第19話 七夏、躍動する!
生徒会選挙には立候補者のほかに推薦者という枠があった。立候補者とともに選挙活動を行うサポーターのような役割である。その推薦者を誰にするか、久菜は迷うことなくある人物を指名した。
「拙者でござるな」
「違うわよ」
アキラは目玉が飛び出さんがばかりに驚いた顔を見せる。久菜は必ず自分を指名してくれると思っていたのか、その言葉が意外だったようだ。
「なぜでござるか! 拙者以外に殿のことをよく知っている男はいないでござるよ!」
「誤解を招くような言い方はやめろぉぉぉ! あんたが私の何を知ってるっていうのよ!」
「殿の名前、性別、先祖……」
アキラは三つほど指を折ったが、それ以上の言葉は出てこなかった。久菜は勝ち誇ったようにアキラを見下す。
「ほら、その程度でしょう? やっぱりあんたは私のことを何も知らな――」
「あ、パンツの色は知ってるでござるよ」
次の瞬間、久菜の右ストレートがアキラの顔面に突き刺さった。
「な、なんでそんなことあんたが知ってるのよ! 適当なこと言うんじゃないわ!」
「適当ではないでござる。拙者は何度か殿のパンツを見ているでござるよ。転校初日に平伏しながらとか、拙者が生徒会応募用紙を提出しようとする殿を止めようとしたときとかでござるな」
「うっ、そういえばそんなこともあったような……」
久菜はそのときのことを思い出して赤面する。基本的にはアキラが悪いと思うが、久菜にも隙があった。自分の隙の多さをこれほど恨んだことはない。
「と、とにかく、推薦人にあんたを選ぶことはないの! 第一、あんた、推薦人演説とかできるの?」
「無理でござる!」
「そこまではっきり言われるとすがすがしいわね!」
アキラには見栄というものがないのだろうか。だが、久菜としてはわかりやすくて少しだけ好感が持てた。
「だから、推薦人は七夏にお願いしようかと思うの。七夏、頼める?」
「あたし? まあ、久菜を煽った張本人でもあるしね。そのくらいは別にいいよ」
「さすが七夏。助かるわ」
久菜はほっと一息つく。断られるとは思っていなかったが、実際に了承の言葉を聞くと安心するものだ。アキラも七夏ならば問題ないと思ったのか、久菜と同じように満足げな表情だった。
「しかし、それなら拙者は何をすべきでござろうな」
「あんたはさっさと私の周りをうろつくストーカーを捕まえてほしいんだけど。いつになったら捕まるのよ、私のストーカーは」
「ふむ。しかし、拙者が殿の家に泊まり込みをしているときはそのストーカーはなかなか現れないでござるよ」
「正確には私の家の裏庭だけどね。まあ、それはいいわ。確かにあんたが私の家の裏庭にいるときは変な視線は感じないのよね。別の意味で変な気配はあるけど」
「何ですと⁉ それはどんな気配でござるか! 今すぐ調べて拙者が成敗してくれるでござる」
「あんたが私を見張ってる気配よ! あそこまで露骨に見張られてたら、気になって仕方がないでしょうがぁ!」
「殿が外出するときにこっそりうしろをつけていることを言っているでござるか? それとも家にいるときに壁に耳をつけて中の様子をうかがっていることを言っているでござるか? それとも物見やぐらに登って殿の部屋を――」
「全部よ、全部! もうあんたがストーカーだよね⁉ ここまで堂々とストーカーされると逆に笑えてくるんだけど!」
「楽しそうで何よりでござる」
「楽しいわけあるかぁ!」
久菜は机の上に出しっぱなしにしていた物理の教科書でアキラの頭を叩いた。スパーンッという実に小気味いい音が教室に響く。アキラの頭は少し傾いたが、まったく痛がった様子は見せなかった。
「まあ、アキラくんは裏方仕事に回ってくれればいいんじゃないかな。ほら、ビラを配るときとか、けっこう荷物になるでしょう? その荷物持ちをやってくれると助かるかも」
「そういうことなら任せてほしいでござる」
七夏の言葉にアキラは胸を叩いて同意する。背も高くてなかなか筋肉質なのでその姿はかなり頼もしく思えた。
「じゃあ、まずはどうする? 生徒会の選挙期間は明日からだけど、今日のうちにやっておくことは何かしら?」
「そのビラを作るところから始めなければならないのではござらぬか?」
「あ、それならもうあたしが作っておいたよ」
アキラと久菜の視線が七夏に集まる。この娘はいつの間にそんなことをしていたのだろうか。
「では、校内に貼るポスターを作るのはいかがでござろうか。確か生徒会選挙委員会に許可をとればポスターを廊下に貼ることができたはずでござる」
「あ、そのポスターもあたしが作った」
再び二人の視線が七夏に集まる。まさかビラだけでなくポスターまで作っていたとは、七夏、なかなかやるようだ。
「ふむ。それも大丈夫ということは、あとは選挙活動のときに演説する内容を考えるのはどうでござるか? 全校演説もそうでござるが、校内を周る際に行う演説も重要でござろう」
「あ、それも草案はもうできてるよ。あとは久菜がチェックしてくれれば大丈夫」
『準備よすぎぃぃぃ(でござる)!』
アキラと久菜の声が重なった。確かに七夏は軍師を自称するだけあって考えることは得意だったが、まさかここまで先回りして準備してくれていたとは。これは一種の才能ではないだろうか。
「よくそこまで準備してくれたわね。いや、本当にありがたいんだけど」
「久菜が生徒会長に立候補することはわかってたしね。だからちょっとフライング気味に準備しちゃった」
「わかってたんじゃなくて、会長に立候補『させた』んでしょう? まあ、もうそれを蒸し返すつもりはないけど、ほんとあんたは味方にすると頼もしいわ」
「拙者はどうでござるか?」
「鬱陶しいわ」
「ありがたき幸せ!」
「なんでお礼言われたの、私⁉」
どうやらドMのアキラは久菜が罵倒しても興奮するらしい。もう逆に褒めたほうがアキラにはダメージがいくのではないかとも思ったが、褒めたら褒めたで喜びそうなのでやっぱりやめておいた。もうアキラはどうしようもない。
「ってことは、あとは明日を待つだけか。何だ、今日はもうやることないじゃない」
「そうでもないわよ」
七夏はニヤリと笑う。これは久菜に何かをやらせたがっているブラック七夏だ。久は思わず一歩だけ後退る。
「な、何よ」
「これから一組に行かない? 毛利くんに会いに」
「敵情視察でござるか」
「そういうこと。自分たちのことをやるのも大切だけど、相手のことを知るのも大切だからね」
「そこまでやるの?」
『やる(でござる)!』
アキラと七夏は同時に叫ぶ。どうやら久菜以上にこの二人は生徒会選挙というものを本気で戦うつもりのようだ。久菜はうれしいような、怖いような、複雑な心境だ。
もう一人、大内隆という生徒も生徒会長に立候補しているが、これは特に気にしなくてもいいだろう。人気、実力ともにハジメのほうが上だ。やはり注意するのは一組の毛利ハジメだった。
「まあ、そんなに言うなら行きますか。『お互いがんばりましょう』って感じで挨拶する体を装えば大丈夫でしょう」
「それでいいでござる。しかし、ついに毛利に復讐するときが来たでござるか。これは腕が鳴るでござるな」
「いや、復讐とかしないから。っていうか、毛利くんとあんたと因縁のある毛利は絶対に違う毛利だから」
久菜の忠告もアキラは聞いていないようだった。クククッと不気味に笑っては指をポキポキと鳴らしている。久菜はアキラを一組に連れていって大丈夫なのだろうかと不安になった。
「ま、何とかなるか」
久菜は深く考えず、アキラと七夏を連れて一組へと向かう。太陽がもうすぐ山間に隠れようとする時間のことだった。
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