黒瀬カナンの思いつき短編集!!

黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名)

犬嫌いな彼女と俺

俺には産まれた時からの幼馴染がいる。

家が隣でよく家族ぐるみで遊んだり、ご飯を食べたりと、まるで兄妹のように過ごしていた。


そんな幼馴染には苦手なものがあった。

それは犬だ。


最近では室内犬が増えた為とんと見なくなったが、幼い頃は犬小屋で飼われている犬をよく見かけた。


近所の公園の近くにも犬小屋で飼われた柴犬がおり、俺たちはよく二人でその犬を撫でて可愛がっていた。


そんなある日、俺と幼馴染はいつものように別の友人とともに公園で遊んでいた。

すると、友人は犬におもちゃを構えてからかった。


次第にストレスが溜まった犬が強く吠えてくる。


「ねぇ、ちょっと。やめたげてよ……」

興奮する犬を見た幼馴染が友人を制しするが、友人は犬をからかう事をやめない。


次第に興奮状態がました犬が、その場で暴れ出す。

だが、鎖に繋がれているのでこちらに向かってくる事はない……と思っていると首輪が千切れたのか、興奮した犬がこちらに向かって走ってくる。


その様子を見て慌てた俺たちは高いところに逃げるが、幼馴染は恐怖に足がすくんでその場から逃げられない。


その様子を見た俺は幼馴染を助けようとジャングルジムを飛び降りるが、俺が降りた時には「きゃー!!」という悲鳴が聞こえた。


幼馴染の方を見た俺が目の当たりにしたのは、犬に膝を噛まれてしまった幼馴染の姿だった。


俺はその様子を見て、幼馴染の方へと駆けつけると犬は幼馴染から口を離して俺を睨む。


その間に幼馴染と犬の間に身体を滑り込ませると再び犬は興奮して吠えてくる。

犬の迫力に少しちびった俺だったが、後ろで泣く幼馴染を守る為に覆いかぶさる様に彼女にくっつく。


それが功を奏したのか、犬は吠えるだけで何もしてこなかった。その間に、犬の飼い主や辺りにいた大人たちが犬を取り押さえる。


「いたい、痛いよぅ……。」

泣き続ける幼馴染をあやす様に、「大丈夫、大丈夫だよ、僕が守るよ……」と俺は頭を撫で続けた。


そして、俺は幼馴染と一緒に病院に運ばれた。

幸いな事に、軽い擦り傷で済んだ俺とは対照的に、幼馴染は可哀想に膝を数針縫う怪我を負ってしまった。


それから幼馴染は犬嫌いになってしまった。


10年が経ち、中学校を卒業する頃には思春期特有の気恥ずかしさから互いに疎遠になってしまった。


だが、高校もクラスすらもなぜか一緒という摩訶不思議な現象が起きていた。(後々幼馴染に聞くと、同じ学校に行きたいという事だったらしい)


そんなある日、俺はなぜか彼女と一緒に通学する事になってしまった。


高校生になり、真面目でも不真面目でもないめんどくさがり屋の俺とは対照的に明るく真面目で、人気者の幼馴染。そんな彼女は早めに学校にいる事が多から、遅めに通学する俺とは時間が合わない。


なら、なぜ一緒に通学出来たかって?

それは簡単な理由だった。


俺がいつもの様にあくびをしながら通学していると、視線の先に見慣れた後ろ姿が見える。


電信柱の影に隠れて、一点を見つめる幼馴染を不審に思いつつ、俺はその横を通り過ぎる。


なぜ声を掛けてあげないかって?

彼女の希望で幼馴染である事は校内では秘密なのだ。


そんなこんなで彼女の横を通り過ぎようとした刹那、彼女の手が伸びる。


「ぐえっ!!」

その手が捕らえたのは俺の持つ斜めがけのバッグだった。そのせいで、俺は首を絞められる。


「な、何しやがる!!」


「な、ちょ、しーっ!!」

俺が首を絞められた事を咎めようとすると、彼女は慌てて口の前に人差し指をつける。


その様子を見て俺は締め付けられた首を摩りながら首を捻った瞬間、背後から大きな音が聞こえる。


「うー、わんわんわんわん!!」

その声に幼馴染は電柱の影に身を屈ませ、身体を震わせる。


「……マジ?」

その様子を見て俺は口を半開きにし呆れる。


あの日の出来事から既に10年も経っているのだ、トラウマも克服できていると思っていた。

だが、この様子を見る限りできていない様だ。


「大変だな、お先に……。」

そう言って幼馴染を置いて先に行こうとすると、彼女は信じられないと言った顔でこちらを見る。


「あり得なくない?こんな可愛い幼馴染が犬に怯えているのに、置いて行くなんて!!」

怖がっているのか怒っているのか最早わからない引きつった表情で責めてくる幼馴染。


「お前……未だに犬が怖いとかありえないだろ?」


「だって……、前を通ろうと思うと足が竦むんだもん……。」

幼馴染は俺の言葉に手を重ねもじもじさせている。

「いい年して……だもんじゃねぇ!!それに門も閉まってるから出てくる事はないだろ?」


「わ、分かんないじゃない!!あの日だって首輪がついてても外れたんだから、何が起こるか分かんないじゃない!!」

俺の言葉にムキになって言い返してくる。


……まぁ、幼馴染の言わんとする事も分からんではない。あの日の出来事はただ、予想外だった。


まさか首輪が外れて犬が襲ってくるなんて誰も考えていなかっただろう。

だが、その被害者になった少女の心にはその日の出来事がトラウマとして残っているのだ。


だが、それで俺が彼女に手を差し伸べるかと言うとそうではない。


俺は小学校の頃、幼馴染の事が好きだった。

だが、彼女はクラスメイトの前で、俺の事は嫌いだと大々的に言ったのだ。


「あいつはただの幼馴染……。じゃなかったら、あんなやつと一緒にはいないわよ!!」

思春期だったといえば聞こえはいいかもしれないがその一言が、俺の心を抉った。


人生初の失恋と、幼馴染両方を失った感覚に陥った俺はその日以来、幼馴染と一緒に学校に行く事をやめた。


「明日から別ルートを探さないと大変だな……。」

とひと事の様にいって先へ進もうとすると再び幼馴染が俺の服の裾を掴む。


「ちょ、ちょっと……、置いてかないでよ。あんたが通学する時間に回り道なんてしてたら遅刻しちゃう……。」

涙を浮かべながら俺を見つめる視線に俺の胸は激しく脈を打つ。


俺を見つめる表情は昔より大人びていたが、その可愛らしさは健在で、眠らせていた想いがふつふつと甦る。


……何を今更。

俺は誰に言うでもない悪態を心の中でつく。


「……仕方ないな、今日だけだぞ。明日からは自分でどうにかしろ!!」

悪態をつく俺に、彼女は嬉しそうに「うん!!」と、頷く。


その表情に俺の胸はズキッと痛みが走る。


今日だけ……。自分が言った言葉に痛みを覚えて自爆している自分が情けなく思うが、これがこいつとの距離感なんだ……。


そう心に言い聞かせながら幼馴染を待っていると、彼女は俺の背中に張り付く様にくっつく。


その体格は既に30センチは開いたであろう華奢な体がくっつくのを感じるたびに俺は鼓動を速くする。


そして、犬が吠えるたびに身体を寄せてくる幼馴染の事を守らないと……と言う思いが甦る。


家一軒……。時間にすれば数十秒に満たない時間が短くも長く感じた。

だが、その時間は惜しくも早々に過ぎ去ってしまう。


犬がいた家が見えなくなると、彼女との時間も終わってしまう。いつ離れるのだろう……そう思いながら歩いているが彼女は服の裾を持ったまま離れなかった。


そんな幼馴染の態度に戸惑いつつ、後ろを振り返る事なく歩くと、とうとう高校までたどり着いてしまった。


校門が見えてくると彼女は手を離し、俺の前に出てく。


「……ありがとね。助かったわ!!」

笑顔を浮かべて言ってくる幼馴染に「お、おう。」と答えるのが精一杯な俺を置いて彼女は先に校舎内に入って行く。


「やめてくれ、心臓に悪いから……。」

心に残った淡い恋心に溺れそうな俺は、走り去る幼馴染の顔がほのかに赤みを帯びていた事に気が付かなかった。


教室に入ると、幼馴染はクラスメイトに囲まれていて遅刻しそうになった理由を尋ねられていた。

それ以外は何も変わらないいつもの光景。


俺と幼馴染は会話を交わす事なく時間だけが過ぎていった。


犬がくれたひと時の恋路は終わった……。



かに見えたが放課後、俺は思いもよらぬものを目の当たりにする。


それは俺が帰り支度を済ませ、靴を履き替えて校外へと出ようとした時の事だった。


先に教室を後にしたと思っていた幼馴染が校門の出た所で待っていたのだ。


その姿を見ておどろいたが、俺を待っているとは思わずに彼女の前を通り過ぎる。


「待って!!」

幼馴染の声と共に俺は再び鞄に首を絞められる。


……デジャブ!?

その衝撃に今朝あった事を思い出す。


「な、何すんだ!!」

引っ張られた事に対して怒りの声を上げる俺を幼馴染は恨めしそうな顔で見つめる。


「なんで置いて帰ろうとしてるのよ?」


「朝は遅れそうだったから一緒に行ったけど、帰りはどうにかなるだろ?」

俺が言うと、彼女は頬を赤らめて俯く。


「だから……、どうにかしようとしてるんじゃない!!」


「へっ?」

彼女の言葉の意味がわからずに俺は間抜けな声を上げる。


「わかんないかな?このにぶちんは!!」

と言うと、彼女は俺に近づいてくると制服のネクタイを引っ張る。


引っ張られたネクタイにより彼女の顔が近くなる。


……ち、近い。

吐息すらかかりそうな距離にいる幼馴染の突然の奇行に混乱する俺の耳元に彼女は顔を寄せる。


「あの時、守ってくれるって言ったよね……。」

耳にかかる吐息にくすぐったさを覚えながら、彼女の言葉の意味を思い出す。


「あの時って……?」

俺が口にすると彼女はネクタイから手を離し、スカートの前で手をもじもじさせる。


「私が犬に噛まれた日、守ってくれるって言ってくれたよね……。」

そういうと、彼女はだまりこんでしまった。


「……そんな事、覚えたんだ。」


嫌われているて思っていた俺はその一言を聞いて泣そうになる。


今、彼女が何を考えているかは分からない。

もしかしたら今だけかもしれない。


けど、それでもいい……。

そう思えた俺は、彼女の横を通り過ぎる。

その瞬間、幼馴染は顔を上げてこちらをみた。


「一緒に帰ろうぜ。久しぶりに……。」

俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに「うん!!」と言って俺の後ろを歩く。その手は犬がいないところでも俺の服を掴む様になる。


いずれは手を繋いで歩く様になるのだが、それは別のお話。


……あ、ちなみに彼女の犬嫌いは未だ相当なものだった。


俺と一緒に歩いている時は横を歩いているのだけど、散歩中の犬が自分に近づいてこようものなら

自然体で俺の後ろに回って来て犬から逃げ、俺の腕に絡んでくる。


その他にも、彼女に犬が近づくのを遠目から見ているとこれまた面白い。彼女は冷静な表情でまっすぐ歩いているはずなのに、身体をだけはくの字に捻らせて逃げている様はなかなか可笑しいものだ。


そんな幼馴染が今は愛おしくてたまらなかったりするのは彼女には内緒だ……。



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