第20話 アキラ、毛利と出会う!
久菜たちが一組の教室を覗くと、そこにはまだ何人かの生徒が残っていた。たいした用事もないのに教室に居座り続ける。そこまで暇ならアルバイトや部活でもやればいいではないかと久菜は思ったが、他人のことに口を出すほど空気が読めないわけではなかった。
その教室の窓際奥の机で、何やら真剣に話し合っている男女がいた。男のほうはサラサラヘアーのイケメンでいかにも女性にモテそうな顔つき。女のほうは長いうしろ髪で顔は見えなかったが、どこかクールな印象のたたずまいだ。あの男のほうが久菜のライバルとなる毛利ハジメだろう。
「うっ、いざ関係のないクラスに入っていくのって、なかなか勇気がいるわよね」
「うん。わかる」
久菜の言葉に七夏が同意した。いつも破天荒な行動が目立つ七夏だったが、それは気心の知れたクラスメイトたちの前だからということが大きい。知らない人の前では意外と普通の女子高生なのだ。
しかし、久菜と七夏以外のもう一人は、そんなことなど気にしない鋼メンタルの持ち主だった。
「たのもぉぉぉ!」
アキラは大声で一組の生徒たちを威圧すると、そのまま教室の奥へと足を進めていった。あっけにとられたのは一組の生徒たちだけではない。一緒に来ていた久菜と七夏も同様だった。アキラがものすごい形相でハジメのもとに突き進むのを見て、二人とも慌ててあとを追う。
「貴殿が毛利でござるな」
アキラはハジメと思わしき男を見下ろした。ハジメはアキラに睨まれながらも、その涼しい顔を崩さない。片手でそのサラサラヘアーをかき分けていた。
ハジメと一緒にいた女の子にもアキラは注目する。やはり涼しい眼つきのクールな印象の女生徒だ。
「そうだけど、君は?」
「拙者のことを忘れたでござるかぁぁぁ!」
今にも飛び掛かろうとするアキラだったが、そのアキラの後頭部を誰かがわしづかみにした。
「むっ?」
「ふんっ!」
ガンッ、とアキラはハジメの座っていた席の机に頭を沈めた。ハジメがアキラを抑えた人物を見てみると、そこには左目の下に星型の赤いアザがある女性が立っていた。
「君は――」
「ごめんなさい。ちょっとうちのクラスの生徒が暴走しちゃったみたいで。悪気はないのよ、たぶん」
久菜は苦笑いをしながらアキラの行動を弁解する。ここでトラブルを起こせば生徒会選挙にも悪影響を及ぼすだろう。そのくらいのことは久菜でもわかった。
「いえ、僕は気にしていないから大丈夫ですよ。上月久菜さん」
「あ、ありがとう。……って、あれ? 私、名乗ったっけ?」
「いえ、僕が一方的に知っていただけです。あなたの美貌は学内でも有名ですから」
「そ、そう」
久菜は何となくこの男は苦手だなと思った。どこか本音で話していないような、言葉の裏に何かを隠しているような態度が気に食わないのかもしれない。しかし、ここでそれを指摘するのも違うだろう。
「ぶはっ! と、殿! 何をするでござるか!」
机とキスをしていたアキラが復活して久菜に詰め寄った。相変わらず顔が近い。距離感を間違えている。
「あんたが暴走するからでしょう⁉ 私は毛利くんに挨拶しに来たの。喧嘩を売りに来たんじゃないんだからね」
「似たようなものではござらぬか」
「まったく違うわよ!」
久菜はため息をついてアキラを自分のうしろまで下がらせた。こいつを前に出しておくとろくなことにはならない。ここは久菜がアキラを制御するしかないだろう。
「改めて自己紹介させてもらうわ。今度生徒会選挙の会長に立候補した上月久菜よ。でも、この小動物みたいな娘が、推薦人の神風七夏」
「どうもで~す」
七夏は久菜のうしろから顔をのぞかせて、軽く手をあげて挨拶する。ハジメはそんな七夏にもニコリと微笑んで応えてみせた。
「で、こいつが山中アキラ。まあ、私の番犬みたいなものね」
「番犬でござる。ガルルルル」
「あんた、人間としてのプライドはないの?」
冗談で言ったつもりだったのだが、意外とアキラはノリノリで番犬になり切ってしまった。これにはハジメも苦笑するしかない。
「忠犬ですね」
「バカ犬よ」
久菜も同じように苦笑する。
「では、こちらも自己紹介といきましょう。僕の名前は毛利ハジメ。このたび生徒会選挙の会長に立候補しました。そして、ここにいる彼女が僕の推薦人である小早川吹雪(こばやかわ ふぶき)です。よろしくおねがいします」
「小早川吹雪です」
ハジメと吹雪は背中に定規でも入っているのではないかと思えるほどきれいな姿勢で立ち上がると、これまた分度器で計っているのではないかと思えるほどきれいに腰を曲げてお辞儀した。
これが生徒会長を目指すもののオーラなのか、久菜とはまるで違う雰囲気に思わずたじろいでしまう。
「き、きれいな彼女さんですね」
久菜の言葉にハジメはキョトンとした眼つきで言葉を失ってしまう。吹雪は相変わらず氷のように冷たい表情で久菜を見つめているだけだ。
「はははっ、彼女は僕のガールフレンドではありませんよ。推薦人ですし、仲はいいですが、僕と彼女はただの従兄妹です」
「あ、そうなんですか。私はてっきり――」
「僕からすると、上月さんと山中くんのほうが怪しいですけど」
「それは絶対にない!」
久菜は心外だと言わんばかりに全力で否定した。
「当然でござる。拙者は殿とは恋仲にはならないでござるよ。なぜなら、殿は拙者の殿だからでござる!」
「殿? 上月さんと山中くんの関係はいったい……」
「あー、そのへんは面倒だから深く訊かないでくれるとうれしいかな」
「そうですか。では、これ以上深く追求するのはやめておきましょう」
ハジメはあっさり引き下がった。興味がない、というよりかは本当に久菜たちのことを考えて引いてくれたという印象が強い。しかし、あまりにもできすぎた印象だけにどこかその印象が操作されているようにも感じられた。
「とにかく、今日は挨拶に来ただけだから。同じ生徒会長に立候補したもの同士、正々堂々と戦いましょうね」
「当然です。お互いライバルですが、悔いが残らないように全力を尽くしましょう」
ハジメが右手を差し出す。握手を求めてきているようだ。久菜も同じく右手を差し出し、軽く握る。しっかりと目を合わせた両者は、傍目にはお互いを認め合っているよきライバルに見えたことだろう。
「じゃあ、私はこれで」
「はい。もうすぐ下校時間ですからね。僕と吹雪も明日からの選挙活動の打ち合わせを終えたら帰るつもりです。気をつけてお帰りください」
「大丈夫よ、私には番犬がいるから」
ハジメがその番犬――アキラを見ると、今にも飛び掛かってきそうなほど険しい顔つきをしていた。これにはさすがのハジメも少しだけ怯んだ。
「ほら、あんたも行くわよ」
「……命拾いしたでござるな」
アキラは久菜に首根っこをつかまれながら教室を出ていく。七夏もそのあとを追っていった。その様子をハジメたち一組の生徒は呆然と見つめていた。
そしてアキラたちがいなくなった教室で、ハジメは一言つぶやく。
「まったく、面白い人たちですね」
窓の外の太陽は半分が山間に沈んでいた。差し込む夕日の光がハジメの顔を赤く染める。
「四百年前から、まったく変わっていないようですよ」
その言葉を聞いていたのは、ハジメの隣にいた吹雪、ただ一人だった。
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