第24話 アキラ、日常を送る!
土日を挟んで三日後、今日も無事に久菜たちの選挙活動が終わろうとしていた。最終下校時刻を知らせる音楽が学校中に響く。ショパンの『別れの曲』だった。
校門を出たところで七夏はスマートフォンを操作する。
「さてさて、現在の投票状況はどんな感じかな」
アキラと久菜も当然興味がある。立ち止まった七夏のうしろからスマートフォンの画面を覗いた。
上月久菜 二十三票
毛利ハジメ 二十一票
大内隆 三票
「おおっ、毛利に勝ってるでござるよ! 殿、おめでとうでござる!」
「ほ、本当だ。まさかここまでできるなんて」
久菜もこの結果が信じられないのか、少し呆けたような顔で固まっていた。七夏は七夏で自慢げに少しも膨らみのない胸を張る。
「どう? これもあたしの軍師としての戦略があったからよ。このままいけば久菜を会長にするのも夢じゃないわ」
「さすが七夏、頼りになるわ。どこぞのエセ侍と違って」
「今日も殿の罵倒は胸にくるでござるな。だが、それがいいでござる」
「変態か!」
気分がいいのか、久菜のツッコミもどこかやさしい。このまま久菜は生徒会長になるだろう。三人は全員がそう思っていた。
「そういえば、アキラくんはずっと久菜の家に泊まってるんだよね」
「いかにも」
「さすがに家にあげるのは私の監督下でないと許可してないけどね。基本は裏庭にテントを張って住んでもらってるわ」
「なにそれ。本当にペットみたいじゃん」
「殿を守るため、尼子家再興のためには拙者、ペットにでもなんにでもなるでござる!」
「こんな鬱陶しいペット、私いらないんだけど……」
久菜は心底辟易したようにため息をついた。しかし、以前のような嫌悪感はない。何日もアキラと接するようになって、彼の誠意というものが久菜にも伝わったのかもしれなかった。
「アキラくんのご両親とかは心配してないの?」
「もともと一人暮らしでござるからな。説明して出てきたでござるし、毎日連絡も取ってるでござる」
「へぇ。でも私、あんたが携帯を使ってるところ見たことないんだけど」
「手紙でやり取りしているでござるからな」
「マジか。いまだに手紙で通信している高校生とか、初めて見たんだけど」
「あたしはいまだにガラケーの久菜もなかなかだと思うよ」
三人いて一人として通信機器が重複しないというのは珍しい。七夏ほどにもなるとそんなところも楽しんで友人をやっているようでもあった。
「っていうか、あんた、私の家の郵便受けを勝手に使ってるの? 一言言ってほしかったんだけど」
「そんな失礼なことはしていないでござるよ。ちゃんと毎回郵便屋さんに罠を仕掛けて足止めをしてから殿と自分の分を受け取っているでござる」
スパーンッと学生鞄から取り出された教科書でアキラの頭を叩く。日に日にいい音が出るようになってきた。
「道理で最近郵便物が汚れてると思ったのよ! あれ、あんたが郵便屋さんに毎回罠にはめるから郵便物が汚れちゃったんでしょう⁉」
「確かにそうかもしれないでござるが、もし殿のところに不審なものが送られてきたら一大事でござる。ここはやはり殿の手に渡る前に拙者が安全を確かめないと――」
「それを人はストーカーっていうのよ、このアホ侍がぁ!」
丸めた教科書でアキラの頭を叩く。木魚みたいに何度も叩かれているのに、顔色一つ変えないのもまたいつも通りの展開だ。
「いい、今度から郵便物は普通に受け取ること。そして私宛に送られてきた郵便物は見ない。約束できる?」
「しかし、それではいざというときに殿の身が――」
「危なくないから! この平和な日本でそうそう変な郵便物が送られてくるとかないから!」
「……そこまで言うならわかったでござる」
アキラは納得していないようだったが、久菜の命令なら仕方がないといった様子で渋々頷いた。その顔は不満の色を隠そうともしない。
「あと、最近はストーカー被害とかなくなってきたし、あんたもそろそろ家に帰ってもいいわよ。たまには自分のベッドで寝たいでしょう?」
「ダメでござるな。それはきっと拙者が目を光らせているから犯人が隠れているだけでござる。だから拙者はまだ殿の護衛の任は降りないでござるよ」
「そ。まあ、あんたが毎回料理してくれるなら私としては別にいいけど」
「久菜、何気にアキラくんの料理おいしそうに食べてるもんね。今度あたしにもちょうだいよ」
「べ、別にこいつが勝手に作ってるだけだし。私は材料がもったいないから仕方なく食べてるだけよ、仕方なくね」
「ふ~ん」
七夏はニヤニヤと笑いながら久菜の顔を覗き込んでくる。その笑顔がやけにむかついた。
「なによ」
「別にぃ」
久菜はそれ以上七夏のにやけた顔が見たくなかったので、足早に進みだした。アキラも久菜のあとを追って小走りに駆けていく。
「あ、待ってよぉ」
「待たない!」
「そんな怒らないで」
「怒ってない!」
三人の影が伸びる夕日の中、久菜たちは駅へと向かう坂を下っていくのだった。
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