第18話 久菜、会長に立候補する!

「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!」



 翌日の昼休み。生徒の往来が激しい掲示板の前に生徒会立候補者の名前が貼りだされた。書記に立候補したつもりの久菜はもちろん最初に書記のところに目をやったが、そこに自分の名前がない。首を傾げつつ、みんなが注目している会長の立候補者の名前を確認してみた。そこには――。




 二年一組 毛利 ハジメ

 二年三組 上月 久菜

 二年四組 大内 隆




 しっかりと久菜の名前が書かれていた。



「な、なんで私は会長に立候補したことになってるの⁉ 私、書記に立候補したつもりなんですけど⁉」



 久菜は掲示板の生徒会長立候補者一覧の書かれている紙を穴が開くほど睨みつけた。何度見ても、どの角度から見ても、やはりそこには久菜の名前が書かれている。


 そこに手荷物であるクリアファイルを脇に挟みつつ、コンビニで買った弁当を三つ平らげて大きなお腹を抱えながら歩いてくる横綱――というあだ名の中川先生が通りかかった。久菜の目が狩人のように鋭くなる。



「中川先生!」


「ん、上月か。どうした」


「どうしたじゃありません! どうして私が会長に立候補してるんですか! 私、書記に立候補するって紙に書きましたよね⁉」


「あ~、そうだったか? 今朝確認したときにはお前は会長に立候補してた気がするんだが」


「そんなはずはありません! もう一度よく確認してみてください!」


「わかったわかった。ちょうど今応募用紙を全員分持ってるから、ここで確認してやるよ。だからその人を殺しそうな目をやめろ」



 中川先生は脇に抱えていたクリアファイルの中から生徒会応募用紙を取り出し、久菜の分を探す。二、三枚めくったところに、それはあった。



「ああ、あったぞ。ほれ、やっぱりお前は会長に立候補してるじゃないか」


「えっ、そんなバカな……」



 久菜が中川先生から見せられたその用紙には、いくつかの生徒会の役職の選択肢の中から、しっかりと『会長』に丸がつけられていた。これには久菜の開いた口が塞がらない。



「ミ、ミスです! 私は本当は書記に立候補したかったんですよ! だから、今からこれを直してください!」


「ん~、それは無理だなぁ。もうこうして告知してしまったわけだし。ちょうどいい機会だ。これを機に会長を目指してみればいいじゃないか」


「他人事だと思ってぇ……」



 久菜は中川先生に怒りをぶつけたかったが、さすがにそれはできない。どうしようもないやるせなさを抱えながら、久菜は自分の教室へと戻っていった。


 そこに、満面の笑みを浮かべたアキラと七夏が話しかけてくる。



「いやあ、殿。さすがは殿でござる。やはり最後には会長に立候補してくれると思っていたでござるよ」


「うんうん。久菜はやればできる子だもんね。会長だって楽勝だよ」



 そのとき、久菜はすべてを悟った。



「貴様らかぁぁぁ!」



 久菜は両手を広げ、少し角度をつけながらアキラと七夏の間を走り抜けた。二人の首に久菜の腕が直撃する。ダブルラリアットだった。



『ぐえぇぇぇ!』



 倒れたアキラの頭を久菜が踏みつける。



「昨日、このために私の家に泊まらなかったのね。よくもやってくれたわね、このエセ侍がぁ!」


「こ、これも殿のため、尼子家再興のためでござるよ」


「こんなんで国が造れたら苦労はしないのよ、この頭お花畑ぇ!」



 何度もアキラの頭を踏みつける久菜を、起き上がってきた七夏が抱きとめた。



「久菜、それくらいにしてあげて。アキラくんも久菜のためにがんばったんだよ⁉」


「がんばる方向が明らかにおかしいけどね!」



 まだ不満は残っているが、七夏の仲裁で一応の落ち着きは取り戻した。こうなっては仕方がない。このままアキラを痛めつけても状況はよくならないのだ。



「くっ、ということは私が奨学金を得るためには会長で当選しないといけないってことか。これは厳しい戦いになるわね」


「そうだね。大内くんはまだいいとしても、本命はやっぱり――」


「毛利」



 いつの間にか立ち上がっていたアキラが真剣な表情で言い放つ。その声はどこか今までの冗談めかしたトーンではなく、鬼気迫るほどマジメなものに思えた。



「あんた、毛利くんのこと知ってるの?」


「いや、個人的には知らないでござる。ただ――」


「ただ?」



 久菜はアキラの表情に注視する。これほど真剣な表情なのだ。きっと深い因縁か何かでもあるのだろう。



「ただ、『毛利』って苗字が気に食わないでござる!」


「すっごいどうでもいい因縁だったぁ!」


「どうでもよくないでござるよ! 殿は尼子家が誰に滅ぼされたかもう忘れたでござるか⁉」


「え~、七夏、誰だっけ?」


「毛利家。だからアキラくんは毛利って名前のハジメくんを目の敵にしてるんだね」


「いかにも」


「いちゃもんにもほどがある……」



 きっと尼子家を滅ぼした毛利家と八泉高校で生徒会長に立候補した毛利ハジメは関係ないだろう。それなのに一方的に目の敵にされるハジメは可哀そうだ。久菜はハジメのことについて何も知らなかったが、それでも同情は禁じえなかった。



「殿。この戦い、絶対に勝つでござるよ!」


「う、うん」



 アキラはアキラで、久菜とは違ったところで燃えていた。


 この生徒会選挙、どうやら普通に終わることはなさそうである。

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