口調がヒートアップしてきた……。

 要するに責任の擦り付け合いを始めたのである。

 ……でもね。ルンもレイスもアリアも、今この瞬間に三人しっかりと考えてほしいのだよ。


 これは作者からの希望だ。



 君たちの乗っている飛空艇、もうすぐ墜落するからね……





続く


この物語は、フィクションです。

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