第30話 アキラ、登場!!

「承知!」




 ズドーンという発砲音が轟いた。一瞬の静寂。この場にいる誰もが、事態を正確に把握していなかった。



「……う、ぐぅ」



 虎之助が久菜から手を放し、よろよろと後退していく。久菜はその様子を信じられないものを見るかのようにして見つめていた。


 上体を起こした久菜の前に何かが転がってきた。コルクだ。若干変形しているものの、これはワインの瓶の栓などによく使われるコルクであった。そして、久菜はこのコルクを使って少し危ないことをする人物を知っている。



「まさか!」



 久菜が振り返ると、そこには屋台で使われるようなコルク銃を担いで歩いてくる男の姿があった。短髪で筋肉質な体。それでいて整っているのに少し面白みのある顔。久菜が最後まで助けを求めていた、山中アキラだった。



「待たせたでござるな、殿」


「山中くん!」



 アキラは久菜の前に立ち、コルク銃を構えた。狙いはハジメたち三人である。



「貴様たちが殿を付け狙っていた不逞な輩でござるな。その罪、万死に値するでござる!」



 虎之助が動こうとするが、すぐさまアキラが威嚇した。



「おっと、下手に動かないほうが身のためでござるよ。先ほどは距離があったからこの改造コルク銃の弾を受けてもその程度で済んだでござるが、この距離なら骨を砕くくらい簡単にできるでござる。そのミイラ男の陰に隠れている、そっちの二人の骨も同様でござる!」


「くっ」



 ハジメは苦虫を潰したように顔を歪める。まさかここでアキラが出てくるとは夢にも思っていなかっただろう。予定通り進んでいた計画が、アキラ一人の存在で破綻した。



「なぜだ。君はもうここに戻ってくることはないはずだ。荷物もすべて撤去し、学校からは自宅謹慎が言い渡されている。今頃自分の家にいないとおかしいじゃないか!」


「その通りでござる。拙者もつい先ほどまでそのつもりでござった」


「では、なぜ」


「軍師」



 アキラは短く、一言だけだがはっきりとそう言った。



「拙者たちには頼れる軍師がいるでござる。その軍師殿がこの状況を予想し拙者に知らせてくれたでござる」


「軍師だと」



 ハジメにはわからなかったようだが、久菜にははっきりとわかった。七夏だ。七夏はこのために久菜とは別行動をとっていたのだろう。その先見の明には頭が下がる思いだ。



「状況は逆転したでござるな。このままおとなしく逃げれば見逃してもいいでござるが、これ以上暴れるなら容赦はしないでござるよ」


「状況が逆転?」



 ハジメはふっと鼻で笑った。確かにアキラの登場で久菜を辱めることは難しくなった。しかし、ハジメには戦闘員である虎之助がいる。しかも、アキラは自宅謹慎を破ってここにいるのだ。たとえ今日目的を果たせなくとも、アキラが退学したあとにでもまた久菜を襲えばいい。それを怖れて学校に出てこなければ、どのみち久菜はもう終わりだ。



「これのどこが状況が逆転したというのかな。僕たちが優勢なのは変わらない。追い詰められているのは、君たちのほうだよ」


「本当にそうでござるかな?」


「何?」



 ハジメは怪訝そうに眉をひそめる。アキラの自信のある態度から、何かがあることを匂わせていた。しかし、その何かがわからない。



「言いたいことがあるならはっきりと言え」


「軍師殿はこうなることがわかっていたでござる。だからこそ、殿の制服に盗聴器を仕込んでおいたのでござるよ」


「えっ、嘘」



 真っ先に驚いたのは久菜だった。制服の隅々まで調べ、胸ポケットの中に丸いボタン型の盗聴器を発見した。



「い、いつの間に」


「どうやら先ほど殿にペラペラと話していた内容はすべて録音されていたようでござるな。完全な証拠。これを学校に持っていってもいいでいいでござるし、警察に持っていくこともできるでござる。これでもまだ状況は逆転していないと言い切れるでござるか?」


「……っ」



 ハジメは悔しそうにアキラを睨む。彼はこの状況を理解できないほどバカではない。しかし、この不利な状況を打開できるほどのアイディアを持っているわけでもなかった。



「吹雪、どうする」



 さすがの吹雪も冷静ではいられないようだった。表情の乏しい顔で、爪を噛み始める。見るからにイラついていることがわかった。



「こうなれば、仕方がありません」


「何か策があるのか」


「はい。強硬手段ですが、上月久菜を誘拐しましょう。そして山中アキラの言う軍師とやらと交渉し、録音されたデータを返してもらうのです。それしか方法はないかと」


「よし。すぐにやれ。虎之助、上月久菜を捕らえるんだ」


「……ああ」



 虎之助が一歩までに出たところでアキラのコルク銃が火を噴いた。轟音とともにコルクが地面に埋まる。虎之助の動きが止まった。



「そうはさせないでござるよ。この山中アキラ。命に代えても殿を守ってみせるでござる!」



 虎之助はチラリとうしろにいるハジメを見た。ハジメはイラついた様子でアキラを睨んでいる。こんなハジメを見るのは初めてだった。



「……俺も、退けない」


「貴殿もまた武士でござるか。ならば、その気持ちに応えなければならないでござるな」



 アキラは銃にコルクをセットしながら、うしろにいる久菜に話しかける。



「殿は安全なところへ。しかし、あまり拙者から離れないでほしいでござる。あいつらがまだ手駒を隠している可能性もあるでござるからな」


「じゃあ、どうすればいいのよ」


「十メートルほど離れてくれればいいでござるよ。ちょうどあそこに電柱があるでごるから、あそこの陰にでも隠れてほしいでござる」


「わかったわ。あんたは大丈夫なの?」


「拙者は山中鹿之助の血をひく山中アキラでござるよ? このくらいの苦難、朝飯前でござる」



 アキラは笑った。笑うとなかなか可愛らしい顔になると思った。いつもの引き締まった表情とのギャップが面白い。その笑顔を、久菜は信じることにした。



「山中くん」



 久菜はアキラの胸に軽く拳を当てた。



「ぶちかましてきなさい!」


「御意!」



 アキラの心は、これ以上ないほど高揚していた。

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