第12話 泳ぐ(下)
晩御飯は、余った材料を使った回鍋肉。それをみんなで平らげて、カットスイカを食べて、私たちはまた庭に出て花火をやった。蒸し暑い空気の中に、夏を詰め込んだような夜だった。
その時、大きな音が空一面に響いた。夏の音だ。
私たちは顔を見合わせて、大急ぎで二階に上がった。誰も何も言わなかったけれど、何が起きたのかはわかっていた。
ベランダに見える空いっぱいに、夏が広がっていた。
「花火!」
お父さんが叫ぶ。私とお母さんは、言葉をなくしたまま空を見上げていた。
赤と黄色の光が丸く咲き、青と緑の光が空を飛び回り、桃色の光が星の形を作った。
花火が上がっている。息をするのを諦めた夏の空に、一面の花火が。
「花火! きれい!」
お父さんは叫ぶ。周りの家からも、歓声が聞こえた。道端の人たちも、足を止めて空を見上げている。誰かが「サプライズ花火だ!」と叫んだ。みんなの目に、花火が映る。それはあまりにも眩しくて、儚くて、夏が叫んでいるみたいだった。
忘れないでと、笑っているみたいだった。
最後にお父さんと見た花火も、こんな風に綺麗だったんだろうか。大人のお父さんは、心の中でこんな風にはしゃいでいたんだろうか。小さいお父さんが、私の手を握ってぐるぐる回しているのがわかる。抱き上げてみれば、きらきらした声がもっと近くで響いた。
「どーん!」
お母さんは、ちゃっかり持って来た缶ビールを飲んでいた。缶は、お母さんの手元に一つと、ベランダの柵の上にもう一つ。一緒になって花火を見ているように、その表面に色とりどりの光が散った。
「綺麗だね、お父さん」
「うん!」
声のまま、お父さんが私の耳の辺りに頭を寄せた。それから何か見つけたのか、急にぐいと私から離れて、こっちをまじまじと眺め始める。
「お父さん?」
小さいお父さんは、ふにゃりと笑った。水面で揺れる水草みたいに、川の流れでめくれるTシャツの裾みたいに。
「いっしょに見たかったの」
お父さんの顔がぼやけていく。花火を眺めるお母さんの横顔も、花火の光もぼやけていく。ただ熱いものがぼろぼろと頬を伝っていく。
私も、お父さんと一緒に花火が見たかった。綺麗だねって言いたかった。むくれて黙ったまま、お父さんとお母さんの話を聞いているなんて嫌だった。どの色が一番好きかとか、どの形が一番素敵だとか、午後五時のチャイムの代わりならどれがいいかとか、そういう話をしたかった。
だから今年だったんだ。
私は、お父さんに抱き着いた。また来年、今までと同じような夏が来るかわからない。けれど、私たちは一緒になって花火を見上げている。
息をしなきゃいけない。次の一呼吸で、息が続くかはわからないけれど。だからお父さんがやって来て、私の涙を拭ってくれた。お父さんが来たのは、そのためだった。
「ぼくの子どもは、なきむしだから」
お父さんは私の首辺りに手を回す。そうして頭をくっつけて、私たちは花火を見た。お父さんは暖かい。きっと大人になっても、お父さんは暖かいままだったのだろう。
二つめの缶ビールが開く音がした。ぷしゅっと弾けるその音は、大人のお父さんの笑い声みたいに聞こえた。
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