第2話 「リヴァイア!! お誕生日おめでとう」

「どうかしましたか? 玄関先で、リヴァイア」

「はあ……? エ、エスナータ修道士!!」

 私、恐縮――


 私の足元では、バムが……早く~はやく~、ってな具合で、私を今すぐにでも食堂へと連れて行きたいみたいで、ぎゅー、ぎゅーって私のパンツをギュッと握って引っ張って。

 ……もう、そんなに引っ張っちゃったら伸びるからね。


「まあまあ、バムは立派ですね……」

 って、エスナータ修道士?

「リヴァイアを、食堂まで連れてってくれているんだ。偉いね、君は」

 と、エスナータ修道士が頭をナデナデして――

「あの修道士??」

 という私の言葉、

「偉いねー。リヴァイアをエスコートしてくれて」

 は、通じなくて……。


(エスコート??)


「あの修道士?」

「……まあ!」


 まあ?


「リヴァイアも、早く食堂に行きたいなーって思ってくれていますよ」

 ……くれていますよ?

「あの修道士……………………」

「すごいねー。バム!! ちゃんとやれてるね!!」

 やれてるねー??


 あ、私分かった……。


 エスナータ修道士、あなたもさっ、お誕生日会のそっち側なんかい!!


「リヴァイア! 早くこっち。食堂に……」

 いい加減……私のパンツ伸びちゃうからさ。……ここはバムに降参だ。

 ……なんとなくストーリーが見えちゃったけど、まあ、子供が相手だということもあって、この児童養護施設『聖サクランボ』は、子供のための施設なんだから。

 それに、私はここの修道士見習いとして、しっかりとお仕事を……やっていかなければだし。


「は……はいな! はいな! わ、分かったからね。バム」

 私は、言われるがままに…………、バムにエスコートされて食堂へと向かったのでした。



 パーン!!  て、何これ。この音??



 ハッピーバースデー♡  ツー ユー

 ハッピーバースデー♡  ツー ユー

 ハッピーバースデー♡  ディア リヴァイア・レ・クリスタリア~


 ハッピーバースデー♡  ツー ユー



 ……今度はみんなで、私を食堂の真ん中の天然木のテーブルへとエスコートしてくれる。

 椅子に腰かけて、

「……………」

 私は瞬間、頭の中が真っ白になった。



 パチパチ…………

 パチパチ…………

 パチパチ…………



 ――みんな、みんなで、私を囲んでパチパチって拍手してくれている。

 見渡すと、聖サクランボのみんなが、この食堂にいた。


 日当たり良好な聖サクランボの食堂。

 朝も昼も夕方も、いつも明るく太陽の光が差し込んでくれる。この食堂はここで暮らすみんなにとって、とても大切なコミュニティースペースだ。

 それぞれの理由で「家族」が離れてしまい、本来ならダイニングキッチンなどで家族全員がそろって、食事をしたり会話をしたりしているはずだったこの子達。

 家は、家族は、子供にとって成長するために必要な空間であるはずだ。


 それを失わなければいけなくなった子供……。

 子供達が、今、私に…………


「リヴァイア!! お誕生日おめでとう」

 大声で最初に言ってくれたのは、フレカだ。

「……あのう、リヴァイア」

「……うん?」

 その隣に、クアルさんがいた。

「クアルさん……?」

「リ……リヴァイア! お誕生日おめでとうございます」

 ……深々とお辞儀をした、清楚真面目なクアルだ。


「あはっ。か、かしこまっちゃってさ、クアル。は、ははっ」

 私、緊張しちゃっている。

「き…………今日は、リヴァイアの『もう、20歳過ぎ』のお誕生日ですから…………、その先生のお祝いをみんなでと…………」

モジモジしながらクアルが言って。でもね…………



『もう、20歳過ぎ』??



 私、気が付いたんだな。

『もう、20歳過ぎ』?? と言って、私はキッと睨みつけた相手は、


「ネプティー!!!」

 である。


「ネプティーは、『もう、20歳過ぎ』って、変な言葉を子供達に教えたのですか?」

 私、ムッとしちゃった。

「……あはは。まあっ、まあリヴァイアってば!!」

 と、ネプティー。何あんたって、笑って誤魔化そうと……。

「そうですよ、リヴァイア」

 エスナータ修道士。

 んで…………その後ろに隠れたネプティー。

「いいじゃないですか? 実際、『もう、20歳過ぎ』なんですからね」

 修道士、かなりのストライクゾーン。


(いやいや……、だから、そも『もう』ってのが余計なんだって!!)


「…………まあ、自然の摂理ですし」

 私、納得しちゃった?

「リヴァイア。そうですよ。嬉しいこと、お祝い事じゃないですか。ああ、今年も無事に歳を積むことができましたって。おめでたいことですってば!!」

 と、いまだ修道士の後ろに身を隠しているネプティー。

 ……おい、ネプティーよ。お前が、この子達に植え付けたんじゃねえの?


「リヴァイア。お誕生日おめでとうございます」

 エスナータ修道士がそう仰って、私を祝ってくれた。

「こうして、聖サクランボの子供達が、修道士達が、あなたの誕生日を、お祝いしてくれています」

 私は……見た。


 ――この食堂に、聖サクランボのすべての子供と、修道士と修道士見習いが集結していることを。

 私はキョロキョロ…………して、一人ずつの顔を確認して見た。


 パチパチ……


 子供達と修道士達から鳴り止まない拍手による祝福が、続いてくれている。

「……ど、どうも、ありがとうございます。…………みんな、ありがとうね!!」

 私は頭をペコり。

 でもまあ、私の『もう、20歳過ぎ』ってこんなにお祝いするほど立派じゃないってね。私はすぐにそう思って。

「……私って、こんなに立派じゃないよ。それなのに、こんなに素晴らしいお誕生日会をしてもらって……。てへへ!」

 少し照れ笑いをしながら、私はそう言った。(言ってしまった)

 こんな立派な程の人生を歩んできたわけじゃ…………ないし。


「リヴァイア。本当にいつも、聖サクランボにご尽力くださって、修道士一同、本当に感謝していますから」

 エスナータ修道士が……深々と?


「…………うわー! こりゃ、やばいわ!!」

 私、恐縮モードに。

「し、エスナータ修道士!!」

 私駆け寄って!

「そ、そそそ、そんなことないすから。あ……私の方が、いつも、この園にお世話になっているのですから」


(私は、そう本気で思っているのだから)


「こ、こんな私に園の仕事ができますのでしょうか?」

 って、私がエスナータ修道士に面接で質問して…………しっかりと覚えている。

「私はできると確信します」

 と修道士が仰ってくれて――


「あの、その根拠は?……」

 私、面接で何言ってんだろ。


「それはね……」

 修道士がニッコリと微笑んで、

「私が、あなたを選んでいるんじゃありません。あなたがこの『聖サクランボ』を選んでくれたのです」

 エスナータ修道士の目は、じーっと私を見つめていた。見つめてそう仰って。


「……私、今までずっとノホホンとしたな生き方をしてきて、その…………児童を、とくに親との関係が難しくって、親に捨てられて、人並みの親からの愛情も何も得られなかった子供達の……その、私は修道士見習いが勤まるのでしょうか?」

「……あなたは根本的な間違いが……、まったく気がついていませんね」

 エスナータ修道士が呆れた感じで。

「あ、私。不採用ですよね……」

 なんていうか、私は自身に保険を掛けちゃったっけ。


「聖サクランボの子供達は、親に捨てられて、ここで日々生活をしているのです」

 エスナータ修道士は、どこまでも毅然として、

「……転じてリヴァイアさん」


「はい…」


「あなたには確か実家に両親がいて、畑を耕しているのですって……」

 面接で最初に私が言ったことだ……。

「リヴァイアさん!!」

 修道士は少しだけ強い口調で、私に話し掛けた。

 だから「…はい!」と、私は恐縮して、姿勢を正して着席していた椅子に座り直した。

「あなたは親に捨てられていないんでしょう? それなのに自分は独身だからとか、そんなことを言って。だったら、あなたは何がしたいの??」

 修道士が私を睨む。睨んだんだって……とほほ。



「何がしたいのですか?」


「何がって………。私……………」



 例えば、畑の菜の花に留まって蜜を吸っている天道虫に、この星全体の人類の進化を理解できるのかと言えば、それはできない。

 天道虫に天体の観測結果なんてものは、この虫には、まったく理解できないからである。

 そんなことは当たり前である。

 天道虫には、天体という概念は絶対に理解できないのだから……。天道虫は、自分の脳のすべてをつくして生きていて、その脳には目の前の菜の花は分かるけれど、天体は分からない。



『でも、あなたには分かるのだから。人間なのだから』

 エスナータ修道士は、こう仰った。たぶん、私へのエールだった……。





「あの……」

「なに? フレカ」

「私は…………」

 これっ、と言って、ポッケから…………


 ああ、バムの言ってた相談券だったっけ?


「…………わっ~!!! あ、ありがとう!!」

 私、わざとらしくじゃないけれど、聖サクランボの修道士見習いとして…………そうすることは大切なのである。

「……えっへん!!」

 フレカ、嬉しそうだ。リヴァイアはも嬉しいよ。

「あの……リヴァイア」

「はい?」

「この券でさ、……いつでも、私に相談してくれないかな?」

「………………うん。うん!」

 私は深く頷いた。

「リヴァイア。とても、嬉しいよ!!」

「この券でさ、最近、なんだかリヴァイアが……なんか悩んでいるみたいだったから…………。で……、その……だからね。そのリヴァイアに…………いつも、お世話になっているんだから」



(ありがとう)



 ――私は心の中で呟いた。

「うん。大切に持っておくからね。ありがとうね。フレカ! ありがとうね!!」

「えへへ、これでしゅさいしゃの、しゅちょうになったかな!」

 ……たぶん、フレカの『しゅちょう』という言葉、この子は『首長』な感じだけれど、その本当の意味は『主張』、自分からの気持ち……という意味で言った言葉なのだろう。

 この子らしいよ。


「その……リヴァイア?」

 次には、……………ああ、栞の話がここでくるんだね。

「……その、これ」

 クアルが手に持っていたそれは、もちろん栞。

「あ、栞だ。うんうん。ありがとうね。私、今でも寄合馬車の中で小説を読んでいるから、嬉しいよ」



 ――この園にいるみんなの子供たちから、一人ずつプレゼントをもらって。


(みんな、ほんとにありがとう)



 それから、なんと、冷蔵庫からちょっと大きめのケーキが登場して、それがテーブルに並んじゃって。

 私、なんだか嬉し泣きだ……。そりゃそうだ。


「……ん」

「ん?」

 私の足をニギニギと……。

「どうしたの、バム」

「……うた」

「歌?」

「リヴァイアに、ボクから……」


「そうだ、そーだった」

 私、思い出した。バムからのプレゼントは、お歌だ!

「そうそう……」

 エスナータ修道士もそう仰って。――食堂の片隅に置いてあるオルガンを、エスナータ修道士が開けた。

「さあ、バム」


「うん!!!」


 バムの元気の良い返事が、食堂に響き渡った。

 私はバムの、その返事を聞いて、


「…………………」


 無言になって……なってしまった…………。

 ……私。この聖サクランボに来て、来た頃の私の動機とか心構えを、私は、ふと思い出してしまって。……私って、どうしてこんなにも生きることが怖くなっちゃったんだろ?

 

 私は――修道士を目指すんだ!

 

 修道士になって、迷える子供達を守って救って。路頭に力尽きた者達には、手を差し伸べて。すべて……全身全霊をサロニアム・キャピタルのために、捧げる覚悟で私は修道士の道を選択したっけ?

 子供達の傍にいてあげて……両親に死に別れた、嫌われた、見捨てられた子供達に一日でも早く笑顔を取り戻してあげたくて……。

 でも、現実の児童養護施設のお仕事は想像以上にベリーハードだった。


 日々、自分自身から気力が去っていく感じがした。次第に笑顔も少なくなっていった。

 私はこの子供達と接するごとに、自分の人生がどれだけ“恵まれていた……”のかを否応無く悟ってしまった。




 ――この子供達の生い立ちにくらべて、私の人生なんか。




「せーの!」

 ネプティーの元気な声による合図で……



 きーら きーら…………

 お空のほしーよ…………



 それは、かつてアルテクロスの天才作曲家が、若かりし頃に作曲したのをベースにしたお歌だった。

 このお歌、懐かしいな。私も好きだったっけ?


 なんだか、私すっかり忘れていたな……。



 忘れていた? 忘れて? 本当に??




『チェリーレイス   チェリーレイス   チェリーレイス………』





【フレカ】


 7歳の女の子である。

 この女の子は今から5年前に、私が『聖サクランボ』で修道士見習いとして働くことを決意した時、同じ時期にここにやって来た。

 ……2歳の時に近くの十字路で、両親が馭者する馬車にフレカが乗っていて、警備兵の止まれの合図で停止している時。

 対向車側から無視して来た馬車があって、その馬車が無理して右折……。急な手綱さばきで右折しきれずに、両親の馬車と接触した。

 両親は一命をとりとめることなく即死。幸いフレカは軽傷で命は助かった。

 両親は一族親戚の反対を押し切って結婚した仲だったらしい。

 残された2歳のフレカを誰が引き取るか……誰も引き取ろうとはしなかった。


 ――フレカは事故のことを、たぶん覚えている様子だ。

 お散歩の時間で、道路を手を繋いで歩いている時。対向してくる馬車とすれ違う時に、私が握っているフレカの手が、ギュッと堅くなっていることに気が付く……。

 怖いのだろう。




【クアル】


 9歳の女の子である。

 私が『聖サクランボ』に来る前から、この子はここにいる。当時は4歳。


 ……両親はクアルの目の前でよく夫婦ゲンカをしていたという。幼いクアルは、それを隣の部屋の隅で、耳を塞いでずっと耐えていた。


 両親はケンカが終わると、今度は、クアルに八つ当たりし始める。

 食事の時、フォークの持ち方、お皿の持ち方に対して、ネチネチと難癖をつけては怒鳴る父親。わずか4歳の女の子に算数の計算を教えて、答えが悪ければ叱りつける母親。


 ……近所から、あの家は問題があるのでは? という電話が聖サクランボに掛かってきた。

 修道士達が駆けつけ、事態が発覚し、強制的に保護することになった。


 一方の両親は、虐待じゃないと、だから子供を返せと言い続けている。けれど、聖サクランボは断固拒否の姿勢を今でも貫いている。ここにクアルがいることも、両親には教えていない。




【バム】


  5歳の男の子である。

 私と同じく5年くらい前に、この『聖サクランボ』にやって来た……。

 と言っても、実情は、この園の玄関にゆりかごの中に入ってスヤスヤと眠っていた…………。要するに捨て子である。


 ――それは夏のある日、その日は満月で、雲一つない夜空だったことを、私ははっきりと覚えている。


 ピンポーン


 入口のチャイムが鳴った。

 私はその日は宿直で、そのチャイムに気がついて目を覚ました。私は玄関へと向かった。

 時刻は丁度9時。玄関に向かったらエスナータ修道士もいた。

「こんな時間に誰なんでしょうね?」

 私が修道士に尋ねたら、修道士は、

「……………」

 無言で表情が曇っていた。


 ……?


 私がドアを開けて、キョロキョロと……。

 下を見て、玄関のすぐ下の一段下がった地面のところに……ゆりかごがあって、


 ??


 最初、私はよく分からなかったけれど、近付いて見ると……………中に赤ちゃんが入っていた!?

 私は慌てた。

「ああっ!! 赤ちゃんですよ……。修道士! 修道士!!」

 中に一切れのメモ用紙があって、拾って、私はそれに書かれていた文字を読んだ。



 男の子です


 お願いします



 ただ、これだけが書かれていた。

「?? 何これ? 何なのこれっ!」

 私は動揺してしまって……その時、ゆっくりと歩いてきたエスナータ修道士が、私にただ一言、

「これも、児童養護です」

 ……と。


 ――その後、この子の里親が決まった。名前も決まった。

 今、この子には『新しい』両親がいる。……というよりも、『本当』の両親なのだと思う。この子にとってであるけれど。

 ……だけど、バムは、聖サクランボが実家だと信じている様子で、私達修道士見習いや仲間達を家族と思って、日々生活しているのである。


 ある時、里親とエスナータ修道士が話をして、そしたら、

「もうしばらくの間、聖サクランボで預かっていだだけませんか? 自分たちは、月に数回会いに来るだけで、今は、かまいませんから」


 エスナータ修道士は、里親からのその嘆願を承知した。




 ――ありがとう。


 しめしあわせでもいいじゃない。

 バムが、全部喋っちゃったけれど(笑)

 でも……私は嬉しいよ。


 嬉しいよ……。




 きーら きーら…………

 お空のほしーよ…………


 きーら きーら…………

 お空のほしーよ…………



 子どもたちのお歌は、まだまだ続いてくれていた。




『チェリーレイス   チェリーレイス   チェリーレイス………』



 人生なんて、思い通りにいかないのだから……。


 この子供達も、大人達も、私も……みんな、みんな、みんな………





続く


この物語は、フィクションです。

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