幸福指数

河咲信都

第1話

 朝起きて飯を食って歯を磨いて髪を整える。電車に乗って学校に行って、授業をなんとなく受けて休み時間は友達と談笑する。帰り道にコンビニで唐揚げと週刊マンガを買って、帰宅したら横になってマンガを読む。読み終える頃にネットで注文していたゲームが届く。風呂に入って夕飯を食った後、眠くなるまでゲームをする。

 俺、堀川純平はそんな普通の生活を送る高校生だ。


「おはよう純平。モウハンやったか?昨日届いただろ?」

 朝の登校中。友達の晃が話しかけてきた。

「いや、やってない」

 俺は素っ気なく答える。

「どうした?なにかあったか?」

 晃が俺の苛立ちを察したのか聞いてくるので、ため息をついて返答する。

「俺なモウハンをネットで注文したんだよ。配達時間は午後六時以降希望でな。それで六時半に帰ったらもう不在表が入ってんだよ。はあ?と思って再配達希望したら明日じゃないと無理とか言い出しやがって。それでまだ触れてない」

「なるほど。だから機嫌が悪いのか」

 晃が苦笑しながら納得する。

「ちなみに俺はハンターレベル三まで進めたぜ」

 自慢気に煽ってきやがった。まじでむかつく。昨日ちゃんと届いていれば俺もそれぐらい進められたわ。

「じゃあ俺は今日の夜ハンターレベル四まで進めとくから」と俺は張り合う。

「じゃあと俺は六ぐらいまで進めようかな」と晃も対抗する。

「うぜえ」「ハハハ」

 いつもの益体のない会話だ。

「とりあえず土日に悠真と翔太も呼んでお前の家で進めようぜ。悠真もあんまり進めていないみたいだしさ」と提案する。

「おう、いいよ」と晃は軽く了承する。

「それまでに装備揃えとけよ」「うっせ」

 週末のためにも一刻も早く帰ってモンハンをしたい。俺はそんな気持ちでいつもの憂鬱な授業を過ごした。そして家に帰って再配達の荷物を受け取り、夜遅くまでゲームに熱中した。


                  *


 土日に晃たちと遊んでから数日後。いつも通り登校して自分の席に座ったところで、クラスメイトが奇妙な話をしているのが聞こえた。

「ほら、なんか数字が表示されるだろ?」「ほんとだ」「なんだろうね?これ」「昨日ネットで見つけたんだ」

 クラスメイトはスマホをお互いに向けて撮影しているようだ。

 数字?カメラ?なんの話だ?

「なんかスマホのカメラを人に向けると数字が表示されるらしいぜ。朝の掃除当番が一緒の奴から教えてもらった」

 先に登校していた晃が話しかけてきた。

「どういうこと?」

「まあやってみればわかる」

 俺はスマホを取り出してカメラアプリを起動する。

「これを人に向ければいいのか?」

 試しにスマホを晃に向ける。するとスマホに映った晃の横に70と表示された。

「これなんの数字だ?」

「それは俺も知らない。そいつの体調とかそいつとの好感度だとかいろんな噂が流れているけど」

「ふーん」と俺は晃の話を聞き流しながら、カメラをインカメに切り替えた。するとスマホに自分の姿が映り、横に65と表示された。

 ほんとこれなんだろうな。

「そのうちアップデートされて消えるだろ」と俺はどうでもよさげに言う。

「たぶんそうなるだろうな」と晃も適当に返してきた。


                  *


 謎の数字が表示されてから数日が経ったが、まだ数字はスマホに映し出されている。アプリの制作会社もなぜこのような数字が表示されているのか把握できていないようだ。

 反対にこの奇妙な数字を利用してゲームを作る会社が現れた。そのゲームはスマホに映し出された自分自身の数字の大小で、ゲーム内の強さが変動するというものだ。謎の数字に乗っかったそのゲームは賛否両論大炎上を経て大ヒットとなっている。かくいう俺もそのゲームにはまっている。

 数字の大小がゲームの進行度に関わってくるので、研究者だけでなく一般人も数字が何を意味するのか盛んに考察している。

 なかでもその人の幸せを数値化しているという主張が有力となり、カメラの数字は幸福指数とも呼ばれるようになった。

「今日の俺の数字は……」と呟いてインカメを起動する。幸福指数ゲームを遊び始めてからは、朝に数字を見るのが日課になっている。平日だけでなく今日のような休日も。

 スマホの画面に70と表示される。幸福指数は100からマイナス100までの間隔で変動するらしい。

 70は思ったより高いな。五層ぐらいまで昇れるかな。俺は幸福指数ゲームを起動して遊び始める。

 寝転んでゲームをしながら今後の立ち回りを考える。どうやったら幸福指数を上げられるか、他人より幸せになれるのか。

 おいしいご飯を食べる。おもしろいゲームをする。友達と遊ぶ。幸せになることも重要だが不幸せなことはしたくないな。

 幸せについて思いを巡らせているとメッセージアプリから通知が届いた。晃がメッセージを送ったようだ。

「お前ら今幸福指数いくつ?マイナスだったら警察につかまるらしいぜ(笑)ネットに書いてあった」

 捕まる?警察に?どういうことなのか確かめるために、俺は体を起こしニュースサイトを開く。

 ニュースサイトを見ると、そこには「幸福指数マイナスの人を調査か 専門家ら指摘」との見出しが。タップして詳細を開くと、ここ数日で犯罪や自殺をした人のほとんどが幸福指数がマイナス。犯罪と幸福指数の因果関係を調べるために、幸福指数がマイナスの人を調査するかもしれないと書かれている。

 これが本当ならなおさら幸福指数を下げるわけにはいかないな。

 グループチャットを開いて「俺は余裕でプラス」「お前らマイナスになるなよ」とメッセージを送った。

 数分後に翔太から「俺もプラスで安全圏(笑)」とメッセージが届いた。悠真からはその日メッセージが届かなかった。


                  *


 翌日の月曜日。教室に入ると悠真が先に登校していたので声を掛けた。

「昨日メッセージなかったけど、どうかした?」

 悠真は「あー……」と言った後、「俺、最近数字低いんだよね」と気まずそうに答えた。

「え、まじで?マイナス?」

「いや、マイナスにはならない程度だけど」

 なにか悪いことがあったのかと思ったが、話したくないことかもしれない。これ以上聞かないほうがいいか。

「とりあえず今日遊ぼうぜ」と俺は悠真を誘った。

 気分転換でもすれば悠真の数字も回復するかもしれない。

「いいよ」と悠真はなにごともなく答えた。

「じゃあ晃と翔太も誘っとくわ」

 悠真と約束をして俺は自分の席に戻った。悠真どうしたんだろな。このままだと調査対象になるだろ。

 なんとか悠真の数字を戻さないと。


 その日の放課後、四人でランドワンに来た。

 いつも携帯式のゲームばかり遊んでいたので、ゲームセンターなら気分転換できて数字も変わるんじゃないかと思った。

 コインゲームやクレーンゲームなど一時間ほど遊んでもう十分満足とみんながベンチに腰を掛けた。

 今なら数字が上がっているんじゃと思い、悠真に数字を計ってみようぜと提案する。

 悠真は「そうだな」と同意してスマホを取り出し自分に向けた。

「おー、朝よりかなり上がったわ」と悠真は嬉しそうだ。

「よかったな」とみんな悠真を励ました。これで一安心だなと俺は安堵した。


 しかし次の日、悠真はまた浮かない顔をしていた。

「どうした?昨日の放課後の元気はどこいったんだよ」と声を掛ける。

「また、数字下がってな」

 え?昨日の今日で?流石になにがあったのか気になる。

 昨日の放課後から今に至るまで、下がる原因があるとすれば家庭内だろうけど。家庭内のことに触れられたくないかもしれないが、思い切って聞くしかない。

「家でなにかあった?」

 緊張して言葉が短くなってしまった。めっちゃ早口だったかもしれない。

 それでも悠真はちゃんと聞き取れたようで、少しの間目を彷徨わせた後、話し始めてくれた。

「実はさ、俺最近、学校終わってからから洗濯とか買い物とかしてるんだよね。重い荷物を運んだり、この仕事が終わったら次はあれしようとか動きながら考えたり。いろいろ頑張ってたら数字が下がったんだよな」

 悠真は愚痴をこぼすように言った。でもなぜか悠真の表情は嬉しそうだった。

「なんでそんなことしてんの?そんなの親にまかせとけばいいじゃん」

 そんなことをしていたら数字が下がる。もしかしたら警察に捕まる。ゲームもできない。友達とも遊べない。そんなの幸せじゃないだろ。

「俺の親さ、最近忙しいんだよね。前までは夕飯を一緒に食べていたけど、最近は帰るのが遅くなって、あんまり喋れなくなって。こっそり親の幸福指数を計ったらマイナスなってて。このままだと捕まるなと思って、なにかできないかなと思って。それで家事の手伝いをしてる。それで俺の数字が下がっても仕方ないかなって」

 悠真は嬉しそうに言った。どこか遠くを思いながら。俺の視点とは全然違って。自分の幸せではなく他人の幸せを願って。

「悠真、お前はすごいな」

 俺はそんなこと考えたことなかった。自分の幸福指数ばかり見て、他人の幸福を見ていなかった。ニュースを見た時も自分が捕まらなければいいやと思った。

 それじゃだめだったんだ。

 自分が幸せなのは他人が頑張っているから。

 だから感謝しなければならない。普段の生活が当たり前であることを。それが誰かの頑張りで成り立っていることを。がんばってくれた人々にありがとうの思いを伝えなければならない。そして今度は自分が誰かの幸せを願って、頑張る番だと。


                  *


 夕方の六時インターホンが鳴った。「宅配便でーす」と元気な声が聞こえる。急いで玄関のドアを開ける。「こんにちは」と挨拶をする。荷物を渡すと宅配便のお兄さんは「ありがとうございました」と言って背中を向ける。

 俺は意を決して「いつもありがとうございます」と言った。

 するとお兄さんは一瞬驚いたような顔をした後「どういたしまして」と言って破顔した。

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